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XNUMX  作者: 上兼一太
9/11

XNUMX(14)マキソン ~(15)ジャック

今週も次の水曜日に更新が出来ない為、急遽本日(日曜日)に今週分をアップしました。ちょっと早いですがお楽しみください。

(14)マキソン


 青山通りの一本裏にある匿名的な信号の前でセーラは牧村を待っていた。時刻は21時を過ぎたばかり、空気は年末の開始を告げる程度には冷たく感じられる。ここは普通、誰かが待ち合わせに使うような場所ではない。ただの道路にひっそりと生えた、1つの信号機だ。けれど、セーラと牧村にとっては特別な場所である。事務所からもほど近く、繁華街からは少し離れていて交通量が一瞬途切れる所で、ここで待っていれば車でピックアップして貰い易い。だから牧村がセーラの担当マネージャーだった頃は、仕事現場に行く時も、帰りに降ろして貰う時も、いつもこの場所だった。・・・ああ、なんか懐かしいな、こうやって毎日のようにここで待っていたのは、そんなに前の事じゃないのに・・。でもマキソン、ここを指定したって事はやっぱり車で来るんだろうな・・この後、どこかお店でも予約してあって移動するのかな・・・。

 都内の中心部から少し外れていて人通りが少ないとはいえ、帰宅する者や繁華街に向かう人達はそれなりにいる。そんな中、信号の前で青になっても赤になっても動かず、大きなサングラスをかけ、黒のロングコートを着て佇む、170センチ+5センチのヒールを履いたセーラのような女性がいれば、行きかう人々は当然二度見をする。・・・マキソンはタレントの服装とか見た目を気にする人だったから、当時のような格好で来ちゃったけど、辞めた人間にしてはちょっと目立ち過ぎたかな・・でも、何て話を切り出せばいいんだろう?久しぶりー、ワタシの元カレが沢口明菜と付き合っていたの、知ってる?かな・・これじゃ軽いか・・・でもあんまり重々しく訊くと、あたかも沢口明菜がマツシタ君を殺したと疑っているように思われるかも知れない。それは良くない。まだ何もわからないんだから。それに(ゆすり)にでも来たと思われたら、聞ける情報も聞けなくなる。でも、マキソンは全てを知ってる可能性が高いし・・多分マツシタ君の死因や、ことの詳細が今も表に出て来てないのは、うちの事務所からのメディアへの圧力・・ひいてはマキソンの手腕が発揮されているからだろう。沢口明菜がマツシタ君の死因と関係なくても、二人が定期的に会っていたのは事実だし。彼女をもっと売れっ子にする為に、先手を打って煙の出る前から火消しに躍起になっているとしたら、ワタシがそれを探っているという事がわかっただけでも、彼女は相当過敏に反応するはず。・・・そう言えば、マキソンがワタシを担当していた時にマツシタ君の事を話したっけな?ちょっと元彼がストーカーになってるとか、プロポーズされたとかは言った気がするんだけど・・名前とか職業とかは言ってないはず・・・だとしたら昔話をして盛り上がった頃に「ねぇ、最近死んだ売れっ子漫画家いたじゃん?あれが前に話した、うちのストーカーの元彼だよー」とか言ってみて、様子を伺ってみようかな・・・。

 思案中のセーラの前に黒いミニバンが止まった。前のマキソンの車は、車種は分からないけど、小さめの黄色くてカワイイ乗用車だったのに、とセーラは思った。待っていた歩道側の助手席の窓が少し下がり、中から牧村と思われる声で「乗って」と聴こえたが、ガラスに薄いスモークが貼られている上、夜という事もあって、外から車内の様子は一切分からなかった。一瞬、タレントの時の癖で後ろに乗りそうになったが、セーラはすぐ向き直し助手席に乗り込んだ。座った途端に車が動き出したので慌ててシートベルトを閉めて運転席を見直すと、叶姉妹の新しい妹かと思うほどゴージャスになったマキソンが、ハンドルを握って前を向いたまま「お久しぶり」と言った。セーラは反射的に「ご無沙汰しています」と、なぜか敬語で返答した。タレントとマネージャーだった頃とは、お互いの口調が逆になっていた。


