XNUMX(54)アンドレズ ~(55)バイブス
(54)アンドレズ
その室内は床も壁もペールピンク一色に塗られている。しかし天井以外はその色が一筋程度しか見えないほどの大量のぬいぐるみが敷き詰められている。大きな物から小さな物、有名なネズミやクマから、誰も知らないキャラクターまで。それはまるでこの部屋を構築する建築材のように見える。キャビネットの上や棚の中、そしてもちろんベッドの上にまで及んでいるが、その大きい円形のベッドの中心には、大量のぬいぐるみに囲まれた小柄な女の子が横たわっている。ジョン・テニエルが描いた不思議の国のアリスの挿絵のような服装だ。しかしその娘は眠っているわけではない。唯一ぬいぐるみのない天井の壁を瞬きもせず見つめている。(とは言え、何匹かは宙吊りにされているのだが。)枕も毛布もかけ布団もなく、常時エアコンで室温を一定にしているようだ。腕に一番のお気に入りであるガネちゃんのぬいぐるみを抱いて、沢口明菜は独り、物思いに耽っている。
あーあ、明日はお母さんのお葬式かぁー、面倒くさいなー、事務所の社長が大ごとにしたせいで沢山人も集まっちゃうだろうなー、アタシが喪主?とか何とかいうやつもやらなきゃいけないし。社長は次の映画の良いプロモーションになるとか言ってたけど、知らねーよ、哀しいフリとかもうぶっちゃけ疲れたんだよねー、だってアイツ何回も(チェンジ)したヤツだよ、オリジナルのお母さんならまだ泣けるかもだけど、最近のアイツなんて完全にアカの他人だったっつーの。知らないオバさんが死んだって泣けるかっつーの。なんか黒い服とか着てさ、長時間泣いてるフリしなきゃいけないんでしょー、超うぜーんだけど!これも演技なんだからギャラ出せよ!てか、マジ仮病でも使おうかな。・・・でもどうしてテッちゃんは(還って)来ないんだろ?アタシがチェンジしたら、必ず新しい人が来るはずなのに、テッちゃんだけは行ったきりだ。前のテッちゃんでもアタシは良かったのに、テッちゃんがどうしてもって言うから・・・あーあ、こんな事ならチェンジしてやんなきゃ良かったな。お父さんもお母さんもミコちゃんもナッちゃんもケンくんもフルヤ先輩もテッちゃんも、もう誰も居なくなっちゃった・・・あっ!そう言えばテッちゃんの事、なんか言ってたおっさんがいたっけ。
明菜はガネちゃんのぬいぐるみを置いて、両足を天井に向けて振り上げると、ネックスプリングの要領でベッドからスクッと立ち上がった。そして本人しか分からない探し方でぬいぐるみの山から小さなヴィヴィアン・ウエストウッドのバッグを引っ張り出し、中からクシャクシャの名刺を取り出した。
・・・こいつ、記者だっけ?顔も思い出せないぐらいパッとしないやつだったけど、確かテッちゃんの事を話したいとか言ってたな。テッちゃんとアタシが会ってた事は社長だって知らないのに・・・でももしかしてこいつ、テッちゃんが今どこにいるのかも知ってるのかな?それともカマをかけてきただけなのかな?・・うーん、考えるの面倒だし、電話かけちゃおっかな?会社には大事な時期だからプライベートで人に会うなって言われてるけど、電話ならイケるっしょ!!
