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ウラルトゥ、動く!

 ウラルトゥ王国首都トゥシュパにて。

 サルドゥリ2世が将軍たちを前に軍議を開いていた。


「バビロンの説得に時間が掛かったが、ようやく準備が整った。

 其方たちの方も、準備は良いな?」

「ハハッ。

 国境沿いの要塞には、武器・食糧・水を十分に備蓄させました。

 防御施設も整備し、アッシリアの攻撃を受け付けるものではありません」

「戦車部隊も用意は出来ています。

 車軸を強化し、山道を走っても壊れる事はありません」

「敵を誘い込む機動は、何度も訓練して兵士も十分慣れました。

 いつでも戦えます」

「頼りになる将軍たちだ。

 それでは、これよりアッシリアの国境を侵すぞ。

 兵士たちに伝えよ、奪い放題である、と!」


 紀元前746年、ウラルトゥとその同盟軍は、四方からアッシリアを攻撃し始めた。




 ウラルトゥは金属資源の国である。

 矢の生産力が高く、幾らでも用意が出来ていた。

 その矢を活かす戦い、それは要塞に籠っての射撃戦であった。

 ウラルトゥの基本戦術は、以下のようなものである。

 まずは歩兵部隊が侵攻し、村々から略奪し、放火し、虐殺を行う。

 こうして国境が侵された敵国は、迎撃部隊を出撃させる。

 だが、彼等はまともに戦わない。

 戦車とも連携し、地の利を活かせる場所を転々とする。

 そうやって戦い続けながら、敵を要塞の射程内に引き込む。

 そして敵を要塞攻略戦に引き摺り込むと、陣地の防御力を使って敵を撃破する。

 その後、撤退する敵を歩兵・戦車の部隊が追撃し、戦果を拡大する。


 そして得た領土に、更に前進基地を作り、そこも要塞化する。

 徹底した陣地戦を基本戦術(ドクトリン)とする国家であった。

挿絵(By みてみん)


