父の威厳
「へー、アッシュール・イルニ君が私を排除しようとしているんだ」
報告を聞いたヤバは、織物の売上を計算しながら答えた。
まったく迂闊である。
アッシュール・イルニは、父を変えてしまった後妻を恨み、排除、可能ならば殺害しようとしている。
しかし、経験不足な青年は、簡単にその意思を掴まれてしまう。
彼は、父の腹心で忠実に職務をこなしている副官のベル・ダンに相談した。
ベル・ダンは神妙な表情で、総督の子の憤りを受け止め
「私にも考えがあります」
と返答した。
アッシュール・イルニは彼も今の総督府の在り様に不満を持っているものと解釈したが、全然違う。
ベル・ダンは、ヤバのやる事が男尊女卑のアッシリアにおいて問題を起こさないよう調整する緩衝材としての役割を果たしているから、アッシリアの旧体制派とも近いように見えるだけで、基本的には改革推奨派なのである。
総督の副官として、富を生み、それを元手に効率の良い行政を作れるというのは、歓迎すべき事なのだ。
確かにアッシリアの国体に合わせないとならないが、ヤバはきちんと「夫の立場を危うくしない」よう計算しているし、総督の助けとなる事に限って改革し、無闇やたらと自分の考えを主張してはいない。
男尊女卑ゴリゴリの原理主義者からしたら許し難いが、普通に結婚してある程度を女性にも任せる程度の融通が効く大人のアッシリア男性からしたら、許容範囲なのである。
相当ギリギリを攻めた感じではあるが。
「さて、坊ちゃんが私に挑戦して来ようと言うなら、受けて立ちましょうか。
若いって良いですね、怖い者知らずで。
さあて、返り討ちにして差し上げ……」
「やめろよ!
あいつは私の息子だ。
お前が反撃したら、折角の息子が再起不能になりかねん」
隣に居て織物の売上計算を見ていた夫のプルが止める。
ヤバは、祖国サマルの王太子、敵国ウラルトゥの国王と渡り合って来ている。
自分や子供の身を守る為に本気で潰しに来られたら、側近教育修了したばかりの青二才などひとたまりもない。
自信喪失して使い者にならなくなるか、一層男尊女卑原理主義を拗らせ、これもこれで社会的に使い者にならない不適合者になりかねない。
「そんな、私が本気を出すとお考えですか?
ちゃんと手加減しますよ」
「お前の手加減は、一国の通商路を潰すくらいなんだろ?
子育て中で自ら出向けないのに、あれだけの事をやってのけたんだ。
獅子の軽い一撃を食らったら、子猫はひとたまりもないと知れ。
なあ、ベル・ダン」
「御意。
奥方の軽いお遊びで、傭兵集団が一個潰されたのを、間近で見ましたので」
「嫌だなあ。
あれは助けてくれた人たちが有能だったからですよ。
私一人の力では……」
「ともかく、お前は手を出すな!」
「総督の仰る通り!」
男2人にここまで恐れられている。
ヤバは大人しくするしか無かった。
「お呼びでしょうか? 父上」
総督府にやって来たアッシュール・イルニは、怒号を浴びる。
「父上ではない、総督閣下だ!
公私混同するな!」
「はっ、失礼しました、総督閣下!
アッシュール・イルニ、参上しました」
「うむ。
では意見を言う事を許す。
君は私に対し、物申したいように見える。
命令だ、その意見を言え。
その事によって処罰はしない」
見ると、総督の隣で副官のベル・ダンが頷いている。
彼はプルの意向により、内通者である事を悟らせず、引き続きアッシュール・イルニの同志として振舞う事になった。
監視する者が必要だったのと、同意する者が居ないと余計に意固地になりかねないからだ。
(どうやら、ベル・ダンが父上に話を通してくれたようだ)
アッシュール・イルニはそう解釈し、自分の意見を父である総督に語り出す。
父であり、総督である人物を説得する絶好の機会だ。
ひと通り意見を言い終わり、スッキリした表情のアッシュール・イルニとは対照的に、プルは無表情なままだ。
まあ、この方が子が知る父親の顔なのだが。
「意見は聞いた。
下がって良い」
「あの……取り入れて貰えるのでしょうか?」
「誰が質問して良いと言った!」
「失礼しました」
父の圧に負けて小さくなるアッシュール・イルニに、ベル・ダンが助け船を出す。
「総督閣下、意見具申してもよろしいですか?」
「許す」
「この者はまだ若く、総督府の仕事にも礼儀にも慣れていません。
ここは若者を育てると思って、感想くらいは伝えてもよろしいかと存じます」
「一理ある。
ではアッシュール・イルニよ、私の感想を伝える。
よく言った。
アッシリアの若者らしい、国王直属部下らしい、素晴らしい意見だ」
それを聞いてアッシュール・イルニがほっとする。
だが
「感想は以上だ。
取り入れるかどうかは私が決める。
以上だ」
と言われ、彼は思わず
「是非取り入れて、アッシリアの原点に立ち返って下さい!」
と叫んでしまった。
これには思わずベル・ダンが
「僭越ですぞ!」
と窘めた。
礼儀を再び欠いた事に気づき、青くなるアッシュール・イルニに、総督は厳しい目を向ける。
「アッシュール・イルニ、君は何者だ?」
「あ、は?