その日俺は朝からどこか落ち着かない気持ちで過ごしていた。季節を無視してビーチボーイズのアルバムをかけて(とは言えサーフィンUSAではなくペットサウンズだが)部屋中を掃除し、なぜかベッドメイクやルームフレグランスまでして完璧に整えた。それからスーパーに行ってカツ丼をメインにした夕食の食材とデザートをいくつか買い、コーラやジュース、お菓子類も準備した。両手にビニール袋で帰路に着いている時、流石に買い過ぎたかと思ったが、残ったらお土産として持たせればいいと、自分の行動に言い訳をした。アリスが来るのは17時以降だ。まだ時間がある、早めに料理の準備でもしておこう。
俺は食材を切りながら無意識的に内省をしていた。・・・相手は14才の男の子だ。それなのにこの気持ちの昂りは一体なんだろう。セーラが初めて家に来た時と限りなく近い感覚だ。だがもちろんこれは恋ではない。相手が自分に好意を持ち、自分も相手に好意がある、そしてそういう人間と時間を共有できる事の尊さに、自分の中の何かが反応しているのだ。俺のように(稀に例外はあるが)初対面の気の合わない人間と話しをするような仕事をしていると、それが当たり前になって、いつの間にか人と会う事自体が苦痛を伴う物だと考えてしまう。しかし、いや、だからこそ、気の合う人間との特別な時間が貴重だと、今は心底思える。ましてや俺ぐらいの年齢になれば、新たにそんな関係を築ける人間と出会う事は稀だ。・・・まさか、俺は期待しているのか?14才の少年と、マツシタのように気の置けない親友にでもなれると?・・俺は自傷的な笑みを浮かべて、包丁を置いてキッチンのイスに腰掛けた。・・・冷静になれ、相手から何かを得ようとするな、それではアリスを買っている変態野郎共と同じじゃないか、大人が子供に何かを望むのはエゴの仕業に間違いない、他人を自分勝手な思い込みでコントロールしようとするな、俺は自分の出来る事、アリスに美味いメシをたらふく食わせて話を聞いてやるだけでいいんだ・・。夕食の支度を一度切り上げ、俺はシャワーに入る事にした。
熱い湯を浴びたおかげで迷いは吹き飛び、頭は普段の明瞭さを取り戻した。その後は食事の準備も滞りなく進み、あとはアリスの到着を待つだけとなった。・・・しかし約束の午後5時を過ぎ、6時になっても彼は現れなかった。7時になり、さすがに心配になって電話をかけてみたが、おかけになった電話番号は現在電源が切れているか電波の~という例のアナウンスが流れるだけだった。探そうにもアリスの行きそうな場所など検討もつかないし、もっと言えば、俺は彼の事を何一つ知らないのだ。・・まだそれほど遅い時間ではない、もう少し待ってみよう。俺は寝室に移動して見るともなくテレビをつけ、電話にはすぐ気づけるように音を消してニュース番組を流した。画面には昼間に行われた牧村マネージャーの葬儀の様子が映し出された。事務所のスタッフやタレント、牧村が担当した女優達が沢山参列していたが、その中にセーラの姿はなかった。娘の沢口明菜は黒い着物に身を包み、社長と思われる男性に支えられながらも、二十歳前後とは思えないほど気丈に振る舞っていた。その見事な立ち回りはやはりどこか芝居がかっていて見えたが、ある意味では妖艶ですらあった。彼女はこの件で新たなファンを獲得したかも知れない。俺はその姿を感心しながら見た後、プロ野球アンドレズ対ファンターズの試合にチャンネルを変えた。ゲスト解説者は元ファンターズのサイゴウだった。
試合は3対4でファンターズが優勢のまま、九回の裏を迎えた。時刻は9時を過ぎ、俺は居ても立ってもいられなくなってきた。アリスは良くない人間とも関わっている、何か事件にでも巻き込まれてはいないだろうか?そうではなく、一度偶然に訪れただけのこの家の場所が分からないのかも知れない。いや、気が変わってただ単に来たくなくなったのかも・・それならそれでいい、無事でさえいてくれれば・・・そうだ!アリスは幸運の世界が運営している児童施設にいるんだった、名前も場所も知らないが調べれば出てくるかも知れない。俺は机に置いた携帯電話を取ろうとした・・と同時に電話が鳴った。番号は知らない物だったが俺は慌てて電話に出た。
「もしもし、アリス?」
返答はない。
「もしもし?」と俺はもう一度問いかけたが、やはり返答はない。向こうから微かに呼吸音が聴こえる気がする。
「もしもし?・・・もしかして・・セーラか?」
音の消えたテレビの中では、ファンターズの投手がアンドレズの四番バッターに逆転サヨナラ・ホームランを打たれていた。
(55)バイブス
「・・もしもーし、全然聞こえない、何か電波が悪ぃな。もしもーし」
驚いた。男の声だ。俺は仕事関係の人間と話す時のトーンに声色を変えた。
「もしもし?聞こえてますよ、どなたですか?」
「あ、やっと繋がった、これは失礼しました。あ、夜分の件も合わせて失礼。自分は神奈川県警の宮元と言います。」
・・・警察?
