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XNUMX  作者: 上兼一太
6/11

XNUMX(8)モウリ ~(9)アダルト

今週から2話分ずつアップします。毎週水曜更新は変わりません。

(8)モウリ


 2010年 11月


 ある日、ベッドの中でセーラが「実家に帰るつもりだったけど、やる事が出来ちゃったし、この家で一緒に住むっていうのはどう?」と言った時、俺は素早く「近々引っ越す予定だからもう少し広い部屋を借りたらそうしよう」とあっさり嘘をついた。セーラは「わかった」と言っていたが真意は測りかねている感じだった。

 元々俺は他人と生活が出来るタイプではない。取材で色んな国を周り、劣悪な環境で何日も過ごす事も多かったから、パーソナルスペースうんぬんや生活リズムの違いなどは気にならないが、情報そのものが商品であるジャーナリストという仕事上、常に他人がいるという環境はそもそもあまり好ましくない。例えば同居人が俺のPCの画面をたまたま見てしまった時、そのいくつかのセンテンスの中で、どれが真実でどれが虚偽でどれが三文記事でどれが国家機密なのかは分からないだろうし、一緒に住んでいれば俺自身が何かの弾みでうっかり口を滑らせる可能性だってある。共に生活をしていなくても、人が好きで他人に興味がある人間やコミュニケーション能力の高い人間は、秘密保持という意味では友人に向かない。そして気が緩むという意味では、美人という事だけでも危険なのだ。だとするとセーラは、ジャーナリストの同居人として最も向かない人物かもしれない。

 

 室内でも肌寒い空気を感じるようになってきた。俺はパーカーのフードを被り、安いコーヒー豆を挽いて淹れた、ただ濃いだけのコーヒーを飲みながらデスクトップに向かっていた。時刻は午前11時11分。取材依頼のメールが何件か届いている。いつも俺を気にかけてくれる大手新聞社からのそこそこデカい堅実な仕事もある。しかし今は長期的にここを離れるわけにはいかないし、貯金も底をついてきたから手っ取り早く日銭を稼がなければならない。セーラが元マネージャーの女性と会うまで、あと一週間近くある。そこまではマツシタの件に進展は見られないだろう。だったら俺もその時間を利用して(バイト)でもしていればいい。

 政治がらみは時間をかけてしっかりと裏の取れる取材をしなければならない上、どれだけその記事が正確でも(いや、正確だからこそ)ボツになる可能性もあるので避け、冤罪事件などのデリケートなネタも、余波を想定して神経を使わなければいけないから今回は断る事にして、俺はもっとサクっと稼げる日雇い的な三文記事の仕事にフォーカスした。届いていたのは、数か月前に起きた名門私立中学校教諭による未成年買春事件、都庁の職員の女性がアダルトビデオに出演していた件、某大手業務スーパーで起きた謎のボヤ騒動(深夜で死傷者なし。)等で、依頼元はいずれも主婦層が好む週刊誌からのもの、取材は一回で1ページ分の内容、ギャラは一万円~二万円ほどだった。俺なら一日で3件の取材は出来るし、このくらいなら記事も一日でまとめる事が出来る。効率も悪くない。しかし、どうしてもやる気が起きなかった。

 席を立ってCDラックの前で色々悩んだ末、デヴィッド・ボウイを選んでプレイヤーにセットし、もう一口苦いブラックコーヒーを喉に流し込んでメールを更新すると[GSW・ブックス]という一度も依頼がきた事のない出版社からメールが届いていた。内容を確認する前に社名を検索してみると、コンビニ等でよく見かける、タレントのゴシップや風俗レポ、禁止薬物などの下世話なネタをマンガも交えて、ある事ない事適当に書いている廉価雑誌の出版社だという事がわかった。他には引退したアイドルの熟女ヌード写真集を発売している。GSWというのは(下・世・話)の略か?とも思ったが真相は分からない。自分が一生関わらないような出版社からの依頼だったが、なぜか俺はそのメールを開いた。


―― お忙しいところ失礼致します。GSW出版のモウリと申します。突然のメールで申し訳ないのですが、当出版社は常時人手不足となっておりまして外部スタッフを雇い、何とか業務を回している小さな出版社なのでご無礼をお許しください。そんなわけで今回もいくつかの案件を取材して頂ける記者の方を探しております。尚、ギャラはいつもどおり取っ払いです。――