 

 電話ジャックは「最後のご質問にお答えしましたので。」と言って、あっさり電話を切った。それと同時に3時間のサービス終了を告げるタイマーが鳴った。俺は急いで部屋を片付け、受付に行って大目に金を払いながら、金子ジュニアに「もう一人の客の部屋を訪ねてもいいか」と訊いた。するとジュニアは「ダメに決まっているじゃないですか、それにシオザキさんなら今出て行きましたよ。あ、名前言っちゃった」と笑いながら、チップ分の雑談をしてくれた。電話ジャックことシオザキは、この店に毎月かなりの金額を支払い、好きな時に来て、好きなだけ居座り、途中の出入りも自由という特別扱いになっているらしい。「あの人、オヤジが店番やってた時から来てるから」とジュニアは言ったが、俺にはそのオヤジが本当の父親なのか、盃を交わしたオヤジの事なのかは分からなかった。もっとシオザキの情報を訊きたかったが、今ならまだ本人を捕まえられるかも知れないと思い、俺は焦って店を出た・・・しかし、20時を過ぎた繁華街は、帰宅する人や夜の街を楽しもうとする人々でごった返しており、やみくもにその中を歩いても、顔の知らない人間を見つけるのは不可能に近かった。

 仕方なく諦めて、今日は帰宅しようと駅の方に向かう途中、道路を隔てた反対側の歩道にとぼとぼと歩く、何か異質な細身の初老男性が見えた。周りの通行人達よりも頭一つ抜き出るほどの高身長だが、背筋がかなり曲がっていて、実際の身長はどれほどなのか分からない。元は何色だったのか、褪せてくすんだ色の上下を着て、手にはチェーン店の弁当屋の袋を持っている。そしてなぜか周りを歩く人間達は、その男が存在していないかのように振る舞っていた。確かに巨躯のわりに異様なほど生気がなく、フラフラとしていて、騒がしい喧噪の中を歩くには少々エネルギー不足に見える。それはまさに俺が、電話で聞いた声から想像した通りの男だった。慌ててポケットからスマホを取り出し(バッグから仕事用のカメラを出すのは間に合わないと思ったからだ。)俺は、出来る限りのズームアップ機能でその男を撮影しようとした。だが、ピントが合うかどうかぐらいのタイミングで、信じられないほど気配を消したまま、男は細い路地に吸い込まれて行った。・・・連写したが、後ろ姿がなんとなく写っている程度か・・まぁいい、ヤツはいつでもあそこの店にいる、追加取材のチャンスはいくらでもあるだろう。


 

 牧村からおもむろに渡された分厚い封筒を手に持ち、セーラは助手席で困惑していた。

「300万あるわ、まぁ大した額じゃないけど、田舎に戻って新しい暮らしをするならその準備費用ぐらいにはなるんじゃないかしら?」と牧村は言った。

「どういう事ですか?」

「どういう事って、アナタが突然(話がしたい)って連絡してきたんでしょう?それは沢口明菜の事じゃないの?」

「それはそうなんですけど・・こういうのは困ります」

 牧村は驚くべきドライブ・テクニックで細い道に停められた路上駐車の車両と、信号無視をする酒に酔って気が大きくなった歩行者をかわしながら、スムーズに都内の夜道を進んで行った。セーラは、マキソンってこんなに運転上手かったっけ?と首を傾いだ。

「悪いけど、思い出話をしている時間はないの。この後、22時から生のラジオ番組に明菜が初めて出演するから、ワタシも立ち会わなくちゃいけないし、とにかくこの子を21時半までにJLTスタジオまで送り届けないと」