その男は捜査一課の刑事だった。声から推定するに年齢は二十代半ばから後半、細見の体形で頭のキレる所謂キャリアタイプ。きっと同期入社を尻目に一人だけ出世していくタイプだろう。どうやって調べたのかわからないが俺とセーラの繋がりを知ったらしく、彼女の行方に関する情報をしつこく聞いてきた。俺は(セーラは何か事件の容疑者なのか?、どういう線で追っているのか?)と訊いてみたが(彼女は重要参考人の一人ではある)としか教えてくれなかったので、こちらも知らぬ存ぜぬで押し通した。宮元は俺のシラを到底信じているようではなかったが、今はこれ以上の長電話は不毛だと思ったらしく「また連絡させて頂きますので何か思い出したらまた教えてください」と、関係の継続を匂わせながらしぶしぶ電話を切った。俺は(思い出すのとあんたに話すのは別の話だよ)と思いながら携帯をテーブルに置いた。
やはり健三さんから聞いていたように、セーラは防犯カメラに映っていた事で、モウリ殺しの容疑者として追われているのだろう。心配だが連絡を向こうから絶たれている以上、その事を伝えられないし、彼女はもうとっくにT県に帰っているだろうから、しばらく居場所は見つからないはずだ。問題は(本当にセーラがモウリに何かしていないか)という事だが、今の俺には正直判断がつかない。それは彼女を信用していないという事ではなく、俺の世界観の急激な変化によるものだ。しばらく前から、生まれ育ってきたこれまでの世界と、今いるこの世界が陸続きで捉えられなくなってしまった。少なくともどこかの誰かが整えてくれていた、勉強をして恋人を作れば、いい会社に就職出来て、家族を持てる・・というような、単純な世界ではもうない。科学は目に見えて進化し、非科学は目に見えない所で波紋のように広がっている。俺が今生きているこの世界では、考えうるどんな出来事でも有り得るような気がする。個人だろうが組織であろうが関係なく、長い時間をかけて信頼を築いたものだったとしても、昨日までの事は前の世界での話だ。ここでは価値観や感覚をそのまま引き継ぐ事は出来そうにない。誰かを信じたい気持ちはあるが、実際に信じられるかはまた別の話なのだ。「・・もう自分自身だって信じられないんだ」と俺は独り言を言った。
ピンポーン。
その時突然、ドアチャイムが鳴った。時刻は夜の10時を回っていた。俺は飛び上がるように椅子から立ち上がって玄関に向かい「遅かったじゃないか」と言いながらドアを開けた。するとそこに立っていたのはアリスではなく、同じぐらい小柄だが真っ黒いパーカーのフードを被った人間だった。その人物は、俺の脇をすり抜けてずけずけと人の家に上がり込み、ダイニングテーブルの椅子にドガっと腰かけると「せまっ」と小さく声を出した。
「おいおい、誰だ君は。アリスの友達か?」と俺が近づくと、フードを取りながら「他の女と間違われるの、マジむかつくんだけど」と言ってこっちを向いた。
それは沢口明菜だった。
「ど、どうして君が?」と俺は情けない声で言った。
「は?あんたが話したいって言ったんじゃん」沢口は足を組んで煙草を吸い出した。
「この間XNUMXスタジオで話しかけてきたの、あんただよね?」
「い、いや、そうだけど、いきなり家に来るなんて・・・第一、場所だって・・」
「名刺に書いてあったし」
確かに渡した名刺には事務所として一応ここの住所を記載していたが・・・それより沢口の吸っているメビウスの灰が気になったので、俺はビールの空き缶をゴミ箱から取り出してテーブルに置いた。
「あんた吸わないんだ?」
「ああ、海外に行くようになってから面倒で止めた」と言いながら俺は、テーブルを挟んで沢口明菜の正面に腰かけた。
「ふーん、アタシは止やめれそうにないわ」
