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アッシリアの王宮

「カルフ総督、織物の生産拡大、見事である。

 織物は我が国の重要な産物、これにて交易で得られる銀も増すであろう」

 玉座の上から、アッシリア国王(シャル)アッシュール・ニラリ5世が力無く話しかける。

 プルは「神の代理人」たる王を前に、手を前で組んだまま頭を垂れている。

 王の斜め前には、シャムシ・イル、ベル・ハラン・ベル・ウスルと言った権臣が立っていた。


 シャムシ・イルは、アッシリア軍の最高司令官(タルタン)である。

 約40年間に渡り三代の王に仕えた男で、王を凌ぐ独裁的な権力を有した男だ。

 もう一人のベル・ハラン・ベル・ウスルは宮内長官である。

 この男も自分の名前を冠した都市を建設し、自分を王とするような憲章碑文を立てさせる程の権力を持っている。

 こうした有力貴族が国を牛耳っていて、王は実に無気力なものだった。


 プルの妻・ヤバは、アッシリア経済の異常を見抜いている。

 税率はそのままだが、妙に祭政で貢納を求められる事が多い。

 しかし、その富を「最高神官」である王が使っている形跡が無い。

 その答えが、この権臣たちである。

 彼等の私的な事業に、神殿に納められたある意味「国王の私的な財産」が使われているのだ。


 権臣たちには、国庫の収入が増えても余り嬉しくはなかった。

 それは国家の事業に使われる資金だからだ。

 私的な事に使うには、祭事を理由にした神殿備蓄金や、自分個人の収入が増えて欲しい。

 その為、彼等はプルを冷めた目で眺めている。


 しばらくして、王宮を退出するプルに声を掛けて来た者がいた。

 アッシュール・シャル・ウスルという、アルバキ州総督を勤める男だ。

「なにやら疲れている様子ですな」

 アルバキ総督は恰幅の良い腹をゆすって笑う。

「活躍は伝え聞いておりますぞ。

 なんでも、織物の収益を倍にされたとか。

 いやはや、凄いものですなあ」

「倍ではない。

 五割増しといったところです」

 これは妻の助言に因る。

 祖国では商務においても書記官をしていたヤバは、製品を多く出し過ぎると、安く見られてしまう事を直感として理解していた。

 そこで、輸出においては国が数量を調節して、ブランド力を失わないよう進言する。

 以前は「男の仕事に口を出すな」と怒っていたプルだったが、商業は境界が曖昧でもあり、妻の助言に耳を傾ける。


 アッシリアでは兵士が重要な職であり、これは女性では務まらない。

 そして兵士として従軍中も、家族は生活をしないとならない。

 留守を預かる女性が、商取引をする事は、やむを得ないのだ。

 そうしてどの国でもそうだが、台所を預かる者は家庭内の経済に詳しくなる。

 男尊女卑の社会ながら、遠方で兵役中の夫に対し

「送られた銀の純度が低い」

 と文句を書いた手紙(粘土板)が発掘されたりする。

 市井においてさえそうなのに、ヤバは以前は国家ビジネスに関わっていた女性だ。

 最終判断は自分だ、と自尊心を守りながら、プルは妻の助言に従って輸出調整をしたのだ。

 結果、価値下落を食い止め、かつ持続的に儲けを出せる5割増しの収益を得たのである。

 ヤバが言うには

「倍増とかは、気分は良いかもしれないが、長くは続きませんよ。

 買ってくれる相手が無限にいるならともかく、大量に売って全員に行き渡ったら、次の期では全く売れないなんてよくある事です」

 との事。

「それでは数量調整しても、いずれ全員が所持し、売れなくなるのではないか?」

 と反論するも

「流行ってものがありましてね。

 一定の期間が過ぎると、違うデザインの物が欲しくなるのです。

 その時まで細く、長く売って、流通量を抑えて常に相手に欲しいという気を持たせ続ける。

