軍制改革始めます
「お前は、男のやる事に口を出すなと言っているだろう!
軍は国の根幹だ!
女に兵士が出来るのか?
出来ないなら、何を言っても意味がない。
私はお前の才覚を、これでもかなり認めて、好きに行動させている方だ。
だが、軍事に関しては聞く耳持たん!」
プルは妻の
「軍事改革しましょう!」
という提案を激怒しながら否定する。
これは仕方がない。
アッシリアは神聖国家にして軍事国家である。
アッシュール神の為に征服し、敵を捕らえ、痛めつけて殺す。
領土拡大は神の意思であり、殺戮は神への供奉。
さらにアッシリアの主産業は農業である。
これは重労働。
ゆえに兵士となりかつ重労働に耐える男性の地位が高く、男尊女卑の国となってしまうのだ。
これは世界各地で同じような傾向となる。
ギリシャのスパルタ、ローマ共和国、モンゴル帝国、薩摩藩、ズールー王国、プロイセン王国など、
「戦場に出ない女性は公的な権利無し」
「女性の役割は子供を産み、家庭を守ること(Küche, Kirche, Kinder)」
といった価値観となる。
アッシリアの根本的な意識ゆえ、カルフ総督たるプルが折れる事は無いだろう。
そんなプルに対し、ヤバは更に突っ込んだ提案をする。
「今の軍の他に、傭兵を持ちましょう」
まずは軽いジャブだ。
それでもプルは不機嫌なままである。
「傭兵とは他国者、他国の者はアッシリアへの忠誠心を持っていない。
そんな信頼の置けない兵士を、戦場で使う事など出来ない。
これだから女は……」
「その純血思想をどうにかしましょう」
今度はジャブではない、思いっ切りストレートな切り込みである。
「何だと?」
「確かにアッシリアの民の強さは尊敬しています。
しかし、アッシリアは農兵。
農閑期しか戦争が出来ません。
その点、傭兵ならば常に軍事活動可能です。
土地を与える必要もなく、賃金で雇用出来て、不要となれば解雇出来ます。
こんな便利な兵士を、純血主義にこだわって使えないのは、頭が固すぎます」
「黙れ!
賃金で雇われた兵士など、戦争に使えるか!」
「あら、私は戦争に使うとは一言も言ってませんわ」
「兵士を戦争以外に、何に使うというのか?」
「隊商の護衛ですわ」
「む……」
そう言えば、この軍事改革の話題になる前、プルがヤバを怒鳴りつけていたのは、
「ハラブへの通商路は盗賊多発地帯だから、護衛にアッシリア軍をつける」
と勝手に言った事が理由だった。
軍を勝手に動かす約束を、「女が」するとは何事か!と。
軍は農閑期に、神の代理人たる王の命令で集められ、生贄を求めて侵略を行う。
決定権は王と、それを支える軍事長官や総督たちにある。
女性には軍の指揮権もないし、招集権もない。
更に、隊商の護衛などという「神の為の拡大」から外れた任務など、憤慨されるだけだ。
だが、傭兵となればそれらの制約が全て外れる。
必要な時に賃金を払って集めれば良い、農繁期・農閑期という縛りは無くなる、
隊商の護衛とかは、むしろ得意な仕事であり、敬遠される事もない。
何より、女性が雇用主であっても文句は言わない。
戦場で肩を並べて戦うなら、いつ裏切ったり脱走するか分からない兵など不要だが、こういう任務なら文句は無い。
だが……
「その傭兵に支払う賃金をどう捻出する?
言っておくが、国庫からは出せない。
我が王から借りる事は出来るが、きっと許してくれないだろう」
(それは我が王ではなく、最高司令官たちの問題なのだがな……)
彼以上に保守的で、かつ自己の利益にしか興味が無いシャムシ・イルたちの顔が思い浮かんだ。
それに対し、ヤバの回答は
「最初はハラブの商人から借ります。
その後は、傭兵自身が稼ぎます」
とのもの。
「どういう事だ?」
「私の命令という事で、帰路には杉を伐採させます。
切った木材はその場で取引され、対価が発生します。
織物の対価、それを使った木材の購入、木材伐採の作業費、アッシリアの国庫に納める分の銀。
もろもろ動いた銀の中から、彼等への報酬が支払われます。
つまり彼等自身が、支払う賃金を生み出す仕組みなのです」
「…………分かったような、よく分からないような……」
プルは頭を抱えた。
彼は愚鈍な人間ではなく、相当に明晰な人間なのだが、商取引・経済ともなれば使う脳の領域が違うようである。
軍事・法務・行政・司法・農業・土木事業、そういった事を得意とするプルと、商取引・外交・財務・工業生産開発といった事で書記官をしていたヤバでは、思考が全く違うのだ。
「問題は他にもある。
我々は傭兵を使った事はない。
どうやって集めるのかも分からない。
その上、自分で言うのもなんだが、我がアッシリアは他国との仲が悪い。
評判が悪く、自国民以外で我が国の為に働きたい者などいない。
傭兵など集まらんのではないか?」
「あら、意外ですわ。
自国の事を案外冷静に観察されていたのですね?」
「おい、侮辱は許さんぞ!」
「失礼しました。
で、傭兵の宛てですけど、既に有りますのよ」
「お前……随分と準備が良いんだな。
で、何者を傭兵にする?」
「遊牧民族スキタイです」
