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馬鹿王子の焦り

「息子よ、お前は一体何をしているのか!?」

 都市国家サマルの王宮に怒声が響く。

 アズル・バアル国王が、馬鹿王子こと王太子クラムワを詰問していた。

 その横では、王太子妃バグマシュティが大人しくしている。

 彼女はウラルトゥから送られた工作員なのだが、先日のヤバの通商隊攻撃具申の件で、本国から

「余計な事はするな!」

 と怒られていたのである。


 アズル・バアルは、ここの所、外交に引っ張り回されていた。

 バランス感覚で国を維持して来たサマルだけに、ウラルトゥや反アッシリア同盟との会合にも顔を出す一方、アッシリアとも交渉を持ち、更にエジプト等の外国にも使者を送ったりして、国家としての自立と、それを成す中立的経済政策に奔走していた。

 その親の苦労を知らず、クラムワが暗躍する。

 むしろクラムワが動きやすくする為に、ウラルトゥのサルドゥリ2世や、ビト・アグシのマティ・イルがアズル・バアル王を多忙にするよう画策していたのだが、彼等にも計算違いだったのがクラムワが予想よりもアホだった事である。

 クラムワは頭が悪いわけではない。

 物は知っているし状況判断は出来る、陰謀を企んで実行する能力もあるのだが、経済や軍事においては実務能力に乏しく、それ故に深く考えない短絡的な行動を取る。

 もっと簡単に言えば、引っかけやすいのだ。

 アッシリアの通商路変更に対しても、放っておけば良かった。

 実務者の視点では、あんな急増の山道は大規模交易に向いていないから、デメリットが多いと看做されて放棄され、アッシリアの目論見は外れただろう。

 しかし、状況を見るに敏感だが実務者視点を伴った長期的展望を持たないクラムワは、即座に反応して隊商を襲う選択をしてしまう。

 それはクラムワのそういう性格を読んでいたヤバによって思考誘導されたものであり、簡単に撃退されただけでなく、その道は「神が加護している」というメリットが付けられてしまった。


 それに加えてサルドゥリ2世とマティ・イルは、優秀な元婚約者を追放した事を

「愚かな事、せめて幽閉でもしておけ」

 と呆れていた。

 そして、馬鹿王子では話にならないとして、父のアズル・バアルに文句を言ったのである。


 サルドゥリ2世とマティ・イルも万能ではない。

 彼等は2つ見落としをしている。

 通商隊攻撃は、意図的にヤバが情報を漏らした結果である事。

 そしてヤバをアッシリアに逃がしたのは、他でもないアズル・バアルであった事だ。

 ゆえにアズル・バアルは、ヤバを逃がした事を難詰してはいない。

 他の事、アッシリアの織物交易に強引に割り込んで干渉した結果交易路を変えられた事と、それに対して傭兵を使って妨害しようとした事を非難したのである。




「親父殿にあんなに怒られるとは……。

 この恨み、晴らさずにおられようか……」

 馬鹿王子は反省する事なく、ヤバに対して逆恨みをしていた。

 彼は、自分の策を妨害したのがヤバだと知らされたわけではない。

 ウラルトゥから

「お前が愚かにも国外追放した挙句、アッシリアのカルフ総督夫人となり、辣腕を振るっているヤバという女性について、詳しく報告しろ」

 と要求されただけである。

 それなのに

「俺への当てつけのようにアッシリアの男に嫁ぐとは何事だ!

 あんな野蛮な国に行くより、隣国辺りに留まって、泣いて許しを乞うのが俺への忠義ではないか!

 それなのに、あんな国で才能を発揮しただと?

 これだから可愛げの無い女は嫌いなんだ。

 その才能は俺の為に使うべきだろう?

 俺を立てて、俺の手柄になるように、さり気なく知恵を授ける。

 国外追放されたら、しばらく大人しくして、反省しました、これからはクラムワ様に絶対の服従をします~ってなるべきだろう。

 そうじゃないか!」

 と、アッシリア男性ですら「それは無い」「追放するくらいなら頼るな」「都合良すぎる」と批判する事を喚きながら、ヤバへの怒りに転換していた。


 そして

「ただヤバの情報を送るだけでは、俺の評価が下がったままだな。

 よし、俺の優秀さも見せつけてやる。

 その差し引きで、俺が評価される方に傾くだろう」

 とニヤつき始めた。

 バグマシュティには思う所があったが、本国からの連絡員経由で「こちらが指示したもの以外、余計な事を言うな!」と厳重注意されていたので、何も言えずにいる。

 だが、バグマシュティは

(それは完全な悪手でしょ!

 今は余計な動きをするな!ってハッキリ言われているのに、分からないの?)

