XNUMX(12)バンジー ~(13)ジュニア
今週は水曜日に更新が出来ない為、急遽本日(月曜日)に今週分をアップしました。ちょっと早いですがお楽しみください。
(12)バンジー
目は開いている。間違いなく。しかし何も見えない。完全な暗闇だ。重心は感じられるから自分が仰向けだという事は分かる。恐る恐る両腕と両足を伸ばしてみる・・しかし何にも触れない。背中に床も感じない。触れる物はないが、背面から強い風を感じている。風圧で身体が浮遊しているような感覚・・・どうやら落下しているようだ。自分が落下していると思うと、途端に額と背中から冷や汗が溢れ出てきた。・・この高さでは、下が大海原でもない限り助からないだろう。一応、腕と足で掻くような動きをしてみたが、もちろん何も変わらない。やった後に「ああ、やっぱり人間は落ちていると、この動きをしてしまうんだな」と思っただけだった。・・・それにしても長い。もう30秒は落下している。人は大体100メートルを4~5秒で落下するという。だとすると俺は今、600メートルほどの高さから落ちている事になる。これは下が海でも助からないか・・。いや、待てよ、30秒ほどの体感というのは一体どこからきたんだ?そんなの全くわからないじゃないか。気付いた時にはもう、この状態だったのだ。誰かに薬でも盛られて意識のないままどこかから落とされたのだとしたら、もっと前から落下しているのかも知れない。・・もっと前?、果たして人はそんなに高い場所から落ちる事があるのか?スカイダイビングで一般的に体験出来る高度から飛び降りても、パラシュートを開く地点までの所要時間は、たかだか45秒ほどだという。今の思考中にも時間が経過しているはずだからそんなに高いはずはない。もし誰かが俺を殺そうとしても、わざわざ大気圏まで連れて行くような手間のかかる事はしないだろう。だとすると・・・そうか、これは走馬灯なのか。本当はビルの3階ぐらいの高さから落下しているのだが、俺の死が確定しているから意識が鋭敏になって時間をゆっくりに感じているのか。死の間際に脳が覚醒し、一瞬の出来事をスローモーションのように体験し、生まれてから今までの出来事を、あたかも映画のように細部まで全て思い出す、そういう状況なのか。・・それならそれでいい・・やり残した事は何もない、そもそもいつ死んだっていい人生だった・・向こうでマツシタに会って昔話をしよう・・諦めてしまえばもう何も怖くない・・痛みだって一瞬だろう・・ああ、とても穏やかな気分だ・・・うーん・・そうだな・・強いて言えば、あの駅前近くの洋食屋のジャンボ・ハンバーグセットを、もう一度食べたかったか・・・あの店・・あれ?・・あの店、何て名前だったっけ・・・思い出せないな・・ん?・・おかしいぞ?全てを思い出す走馬灯の最中のはずなのに、通ってた店の名前すら思い出せない・・・そんなバカな!・・違うのか?これは死に際の走馬灯じゃないのか!今はなんだ!何の時間なんだ?!・・・おい、まて!まてまてまて、後ろから吹く強い風、これはもしかして・・・落ちているんじゃなくて、浮かんでいる?俺は落下中ではなくて、上昇しているのか?突風に下から煽られて、俺は浮かび上がっているのか?墜落ではなく飛翔?バンジーではなく逆バンジー?・・そういえば、浮遊感は最初から感じている・・・かなりのスピードで、俺は上に向かって引っ張り上げられているのかも知れない・・どういう力で?なんの為に?・・そして、そうだとすると行き先はなんだ、天空に持ち上げられて行って・・いや、それならそれで、もう死んでるという意味じゃないか!そうか、死の直前ではなくハナからもうとっくに死んでいて、俺は今、その最終段階、天国への昇天を体験しているのか・・・しかし、それにしては暗い、天国に向かって行くなら明るく開けた所を通過するのではないのか?・・ここは狭い、室内のような閉鎖感を感じる・・そして首も痛い、死者がこんな寝違えのような、リアルな首の痛みを感じるものなのか?もう肉体のない魂だけの状態じゃないのか?・・身体を持ったままの上昇?狭い空間での三次元的な浮遊?・・・それならその先は・・どこかの天井だ、閉塞された場所で、高速で上に移動しているなら、いずれ天井の壁に激突するはず!やばい!!