その、足を組んでぶっきらぼうに煙草を吸う目の前の彼女と、さっきニュースで見た葬儀場での落ち着いた様子で喪主を務める彼女の姿が、俺の中では上手く繋がらなかった。・・しかし、ここにいる沢口明菜も認めたくはないが、殺人的に魅力的だった。これが所謂一流芸能人なのかと、俺は気圧されてすらいた。顔立ちはセーラの方が整っている、それは分かる。だが売れっ子のオーラというか、雰囲気というか、その力は凄まじかった。コンビニに行けばほとんどの雑誌の表紙を飾っていて、テレビを付ければCM、ドラマ、バラエティ、と見ない日はない、そして街を歩けばビルに主演映画の大きな看板。例え一時であるにせよ、そういう人間にしか出せない、旬の空気を彼女はたっぷりと纏っている。その上、単純にルックスもいい。髪の毛は人形のように赤みがかったパラパラとしたストレートのロングヘアーで、顔がとにかく小さく目力が強い。身体も小柄で細身だがパーカーの上からでも胸がふくよかな事は分かる。そして皮膚の艶、ヘビースモーカーとは思えないピンクがかった血色とハリの良さで、まるで赤ちゃんのようだ。ノーメイクでコンビニに行くような恰好なのに・・・これは信じられない。この狭くてボロい室内にいるせいで、前回XNUMXのビル内で見た時よりもはるかに美しく見える。まるでスラム街を歩くスカーレット・ヨハンソンだ。俺はしばしその1メートルも離れていない距離に座る、国民的女優になりつつある彼女に見惚れてしまっていた。そんな事は人生で初めてだった。
「んで、テッちゃんについて教えて欲しいんだけど」
「?」
「どこにいるのテッちゃん。もう今日はお葬式と撮影で疲れてるからさっさと話して欲しいんだけど」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、居場所を知りたいのはこっちの方だ、君なら知ってるんだろ?」
「は?おじさん知らないの?マジ使えないんだけど。冷めたー」
「冷めるも何も、俺はマツシタの話をしたいと言っただけだ」
「あっそ。じゃ帰るわ、タクシー呼んで」
沢口明菜は空き缶にまだ長い煙草の吸殻をねじ込んで、立ち上がろうとした。しかしこっちとしてはこの千載一遇のチャンスを逃す手はない。
「俺はマツシタと小学校の同級生だったんだ」
彼女の動きが一瞬止まった。
「マツシタの唯一の友達と言ってもいいかも知れない」
「・・あんたが?」
「ああ、マツシタがどんな小学生だったのかも当然知っている。転校初日にラルフローレンとノーウォッシュのリーバイスでキメていたものの、女子には総スカンされていた事も。」
「あはは、テッちゃんぽい」と笑いながら沢口明菜は椅子に座り直した。
「君はマツシタとどういう関係だったんだ?」
「恋人に決まってんじゃん」そう言いながら彼女は、新しい煙草にエルメスのマークが入ったゴールドのライターで火を付けた。
「セックスはしてないけどね。テッちゃんインポだから」
俺は沢口明菜のその蓮っ葉な態度に思わず吹き出してしまった。有名人で何百万もするブランド物を持っているのに、何だか地元のツレと話しているような気分だ。
「誰にも言うなよ」と沢口明菜は言った。「テッちゃんの名誉にも関わるから」
きっとギャルというのはそういう事を気にするのだ。
「ああ、分かってる。というか記事にしようにも(突然、家に沢口明菜が来て、売れっ子漫画家のことをインポの恋人だと言っていた)と書いても誰も信じないよ」
「ははは、そっか!おじさんオモロいね。」
「そうかな?何か飲むかい?」
「ビール頂戴」
未成年ではなかったか?と思いながらも俺は、残り一本の缶ビールを出してグラスに注ごうとした。だが沢口明菜は「そのままでいい」と言って勝手に缶を奪うと、一口飲んで「うめー、あっ、もしかして二人で分けるつもりだった?じゃ、はい」と飲みかけを渡そうとしてきた。