 この子?と、セーラは牧村の言葉に違和感を感じ、何気なくうしろを振り向いた。すると後部座席にあか抜けない若い女の子が一人、座っていた。

「わっ!」とセーラが声を上げると、沢口明菜は「疲れ様です」と小さく会釈した。

「ご、ごめんなさい、いるとは思わなかったから。」

「いえ、私って存在感がないんです」

 そう苦笑いする沢口明菜を見て、セーラはどこかでこの表情を見た事があると思った。牧村は二人のやり取りを無視して運転しながら話し出した。

「セーラさん、あなたが人をゆすったりする人間ではない事は、数年間近くにいたのでわかってます。ただ、こちらとしても何らかの約束をして貰わないと不安なの。明菜のこと、気付くとしたらアナタしかいないと思っていたから」

 ワタシは何も気づいてないけど、とセーラは思いながら

「そっか。でもね、マキソン。ワタシは本当に真実を知りたいだけなの。お金はいらないから、それだけ教えて。もちろん誰にも話さない」と言った。そして、まぁ彼には話すけどね、と心の中で思った。

「アナタが約束を破るような人じゃない事も分かっているわ。でもね、この秘密はうちの会社の人間にバレたら終わりなのよ、特に社長、社長が自分への隠し事を絶対に許さないプライドの高いボンボンだっていう事は、アナタも知っているでしょう?」

「ええ。」

 確かに社長は二代目で、遊んでばかりであんまり仕事が出来る人じゃないし、それなのに会社の人間のプライベートまで把握しておきたがる寂しがり屋の所もあるけれど、沢口明菜とマツシタ君の問題は、社内だけでは収まらないんじゃないかな?とセーラは思った。マスコミは死んだ売れっ子漫画とブレイク寸前の若手女優の愛引きを、面白おかしく書き立てるだろうし、事件のような側面があるとしたら警察だって動き出すはず。

 そう考えるセーラとは逆に、牧村は「外の人間にバレたって構わないけど、社内で知れたら必ずワタシ達は揃ってクビになるわ。だからそのお金はワタシの安心の為なの、口止め料だと思ってもいいから、とにかく貰っておいて」と言った。

「お金は本当にいらないよ、ワタシこれでも結構、貯金あるんだから。あの時のCMのギャラもほとんど手を付けてないし・・だからお願い。マキソン、ワタシに真実を教えて。余計な迷惑はかけないから。」セーラは助手席から体ごと横を向き、牧村と沢口の両方に話しかけるように言った。

 そこで牧村は初めてセーラの方を向き、顔を見て「分かったわ」と言った。セーラは、マキソン綺麗になったけど、やっぱりちょっと老けたな、と思った。

 車を進めながら牧村は「セーラさん、相変わらずオシャレな顔をしてるわね、可愛くもあり綺麗でもありセクシーでもある。肌も二十代の頃と全く変わってない。この世界辞めちゃったなんてホント勿体無いわ。」と言った。

 そして信号に捕まった時、ふいに「アナタがお察しのとおり、明菜はワタシの娘です。」と言った。

「えーーっ!」

「えー、じゃないでしょう、わかってたくせに。ワタシがバツイチで子供もいるって事を知ってるのはセーラさんだけよ、だから明菜が最近頻繁にメディアに出始めて、似てると気付いたんでしょう?(沢口)は父親の苗字、明菜は本名よ」

 ・・・そうか!さっきの沢口明菜の表情、どこかで見たと思ったら昔のマキソンそっくりなんだ!いや、今よく見たら身体つき、目元や仕草も似ている、なんだ、そうだったのか!と、セーラは思った。しかし、それが自分の聞きたかった話ではなかった。

「いや、あのね、マキソン・・」

「この子はグラビアや、漫画の実写映画程度で終わる人間じゃない」と、牧村はセーラを遮って言った。

「この子には特別な力があるの」

「お母さん?」

 今度は牧村の言葉を、後部座席から沢口明菜が遮った。

「あっ、ご、ごめんなさい!」

 牧村は不自然なほど動揺してバックミラーに映る娘に謝った。それは事務所に入社したての頃のマキソンのようだった。

 