「ほう……ウラルトゥの北にいる、あの野蛮人どもか。
だが、それをどうやって集めるのか?」
「御主人様は既に会ってますよ?」
「なに?」
「ほら、いつぞやのバターを効率的に作る方法を、遊牧民の方に教わった時」
「あの時か。
だが、あの時の使者は『アッシリア内での商売を許可して欲しい』だったよな。
…………。
我が国内での商売って、まさか?」
「傭兵稼業も含まれますよ」
プルは本格的に頭を抱える。
どこまで用意周到なのか。
だが、それにお墨付きを与えたのは、外ならぬ自分なのだ。
スキタイ人に
「我が国に迷惑を掛けないなら、自分の管轄するカルフ州での活動を認める」
と許可を出したのである。
その活動に伴う保証金のようなものも受け取っていた。
全て反故にして、財産没収して追い返す事も考えられる。
だが、シャムシ・イルやベル・ハラン・ベル・ウスルといった権臣たちと違って、プルというクソ真面目な男にはそれは出来ない。
「分かった。
お前の好きにしろ。
だが、責任は自分で負え。
私は助けてやらん」
プルは半分呆れ、半分は
「まあ、我が国の兵を損なうわけではないし、小癪な嫌がらせをしているサマルに打撃を与えられるし、杉をも手に入れられるのなら、やらせてみようか」
と計算して、妻にそう伝えた。
彼はやがてすぐ、この言葉を発した事を後悔する。
カルフ総督プルは、妻の言葉から思うところがあり、軍事改革について考えていた。
確かに、農繫期・農閑期問わず戦える軍隊は魅力である。
だが、今まではそれを出来ない事情があった。
給与を確保出来ない。
「軍を以て軍を食わす」
これがアッシリアのやり方だった。
農閑期に遠征し、単に土地だけを奪うのではない。
虐殺するのもそうだが、基本的に「相手の持っている物を奪う」のが目的だ。
こうして参戦した兵士は、最早所有者がこの世にいない物を略奪し、生活の足しにする。
戦争する以外の時は、自分で畑を耕して食い扶持を得ている。
これが常備軍となればそうはいかない。
戦争が無い時期でも、彼等に給与を払い続けねばならない。
更に、彼等は一年中軍事訓練に明け暮れる、非生産者だ。
彼等を食わす為に農業をする等、国民が納得しないだろう。
だが、この給与の問題は解決している。
織物の輸出による利益は、国庫に納入する分を差し引いても余りある。
ヤバが傭兵云々言っているのも、この織物の輸出が大事だからだ。
この収入は、給与払い前提の常備創設を可能としている。
また、成り手にも当てがあった。
プルは有能な総督である。
アッシリアの相続制度から、あぶれ者が出る問題を把握していた。
アッシリアは基本的には「男子均分相続」なのだが、完全な均等ではない。
長男がニ倍の取り分を得る、長子特権があった。
長男は屋敷、先祖の墓、そして土地の最大の分け前を相続する代わりに、一族の祭祀を引き継ぐ義務を負う。
残った土地を次男以下が分割相続する。
そして、分割相続制度最大の問題、代を重ねる毎に細分化し、破産する者が現れてしまう。
それもあって、アッシリアは拡大路線を取り続けていたが、現在の王・アッシュール・ニラリ5世はウラルトゥに頭を抑えられ、ろくに遠征もしていない。
アッシュール・ニラリ5世だけの問題ではなく、アッシリアは三代40年に渡って拡大を阻止され続けていた。
拡大期には見られなかった、分割相続の問題がハッキリして来たのである。
「相続しても細分化する一方の、三男や四男といった者たちを専属の兵士にしよう。
すると長男以外では次男が集約的に土地を相続する。
これを繰り返し、微小な土地を相続する者を無くしてある程度集約させれば、破産農民が無くなる。
兵士は、国が織物輸出等で稼いだ富から給与を出す。
これならば国民も、何も生産しないただ飯食いの職業兵士を許容するだろう。
彼等にしても、相続分が増えるのは歓迎だろうし」
こうしてプルは、常備軍創設準備を始める。
彼は慎重な男だ。
いきなりこんな「アッシリアの国の形」を変えるような改革を大々的にはしない。
まずは総督が持つ事を許される兵力の中で、千人程度の部隊を常備軍とする事から始める。
「ベル・ダンを呼べ」
プルは自分の副官が居ない事に気づき、護衛の者に彼を呼ぶよう命じた。
しかし、護衛の者は困ったような表情で答える。
「ベル・ダン様は近くにはいません」
「なに?
どこに行った?」
「隊商の護衛任務とかで、今はどこにいるのか分かりません」
「なんだと?
誰がそんな勝手な事を許した!」
「確か、総督の奥方が……」
「おい、ヤバを連れて来い!
これは流石に許す事が出来ん」
「それが……」
「なんだ?」
「奥方は
『総督から、私の責任を以って好きに動く事を許された』
と言って、ベル・ダン様を強引に引っ張り出し、そのまま御自身も隊商と騎馬民族どもを率いて出発されました。
総督が王に話をすると言って、王都に行っていた時の事です」
プルは
「私のせいなのかよ……」
と頭を抱えて、椅子に座り込むのであった。
明日から毎日17時の更新とします。
土日祝日は2話アップします。