バキッ!!!
・・・足でベッドの淵を思い切り蹴りつけながら、俺はその痛みと共に目を覚ました。ベッドから落ちた・・ってわけでもないのか・・・。
俺は足を引きずりキッチンに行き、水道水をコップ一杯飲んだ。夢診断とか逆行催眠とか、そんな胡散臭いものに頼らなくとも、どうして自分があんな夢を見たのかは分かっている。・・・数日前、セーラの「告白」を聞いたからだ。俺は自分が思うよりもちっぽけな人間だったのだ。口では彼女に「全く気にしない」と言っておきながら、実際にはショックを受けて悪夢まで見てしまっている。四捨五入したらもう40代になるいい大人なのに、中身は恋人がほんの少しAVに出ていた事すら許せない、ガキみたいな男なのだ、俺は。
十数年ジャーナリストとして世界中を飛び回って、普通の生活では体験し得ない稀有な環境に身を置き、何度か死にかけ、本当の生命の意味や美しさを垣間見た沢山の経験も、自分の魂を成長させる効果はなかったようだ。・・・どうして・・どうしてなんだ・・心も体も美しい彼女を、純粋な天使のようなあの人を、たかだか2本・・たかだか二回、人前で裸になって金を貰ったという事だけで、もう今までと同じようには思えなくなってしまった・・・ダンッ!
俺はキッチンシンクを拳で叩き、自分の矮小さに吐き気を催しながら、明るくなってきた窓の外を無視するように、もう一度ベッドに入った。
一九三五年 六月 十X日
女は煎餅の様に薄い布団の上で、ただしくしくと泣いている。「すまねえな、どうしてもこれだけはやめられねぇんだよ」と言いながら、一比己は持っていた小銭をばら撒いて、その家を出る。一比己が村の娘を犯しても、文句を言える者はこの集落にほとんどいない。それは一比己が、いかに妾の子と陰口を叩かれようと、辺り一帯を治める灰烏家の後継者候補だという事を、誰もが理解しているからだ。それをいい事に一比己は、手当たり次第、村の女と関係を持った。場合によっては子や夫のいる女とも。それは度を超えた一種の病気だったが、「力」の副作用ともいえるもので、本人にはどうする事も出来ない。「力」を持つ者全員ではないが、意識的に性交渉をする事で「力」を無駄に使わないよう、制御している者もいる。そのような一比己の傍若無人な振る舞いは本家の人間ももちろん知っていて、面倒にならない程度であれば目を瞑っている。(しかし限度を超えた場合には、きつい懲罰が待っている)一比己はさっきまでいた家の軒先で、名もない小花に立小便をしてから、一つ大きな伸びをすると、何かを思い出したように目を見開き、一目散に山へ向かって走り出す。
2010年 11月
なぜ自分が、二度と訪れたくないと思っていた場所にわざわざやって来たのか、その理由は分かっている。俺はここのテレクラに出没する怪人(電話ジャック男)と、また話がしたかったのだ。もちろんそれだけではなく、約束してしまった仕事の残りを何とか仕上げなくては、という責任感からでもあるが、あの男の、どんな狂人と対峙してもそれを受け入れてしまう常軌を逸した冷静さと独特の喋りを、何故か再体験したくなったのだ。そして仕事のアイデアとして、普通にテレクラで会えるイカレタ女どもを取材するのではなく、電話ジャックを取材して記事を書く方が良いのではないか、とも思っている。クライアントの意向を汲まないのはプロとして失格だが、あの雑誌は面白ければ何でも良いはずだ。例えそれがモウリの望んだ記事ではなくても、あの男を取材出来れば必ず面白いものが書けるだろうし、納得させられるという確信もあった。