総督の長男です」
「違う。
君は総督か? それとも王命を伝える使者か?」
「いえ、カルフ総督府に赴任した役人見習いです」
「その見習いが、総督に翻意を求める等、秩序を大いに乱しておると知れ。
本来なら厳罰ものだが、副官が言うように若者を育てる必要もある。
今回は不問に帰すゆえ、何も言わずに下がれ!」
「は、度々の無礼、申し訳ございません。
アッシュール・イルニ、下がります!」
息子を下がらせた後、プルは副官に雑事を頼んだ。
「この後、結果を報告する為に書状を送るはずだ。
その送り先を知らせよ」
「御意」
プルは、アッシュール・イルニの言動に何者かの意見が混ざっていると察した。
改革は既に数年を経過している。
織物や乳製品の加工技術が上がり、州内の景気が良くなった。
王宮からの貢納要求に、無理して領内から富を集める必要もなくなった。
土地評価に基づいた新しい税制は、実質的な税率低下となり、農民のやる気が向上した。
社会におけるはみだし者に、新しい職を与える事で、社会を安定化させた。
領内ではもう、改革に不満を唱える者はいない。
にも関わらず、アッシュール・イルニは
「……と言われている」
「……というように、評判が悪い」
「……のようにすべきと、皆が言っている」
という口調であった。
首都で相当に吹き込まれて来たに違いない。
自分に対し、ネチネチ言う者がいるのは知っているが、それが息子を使って何かしようとしているなら無視は出来ない。
どの程度の繋がりで、何をたくらんでいるのか、知る必要がある。
繰り返しになるが、プルは以前は視野狭窄に陥っていただけで、基本的に有能なのだ。
クソ真面目な性格ではあるが。
同時にプルは、アッシュール・イルニに対し総督府の仕事を与える。
雑務とは言えない、重要な仕事ばかりだ。
「意見は聞いた。
その情熱があるのなら、職務も覚えろ。
採用すべき意見だったか否か、まずは仕事をする事によって判断せよ。
その後、再度意見を聞く。
実務経験の無い若者の情熱を、そのまま受け止める程、総督の職は軽いものではないと知れ」
厳しい事を言われたが、一方で
「仕事を覚え、総督府の事を理解した後、再度説得の機会が与えられたのですよ」
とベル・ダンに解説されると、若者は張り切って仕事に挑んだ。
そしてアッシュール・イルニも父に似て、相当に真面目である。
サボったり手を抜いたりせずに、仕事に精励する。
総督府の仕事は、綺麗事では済まない。
王の側近として、王宮や神殿に勤めていたのとは訳が違う。
神学と理念と忠誠だけで職務を全うした気分になれたムシルケ時代とは異なる。
相手は自然であり、外国であり、そこに生きる農民であり、面倒な仕事を分け合う同僚である。
助けてくれたら礼を言うのが筋であり、時には礼物を贈る必要がある。
交際費などというものは認められておらず、自らの給与から出せねばならない。
現地に足を運び、兵と肩を並べて作業をし、他国の商人との交易の場にも立ち会う。
特に交易の場には、忌々しいと思っていたヤバが同席しているが、彼女に対する外国商人の信頼は厚いようで、原理主義的に嫌ってばかりもいられなくなった。
こうした「お役所仕事」の裏にある生々しい仕事を覚えていくと、雑務をこなす者が欲しくなって来る。
聞くと同僚は
「妻にやらせている」
と答えた。
彼は、世の中が男尊女卑原理主義のようではなく、女性にも頼らねば回らない事を悟った。
「総督閣下、お呼びでしょうか?」
実務に慣れ、表情も変わって来たアッシュール・イルニが再度プルから呼び出される。
「うむ。
公務と私事が混ざった話になる。
特別に『父』と呼ぶ事を許す」
「はっ」
「首都の高官から、君と私の関係がこじれているようだから、仲良くするようにと書状が来た」
「御迷惑をおかけし、申し訳ございません」
「いや、良い。
彼等の手を煩わす事無く、我々父子の関係は悪化せずに済んだ。
しかし、だからと言って心配をしてくれた者たちに、礼をせねばならん」
「そのようですね。
理解出来ます」
「これくらいの品物を贈ろうと思うが、意見を聞かせて欲しい」
そう言って粘土板を示す父。
「これは、多過ぎませんか?
全ては領民から集めた富ではないですか?」
「ふふ……、君の口からそんな言葉を聞こうとはな。
最高司令官や宮内長官への礼だから、相応のものが必要と言うかと思ったぞ」
「心外です。
大体、賄賂は禁じられています。
過度の礼物は、賄賂と看做される事もあるでしょう。
媚びすぎはいけません」
「聞き入れよう。
だが、この礼物は私的な倉庫より出たものだ。
民からの税ではない」
「はあ……」
「我が妻の仕事によって得たものだ。
決して民から強引に集めたものではない。
それと、私が贅沢をしていない事は、君もよく見ていると思う」
「はっ! 尊敬しております」
「息子にそう言われて父は嬉しい。
だから、何も疚しい所はない礼物だから、贈るよう手配し給え」
「了解しました」
「ベル・ダン、私事と公務と分からんような仕事だが、彼を手伝ってやれ」
「了解しました。
総督より命じられた以上、公務として仕事します」
プルが副官にこのような仕事を命じるのは、息子が誰に一番気を使っているのかを知る為でもある。
書状の送り先で、誰が息子を操ったのかは分かった。
あとはその配分である。
誰を警戒すべきか、知らねばならない。
そして、妻の言い癖ではないが
「ちょっかいをかけて来た以上、反撃せねばなるまい。
やった者は、やり返されると覚悟するものだ。
叩き潰してやろう」
とも思っているのだ。
それと悟らせず、息子を下がらせる際、サラッと爆弾を落とす。
「礼物を用意したヤバに会って、礼を言っておくように。
これは父であり、総督でもある者の命令である」