 文章を見る限りピンポイントで俺を狙ってメールをしてきているようではなさそうだ。多分ネットでフリージャーナリストやフリーライターを探してテンプレートの文章を片っ端から送りつけているのだろう。そこで引っかかった人間を雇う、いかにも三流出版社がやりそうな手段だ。そもそも万年人手不足で雑誌を出版している会社なんていつ潰れてもおかしくない。そう思ってメールを削除しようとしたが、続く案件の文章を流し見した時に、2つ目の依頼のタイトルで、俺のマウスを握る手が強くなった。


―― 今回のご依頼 ()内はギャランティとなります。交通費別途

 

 1 古くからゲイがたむろするハッテン場、Y市ゲイ公園の今。(八千円)


 2 人気漫画家の死の真相に、あのアイドルが関与??(出来高)


 3 テレクラは今も営業している!現存する最古のテレフォン・クラブ突撃取材 (取材のみ五千円、肉体関係を体験したレポを含む場合、一万五千円)


 いずれかの件で取材、記事投稿可能な方は詳細を説明致しますので当社までメール、またはお電話下さい。 担当モウリまで ――


 まさか!と思った。[人気漫画家の死の真相に、あのアイドルが関与]だと??この世で俺とセーラ、あと数人しか絶対に知り得ない情報を、なんでこの三流出版社が知っているんだ!俺が金も時間も、仕事から干されるリスクも全てを費やして何とか手に入れた情報だぞ!・・まさかセーラが・・・いやそんなはずはない、彼女だってマツシタの事を大切に思っていた人間だ、奴の死をこんな野次馬根性しかない人間達に面白がられるようにはしないはずだ。俺は背中に嫌な汗をかき出している事に気付いた。

 しかし・・一体どこから情報が漏れたんだ?・・・いずれにせよ、この出版社と接点を持ってどの程度の情報を持っていて、このネタを記事にするつもりなのか探りを入れなければ・・・デヴィッド・ボウイは陰気にLet's dance for fearと歌っていた。

 

 案件(2)を取材したいという趣旨のメールを自分の仕事用の電話番号を記載して送ったところ、物の数分で携帯が鳴った。

「えーGSWのモウリです。えー仕事のお問合せありがとうございます。えー」

 声の感じで想像するに50代前~半ばといったところか。首が太く喉が絞まったようなメタボ体形の声帯。空気が抜ける発声の感じは、歯も悪いのかも知れない。変な口癖はいいとして、本人がかけてきたという事は、実際には人手不足どころか他のスタッフなどはいなくて、この男性が一人でやっている会社なのだろう。俺はすぐさま本題に入った。

「お電話ありがとうございます。メールにも書きましたが二番目の案件を担当させて頂きたいと思っているんですが・・・」

「ああ、それなんですがね、えー丁度、今さっき他の方が担当する事になりまして、えー」

「えっ、そんなに早くですか?多分御社のメールの送信時刻からみて、私の返信はかなり早い方だったと思うのですが」

「えーいや、タッチの差というか・・あ、二番の案件だけずっと前から色んな方に依頼を出していたんですよ、えー」

 この男は嘘をついている。俺はすぐに気付いたがそんな事には構っていられない、俺は何としてでもこいつが知っている、マツシタと沢口明菜の情報を聞き出さなくてはならないのだ。そう意気込んだ矢先、

「えー、一番はどうですか?ゲイのハッテン場の件、えーこれは楽ですよ」とモウリが提案してきた。

「いや、一番はいいです。何とか私に二番を担当させて貰えませんか?丁寧に取材しますし、ギャラは出来高と書いてありますが、安くていいので。」

「いえいえ、えー、すいませんが二番はもう決まっているので、一番やってくださいよ、逆にギャラ上乗せしちゃうから」

 押しが強くて嘘つき。誰からも好感を持たれないタイプだ。しかし俺もここで引き下がるわけにはいかない。

「じゃあ123、今回の案件全部を私にやらせて下さい。それで2万でいいです、別途の交通費も機材費もいりません。モウリさんも窓口が一個の方が楽ではないですか?」

「う~ん」

 やっと押しと口癖が止まった。

「しかしですねぇ・・失礼ですが貴方の仕事の腕も知らないし・・・なんとも・・あ、じゃあとりあえず、一番のゲイの案件をやってみてください。それで貴方の取材力がわかったら二番、三番と頼みますよ、えー」

 やっぱりまだ二番も決まってなかったじゃないか。そう言いたかったがそんな事をつっこんでいたら話が進まない。俺は仕方なくそのやり方を承諾した。まずは相手の頼みを聞かなければこちらの頼み事は出来ない。これがフリージャーナリストとして、俺が最初に(自分で)学んだ事だった。


