表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
XNUMX  作者: 上兼一太
16/31

XNUMX(28)バックドロップ ~(29)ジャイアントスウィング

(28)バックドロップ


 ・・もう12時を過ぎているのか。結局セーラと同じ時間に起きたが、家事をやって仕事のメールを返信していたら、あっという間に午後になってしまった。いい加減コーヒーだけじゃなく、何か形のある物を、形をなくして腹に入れよう。確か食パンがまだ残っていたはずだ。俺はキッチンに行ってサンドイッチを作る事にした。

 しかし三十代になった途端、時間の進みが早くなった気がする・・そう言えば、昔仕事で知り合った2丁目のママがそんな事を言ってたっけ。(ねぇ貴方、20代後半でしょう?、最近時間が早く進むような気がしてない?あのね、10代より、20代の方が時間って早く進むのよ、あっという間に30になるから気をつけなさい。それでね、30代はもっと早いの、一瞬よ、一瞬。それで、さらに早いのが40代。もう、ビックリするわよ、まだ早くなるんだ!って、急行、特急、新幹線か!ってね!ちなみにアタシ今66なんだけど、え?見えない?ありがとー、え?言ってないって、もう!その腕取って、逆十字~!ってね、それはいいんだけど、40代も後半にさしかかった頃にさ、アタシ怖くなったのよ、えっ、それじゃなに、もしかして50代はもっと早いの?・・って事は、リニアかっ!て思ってたらさ、びっくりしたわよ、あんた。50代になったら、逆にちょっぴり遅くなりやがんの。そんで60過ぎたらさ、またちょっと遅くなってきたのよー、もう鈍行?っていうか、どんこうー!)・・なんて言ってたなぁ。

 あの、どうみてもオッサンに見える汚ったねぇママ、元気にしてるかなぁ、筋の通ったカッコイイ人だったなぁ(今って色んな呼び方があるじゃない?オネエとかニューハーフとかドラァグクイーンとかさ。きっとこれからも色んな呼び名が出てくると思うのよ、でもね、オカマはオカマ。必要以上に卑下する必要はないけど、自覚のないマイノリティが本流みたいなツラしたら、それこそ下品よ。自分だけが分かってればいいの、気高いオカマなんだって。)・・とか言って。ああいう人こそ長生きして欲しいなぁ。世界が正しいバランスを保つ為にも。・・・ハムチーズサンドが出来たところで、ドアポストに荷物が投函される音がした。

 俺は行儀悪くパンを貪りながら玄関に向かい、郵便物を取り出した。入っていたのはモウリの依頼で記事を書いた雑誌、実話・バックドロップの最新号だった。(1ページ程度しか書いてない俺にまでわざわざ送ってこなくてもいいのに)と思ったが、一応携わった人間全員に完パケを送っているのだろう、こういう律儀なところは弟の健三社長に似てるのかも知れない。俺はテーブルに座り片手にパンを持ったままパラパラとページをめくった・・だが、表紙から数ページのところですぐにその手は止まった・・・なんて事だ・・この事を、どうセーラに話せばいいのだろう・・。


 ・・・やっぱり小顔矯正して貰って良かった。頭が小さくてスタイル良いってよく言って貰えるけど、顔の輪郭自体がシャープになった気がする。これなら自信を持ってアソートの撮影に挑めるかも。セーラは上機嫌でプジョーを停めていた立体駐車場に戻って来た。・・都内の駐車場は高いしボディメイクにもお金がかかってるけど、全ては最後の仕事の為だ。やっと夢だったファッション誌で、モデルとして撮影して貰えるんだから、自己投資は必要経費だもんね(池上セーラ)としての最後の晴れ舞台なんだから。・・・事前精算機の前で財布を出そうとした時、丁度バッグの中でスマートフォンが鳴っていた。自分の後ろに人が並ぼうとしていたので、セーラは順番を譲って、そこから少し離れたところで電話に出た。相手はカメラマンのナミチだった。