 車はスタジオがあるビルの入り口、少し手前の道路脇に停まり、牧村はそこでギリギリ間に合ったわね、と独り言を言った。

「ごめんね、セーラさん。収録前に打ち合わせもあるからワタシ達もう行かないと」

「え、まだ訊きたい事があるんだけど」

「セーラさんもこの業界、遅刻厳禁だって知ってるでしょ?ごめん、また機会があったらね。そこにタクシーいるから、はいこれ」

 そう言いながらタクシーチケットを渡されると、セーラも立ち去らざるを得なかった。

「じゃあ、気をつけて帰ってね、この件はくれぐれも内緒よ」

 車を降りたセーラに、牧村は車内から手を延ばして別れの握手を求めてきた。セーラがそれに応えると離し際、素早く手のひらに指で何か文字を書いた。そして二人の乗った黒いバンはビルの地下駐車場に消えて行った。セーラの左手には300万円が入った封筒とタクシーチケット、そして右手には「たすけて」と書かれた感触が残っていた。



(15)ジャック


 真夜中に電話が鳴ると、それだけでとても奇妙な感覚に襲われる。映画やドラマの凄惨な殺戮シーンで、ショパンのノクターン夜想曲第2番が流れるように。

 俺はズキンとした脳の痛みを感じながらソファで目を覚ました。まだ眠ってから一時間程度しか経っていない感覚がした。自分がいつの間にかうたた寝をしていた事に驚いたが、スマートフォンではなく部屋の固定電話が鳴っていた事には、もっと驚いた。十数年前に独立した時に一応、事務所として取得した番号だったが、仕事のやり取りも携帯で済むようになった今では、この電話にかけてくる人間はほとんどいない・・というか、そもそもこの番号を知っている人間がほぼいないはずだ。違和感を感じながらも、俺は(教えた覚えはないが)もしかしたらセーラからの緊急連絡かも知れないと思い、寝ぼけた頭で部屋の隅までヨロヨロと歩き、埃っぽい電話機の受話器を取った。確か数時間前に、この動作を飽きるほど繰り返した気がするが・・・。

「・・もしもし?」

「ワタクシの後を付けたり、盗撮するのは止めてください。」

「?!」

「中年男性が中年男性を隠し撮りして、何が面白いのでしょう。」

 俺は、寝ぼけ頭がカチッと音を立てて覚醒するのが分かった。

「電話ジャ・・・シオザキか?」

「もう名前まで知っているんですね、金子ジュニア君でしょう?お父さんに言って、キツく叱って貰わないといけませんね、客の守秘義務を怠るのはプロとして失格です。」

 睡眠から覚醒したばかりの頭が、今度は深い混乱に溺れていくのを感じた。

「ちょ、ちょっと待てよ、何でアンタがこの番号を知っているんだ、おかしいだろう?」

 確かに、テレクラの初回利用時に住所や電話番号を紙に書いた気がするが、それでも俺はスマホの番号を記入していたはずだ。

「それにアンタ、どこからかけてきているんだ?もしかして、まだ店の中か?」

 その質問には答えずに、シオザキは話し出した。

「ある条件下ではありますが、ワタクシはワタクシの話したい相手、誰とでも通話をする事が可能です。」

「なに?」

「その為にはまず固定電話でなければなりません。電波ではなく、電線。これで直接繋がっている事が大前提です。そして、一度話した相手であること。繋がりは線であり、縁である事が大切です。他にも様々な条件がありますが、それらを全てクリアすれば、ワタクシはいつでも誰とでも、自分の話したい相手と話す事が出来ます。ワタクシにはそういう能力があります。」

 相変わらず気持ち悪い。コイツと話すと頭に靄がかかってくる、それにそんな馬鹿げた話を信じられるわけがない。どうして自分の狙った相手の電話番号が分かるんだ?どうしてそこまで自信を持って誰とでも通話できると思うんだ?テレクラのやり過ぎだろ、このテレフォンジャンキーめ。まったく思い込みが激しいにも程がある。大方、俺が店の記入用紙にスマホと間違って書いたこの番号を、金子ジュニアにでも訊いてかけてきただけの事だろう。