前回と全く同じ時間帯に店を訪れ、受付で「部屋は埋まっているか」と訊くと「一室だけ入っていますが後は空いてますのですぐにご案内出来ます」と言われた。・・ビンゴ!平日の夕方にこんな所にいるのはヤツぐらいしかいない。俺は、無駄にガタイの良い柔道経験者のような受付の若い男からタイマーを受け取って、前回と同じ独房のような部屋に入った。ヤツを呼び出す為には、まずヤツの邪魔をしなければいけない。俺の持っている、無駄に身に付けてしまったテレクラの電話に出るコツを総動員して、一瞬でも先に応答する。出た相手とわざわざ話す必要はないが、(もちろん本来の雑誌取材をしてもいいが、ここにかけてくる人間達と話すと頭痛がしてくる)とにかく何度か先に受話器を取れれば、この間のようにヤツはイライラして、俺に内線をかけてくるはずだ。
長時間の滞在に備えてコンビニで買ってきた軽食や飲み物を机に並べてから俺は、ホームセンターで売られている中で最も安価だと思われるイスの高さを調節し、受話器を肩に挟み、指を親機に置いて万全のポジションにセットした。そして「いつでもきやがれ」と、二十年以上は使っていないマンガのキャラみたいな言葉遣いで独り言を言った。
(13)ジュニア
・・・それから一時間半、電話は壊れているのかと思うほど全く鳴らなかった。その間ずっと耳と指先の神経を研ぎ澄ませていたが、さすがに疲れて俺は身体をほぐす為に一度部屋を出てトイレに行き、ついでに受付の(柔道部)に「全く鳴らないが電話の故障の可能性はないか?」と訊いた。すると柔道部(近くで見ると、古くさい角刈りだが年齢は相当若い。ただの雇われバイトだろう。)は「慣れてない方はよくそう言いますよ、電話がこない時は何時間いようとこないです。それがテレクラですから。気になるならお客さんの部屋に内線かけましょうか?」と言った。俺はやっぱり内線はあるのかと思いつつ、一応かけて貰う事にした。すると部屋に入ったと同時ぐらいに電話が鳴り、受話器を取ると「うっす」と柔道部の声がした。
今回は収穫がないかも知れないな、と思いながら受話器を置き、俺はコンビニで買った物を食べる事にした。今日は帰ってもセーラはいない。ここ2、3日連絡もきていない。マツシタの葬儀で再会した日から丸二日以上、彼女とのやり取りがないのは初めての事だ。セーラは自分の秘密を話した事で一度、頭を整理したいのかも知れない。俺としても、今彼女と会ってもどういう顔をしたらいいのか分からない。しかし、それでいいのかも知れない。今はお互いの関係がどういう間柄に着地するか、それを見定める時期なのだ。まずは上に振れて、次に下に振れて、最後に然るべき所に着地する。それが男女関係だ。下に行った時にその糸が切れてしまう場合もあれば、一度伸縮して上に跳ね上がる事もある・・そう、まるでバンジーみたいに。・・・俺はとりあえず目の前の事に集中する事にした。
だが、そもそもあの男は本当に今日来ているのだろうか?一部屋埋まっているとはいえ、ヤツである保証はどこにもない。受付に訊いても怪しまれるだけだろう。もしかして、もう帰ってしまっているとか・・・いや、この狭い店内で人の出入りがあれば、会話に夢中になっていない限り、それには気づく。ここはテレクラだからBGMも大きく流されてはいない。仮にヤツでなかったとしても、今いる人間は俺と同じく、狭く暗く臭い、世の中と一時的だが完全に断絶された一畳の個室でじっと受話器を構えているはずだ・・・ん?俺が入店する前に電話をかけてきた相手と、ずっと長話をしている可能性もあるのか・・・そう思案しながらコンビニのおにぎりを開封して海苔を巻きつけようとしたその時、最も無防備な状態の俺を嘲笑うかのごとく、目の前の電話が鳴った。
ジリリ、チン!