 電話を切って、今度は二時間も経ってから案件1の詳細がPCに届いた。もう仕事自体がなくなったのかと思ったが、取材地を確認したところ、ありがたい事にその公園はここから自転車で15分ほど、歩いても30分程度で着く距離の土地勘のある場所だった。火曜日の23時からが取材に最も適した時間帯だとある。俺はモニター画面のカレンダーで今日が火曜だという事を確認した。

 場所はY市の外れにあるスケートリンクも内包する大きな公園で、その一角は夜な夜なゲイ達の出会いの場として活用されているらしい・・と、取材依頼書には書いてあったが、実はそれは90年代までの話で、今は近くに保育園も出来、園内の大々的な改装工事もあって見通しが良くなり、かつての如何わしい雰囲気はかなり改善されている。屈強な男たちが夜に集まって肉体をぶつけあっている(これはあくまでイメージだ)なんて話しは、少なくとも近年は聞いた事がない。こういう変化は俺のような近くに住んでいる人間しかわからない事だろう。低俗雑誌社のカンは外れて、もう遅い時間でも女性が近道の為に公園を突っ切る事も怖くないような場所になっている・・・とはいえ、記事を書くかぎり取材を先入観だけでやってはいけない。ゲイの人達の絶対数が突然激減するわけでもないし、公園の噂を聞いていて一度は訪れてみたいと思っている人間もいるかも知れない。まぁ大した成果は得られないかも知れないが、俺はいつも通りやる事をやるだけだ。

 まず俺はGSWブックスの発行誌を何冊かインターネットのデジタル書籍で入手し、記事の傾向や書面の雰囲気を把握した。それは予想通り、読者をなめたような素人に毛が生えた人間が書いた、中身のない記事の羅列で構成された文字のゴミ箱だった。いや、むしろこれは読む方に合わせているのかも知れない。こういう物を読む人々には難しい文体は理解出来ないと、作る方も分かっているのだろう。要するにそういう雑誌だった。そして俺自身も、今はそれぐらい頭も労力も必要としない仕事を求めていた。まずはこれで小銭を稼ぎつつ、本来の目的、モウリが持っているマツシタと沢口明菜の情報を聞き出すのだ。3つめの案件、テレクラだか何だかの件はバックレたっていい。俺は特に深く考えるのを止めて、ゲイが出没する時間帯と言われる23時過ぎまで時間を潰す事にした。


(9)アダルト


 マツシタ家の墓の前でセーラはしばらく考え事をしていた。供えた線香はもう燃え尽きようとしていた。自分の先祖の墓参りに来たであろう中年男性が、帰り際にセーラの後ろを通り、わざわざ引き返してまた何度か通り過ぎ、さらに遠巻きにこっちをチラチラ見てから、墓石に身を隠してスマホでセーラの写真を撮っていた。それが女優・池上セーラだと分かっての事か、ただのタイプの女性として撮られたのかは分からないが、週刊誌などではない素人丸出しの隠し撮りだったので、セーラはそのまま放っておいた。

 ・・あーあ、なるべく地味な服装(グレーのパーカーの上にオーバーサイズのデニムジャケット、黒のワイドパンツに白のエアフォース1)で、目立たないようにして来たけど、大して効果はなかったか・・・でも自分は、いつからこういう事に慣れてしまったんだろう?田舎にいた頃は、人に見られる事を当然に思うような人間じゃなかったのに・・・それよりもっと驚くのは、そんな地元の同級生二人と、大人になってから付き合った事だ、こんな事になるなんて、当時は考えもしなかった・・そしてその一人は、既にこの石の下・・・人生はとんでもなく奇妙で、常に自分の予想とは大きく違う方向に進む物なんだな・・そう言えばマツシタくんのご家族は、息子の突然の死をどう捉えているんだろう?複数の貿易会社を営んでいるお父さんと、医者だったお母さん、母親の意思を継いで外科医になったという優秀な弟さん・・マツシタくんは(自分が漫画家になってから両親とはほとんど絶縁している)と言っていた(価値観が違う人間と無理やり関係を続ける必要はないだろ?)って・・そういうものなのかな?