「お疲れ様です・・セーラちゃん」

「お疲れ様です。あ、撮影の件ですか?時間決まりました?」

「ええっと・・あの・・」

「どうしました?ナミチさんにしては珍しくテンション低いですね?風邪でもひきました?」

「いや・・ごめんなさい、なくなりました」

「えっ?・・何が・・?」

 車通りが多かったので、セーラは相手の話をよく聞く為にスマホを逆の耳にあてた。

「撮影自体がなくなりました。・・セーラちゃん、今日発売の実話バックドロップの記事は見ましたか?・・クライアントさんはカンカンでした。セーラちゃんを推薦したボクとしても、あんな物が出てしまっては、もうどうする事も出来ません・・残念です、これから大急ぎで代役を探さないといけないので・・すいません、それでは」電話は21秒で切れた。

 セーラは駐車場の真横にあったコンビニエンス・ストアに駆け込み、実話バックドロップを探した。本に立ち読み防止用の紐がかけてあったので、そのままレジに持って行って購入すると、店を出てすぐゴミ箱の前で雑誌を開いた。

 

〈驚愕!大手事務所の女優が、裏モノAVに出演していた!!〉という見出しと共に、カラーページで大々的に特集されていたそれは、間違いなく十数年前の自分の忘れたい過去であった。

 セーラはその場にあるゴミ箱に雑誌を投げ入れ、急ぎ足で駐車場に戻ると、車に乗り込み、ハンドルに頭を埋めるようにして大声をあげて泣き出した。


 

「えー、だからですね、今更ワタシにはどうする事もできないんですよ」

「わかってます、発売してしまった本を回収しろ、なんて言ってません、例えば次号であれは誤報だったとか、訂正記事を掲載したりですね・・」

「無茶言わんでください、そもそも誤報じゃないんですから」

 それはそうだ、セーラのAV出演は紛れもなく事実だ。

 俺は無駄だとわかっていたが、モウリに電話をかけ、セーラの記事を何とか誤魔化せるように出来ないかと交渉していた。

「大体どうしてアナタが池上セーラの記事の差し止めを要求してくるんですか?えー、どういうご関係なんです?」

「地元の同級生です。彼女の芸能生活に支障の出そうな記事だったので、何とかしてあげたいと思ったんですよ」

「それだけですか?えー、何だかそれ以上に親しいような感じを受けますが・・」

 相変わらず嫌な男だ。

「それだけですよ」

「そうですか。まぁ確かにしばらく池上さんを張っていたところ、お金持ちの若い彼氏がいたみたいですしね、えー」

「なんですって?」

「あー、いえいえ、こっちの話です。確か池上さんは事務所を辞めていますよね?えー、でしたら仕事にはもう支障がないんじゃないですか?復帰するなら別ですけど」

 どういう勘をしているんだこの男は。取材力が尋常じゃない。もしこっちサイドにいてくれたら、マツシタの件ももっと簡単に進展していたかも知れない・・・。

「えー、ワタシはですね、もうすぐ辞めるとか、辞めたばかりのタレントさんにしばらく(付いて回る)ようにしてるんですよ、ガードも甘くなるし、何より記事を出しても事務所がもう止めに来ませんからね。ヘケッヘケッ、そんなわけで池上さんのAVの件は元々知っていたネタだったんですが、事務所が大手でしょ?怖くて数年間出せなかったんですよ、えー、それで辞めたって聞いたんでもう少し何か出ないかな?と、つい最近まで張り付いてたんです、何となく忙しく動いてるような感じがしたので。でも彼女、勘が良いのか、どうやら気づいたようだったので、今回はとりあえずこの記事だけでいく事にしました」