あっ!と思わず声を出した瞬間にその音は止んだ。このスピード、間違いない、ヤツだ!ヤツがいる。
俺はおにぎりを急いでお茶で流し込み、もう一度ポジションを整えた・・・が、それからまた30分近く、何の動きもなくなった。
そんなに都合よく連続で電話が鳴るわけじゃない。それは痛いほど分かっている。ヤツは多分、今出た相手と通話中だろう。出来ればその間に誰かがかけてきて欲しいが、通話が終わっていれば、またすぐヤツの居合い抜きが炸裂する。受話器を取れない苛立ちはあるが、どこかでそれと同じぐらいヤツの技術を楽しみにしている俺がいる。
ジリ、チン!
くそう!俺は机の上のおにぎりの包装ゴミを壁に投げつけた。それは腕の振りの勢いをほとんど殺してフワっと舞い上がり、パサっと壁に当たってゆっくり床に落ちた。・・うーん、速い、何という速さだ。俺が万全の体勢でもヤツにはまったく及ばない。どうやっているんだ?下手したらヤツは、もう鳴る前に受話器を取っているんじゃないか、とさえ思えてくる。
それからもう一度全く同じ事を繰り返して時計に目をやると、入店から二時間以上が経過していた。
3時間パックの終了まであと一時間もない・・もちろん延長やサービス時間を変更すればいいのだが、それもそれで馬鹿馬鹿しい・・・モウリはテレクラの利用料は1万円までなら経費で落とすと言っていたが、二回分プラス延長もすると・・・などと、せこい事を考えている時に電話が鳴り、俺は無意識で指を話した。
「・・もしもし」繋がった!
「なんかクスリある?」
お前じゃない!と言いながら、俺は思わず電話を切ってしまった。
前回、電話ジャックが教えてくれた、あのヤク中の元看護師さんだ。そうか、かけてくる方も同じ人間が大体同じ時間帯に出没するのか・・・しかし、何をしているんだ俺は。追いたいネタを追及するのはジャーナリストのサガだが、今やっているのは単なる趣味だ。自分の仕事ともマツシタの件とも全く関係がない。なにもわざわざ、素性が分からない電話ジャック男などに執着せず、今の人を取材してさっさとこのストレスフルな状況からおさらばすれば良かったものを・・・
ジリリリリ、ジリリリリ、ジリリリリ
こんなに長く呼び出し音が鳴る事が逆に新鮮過ぎて、俺は思わず電話に出る事を忘れて、しばらくその黒い物体を凝視してしまった。そして我に返り、今更意味もないのに素早く受話器を取った。
「もしもし?」
「貴方いい加減にしてください。」
電話ジャックだった。
俺は少し緊張して、もう一度ゆっくり「もしもし」と言った。
「またワタクシの邪魔をするんですか?」
「また?・・俺が誰だかわかるのか?こっちの事が見えているのか?」
「見えているわけがないじゃないですか。貴方の癖です。受話器を取る反応と癖で、この前の人だと分かるのですよ」
すごい、思った通りコイツはすごい奴だ。今日もちゃんと気持ち悪い。いついかなる時も、期待を裏切らない男なのだコイツは。
「くれぐれもワタクシの邪魔をしないでくださいね、そろそろジエンさんからの電話も入りますから。」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、少し話しを聞かせてくれ」
「いいえ、ワタクシは女性と・・」前回と同じくこのまま切られると思った俺は、焦って「邪魔はしない!約束する、二度とここには現れない!だから3分だけ俺と話してくれ」と別れ際の恋人のように懇願した。
「・・・」
「・・・」
「・・・1分なら。」と、返答があった。
俺はふーっと溜息をつき、事前に考えてきたいくつかの質問を、この謎の男にぶつける事にした。
「まず、アンタの名前を教えてくれ」
「出来ません。ワタクシは皆さんのお話を聞くのが楽しみでここに来ております。自分の話をするのは好きではありません。それにここは匿名性が重んじられる場所であります。」
オマエは他の人の素性をガンガン俺に話したじゃないか、と思ったがもちろんそれは押させて違う質問をした。
「なぜこんな、内線までかけれるんだ?店の人間でもないのに」
