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第2話 SS2 砂川の洗礼、恐怖はアクセルで踏み潰せ!

1

 札幌から国道12号線を北上すること約一時間半。

 そこは陽葵が夢見ていた「湖畔のカフェ」とは正反対の、砂塵と爆音が支配する修羅の庭——オートスポーツランドスナガワだった。

 正確には――河川敷に設けられたダートコース、全日本ダートトライアル選手権も開催される「聖地」の1つである。


「ほら、これ被っとけ。サイズ合うやろ」

 紗季がどこからか取り出した、傷だらけの黄色いヘルメットを陽葵の胸に押し付けた。

「えっ、あ、ありがとうございます……重い……」

「陽葵さん。砂埃もこうして見れば、まるで紅茶に溶けるシュガーのようですわよ」


 見れば、麗華はいつの間にか、桜色の特注ヘルメットを完璧に装着していた。そして、当然のような顔をしてエボIIIの後部座席に再び収まっている。

 エボIIIの後席は、本来なら家族で買い物にでも行けそうなごく普通の座席だ。しかし、麗華の体はなぜか、後付けされた4点ハーネスによって座席にガチガチに締め上げられていた。さらに、ヘルメットの横からは不気味なカールコードが伸び、それが車体のどこかへと接続されている。


(……えっ、先輩、なんで後ろなのにそんなにがんじがらめなんですか!? 4点ハーネス? なんで後ろにそんなものが!? )


 陽葵の困惑をよそに、麗華は背筋を伸ばして優雅に前を見据えている。その姿は、リムジンで静かにお出かけする、まるで買い物に行くかの様な佇まいだった。


「陽葵、まずは横や。走りはな理屈やない、リズムを盗むんや!ダートのマナー講座や」

 紗季に急かされ、陽葵は無理やりフルバケットシートへと押し込まれた。


「ええか、よおぉく見ておけよ! これが——ウチの『人生横向き』や!!」


 紗季がクラッチを蹴り飛ばした瞬間、エボIIIが物理法則を嘲笑うかのように真横を向いた。

 視界が目まぐるしく回転し、窓の外には逃げ去る土壁と、後輪が巻き上げる巨大な砂のカーテン。

「ぎゃああああ! 先輩、前! 前見てください! 車が真横向いて進んでますぅぅ!」

「ははっ! 真横が見えとるなら、道はまだ続いてる証拠や!」


 猛烈なGと爆音の中、バックミラーに映る麗華は微動だにしない。4点ハーネスによってシートの一部と化した麗華は、激しくシェイクされる車内で一人だけ静謐さを保っている。その異常なまでに「安定した」令嬢の姿は、恐怖を通り越し、もはや喜劇コメディの領域に達していた。

2

「……さあ、交代や。自分、今見た通りにやってみ。ウチは助手席で『添削』したる」

「えええっ!そ、そんないきなり……」

 紗季と入れ替わり、震える手でハンドルを握る陽葵。


 最初の一周は、無残なものだった。繊細なはずの陽葵のクラッチ操作は、恐怖でガタガタと震え、エンストを繰り返しながら亀のような速度でノロノロと這う。


「陽葵さん。……先ほどと景色が随分と違いますわね?」

 後部座席から、麗華の声が耳元の小さなスピーカーを通じてクリアに、しかし氷のような冷たさで響く。なぜか後席まで完璧に配線されたそのシステムは、外の爆音をシャットアウトし、麗華の囁き声だけを鼓膜にダイレクトに伝える。


「だ、だって、あんなの無理です! 私、お上品にドライブしたいだけなんです!」

「無理やない。自分、今さっき『見た』やろ? 脳内にある映像を、そのまま体でなぞるんや」

 助手席の紗季が、ダッシュボードを叩きながら吠える。


 その瞬間、陽葵の頭の中で、先ほど見た紗季の動きが異常な鮮明さで再生された。

 ——ステアリングを切る角度。

 ——アクセルを叩きつける非情なリズム。

 ——サイドブレーキを引き上げる瞬間の、あの『金属音』。


「……なぞる……。私が、あの野蛮な動きを、なぞればいいんですね……!」

 パニックが限界を突破した瞬間、陽葵の意識は逆に、急速に冷却されていった。

 

 ドォン!

 ミスファイアリングシステムの爆音と共にエボIIIが白煙を上げ、猛然と加速した。


3

「……なっ!?」

 助手席の紗季は、バケットシートに体を押し付けられ、目を見開いた。

 二周目に入った陽葵の走りが、劇的に変わっていた。


 コーナーへの鋭すぎるアプローチ、正確無比な荷重移動、さらにリアを滑らせる深い角度。荒削りでありながら、それは数分前に紗季が見せた走りの『完璧なトレース(模倣)』だった。

 麗華はバックミラー越しに、陽葵の瞳から輝きが消え、機械のような集中力が、その瞳を支配していくのを見た。


(……見つけましたわ。私の『手足』となる、最高のドライバーを)


「陽葵さん! 左、ヘアピン、サイドブレーキですわ!」


「はいっ、麗華先輩!!」


 耳元の装置から響く麗華の鋭い指示に、陽葵は脳を直撃されたような衝撃を受け、反射的に叫びながらレバーを引き上げた。

 エボIIIは鋭い弧を描き、土煙の渦の中でピタリと次の直線に鼻先を向ける。その動きには、もはや迷いなど微塵もなかった。


4

 走行を終え、パドックに戻ってきたエボIII。

 陽葵はハンドルを握ったまま、焦点の合わない目で呟いた。

「……マナー……マナーって、何でしたっけ……。私、今、すごく『マナー違反』なことをした気がします……」


 助手席から降りた紗季は、いつになく真剣な顔で後部座席の麗華を見やった。

「なあ麗華……あれ、わかっとったんか?」

 麗華はヘルメットを脱いだ。その黒髪が、春の風にさらりと流れる。


 陽葵を振り返る麗華の澄み渡った瞳は、一点の曇りもなく、深淵のような光を静かに宿していた。

 その瞳で見つめられた瞬間、陽葵は自分が逃げられない網にかかったことを本能で悟った。


「……ええ。確信いたしましたわ。彼女には、自分を捨てて『理想』を写し取る器としての才能がありますの」

 麗華は車から降りると、まだ震えている陽葵の肩を優しく、そして逃がさないように抱いた。


「陽葵さん。貴女は、私が思っていた以上に罪作りな才能の持ち主ですわね」


 紗季はいつの間にか取り出したメロンパンを頬張りながら、ニヤリと不敵に笑う。

「おもろい……おもろすぎるわ! 麗華、こいつを磨けば、秋の帯広……本気で『奇跡』が書けるかもしれんで!」


「帯広……豚丼……? あ、あの……パンケーキとかではないんですか……?」


 陽葵の「キラキラ女子大生」としての日常は、その瞬間、音を立てて崩れ去った。

 代わりに、泥を噛み、空を舞い、横向きに駆ける「ラリースト」としての血が、彼女のワンピースの下で静かに、しかし確実に目覚め始めていた。





※続きが気になりましたら、ブックマークや下の「☆☆☆☆☆」から評価をいただけると、陽葵ひまりたちの挑戦を応援する大きな力になります!

桜華女子大自動車部の物語を、ぜひ最後まで見守ってください

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