 これが大事ですよ」

 と返されてしまった。

 プルは最近、すっかり妻に頭が上がらなくなって来た。

 本人はふんぞり返っているが、実際はヤバの助言が必要になって来ていて、彼女に頼ってしまっている。

 まあ種明かしをすると、ヤバも

「アラム人商人に教わった事です」

 との事なのだが。


 そんな収入増で、国庫への納入も増えた事に対し、権臣たちが口を挟んで来たのだ。

「神の民アッシリア人にあるまじき、卑劣な手段で儲けているのではあるまいな?」

「織物の生産量が大幅に増したと聞く。

 女の仕事に、男の奴隷を大量に使ったりしてはおるまいな」

「魔術を使って、まがい物を作ったりはしてないだろうな」

 王の前から下がると、別部屋に連れ込まれ、愚痴愚痴詰められたのだ。

 彼等の最終要求は

「そんな儲け方があるなら、自分にだけ教えろ!

 自分を儲けさせろ!」

 なのだ。

 付き合っていられない。

 クソ真面目な男は、こういう王宮でのやり取りに疲れ果てて、帰る途中だったのである。


「そうですか。

 そのような事があったのですか」

 アルバキ総督は同情してくれる。

 この男は、ストレス少なく上手く権臣たちと付き合っているようだ。

 かと言って、彼等に阿ってもいない。

 万事無難に済まし、空いた時間で人生を楽しんでいる為、痩せぎすなプルとは違って、中々貫禄がある体つきになっている。

「儲け方なら、教えてやってもよろしいのでは?

 やましい事が無いなら、可能でしょう」

 そう助言するも、プルの表情は暗い。

「やましい事が、無くも無い。

 魔術とか禁じられた事はしていないが……。

 あれは妻の策なのだ。

 それと知れたら……」

「はあ、なるほど。

 それと知られたら、プル殿は軟弱者呼ばわりされ、最悪失脚しますな」

 やれやれとアルバキ総督は肩を竦める。

 と同時に

(この男は、妻の助言に耳を貸す男だったか?)

 と疑問に感じた。

 死別した以前の妻に対して、臨終の席に居なかったという冷たさを伝え聞いている。

 やる気が無い国王と、利権を貪る権臣たちと違い、真面目に仕事をしているから激務であり、本人も倒れる寸前で、妻の方が共倒れをしないよう「見舞いに来ないで欲しい」と頼んだのが真相なのだが、中々真実とは伝わらないものである。

 輸出による収益が5割増しから、2倍になったとねじ曲がり、いつしか3倍になったと話が更に大きくなるかもしれない。

 真面目なだけかと思いきや、冷淡で、強欲で、凄腕の総督。

 味方にしたい、いやその富だけが欲しい、いやここで叩き潰した方が良いかも。

 そんなこんなで、プルは王宮において妙な腫物扱いになっていた。




「お帰りなさい!」

 アルバキ総督と別れ、帰宅したプルをヤバが出迎える。

 その脇には、部下たちが並んでプルに挨拶をした。

 台所では、そんな部下の妻たちが頭を下げている。


「何やってるんだ?」

「バターの作り方の効率化です!」

「またか……。

 お前は効率化しか頭に無いのか?」

「御主人様、私は効率化のその先を見ているのです」

「ああ、そうだったな。

 効率化は労働時間を短くする、空いた時間で人は新たな事に取り組む。

 その余裕が人だけでなく、国も発展させる。

 飽きるくらい聞いた」

「覚えていてくれて、感激です~」

「皆の前だ、そんな態度はやめろ。

 で、バターの作り方は効率化出来たのか?」

「それが中々上手くいかなくてですね。

 そこで、新しい教え手を紹介します。

 どうぞ!

 こちらは遊牧民(スキタイ)のですねえ……」

「待て!

 お前は私の留守中に、遊牧民を家に入れたのか?」

 スキタイは、この時代のオリエント世界の悩みの種であった。

 そんな者を招き入れるとは何事か!

