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北からの魔の手

 コーカサス南部、ビアインリ王国。

 この国はアッシリアからは「ウラルトゥ」と呼ばれている。

 また、ハルドゥ神を信奉する事から「ハルディア」という呼称もある。

 その首都・トゥシュパ(後のトルコ共和国ヴァン県)にて、大柄な男がワインを飲みながら部下の報告を聞いていた。

 その男はサルドゥリ2世、ウラルトゥの国王である。

挿絵(By みてみん)

 濃い赤褐色のストレートな髪、ヘーゼルの瞳、短く整えられた髭と、アッシリア人とは違うコーカサス系の特徴を備えていた。

 ローブではなく、山岳地帯でも動きやすいチュニックを纏い、金属製のベルトで留めている。

 ベルトだけでなく、指輪、腕輪、首飾り等、とにかく金銀鉄の工芸品を身につけている。

 鉄はこの時期は、ヒッタイトの特殊金属である為、金銀に匹敵する価値があった。

 王の金属好みは、個人の趣味もあるが、基本的にこの国が金属産出国である証でもある。

 この国は現在、南方のアッシリアを圧迫する軍事大国として、メソポタミア世界の北方に君臨していた。


「アッシリアの羽振りは良くなって来ている。

 それは織物の輸出が順調だから、という事か」

「御意」

「気に食わんな。

 銀が増えれば、またぞろ兵を動かす国に戻りかねん。

 あいつらは、大人しくわしの足下に跪く弱国であらねばならん」


 アッシリアを見下す、尊大とも言える自信を持った人物。

 実際彼は自分の事は

「偉大な王、強力な王、世界の王、ビアイニリの王、王の中の王」

 と碑文に刻ませ、アッシリアの歴代王については

「私の足下に跪く者」

 と呼んでいる。

 これはヴァン湖の岩壁碑文に実際に遺されている証拠だ。

 その自信は、ウラルトゥとアッシリアの力関係から来る。


 サルドゥリ2世の父・アルギシュティ1世の代から、アッシリアの封じ込めが始まった。

 アルギシュティ1世は、東はザグロス山脈、西はユーフラテス川上流へと領土を広げてアッシリアの頭上を覆ってしまう。

 シャルマヌ・アシャレド4世、アッシュール・ダン3世というアッシリアの王が戦いを挑むも歯が立たず、やがて防戦一方となり、軍事的にも精神的にも押し込まれてしまった。

 そしてサルドゥリ2世は西への勢力を伸ばし、サマル、アルパド、カルケミシュといった諸国に影響を及ぼした。

 こうしてユーフラテス川から地中海に到る広大な領土をもって、アッシリアを一農業国に衰退させていた。

 アッシリアは、北の金属資源・馬、西の交易ルートを失っている。

 サルドゥリ2世はこれに収まらず、アッシリア国内にも工作を行い、地方の総督に反乱を起こさせたりしていた。

 最高司令官(タルタン)シャムシ・イルは、密かにサルドゥリ2世と手を組み、内乱鎮圧においては「自作自演(マッチポンプ)」のような形でそれを封じる功をもって、権臣として王を凌ぐ勢力を持つ。