 とツッコミたくてうずうずしていた。




「エジプトに向かう船が海賊に襲われた」

 懇意にしているハラブの商人アビ・バアルからの連絡だった。

 アッシリアの織物を積んだ船が襲われ、積み荷を全て奪われたという。

 それだけなら、よくとは言わないが、あり得る話だ。

 しかし、乗り込んで来た身なりも粗末な海賊のリーダーが

「アッシリアの織物は積んでいるか?」

 と聞いて来たという。

 それも何度も。

 ピンポイントでそんな事を言うのは、怪しまない方がおかしい。

 その為、

「何か対策してもらえませんかね?」

 とアビ・バアルが言って来たのである。


 これはヤバを信じ、頼っての事ではない。

 明らかにヤバを試している。

 ヤバとハラブの商人自治組織(カールム)との関係は、忠義だの親愛だの、そんな抽象的なもので結ばれたものではない。

 利害関係で結ばれたものだ。

 この緊張感を持った関係性の中で、商人たちは

「貴女の才能を示してみてくださいよ」

 と言って来たのだ。

 その証拠に、陸路での交易を担うバル・ハダドやアダド・ナディン・アヘという者まで連名している。


「その挑戦に応えてあげますが、今すぐは無理ですね。

 時期が極めて悪いんですよねえ。

 あと情報も足りないし、勝手に動くと主人に怒られますし、どう動くかの手立ても決まっていない。

 まあ、誰が海賊の後ろにいるのかだけは、すぐに分かります。

 あの馬鹿王子(クラムワ)か、その取り巻きでしょうね。

 ウラルトゥのサルドゥリ2世なら、もっと察知されにくい手を使って来ます。

 それに、アッシリア以上の内陸国であるウラルトゥが、海賊を使うなんて発想はしないでしょう。

 なので、あの馬鹿に絞って情報収集をしましょうか。

 実家をまた頼る事になりますねえ。

 私も中々サマルとの縁が切れません、困った事です」


 そう言いながら、ヤバは大きくなったお腹をさする。

 太ったのではない。

 ヤバはこの時、プルの子を妊娠していた。

 だから、プルへの遠慮だけではない理由で、彼女は動けないのだ。

 時期が悪いとは、そういう事である。


 なお、ヤバの子はプルの次男にあたる。

 先妻との間に生まれた長男は、今は王都アッシュールで寄宿生活をしていた。

 その長男とヤバはまだ会った事はない。


「まずは父上に手紙でも送りましょうかね?」

 ヤバはサマルの実家宛てに、妊娠の経過報告の手紙と共にクラムワが何を仕出かしたか調べるよう依頼を送った。




「お呼びですか?

 父上」

 都市国家サマルにて、王族の一員ヤウディは、息子のパナムワを呼び出した。

 パナムワはヤバの弟である。

 アズル・バアル、クラムワの家系と、ヤウディ、パナムワの家系は交互に国王を出していたが、年齢の関係で次期国王はクラムワとなっている。

 幼くて国王には早いと看做されていたパナムワも、15歳になって子供の顔から少年と青年の中間的な顔になって来た。


「お前の姉から手紙が来ている。

 読んでみよ」

 手紙……と便宜上書いたが、粘土板である。

 それを受け取り、目を通すパナムワ。


「はあ……、クラムワ殿はまたやらかしたんですか。

 姉上も大変ですねえ。

 いつまで経っても、元婚約者と関わり続けるなんて」

「何を他人事のように言っている?」

「他人事でしょ?

 確かに一族を侮辱されたのは許せませんし、個人的にあの人は嫌いですけどね。

 でも、アズル・バアル小父さんは良い人ですし、謝罪もしてくれました。

 あの王子の事は、もうどうでも良いです」

 呼称上「おじさん」と呼んでいるが、相当に遠い親戚である。

 10代くらい遡らないと、血は繋がっていない。

 アズル・バアル国王は、息子の足りない部分を補ってくれる才女ヤバを婚約者にしたのだが、それが解消された今、両家は遠い親戚のままだ。


「調査はお前がするんだぞ」

 ヤウディの言葉にパナムワは目を丸くする。

「僕が?」

「お前が、だ」

「いやいやいやいや、僕まだ二十歳にもなっていない若造ですよ。

 まだ勉強中の身です」

「勉強なら、実地でやれ。

 机上の学問ではなく、生きている人間を相手にしてみろ」

「まだ無理ですよ」

「お前の姉は、お前の年齢よりももっと若い時から、書記官として仕事をしていたんだぞ」

 ヤバは10歳になると役所に見習いとして入り、13歳の時には交渉事に同行して書記官を務めていた。

 国王以外も認める才女だったのだ。

 パナムワは首を振りながら抗議する。

「姉上と一緒にしないで下さい。

 姉上を知っているからこそ、僕は自分がまだまだだって分かるんです。

 あの人、邪知女神(シャウシュカ)の化身ですから」

 弟は随分な表現で姉を例えていた。

 ヒッタイトにおいて、知恵の女神は二柱存在する。

「慈愛に満ちた、祖母のような解決の知恵を授けてくれる」ハンナハンナ女神と、「人を惑わす魔力」のシャウシュカ女神である。

 奇しくも、シャウシュカ女神はメソポタミア文明ではイシュタル女神と同一視されていた。


 父はそんな酷い比喩を軽く受け流し、

「ヤバがシャウシュカの化身なのは否定せん。

……否定する要素はないからな。

 だが、ヤバがシャウシュカの化身なら、お前は嵐神(テシュブ)の化身になってみろ」

 嵐の神テシュブは、厳密にはヒッタイト神話ではないが、シャウシュカ女神の兄とされる。

 自分はそんな大した者ではないと否定するも、父は聞き入れない。


「私はこれでも忙しいんだ。

 それに、年老いて病の床に臥す事も増えた父に、更に荒事をしろと言うのか?

 しっかりしろよ、王位継承資格者」

「荒事になるんですね……。

 それは分かっているんですね……」

「そうだ。

 どうだ?

 机上の学問ではない、随分と良い学習の機会だと思わないか?」

「はあ……」

 溜息を一つ吐くパナムワ。

「分かりましたよ。

 拒否権は無いようですし。

 いずれ成長したら、同じような事をしなければならなくなるんですよね。

 早いか遅いかの違いでしかない。

 ですが父上、僕一人じゃ無理です。

 当家の家臣や奴隷を使っても良いですね?」

 ヤウディは頷く。

 彼も、十五歳の少年が自分だけでこなせるとは思っていない。

 ヤウディの当主の指輪を貸して、一時的に家人の指揮権を渡した。


 こうしてヤバは弟を代理人として、海賊問題解決に乗り出す。

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