「それで、こんな夜中になんのようだ?盗撮するなというクレームだけか?アンタよほどクレームが好きなんだな」と自分で言った後、寝ぼけているせいか、よほどクレーム・ブリュレが好きなんだなと訊いているみたいだな、と無意味な事を思った。

「甘い物は好きではありません。」

 ん?!なんだって?何が起こったんだ、今俺は心の声が漏れていたのか?

「安心してください。声は漏れていません。ワタクシは今、とてもクリアな頭になっているのです。ですから貴方の考える事が分かるのも不思議ではありません。ワタクシの能力は今、最大限に発揮されております。」

 俺は心底この男が気持ち悪くなって「用がないなら切るぞ」と言って受話器を置こうとした。好奇心やジャーナリズムよりも、言い得ない恐怖が勝っていた。

「先ほど話した漫画家のお友達の事をもう少し話さなければならないと思い、電話をしたのです。」

 俺の受話器を握る手が強くなった。

「残念ながらあまり時間はありません。ですが、ここを離れる前にどうしてもこの件を貴方に伝えなければいけないと思ったのです。」

「そうか、こっちとしてもそれが聞きたかったんだ。またテレクラに行く手間が省けたよ」と、冷静を装ってみたが、声は震えていたかも知れない。

「多分、ワタクシはこの話を貴方にする為に、20年以上お店に足しげく通い、自分の力を磨いていたのではないかとさえ、今は思えています。」

 正直、言っている意味がよく解らなかったし、色々と訊きたい事は山積していたが、最も重要な部分を確実に知る為に、ヤツの話すがままにしておいた。

「例の漫画家の彼は、愛する女性に三度目のプロポーズをすると言っていました。ここまでは話しましたね?」

「ああ」

「そして彼は次にワタクシと話した時に、とても興味深い話をしてくれました。ここからはワタクシが彼から聞いたままを、一語一句間違いなく貴方にお伝えします。どうぞお聞き漏らしのないように」

「分かった」と言って俺は、通話録音機能をONにした。

「それは多分、無意味ですが、まぁいいでしょう。ではいきますよ、彼はワタクシにこう言っていました。(誰にでも話せる話じゃない、アンタだから話すんだ。笑わないで聞いてくれ。つい先日、オレはある大手企業の社長からすごい能力のある女の子がいるという噂を聞いた。その子は十代で、まだ無名のグラビアアイドルだ。まぁティーンエイジャーで顔も体も良ければ、それだけでも凄い能力だが、もちろんそういう意味じゃない。いいかい?よく聞いてくれよ、その子は他人を好きなように操る事が出来るらしいんだ。操る・・というのとはちょっと違うのかな、好きなように変身させられるというか・・・その人の話だと、着せ替え人形のように服装やパーツを取り換えて、人間そのものを変えてしまう事が出来ると言っていた。その子の思い通りのルックス、スペック、言動をするようにね。操縦というよりは、人形だから傀儡と言った方がニュアンスは近いかも知れない。なぁ、不思議だろう?オレも最初は意味がわからなかったよ、でもその話を聞いて俄然、その子に興味を持ってね、いくら出してもいいから何としてでも会いたいと思って、方々に手を尽くしたんだよ、それでやっと最近、色々な人物を経由して、その子に会える事になったんだ。なぁ、すごいだろ?もしその子の力が本物なら、オレのプロポーズは、もう叶ったも同然だ)」

 

 ・・・驚いた。声こそシオザキの物だが、喋り方のトーンやリズム、言葉遣い、情緒はまさにマツシタのそれだった。まるでイタコのようだ。

 俺はアイツと喋っているような錯覚を起こして、センチメンタルな気分になりかけたが、何とか平静を保って「なるほど、その子の不思議な力を使って、好きな女を思いどおりにしようっていう魂胆か」と、言った。しかしシオザキは、きっぱり「それは違います。」と答えた。

