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長男の帰郷

 ビト・アグシ国王マティ・イルからの報告を聞いたサルドゥリ2世は、頭を抱えていた。

「サマルの馬鹿王子が、余計な事をしおって……。

 知らん!

 勝手にしろ!

 それよりも、うちの工作員は何故馬鹿の余計な仕事を止めなかったのか!」

 織物交易でサマルをスキップされた事を、馬鹿王子ことクラムワが泣きついて来たという。

 海賊行為を「海の民」に頼んだところ、その「海の民」ごと引き抜かれ、サマルを飛ばした海の交易路を作られてしまった。

 アッシリアは織物以外の交易では、引き続きサマルと「シリア門」を利用しているのだが、これも最早脅しの道具になっている。

「余計な事をしたら、他の交易品もスキップするぞ」

 と。

 馬鹿王子は中継交易を生業としている国民から、散々に非難されているそうだ。

 そして、この件を諫めなかったウラルトゥの工作員バグマシュティも、とばっちりで王の不興を買っている。

 彼女は以前の失敗により、王から

「余計な事はするな、わしの言って通りに動け」

 と厳命されていたから、動きたくとも動けなかったのだが……。


「まあ、良いだろう」

 サルドゥリ2世は周囲を見渡す。

「カルフ総督とその奥方、中々楽しい遊び相手であった。

 サマルの馬鹿王子が思った以上に使えなかったが、それも込みで楽しめた。

 これからがわしの遊びだ。

 ここからは、どんなに切れ者でも、カルフ総督の奥方に出来る事はない。

 皆の者、準備は整いつつある。

 ビアインリ(アッシリアが言うウラルトゥ)の実力を見せる時だぞ!」

 サルドゥリ2世の演説に、部下たちが歓呼の雄叫びを挙げていた。




 その頃、カルフ市ではある家族でひと騒動が起きようとしていた。

 カルフ総督プルの長男が、首都アッシュールから帰って来たのである。


 繰り返しになるが、アッシリアは神聖国家にして軍事国家である。

 軍事国家には、幼い子弟を親から引き離し、英才教育をする事がある。

 有名なスパルタは、子弟教育(アゴーゲー)により、子供が7歳になると国家主導の軍事訓練を施される。

 子供たちは肉体的・精神的苦痛を与えられ、それで規律と忍耐力、戦闘能力を徹底的に鍛え上げられる。

 薩摩藩では、郷中教育という先輩(二歳(にせ))が後輩(稚児)を指導する仕組みがある。

 ここでも勉強だけでなく、武芸や礼儀、心身の鍛錬がされた。

 他にもアステカ帝国では、テルポチカリという公立軍事訓練校で共同生活をしながら武器の扱い、戦術、歴史、宗教を学ぶ。

 ナチス・ドイツではヒトラー・ユーゲントという、10歳から18歳の少年を対象に、将来の兵士としての肉体訓練を施す組織があった。


 一方、宗教の方でも、早くから子供を神の使徒として英才教育する仕組みがある。

 古代ユダヤ教では、宗教学校(イエシャバ)で選ばれた才能を持つ子供は、口伝律法(タルムード)や法解釈を1日10時間以上学ぶ。

 遥か後世では、共産主義を信奉する者が、「既存の価値観を一切持たない無垢な存在」である子供を親から引き離して、親よりも組織への忠誠を優先するよう教育したりした。


 アッシリアもまた、まさにそういう教育システムを持っている。

 それはムシルケ制度と言う。

 地方総督や属州王の息子たちを王都に集めて、共同生活をさせる。

 反乱を防ぐ「人質」としつつ、子供たちを王を支える「未来の幹部」として育成するものだ。

 カルフ総督プルの長男アッシュール・イルニは、この数年「王の直属部下(ムシルケ)」としての寄宿生活を過ごしていたのだ。


 下級貴族出身で、税吏から抜擢されたプルは、この教育を受けていない。

 プルの先妻は中級貴族の娘であった為、アッシュール・イルニはムシルケ教育を受けるに相応しい身分であった。

 この長男が親元を離れて英才教育を受けている間に、彼の母が病死し、後妻としてヤバが嫁いで来て、様々な事をやらかしていたのである。


 初対面のヤバに向かい、アッシュール・イルニは

「お前は父上の女ではあるが、俺の義母ではない。

 よく身の程を弁えろ」

 と言ってのけた。

 男尊女卑のアッシリアの気風に、髪の先からつま先までどっぷりと浸かった者らしい言である。


(なんか懐かしい感じだなあ)