 この戦術は、アッシリアに対して相性が良い。

 アッシリアは、攻撃専門の農兵部隊である。

 農閑期に徴兵され、侵略を行い、敵地で略奪を行って農繁期までに戦争を終わらせるものだ。

 兵站も長期戦も想定していない、攻めるだけの軍である。

 よって、陣地戦に引き込まれ、長期戦になると欠点が多数さらけ出される。

 すぐに矢が尽きてしまう。

 略奪する物が無いと、士気が低下してしまう。

 更に食糧も不足し、飢え始める。

 時期が来れば、戦争を放棄して農地に帰りたがる。

 こんなアッシリア軍は、ウラルトゥに三代に渡って負け続けていた。


 アッシリアを進歩の無い国と笑ってはならない。

 進歩しないように操作していたのは、ウラルトゥなのだ。

 度重なる戦争で疲弊させ、次第に負け犬根性にしていく。

 実際、現アッシリア王アッシュール・ニラリ5世は、軍事国家の長にも関わらず外征などしなくなってしまった。

 また、アッシリアの貴族たちを取り込み、腐敗させていく。

 軍拡とウラルトゥ打倒など志す者が現れたら、初動で潰させた。

 それでも挫けずにいる者に対しては、今回のように侵略をして、改革の時間を与えない。

 そして、権臣たちが出て来たら、兵を引く。

「お前が間違った事をするから、外敵に攻められたのだ!」

 と弾劾し、失脚させたり、時には処刑をさせる。

 こうしてアッシリアは数十年、停滞してしまったのだ。


 サルドゥリ2世がプルとヤバに気づき、妨害行動を行ったのは、これが理由である。

 彼等は目立つ形で軍事強化を行っていない。

 まずは経済の発展から始まった。

 しかし、サルドゥリ2世にはそれが脅威に映る。

 矢戦、要塞建築、長期戦を行うウラルトゥの王には、経済力が軍事の鍵という意識が直感的にあったのだ。

 表立って軍拡をしていないから、アッシリア国内の貴族を使っての妨害には限界がある。

 だから経済を潰そうと様々な嫌がらせをしたが、この小癪な夫妻はそれを悉く潰した。

 それでもサルドゥリ2世が余裕の態度だったのは、彼には最終的には軍事力に訴える、それで今まで目論見は全て潰した来た実績があったからだ。

 お遊びで潰せたら、それでも良かった。

 最近はそういう骨のある奴はいなく、何かしようとする者が居ても、お遊びで攻撃を仕掛けたら簡単に諦めてしまった。

 そういう意味で、楽しい遊びと言えた。


 遊びは本業までの繋ぎでしかない。

 サルドゥリ2世は、同盟国ビト・アグシのマティ・イル国王を介して、外交での準備を整えていたのだ。

 時間は掛かったが、これで本業・軍事に訴える事が出来る。




 アッシリアを取り巻く状況は悲惨である。

 北方と東方にはウラルトゥの拡大した領土が囲むように存在していた。

 西方は「シリア門」を使った、あるいは地中海に抜ける交易路なのだが、ここに点在する新ヒッタイト諸王国が反アッシリア同盟を組んで離反したのである。

 この新ヒッタイト諸王国は、同盟の取り纏め役であるマティ・イルのビト・アグシ王国、ヤバの故郷の都市国家サマルの他、ハマト王国、カルケミシュ王国、クムフ王国、グルグム王国といった国々であった。

 いずれも河川の渡河点を抑えていたり、山がちなこの地域の隘路に在ったり、馬の産地や木材資源の宝庫という強みを持った国々である。

 これらの国に、民族が違うがダマスコ(都市国家ダマスカス)も加わり、アッシリアの交易路を完全に封鎖したのである。

「シリア門」は封鎖され、アッシリアの全商品は行き場を失う事になった。


 アッシリアの南……というかティグリス川の下流域にも国が存在する。

 世界史に有名なバビロニア王国がそこに在った。


 この頃のバビロニアは、第8王朝もしくはE王朝と分類されている。

 当時の人間がそう呼んだわけではない。

 だが、「E」については、ほぼ当時の記録由来の呼称なのだ。


 ハムラビ法典で有名な第1王朝を始めとし、カッシート人による第3王朝、イシン市を拠点としてエラム人と戦った第4王朝、バジ地方の部族が立てた第7王朝と、基本的には一つ王家が主流となる民族や地方を率いて君臨していた。

 それぞれの時代を締めくくった歴史記録では、「アムル王朝」「カッシート王朝」という「何者の国だったか」が記載されていた。

 それが、この第8王朝が終わった時、歴史記録には「E王朝」と楔形文字で刻まれていたのである。

 この「E」という記号は、「混合」や「無秩序」を意味する言葉の略称とも言われる。

 つまり、血の繋がりがない王が次々と即位した、特定の家系や部族による一貫した支配の無かった時代だったのだ。


 このE王朝は、バビロニア人、アラム人、カルデア人という3つの民族から王が出ている。

 この3つの民族による混成王朝であり、統一行動が取れない。

 サルドゥリ2世やマティ・イルが手こずったのは、この分裂構造に起因する。

 現在のバビロニア王はナブー・ナツィルという男だが、その前の王の時代は統治能力不足から、国内の治安が悪化しまくって、外交の窓口がどこなのか分からない状態だったのである。

