第6話 SS6 帯広の咆哮、運命のカウントダウン
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十月、帯広。
秋晴れの空の下、帯広駅前の特設会場は、祭りのような熱気に包まれていた。
ガラス張りの駅舎には「ラリー北海道」の巨大な横断幕が掲げられ、駅前通りはラリーショーのために完全封鎖されている。普段は通勤客が行き交うロータリーを、今日は色とりどりの競技車両と、それを取り囲む観客の波が埋め尽くしていた。
地元の屋台からは十勝牛の串焼きの煙が立ち上り、冷ややかな秋の空気に溶けていく。サイン帳を握りしめた子供たち、カメラを構えるファン。ここはもう、ただの駅前ではない。世界と十勝が交差する、ラリーの聖地だった。
その中でも、ひときわ異彩を放つ一角があった。
「……紗季先輩、これ、本当にうちのブースっすか?」
今回メカニックとして選抜された北旺大工学部2年の佐藤鉄平は、目の前の光景に唖然としていた。
「まあ……なぁ……麗華らしいっちゃあ、らしいんやけれども」
紗季も、自分たちが設営したはずの光景に苦笑いを隠せない。
プライベーターの地味なテントが並ぶ中、そこだけは煌びやかなラウンジセットが設置され、パステルピンクのヤリスの横で桜華女子大の校旗が誇らしげに翻っていた。
「あら、ラリーは『魅せる』スポーツでもありますわ。ファンの方々に不快な思いをさせては失格ですもの」
麗華は完璧に着こなしたレーシングスーツ姿で、優雅に扇子を仰いでいる。その「場違いなまでの華やかさ」は、逆に「あの派手な女子大生は何者だ?」と観客の好奇心を刺激し、ブースの前にはカメラを向けるファンの山ができていた。
2
対照的に、そのすぐ隣で静かな威圧感を放っているのが、TGRのワークスブースだ。
そこには今大会から新設された「レディースクラス」の優勝候補筆頭、TGR女子チームの姿があった。ドライバーの冴木凛は、クールな表情で淡々とファンサービスに応じていた。
「……凛さん、お隣。ずいぶん賑やかですね」
コ・ドライバーの囁きに、凛は一瞬だけ麗華たちのブースを冷ややかに一瞥し、鼻で笑った。
「ピクニックに来たお嬢様ごっこは、SSに入れば終わるわ。泥を被る覚悟もない連中に、十勝の道は走り抜けられない」
凛が放つエリート特有の鋭いオーラ。
それは、ふと目が合ってしまった陽葵を震え上がらせるには十分な圧だった。
だが、今の陽葵は、ただ怯えるだけの少女ではない。
麗華と同じスーツを纏った瞳の奥には、深夜の陸別で焼き付けた紗季の「哲学」、麗華の「想い」、そして――自分はラリードライバーなのだという決意が、静かに、だが確かに灯っていた。
3
自衛隊音楽隊による国歌演奏が響き渡り、セレモニーは国際大会にふさわしい盛り上がりを見せていた。
日本語と英語が入り混じるアナウンス。国旗を背に談笑する海外勢。言語も文化も異なる彼らを繋ぐのは、たった一つの基準――「速さ」だけだ。
十勝ブルーの空が夕闇に追われる頃、いよいよセレモニアルスタートが始まった。
アジアパシフィックラリー選手権(APRC)、そして全日本ラリー選手権のトップチームが、次々とスタートランプへ吸い込まれていく。
その頂は、すべてのクルーが一度だけ立つことを許される「舞台」だ。
「カーナンバー〇〇番、レディースクラス! 桜華女子大学ラリーチーム、成瀬陽葵/九条院麗華組、GRヤリス!」
女性MCのコールと共に、ピンクのヤリスがランプの上へ。
無数のフラッシュが焚かれる中、麗華は窓から気品あふれる仕草で手を振り、陽葵はステアリングを握る手に力を込めた。
「……陽葵さん、聞こえますか?」
インカムに響く麗華の声。
「はい、麗華さん。……聞こえます」
「これより始まるのは、わたくしたちが主役の物語ですわ。……初のレディースクラスを優雅に制し、部を救い、世界で一番美味しいシャンパンを浴びに行きましょう。……準備はよろしくて?」
「はい! 行きましょう!」
4
オフィシャルの指がカウントダウンを刻む。
「5、4、3、2、1……スタート!」
振り上げられるフラッグ。
ゆっくりとランプを降りたヤリスは、地鳴りのような歓声の中、アクセルを踏み込んだ。
バリバリッ! というアフターファイアの轟音が帯広のビル群に反響する。それは競技の開始を告げる咆哮であると同時に、同じクラスのライバルたちへの、鮮烈な挑戦状だった。
後方でスタートを待つ冴木凛は、去りゆくピンクのテールランプを見送り、不敵に口角を上げた。
「……面白いじゃない。泥を被る覚悟、できてるみたいね」
ピンクの残光が、帯広の夜へと消えていく。
ラリー北海道――
誇りと居場所を懸けた、死闘の幕が上がった。
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桜華女子大自動車部の物語を、ぜひ最後まで見守ってください。