 蔑視を向けられるヤバは、どこ吹く風、呑気にそんな感想を持っていた。


 彼女が嫁いで来たばかりの頃は、夫のプルもそんな感じだった。

 ヤバが都市国家サマルの王族である事に多少気を使ったくらいで、基本は

「女は男のやる事に口を出すな」

 というスタンスである。

 それからしたら、今は相当に柔軟になったものだ。


 そしてそれはプルだけでない。

 プルが総督を勤めるカルフ管内では、女性が財政を潤す織物産業で活躍し、これまでは社会的に虐げられていた寡婦や子育ての終わった夫人が、銀の検査官として活躍している。

 それを見る男性たちも、基本的な男尊女卑の価値観を捨ててはいないが、働く女性に対しては相応の敬意を払うようになった。


 更にカルフ管区では、様々な改革が進められている。

 戦時中でも無いのに兵士が兵営に居て、常時訓練をしている。

 訓練する兵士以外にも、道路整備をしている兵士もいる。

 聞けば、伝令が迅速に移動出来る道で、駅伝制度を整えているそうだ。

 そこには北方の蛮族・スキタイが馬に乗って屯っている。

 総督府には文官が増え、農地について記録をしまくっている。

 数年見ない間に、随分と変わってしまったようだ。


「父上!」

「おお、息子よ。

 よく帰って来た!」

 久々に会う父も、随分と明るい感じになった。

 アッシュール・イルニが知る父は、険しい顔をして、話しかけても

「忙しい、後で聞く」

 と素っ気なかった。


「父上は体調が良くなられたようですね?」

「いやあ、そうでもないぞ。

 新しい妻、お前の義母になるが、あれが頭痛の種だ」

 そう言いながらも、表情が柔らかである。

「父上、俺はあの女を義母と認めていません」

「そうか。

 ならばそれで良い。

 私と同じように振舞う必要はないからな」

 この辺りは昔の父と同じ、冷徹な感じである。

 だが、次の言葉にアッシュール・イルニは驚かされた。

「まあ、ヤバという女を甘く見ない事だ。

 侮っていると、してやられるぞ。

 あれは、普通の女ではない」


 アッシリアの男が、女性を認めるとは何たる事か!

 父はあの女に骨抜きにされたのか?

 なんたる悪女か!


 アッシュール・イルニは憤慨する。

 どうやら首都(アッシュール)軍最高司令官(タルタン)が危惧していたのは事実のようだ。




 最高司令官(タルタン)シャムシ・イルは、教育期間が終わってプルの元に帰るアッシュール・イルニを呼び出して、自分の危惧を話していた。

「お父上の行動が不穏だ」

「なんと、父上が何をしたのですか?

 我が王(ベーリー)に対し、反乱を企てたのですか?」

 シャムシ・イルは首を横に振り

「まだ謀反と言えるものではない」

 と返答。

 安心するアッシュール・イルニに

「お父上は、アッシリア人らしからぬ事をしている。

 外国人を領内に入れて働かせ、女を重職に就けている。

 お前はそれがどういう事か分かるだろう?」

「はい。

 それは神に選ばれし戦士である我々と、アッシュール神の国であるアッシリアに対する冒涜」

「そうだ。

 お父上は神への冒涜をしている」

「なんという事だ。

 最高司令官(タルタン)殿、俺はどうしたら良いですか?

 帰郷後、父の首を取って、神に捧げれば良いのですか?」

「父よりも、神を、ひいては我が王(ベーリー)を取る忠誠心、見事である。

 だが、安心されよ。

 君に父を殺せなどと言うつもりはない。

 それは神の思し召しとも違う。

 神は『子供が父に背くことは、罪である』と仰せだ。

 法典でも、父殺しは重罪となるぞ」

「はっ、俺が短慮でした。

 お許し下さい」

「いや、その王や神への忠誠心は素晴らしい。

 だからこそ君は、お父上を諫め、行いを改めさせて欲しいのだ」

「それならば、容易い事です」

「うむ、頼むぞ。

 プル殿は副都カフルの総督として重要な存在。

 滞る事なく税を集め、神殿には言われた通りの供物を捧げる貴重な人材だ。

 それだけに、元のプル殿に戻って欲しいと、常々思っておるのだ」

「お心遣いありがとうございます。

 父を元のアッシリアの戦士、神の兵士に戻そうと存じます!」


 こうしてシャムシ・イルと別れたアッシュール・イルニは、その後の貴族たちの言を知らない。

「プルだけ富を得るのは防がねばなるまい」

「左様。

 その富を得る方法は聞いて試してみたが、ここにいる誰もが失敗した。

 誰も上手く出来ぬのなら、プルにもそれをさせないだけよ」

「まあ、あの青二才が言って、大人しく従うプルでも無いだろう」

「父子喧嘩が激しくなったら、仲介に乗り出して恩を売るまで。

 そして、礼として銀を払わせようかのお」

「クソ真面目なだけが取り柄の男、我等に恩を感じれば、少なからぬ富を贈って来ようぞ」

 権臣たちは、プル父子を争うよう駆り立てた事を肴に、麦酒(ビール)で酒宴をしていた……。




 アッシュール・イルニはプルとよく似ている。

 クソ真面目な上に、才能がある事だ。

 彼は父が「アッシリア男性」らしからぬ精神に変わり、管区内で神の意思にそぐわない改革を行っている根源を、後妻のヤバだと見抜いた。

 調べるに、ヒッタイトの知恵と思われるものが多数見受けられる。


「あの女は、ハッティ(ヒッタイト)の末裔と聞く。

 ハッティは、過去には確かにアッシリアの偉大なライバルだった。

 しかし、あの者たちは神を敬わず、神に見捨てられて滅びた。

 我々神に愛されたアッシリアとは違う、愚か者どもだ。

 そんな神を冒涜する者の知識など、有害!

 例え一時の利益を得る事が出来ても、そんな事をしていればアッシュール神の怒りを買う。

 あのハッティの女を排除せねば!」


 アッシュール・イルニは父の後妻に対し、殺意を抱くようになる。

 確かに父の後妻だが、彼と血縁関係は無い。

 それでも中アッシリア法典で、父の所有物である女性を損ねる事は

「家父長への絶対的叛逆」

「神聖な秩序の破壊」

「父権への究極の冒涜」

 として忌むべき大罪となる。

 父の経歴にも傷がつく。

 殺す事は出来ないだろう。

 上手くあの女を排除する方法を考えねばなるまい。

 罪を着せて国外追放するか、事故死を装うか、人を使って病死と見せかけるよう毒を混ぜるか……。


 権臣たちに操られているアッシュール・イルニは、「義母排除」を成さんと、暗い情熱に囚われてしまった……。

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