「いや、さっき飲んだからいい、それは君のだ。」と、俺は嘘をついて断った。何だかいい歳をして一瞬ドギマギしてしまった自分が恥ずかしかった。
「んで、おじさんとテッちゃんはそんなに仲良かったの?」
俺は残っていたコーヒーを温め直しながら「ああ、一緒に学級新聞を作ってたよ」と言った。
「学級新聞!懐かしー、休み時間とかになんかそういう地味なもの書いてるやついたなー、超陰キャな男子で」
「へー、学級新聞は君の時代でもあったんだ。でも確かにマツシタはそういうタイプだけど、俺は誓って陰キャではないよ。俺は野原を走り回っていた、ただのいなキャもんだけど」
「・・ふーん」
これは全くウケなかった。親父ギャグとして流されたのか、それともイマイチうまく伝わらなかったのか・・・まぁいい。
「ちなみに君の事務所の先輩にあたる、池上セーラも同じクラスだよ」
「えっマジ!セーラちゃんも!?激アツなんだけど!!」
「俺とマツシタとセーラは4年から6年までクラスメイトさ。」
「うっそ、3人同じクラス?!マジヤバいんだけどー」
よし、こちらのペースになった。
「事務所内で接点はあったの?」
「セーラちゃんと?ううん、ほとんどない。アタシが入ったらすぐに辞めちゃったから」
「そうか・・・」
「でも、セーラちゃん、最近めっちゃキレイになったでしょ?」
「ん?前からじゃなくて?」
「もちろん前から可愛いかったけど、1年ぐらい前からめっちゃキレイになったはずだよ」
俺がマツシタの葬儀でセーラに再会する少し前って事か・・。
「どうして?」
「だって、アタシがチェンジさせたから」
「チェンジ?!」
「あ、これは言わない方がよかったかも」
「い、いや、待ってくれ、詳しく教えてくれ」
俺は卒倒しそうになる自分の上半身を支えるようにテーブルに肘を付いた。沢口明菜は両足を椅子の上にあげて膝を折りたたむ様にパーカーの中に入れ込んだ。
「えー、どうしよっかなー、じゃあーおじさんもなんか教えてよ」
「例えば?」
「うーん、テッちゃんとかセーラちゃんのこと」
「ああ・・えっと、まぁこれは知ってるだろうけど、松下とセーラは付き合っていたし、婚約もしていたし・・」
ブーーーーーッ!!沢口明菜は俺の顔面にビールをぶちまけた。
「ごめ!えっマジ??いや、マジごめん!」
俺は片眼をつぶりながら脱衣所にタオルを取りに行き、比較的新しい方を沢口明菜に渡した。
「ありがと、いやーマジか、そっかそっか、なるほどね」
俺は顔を拭いてからそのままテーブルも拭き、汚れたタオルを洗濯機に投げ入れてからキッチンに戻った。
「なるほどとは?」
「あんね、テッっちゃんはずっと好きな人がいたの、幼馴染でその人とどうしても結婚したいんだって言ってた。誰かは教えてくれなかったけど、アタシと会うとその人の話ばっかだったよ。でもアタシはその一途なテッっちゃんに惹かれたの。こんなピュアなオッサンいるんだって。だから、じゃあテッっちゃんもチェンジする?て訊いてね、その人に好かれそうなテッっちゃんに変わればいいんだよ、アタシがやってあげるって言ったら、やりたいって言うからチェンジしてあげた。まさかテッっちゃんの好きな人がセーラちゃんだったとはねー」
「いや、ちょっと待ってくれ、話についていけなんだ、順を追ってくれないか?」
「これだからおじさんは困るよ、バイブスで理解しないと」
沢口明菜は口を拭いたタオルを首にかけた。どうやら気に入っているようだ。
「まずチェンジというのはなんなんだ?」
「それな!」と沢口明菜は指を鳴らして俺の方に人差し指を向けた。
「チェンジはね、アタシの特技だよ」
「特技?」
「うん、その人を良いバージョンのその人と交換するっていうね」
「やっぱり!」推測どおりだ!!俺は思わずテーブルを叩いた。沢口明菜はそれを見て「何それ、ダサッ」っと言った。俺には指鳴らしとさほど違いが判らなかった。