「確かに、その時のワタクシも未熟者だったので貴方と同じように思いました、彼はエゴが強そうな成功者でしたし。しかし、彼はこう言いました。(もしその子と会って、やってくれると言ったら、オレ自身を操って貰うんだ、オレを丸ごと彼女好みの男に変えてくれってね!・・オレの愛した女性は完璧なんだ、だから彼女が変わる必要なんてない。いや、1ミリも変わらないで欲しい。オレが彼女と釣り合う男になればいいだけなんだ、そうすれば彼女もきっと、プロポーズをOKしてくれる!なぁ、そう思うだろう?)と。」


 俺は絶句していた。それは本当にマツシタが言った事なのだろうか?話し方はそうであっても、思考が俺の知っているマツシタとは余りにも乖離している。アイツのセーラに対する愛情というのは、それほどピュアな物だったのだろうか・・シオザキは続ける。

「酔っぱらっていたのかも知れませんが、最後に彼は、かなりの感情を込めてこう言いました。(オレはその不思議な女の子に会う為に、もうそこそこの金を使ったが、そんな事はどうだっていい。これから世界中で上映される予定の実写映画もあるし、金ならどんどん入ってくる、そしてその入ってくる金も全部使ったっていいと思っている。なぁ、アンタなら分かるだろう?アンタもオレと同じ孤独な人間じゃないか、だからこんな所で毎日誰かと話をしているんだろう?いや、気を悪くしたならすまない、人とのコミュニケーションを大事にしているアンタなら、気づいてると思うって話しなんだ。・・オレはね、やっと気づいたんだよ、こんないい歳になるまで親に歯向かって、がむしゃらに漫画を描いてね、それでなんとか成功して・・今じゃ何でも買えて何でも出来て、どこにでも行けるようになった・・・でもさ、だからなんだってんだよ!、くだらねぇ!、結局本当に欲しいモノっていうのはさ、そんなもんじゃねーんだ・・たった一つなんだよ・・・生まれたばかりの頃には大抵の人が、自然に手に入れていたはずなのに・・・いつの間にかそれを手放して、しばらくすると自分でほっぽり出した事も忘れて、また同じものを渇望するんだ・・そうさ、オレだけじゃないぜ、誰にでも当てはまるモノだ、全人類、いや全生物、全てが求めているモノ・・・それは結局、自分が本気で見つめた時に、本気で見つめ返してくれる相手なんだよ!)」

「・・・・」

「これが彼との最後の通話です。彼は号泣しながら電話を切り、それ以降、お店にも来店していません。」

「・・・・」

「もう少し貴方との会話を楽しみたかったのですが、残念ながらワタクシにはもう時間がございません。楽しい時間はいつでもすぐに終わるものですね。貴方の旅が良きものになりますように。それでは。」

 

 ツーツーと鳴る受話器を置き、俺はベッドに潜り込んだ。



 一九三五年 六月 十X日


 木々の生い茂った山の中腹に、ぽっかりと空いた広い芝生の地帯があり、その少し小高くなった場所で、一比己は昼寝をする。自分の中から何かが抜け出した時、また何かを入れる時にはいつもここで大の字になる。一度、この場所を端から端まで歩いてみたが、どうやら円形に草木が倒れているようだった。ここで誰かに会った事もないし、ここは自分にとって唯一、本当に安らげる場であると考えている。しかし、この場所はけして一比己だけの物ではない。そして単純な円でもない。はるか上空からこの場所を見ると、木や草が作為的な秩序を持って不自然に倒れ、勾玉が組み合わさった巨大な太陰太極図のようになっている。一比己はその片方、陰の勾玉の白円の中で、そんな事も知らず、ただ鼾をかいて眠っている。

今週も次の水曜日に更新が出来ない為、急遽本日(日曜日)に今週分をアップしました。ちょっと早いですがお楽しみください。

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