 セーラは元来、人間が好きなのでマツシタのそういう考え方がよく理解できなかった。だから、誰かに好きだと言われるとどうしても断れなくなってしまい、無駄に男性経験の数だけが増えてしまった。セーラの初めての相手は中学3年の時で、相手は新卒でクラスの担任になった教師だった。よくない関係だと分かっていたが言い寄られて断れなくなってしまったのだ。周りにはスカウトされて高校から大阪に出たと言っていたが、それだけではなく、その教師との関係から逃げたいという思いもあり、町を出たのだった。その男が初めての恋人のようなものだったが、それと同時に初めてのストーカーでもあった。セーラと付き合った男のほとんどは、マツシタと同じくその後、セーラのストーカーになった。若い頃はその事に少し悩んでいたが、ある時から自分はそういう女なんだ、と半ば諦めるようになっていった。好きでもない男性と言われるがままに付き合ってしまい、やっぱり無理だと思い、別れを切り出すと相手がストーカーになる。セーラの恋愛は常にそれの繰り返しだった。人間好きの性格は大人になっても変わらなかったが、逆に言えばそのせいで特別な思いで好きになった男性は今まで一人もいなかった。しかし今自分と一緒にいる同級生の事は、これまでとは違い、もしかしたら初めて本当に好きになった相手なのかも知れない、そう思っていた。というよりも、よくよく思い出してみると、小学校の入学式で初めて隣りに並んだ時から、その人には特別な何かを感じていた。あの時、既に好意を持っていたのかも知れない。そんな気がしてきた。

 ・・本当だったら今日も、彼と二人でお墓参りをしに来たかったな。親友だった彼なら、マツシタくんも付き合うのを許してくれるかも知れない。でも事務所を辞めたとはいえ、明るい時間に外を歩くと大体顔を指される事はわかっているし。彼と歩いている所を週刊誌か何かに取り上げられたら、向こうの仕事にも支障が出るかも知れない・・だからもうしばらくは(お家デート)で我慢かな。もう仕事も辞めたし、いつか二人で地元に帰って周りを気にせず自由に暮らせる日が来るかも知れない・・・問題は彼に自分の秘密を打ち明けるかどうか・・・わざわざ嫌われるかも知れない事を自分から言わなくてもいいような気もするけど・・でも、本気で彼と付き合おうと思えば思うほど、どうしても後ろめたい気持ちになってしまう・・・。

 セーラは元々、人の話を聞くのは好きだったが、自分の話を誰かにするのは苦手だった。訊かれてない事や、自分に起こった出来事、自分の思っている事を他人に話すのは、昔からなんとなく下品な気がしてしまうのだ。それは多分、田舎でスナックを経営しているフィリピン人の母親が、客だろうと家族だろうと自分の事ばかり話す人だったからだろう。他人が自分に興味を持っていなくても一方的に自分の事を話す、聞いてる人間の事などお構いなし、それはただの発散行為でしかない、それより自分は人の話を聞いている方が良い。中学の教師に言い寄られていた時にも、母はまともに相談に乗ってくれなかった。母のように自分の痛みだけしか感じられない人間にはなりたくない。そう考えていた。そしてセーラは自分の事を話すのと同じぐらい、嘘をつくのが苦手だった。仕事では長年演技の勉強をして、それなりにドラマや大きな舞台で芝居をしてきたのに、プライベートでは嘘をつこうとするとすぐ顔に出てしまうのだった。

 ・・最近は彼と二人でいる時に落ち着かない気持ちになる事も多い・・・舞台の前にグラビアをやっていた事は、自然な話の流れで言えたけれど・・でも彼とこれからも真剣に付き合うなら、事務所に所属する前の素人の時に無理やりスカウトされて、ほんの少しだけアダルト・ビデオに出ていた事は、やっぱり言うべきなのかな・・。

 セーラはここ数日間、その事ばかりを考えていた。


 結論から言えば、案件(1)は空振りだった。

 俺はモウリ編集長の情報を元に、最もゲイが集まると言う火曜の23時過ぎから公園内を三時間近くも張ったが、それらしい怪しい集いは全く見つけられなかった。遅い時間にその公園に行ったのは初めてだったが、外灯も明るく、カメラも至る所に設置してあり、海外とは全く違う治安の良さを感じた。一応、寒空の中、次の日も同じ時刻に行ってしばらく様子を伺ったが、予備校帰りと思われる高校生カップルがベンチで少しイチャついていただけでやはり収穫はなかった。20年前にはそういう場所として有名だったのかも知れないが、思った通り今は健全な公園だった。俺がその事をモウリに電話で告げると、意外な返事が返ってきた。

「なに言ってるんですか、それでいいんですよ、えー」

「は?」

「なかったなら、なかったって書けばいいんですから。えー、その高校生カップルの写真は撮りました?」

「いや、覗きをしてるみたいで嫌だったので・・」

「なんでですか!顔なんて画像にモザイク処理すればいいんだから、えー、その写真を載せて(有名なゲイの公園も今では高校生のラブホテルだ)とか何とか書けばいいんですよ、ご丁寧に二日も取材しなくたって、時間も労力ももったいないでしょう、えー」