 酔狂にも程があろう。

「カルフ総督に対する使者です。

 こちらには御主人様と国王様への貢ぎ物があります」

「使者か……。

 上手い抜け道を使いおったな」


 ヤバにこれ以上負けるのも嫌なので、プルは台所を出て、部下たちの待つ部屋に戻った。

 そして、女たちが作った料理で、皆で宴会をする。

 皆が、出来上がった新しいバターという土産を持って帰った後、プルはヤバを呼んだ。


「えーっと、怒っておいでですか?」

「怒られる事をしたのか?」

「いえいえ。

 やましい事は何一つしていません」

「やましい事か……」

 プルは帰宅前にアルバキ総督と話した事を思い出し、苦笑いを浮かべる。

 まさにその事が、妻を呼んだ用件なのだ。


「……というわけで、お前の考えた生産量拡大法を、皆が欲している」

 そう打ち明ける夫に、ヤバが呆れた表情になった。

「教えてあげれば良いじゃないですか。

 むしろ、なんで今まで黙ってたんですか?

 御主人様はアッシリアの総督、高官ですよね。

 皆が織物生産を効率化すれば、国全体の力が上がります。

 ついでに、女性の重要度も増すから、今みたいな扱いも消えて……」

「最後のは聞かなかった事にする。

 確かに、皆に伝えれば、国力が増す。

 それはそうなのだ。

 だが、これをどう伝えれば良い?

 女が考えた事と知れたら、誰も取り入れないし、むしろ今の我々に対し妨害してくれかもしれない」

「私が考えた事というのが問題なのですね?」

「そうだ」

「だったら、御主人様が考えた事とすれば良いでしょう」

「お前の功績を横取りしろというのか?」

「私の功績なんかじゃありませんからね。

 それを言ったら、私だって先祖の功績を横取りして使ったようなものです。

 誰が考えたのかが大事なら、それはヒッタイトの祖先たちが考えたものです。

 そう伝えたらよろしいでしょう」

「お前はそれで良いのか?」

「私は、別に功績が欲しいのではないですから。

 嫁ぎ先を豊かにするのが、私の楽しみです」

 嘘は言っていないが、それが全てではない。

 プルは薄々察しているが、それ以上追求しなかった。

 代わりに違う質問をする。


「お前の生産方法を欲しているのは、強欲で名高い権臣たちだ。

 そうやって大量生産したら、お前が言っている数量調整も無視して、売れるだけ売ってしまうかもしれないぞ」

「市場が荒らされるという事ですね」

「……よく分からないが、そういう事だ。

 それに対して、どう対処する?」

 ヤバはちょっとだけ考えてから、回答した。

「きっとそのようにはなりません。

 御主人様が私の手法を説明したとして、何人がそれを実現出来ますやら。

 もしかたら、全員失敗するかもしれません。

 何故なら……」

 プルは前のめりになり、息を呑んで次の言葉を待つ。

「何故なら、どの工程をどう効率化するか、調整出来る女性が居ないからです。

 試しに私抜きで、他の女性たちにやらせてみて下さい。

 不満が出ないよう平等に割り振るか、力が強い者が楽な作業と成果を独占して、収拾がつかなくなります。

 もしきちんと調整出来る女性が居たなら、それは素晴らしい事です。

 是非登用なさって下さい。

 しかし、どうもそういう強欲な者の周りには、お零れを狙って小狡く立ち回る者は居ても、自分を捨てて調整を行うような者は居ないように思います」

「それもヒッタイトの知恵か?」

「いえ、これは私の経験です」

「そうか……」


 大体、集団は類が友を呼ぶ傾向にある。

 祖国サマルにても、馬鹿王子(クラムワ)の周りには軽薄な男女しか集まらなかった。

 上が多種多彩な者を集める器量を持たない限り、集団はリーダーの個性のままとなってしまう。


 プルは頷いた。

 やがて彼は、自分の管轄で広まっているやり方を公開する。

 クソ真面目な彼は、ノウハウまで含めて何も隠さなかった。

 それで成功したのは、アッシュール・シャル・ウスルが統治するアルバキ州など、一部だけである。

 情報を欲した者たちは、一時的には成功しても、思った以上の成果が出ず、かつ女たちが喧嘩を始めた事で、従来のやり方に戻すのであった。

19時にも更新します。

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