「それはこの間もお話し致しましたが、ここはワタクシにとっては我が家であります。週に五日、ほとんどの時間をここで過ごしています。もう20年になります。オープン初日からいます。店内の事は受付の金子ジュニアよりも分かっていますし、ワタシにこの場所で出来ない事はございません。ちなみに金子ジュニアは店長のご子息で、高校時代、柔道で県大会まで出場しております。それでは・・」
「待ってくれ!もう一つだけ、もう一つだけ答えてくれたら切ってもいい」
「なんでしょう?」
やっぱり受付の男は柔道経験者だったのか・・と、それはいいとして俺は次の質問をした。
「アンタがここで話してきた相手の中で、一番面白かった人間はどんなやつだった?」
「・・・そうですねぇ」
かかった!と思った。前回コイツは、俺が訊いてもいない電話相手の情報を事細かく喋ってきた。今もそうだ。自分の事は秘密にするクセに、他人の事は誰かに喋りたいのだ。きっとコイツはこの場所以外では話相手もいないはず、しかもここでもまともなコミュニケーションを取る事は難しく、ほとんど一方的に話をするイカレた人間達の聞き役だ。変なヤツがする変なエピソード話を毎日大量に仕入れたら、誰だって誰かにアウトプットしたくなる。
「例えばどんな人がいた?」
俺の質問に、ヤツの顔が受話器の向こうで綻んでいるのが分かる。
「少し前になりますが、万場さんという酒屋のお嬢さんがいました。その方は、お父さんのそのまたお父さんから浅草にある古い酒屋を継いでいたのですが、自分の家はアル中の家系で、みんなお酒で身体も家庭も壊しているとおっしゃっていました。そして自分も五十代だが案の定、重度の肝硬変だと言っていました。お酒を飲まない人を婿養子として貰ったが、結婚前から自分はアルコール依存症だったので、子供が少し大きくなると旦那はその子を連れてさっさと家を出て行った。祖父も死に、父も死に、自分も病気でもう長くないだろうと。2年ほど前、そんな話を毎回彼女は、泥酔してかけてきていました。」
「それで、その人は・・?」
「ワタクシは基本、電話の相手と会う事はしません。ここでの会話がワタクシの全てなのです。ですので、どの方にも特別な感情を持つことはありません。そして電話が来なくなれば、それはその方が他に良い心の捌け口を見つけたか、はたまた死んだかです。」
・・確かにヤク中や高齢の風俗嬢、今聞いた持病があるアルコール依存症の人間にしたって、全員いつ死んでもおかしくない連中だ。そう思考していた俺は、しまった!と思った。この数秒の間を作ったせいで、電話を切られてしまうんじゃないかと。しかし、その心配をよそにヤツは淡々と話を続けた。
「そう言えば、ここしばらく話をしていない方がもう一人いるのです。非常に興味深い人だったのですが・・あの方もどこかに去られたのかな」
「どういう話相手だった?」
「その方は電話をかけてきた人ではありません。ワタクシや貴方と同じく、店内のお客様でした。」
「ん?」
「半年ほど前にここに現れ、貴方のように何度もワタクシの電話を邪魔してきたので、内線でクレームを入れたのです」
本来、誰が電話を取ってもいいサービスで、なんでクレームを言われなきゃいけないんだと腹が立ったが、俺は話しの続きを待った。
「そうしましたところ、初め向こうは喧嘩腰だったのですが、話しているうちになぜかワタクシ達は意気投合してしまいました。我々はどこか似ていたんですね、そしていつの間にか、彼もワタシの(ご贔屓さん)の一人に加わりました」
どうやらソイツは男のようだ。
「彼が来る度に内線で他愛もない話をしていたのですが、ある日、ワタクシにだけ特別にと言って、彼は自分の素性を少し話してくれました。年齢は三十代半ばで職業は漫画家、結構な高額納税者だそうです。作品名は言えないが、自分の漫画が実写映画になると言っていました。そして、とても愛している人がいて、近々彼女に三度目のプロポーズをするつもりなのだと。」
・・・ああ、世界はどうしてこんなにストレンジなんだ。神様が全てのシナリオを書いているというなら、すべからくハッピーエンドにしてくれればいいのに。
水曜日に更新が出来ない為、急遽本日(月曜日)に今週分をアップしました。