 こんなまとまりの無い国だが、対アッシリア戦争では重要なのだ。

 単に南に兵力を割かねばならないだけではない。

 バビロニアとはアッシリアの宗教・文化の源流という別格の存在だからである。


 この当時のメソポタミア世界では、「アキトゥ祭」という新年と春分を祝う祭典がバビロニアで開かれていた。

 約12日間のこの祭典の5日目、メソポタミア世界の全ての王は、「神々の王」マルドゥークの審査を受ける。

 マルドゥークから合格を与えられて、始めて王として認められるのだ。

 アッシリアも例外ではない。


 アッシリアは、バビロニアにわざわざ出向く事を嫌い、アッシュール神をもってマルドゥーク神に替えようとした事もある。

 しかし、過去にバビロニアを攻めた王は悉く暗殺されたり病死したりした為、

「バビロニアを傷つける者は必ず滅びる」

 という恐れがまかり通っていた。

 それで現在でも、アッシリアはマルドゥーク神の審査を受けなければならない立場のままである。


 故に、バビロニアがアッシリアを攻める事は、アッシリア王の権威を否定する効果があるのだ。

 バビロニアと敵対関係になり、アキトゥ祭から締め出されたら、アッシリア人は「神の恩寵を受けない王」を戴く事になる。

 権臣が王を凌ぐ現在、それは避けたい事態であろう。


 アッシリアを完全に滅ぼす気はなく、戦争の落としどころを考えている現実主義者のサルドゥリ2世は、バビロニアをアッシリア包囲網に組み込む事を開戦の絶対条件としていたのである。




 そして準備が整った連合軍は、アッシリア攻撃を始めた。

 まずはマティ・イル率いる「反アッシリア同盟シリア諸国」が「シリア門」の封鎖と、アッシリア隊商の領内通過禁止を宣告する。

 これに対し、アッシリア王アッシュール・ニラリ5世は懲罰の軍を派遣した。

 アッシリア軍はアルパド市まで進軍するが、そこに急報が入る。

 ウラルトゥ軍が、北方及び西方から侵入して来たのだ。

 アッシリア軍はシリア方面に構っていられなくなり、兵を退いた。

 マティ・イルは勝利を宣言する。

 これによりアッシリアの威信は大いに傷つき、領内からも離反する都市や、反乱を起こす管区が現れ始めた。


 アッシリアは危機を迎える。




「我々、カルフ総督府も王国の為に戦わねばならぬ」

 プルが配下の軍人を集めて告げる。

 そこには、女性ながら総督夫人ヤバも呼ばれていた。

 軍議だから、男尊女卑が色濃く出て、管区経済の功労者とはいえヤバには冷ややかな視線が向けられていた。

 プルはヤバに

「お前は祖国の情報を集め、可能ならそれを活かしてシリアの同盟軍を切り崩せ。

 神聖な軍議に女を混ぜた理由はただそれだけだ。

 分かったら早速行動に移せ」

 と命じる。


 ヤバは流石に軍議では一言も発しない。

 黙って頷くと、軍議から退出していった。

 女性が去って軍人たちはホッとし、具体的な行動計画が提案される。

 現在は士官だけ居て、兵士が居ない状態だ。

 農民をしている兵士を、直ちに軍に呼び戻さねばならない。

 動員計画と部隊編成、そしてどの方面の敵と戦うかが話し合われた。


 だが、カルフ総督府には他とは違う強みがある。

 年々規模を拡大させていった常備軍があるのだ。

 更に給与によって雇われ、自由に使う事が出来る異民族の傭兵部隊もある。

 これらをどう使うか?

 軍議が終わった後、近くで控えていたヤバを呼び、これらの部隊をどう動かすかの意見を求めた。

 ヤバは軍事教育を全く受けていない為、戦術的な事は聞いても答えられないだろう。

 だが、この女性は意外なアイデアを出して来るから軽視出来ない。

 軍議で発言させる事は出来ないが、意見を聞かないのは勿体無い。

 そんなプルに対し、ヤバはやはり意表を衝いた考えを言って来た。


「傭兵部隊の内、遊牧民(スキタイ)部隊には北に行ってもらいましょう。

 そしてスキタイによって、ウラルトゥの背後を脅かして貰いましょう。

 その為の金銀財宝は、十分に有りますからね!」


 アッシリアの運命を左右する戦いが始まった。

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― 新着の感想 ―
サラドゥリ2世は戦略家として優れていますね。 まず戦う前に条件を整えてから、最後に軍事行動を起こすと。 東、西、北を押さえられたら、あとは南のエジプトあたりに援軍を求めるくらいしか思いつきませんが、そ…
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