 俺はこんな雑誌を作ってる事自体が時間と労力の無駄遣いだと思ったが、もちろん言わなかった。しかしガセネタを記事にするというのは、ネタが嘘だった場合には絶対に記事を書かない我々ジャーナリストとは全く逆の考え方で、これはこれで新鮮に感じた。何か出来事があったというニュースと、なかったというニュースはある意味では同じことなのかも知れない。それを我々はいつからか「ある方がウケる」という固定概念で選別して、なければそれは「使えない」と思い込んでいるのだ。1は1、0はないのではなく0がある・・とまぁ、どちらにせよ今回のネタは、そもそもそこまで大げさな出来事ではないのだが。とりあえず日当を貰う事と、本来の目的である(案件2)に話を進める為に俺は、その日の夕方に言われるがまま適当な記事を書いて(一枚だけゲイのカップルだと思ってかなり遠くから撮った、高校生カップルの写真を添付して)モウリに送った。それでこの件は終わりだった。

 ギャラは手取りか月末にまとめて振り込みか選べると言われたので、俺はチャンスだと思い、手取りを選択した。直接モウリに会って例の件を聞き出せるかも知れないと思ったからだ。モウリはそんなこちらの意図を察知せずに、(えー、3本やるのにまとめて振込みではないんですか?)と嫌味を言ってきたが、こちらが(急いで欲しい)と切羽詰まっているフリをしたので(えーじゃあ、明日の15時頃にでも来てくれれば一回分のギャラは渡しますよ、えー)と約束を取り付ける事が出来た。

 

 そして俺は予定通り、次の日の午後三時過ぎにGSWブックスを訪ねた。

 上野と御徒町の間ぐらいにある雑居ビルの三階に、その小さな出版社はあった。チャイムを押しても返答がなく、鳴ったかどうかもわからなかったので、挨拶をしながら恐る恐る入ってみると、高々と乱雑に積まれた新聞や雑誌に埋もれるように、小柄で太った男が奥の机に向かっていた。

 もう一度声をかけると(はい、どーも)と漫才師の登場のごとく軽快に、元気よく椅子をターンさせて振り向いたその男は、頭は半分ほど額から頭頂部に向かって禿げ上がり、右目に眼帯を付けていてその上から強引に老眼鏡をかけていた。よく見ると鼻の下にチョビ髭も生やしている。そして11月なのに半袖の白いシャツを着ていて、太いベージュのスラックスをサスペンダーで留めていた。印象としては写真家のアラーキーを太らせた感じの初老の男性、それがモウリだった。

「モウリです。わざわざご足労かけましたね、電車賃も出ないのに」そう言うとモウリは、どこかから空気が漏れているような嫌な笑い方をした。電話でのイメージどおりの人間だったが、驚いたのは面と向かって話すと例の口癖が全くなくなっている事だった。モウリは「はい、どーぞ」とおもむろに一万円を財布から出し、明らかに使い回してくしゃくしゃになっている茶封筒に入れて渡してきた。さらに(給与に関する書類等はこっちで適当にやっておきますから)と、およそ出版社とは思えないルーズな言葉を吐いてきたので、こちらは三十半ばにして、親戚の個人商店にお小遣いバイトとして雇われている中学生のような、不愉快な気分になった。

「と言うわけで、また連絡します。」と、モウリが早々にこちらを追い出すような素振りを見せたので、俺は焦って「いやいや、二件目の案件の説明をして下さい。ついでなんで」と粘った。

 モウリは老眼鏡を外して両腿に手を置くと膝当たりまでを擦りながら「漫画家の謎の死についてですよね?う~ん、やります?」と面倒臭そうに言った。

「もちろん、やりますよ」

「う~ん、でもなぁ~」

「メールで頂いた三つの案件はセットでやるとお約束しましたし。」

「ん?そうでしたっけ?」

 とぼければとぼけるほど、この男は何かを知っていると思えた。

「お願いします。家賃も滞納してるんで、急いで稼がないといけないんです」と俺は、分かりやすく嘘をついた。

「う~ん、そうですかぁ、じゃあ人気漫画家の死にアイドルが関わっていた件について、とりあえず今まで調べがついている所までお話ししますね・・でもワタシが言うのも何ですが、はたして読者が食いつくようなネタなのかどうか・・・」

今週から2話分ずつアップします。毎週水曜更新は変わりません。

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