 手を組むと言ったが、サルドゥリ2世からしたら、これも工作の一環だ。

 シャムシ・イル等は単なる手駒。

 あの強欲な男がアッシリアを内から蝕めば、自分が手を下さずともアッシリアは弱体化する。

 滑稽な事にシャムシ・イルは、自分が利用されている事に気づいていない。

 自分が富を貢納するという「外交」でもってウラルトゥを防ぎ、威信をもって反乱を未然に防いでいると、信じ込んでいる。

 そしてウラルトゥから入り込んだ美女によって、

「これ程の偉人なのですから、それを内外に示して下さいまし」

 と篭絡され、今に至っていた。


 現国王アッシュール・ニラリ5世は、これを覆す力も気迫もない。

 現状に甘んじ、権臣に言われるがままに祭政からの貢納を民に求め、自身は何の業績も残していない。

 歴史はこの時期を「アッシリア暗黒期」と呼ぶ。


 こうしてメソポタミア世界の強国の座から降りようとしているアッシリアだが、まだまだ油断出来るものではない。

 もっと力を奪わねばならない。

 そう思うサルドゥリ2世ゆえに、アッシリアが織物交易で富を増やしているという報告に、警戒を滲ませた。

 コーカサスの美女を使った「要員篭絡工作(ハニートラップ)」、まあ美女が多いというのも彼の宣伝工作なのだが、それによって王は隣国の経済の動向も知る事が出来ていた。

 なにせ、アッシリアの重臣が篭絡されているのだから。

 掴んだ情報によると、経済立て直しを行っているのはカルフ総督のプルという男。

 ハニートラップに引っ掛からないクソ真面目な男。

 出自が下級貴族であり、本人も権力を志すタイプでない為、篭絡出来なかったが放置していた。

 だが、この男がアッシリアの国力回復に尽力しているとしたら、もう放置は出来ない。

 その邪魔をしてやろう。


「まあ、交易の事に兵を動かすのは無意味だ。

 わしが本気で相手をする事もない。

 手駒を動かせば、それで良い。

 サマルにいる工作員に使いをやれ」

 サルドゥリ2世はそう指示を出した。


「アッシリアは、ただ我が国に農作物を貢ぐだけの国であれば良い。

 滅ぼすつもりはない。

 下手に手を拡げ過ぎれば、ろくな事にならん。

 金属工業と交易はわしが貰うゆえ、お前らは畑を耕しておれ。

 そして、ただただ、わしに(こうべ)を垂れておればよいのだ」


 だが、このサルドゥリ2世にして知らない事がある。

 男尊女卑国家ゆえに、隠されていた為、知りようが無かったのかもしれない。

 この織物交易増大の裏には、女性の活躍があるという事を……。




 都市国家サマル。

 ここの王宮で、バグマシュティという美女が王太子に科を作っておねだりしていた。

「このアッシリアの服、もっと欲しいわ。

 季節ものを考えたら、まだまだ欲しいです。

 私、クラムワ様の為に、もっと綺麗になりたいんですぅ」

 ねだられて馬鹿王子(クラムワ)は鼻の下を伸ばしていた。

 だが、彼個人の財布には、それ程の富が入っていない。

 それと伝えてやんわり断るクラムワ。

 だが、ウラルトゥの工作員であるバグマシュティには、そんな事は百も承知である。

「一つ考えがあります。

 アッシリアの服を、全部私たちで抑えてしまうんです。

 そして、あまり良くない服は、値段を釣り上げて転売するんです。

 そうすると、差額がクラムワ様のものになりますわ」

「おお!

 素晴らしい。

 バグマシュティには商売の才能もあるのか!」

「王子」

 ここで取り巻きの一人が声を掛けて来る。

 もちろんこの男も、既に篭絡済みだ。

「大量に買うからと言って、アッシリア商人から値引きしましょう。

 向こうは大量に売れるから、多少の損には目を瞑るでしょうから」

「その通りだ。

 安く仕入れ、高く売る。

 これはアラム人も言っている商売の鉄則だ。

 よし、そうしよう。

 お前ら、手伝ってくれ。

 くれぐれも父上には内緒でな」

「王子の懐を温かくするのですな。

 国王に知れたら、全て国庫に入りますから」

「そういう事だ」

 賢そうにそんな事を言い合う男どもを眺める艶っぽい笑顔の裏で

(馬鹿な人たち……)

 バグマシュティはそう嘲っていた。




「収益が減っている?」

 表向きは夫に任せているが、既に裏で辣腕を振るっているヤバが、輸出量から算定される売上金額と、実際の収益との差に首を傾げていた。

 確かに銀の収入はある。

 しかし、予測値に比べて明らかに少ないのだ。

 売れていないから値下げしている、その可能性を調べるも、むしろ品薄で購入希望が多いそうだ。

 更に、プルに頼んで調べて貰った結果、消費者は

「値上がりした上に、いまいちな物しか買えない」

 という不満を漏らしているという。


「交易の間に、何か邪魔者が挟まったな」

 ヤバは気づいた。

 サルドゥリ2世は、簡単に気づかせないよう、ちゃんと銀収があるように調整しているし、実際プルは少ないとは感じても、そこに作為があるとは思っていない。

 プルが無能なのではなく、武断的なアッシリア男性の気質で、細かい事を気にしたら馬鹿にされる風潮があった事に起因する。

 ウラルトゥも同じようなもので、サルドゥリ2世も商人でもなければ気づかれないと考えていた。

 だが、彼の予想外の人物がいたのだ。

 アラム人商人とやり合い、国家間取引での書記官を勤め、次期国王夫人となるべく教育を受けた結果、国としての経済にまで目が行き届くようになった凄い女性が。


 ヤバは自分の故郷に使者を送り、実家の伝手を使って調査を行う。

 彼女は最初からサマルを怪しんだわけではない。

 そこが中継商業都市なのだから、調査の拠点として好都合だったからに過ぎない。

 しかし、そここそが流通路に突き刺さった棘であった。

 だから、思った以上に早く、どこで勝手な金額・流通量の調整がされているかが発覚したのだ。


「あの馬鹿王子(クラムワ)かぁぁぁ!!!」

 ヤバは、近くにいたアッシリア男性が恐怖を覚える程の怒気を発した。

 もうかつての婚約者に対し、未練などは無い。

 復讐心があるが、それとて

「こっちはこっちで、より幸せになってやるわ」

 というもので、積極的に叩きのめす気まではない。

「そっちはそっちで、好きに生きなさい」

 程度に冷めていた。

 しかし、仮にも婚約者だったから、その性格はよく知っていた。

 そして自分が形式上追放される経緯も、よく覚えている。


「あの馬鹿が思いつくのは、自分の小遣いを増やすというセコイ事のみ。

 流通に食い込むなんて、他の知恵が無いと思いつかない。

 取り巻きどもは、馬鹿と似たり寄ったりの馬鹿たちだ。

 そんな烏合の衆以外で思い当たるのは……あの阿婆擦れだ!

 ウラルトゥの篭絡(ハニトラ)工作員バグマシュティ。

 状況証拠として、あの女の纏う衣装が派手になっているようね。

 でも、それだけでは足りない。

 裏には、ウラルトゥがいる。

 その情報を掴んでからでないと、馬鹿を叩いて、馬鹿を躍らせた者に手が届かない」

 そして、暗い表情で笑う。

「私に恥をかかせた件は、もう許していました。

 だからもう関わり合いになる気はありませんでした。

 しかし、私の邪魔をするというなら、容赦しませんわ。

 叩き潰して差し上げますわ。

 そして、馬鹿に入れ知恵した者にも、相応の報いをくれてあげますわ。

 今は届かなくても、いつの日にか……。

 ウフフフフフ…………」


 その真っ黒い笑顔と暗黒闘気は、たまたまヤバの執務室の前を通りかかったプルが

魔神(パズス)?」

 とビビるくらいに、素敵なものであった。

明日17時に更新します。


サルドゥリ2世の僕のイメージは、デスラー総統で。

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