「なんで・・よりによってこのタイミングで・・・」

「なんでって貴方、貴方が記事を飛ばしたからじゃないですか」

「えっ?」

「貴方が3本やるって言ってた記事を一本しかやってくれなかったから、ページを埋める為に、池上さんの記事に急きょ差し替えたんですよ?えー、ご自覚なかったんですか?」

 まさか・・なんてこった・・俺のせいだったのか・・・

「えー、もういいですか?ワタシも忙しいのでね、はい、じゃあ失礼します」

 ツーツーツー。


 リビングのテーブルで雑誌を前に頭を抱えていると、携帯にセーラからメールが届いた。

 ― ごめんなさい。昨日、何日か泊めてとか言ったけど、そっちに行けなくなりました。急なんだけど、引っ越し業者の予約が取れたから明日引っ越す事にしたの。前にも言ったけど荷物はもうほとんどまとめてあったし、後は運んで貰うだけだったから。マンションは自分の名義なので落ち着いたら売りに出そうと思ってます。そんなわけで今から明日の準備をしなきゃいけないんだ。・・実はね、話していた最後の撮影がなくなっちゃったの。だからこっちにいる理由がもうあんまりなくなっちゃって・・もちろんマツシタくんの件は一緒に解決したかったけど・・ごめん、今はそれを手伝えるだけの元気がないみたい・・地元に戻ったらしばらくは実家にいて、それから多分アパートとかを探すと思う。もし貴方も戻ってくるような事があったら言ってね、また会えたら嬉しい。あ、それから例の名刺のオチアイさんとアポが取れています。相談もなく勝手に連絡してごめんね、明日の22時、OO町のノアール・ホテルの7階、741号室に来いって。貴方を必ず連れてくるようにって言ってたから一人でも大丈夫だと思う。というか、よく分からないけど先方は貴方に会いたいみたい。ごめんね、付き会えなくて。よろしくお願いします。また連絡するね。あと、一つお願い、これを見ても電話してこないでね ―

 俺はすぐに電話をかけたが、何度かけてもセーラは出てくれなかった。家を訪ねようとも思ったが、住所すら知らない事に気がついて愕然とした。俺は彼女について何も知らないのだ。



(29)ジャイアントスウィング


 所在がなくなった俺は、いつもの薄汚れたM―65ジャケットを羽織って、とりあえず家を出た。閉じ籠っていたらおかしくなりそうだったからだ。普段足を使った仕事をしているせいで、目的のない散歩が出来ない性分だが、セーラの家を探すわけにもモウリの会社に怒鳴り込みに行くわけにもいかず、ただひたすら頭と心を落ち着かせる為に歩き出してみた。免許はあるが車のない俺には、それしか方法がなかった。

 どこをどう歩いたのか(とはいえ、もちろん途中で電車に乗った記憶はある)いつの間にか俺は、一ヶ月ほど前に清掃のバイトで訪れた遊園地に辿り着いていた。一瞬、男一人で入るべきなのかと迷ったが、ここは入園料がとても安く(園内のアトラクションが高い)公園のように使うには丁度いいという結論に至った。

 記憶に基づいた俺のホメオスタシスが勝手に缶コーヒーを購入し、前回と同じエリアにしか行こうとしない事を特に気にもせず歩いて行ると、空中ブランコのような物に座って、ただぐるぐる回るだけのアトラクション(ジャイアント・スウィング)の前で、風船を配っているガネちゃんの姿を見つけた。しかし珍妙な造形のせいか子供ウケが悪く、誰もガネちゃんから風船を貰おうとしていない・・というか、遠目から見るだけで近づいてすら来ない。風船を欲しがる子供の場合は、親だけが寄ってきて受け取って行く始末。遊園地のマスコット・キャラクターとして体を成していないところが笑えるが、何だか少し可哀想になってしまった。俺はそのまま前を通り過ぎ、今度は意図的に足を踏み入れていないエリアに向かった。意外なほどの広さと、アトラクションの数には驚いたが、平日だという事もあって相変わらず廃墟と見間違うほど閑散としていた。しかしそのお蔭で、目に入る物を一つ一つ丁寧に観察する事が出来、余計な思考が阻害されて、セーラの事や自分が犯したいくつかの間違い、その他の余計な事も少しの間考えずにいる事が出来た。園内をぐるりと一周し、大体全てを見回ったところでさすがに少し歩き疲れて、以前バイトの時に利用したメインルートから奥まった場所にあるベンチで休む事にした。

 そこに行くと、丁度ガネちゃんも休憩に入っていて、頭の被り物を象の可愛い生首のように自分の横に置いて、一心不乱に弁当を掻き込んでいた。どんな人間がこの間、俺に缶コーヒーを奢ってくれたのか興味が湧いて、彼に近づいてみる事にした。

 遠目から見てもその男はかなり若かった。髪は短く無造作で、運動部の学生なのか肉体労働者なのか、冬なのに日焼けをしていて、前回会った時に俺が想像した(中の人)とは大分印象が違うように感じた。彼は、俺が清掃業で来た時に支給された物と全く同じ、おかずが少な過ぎる弁当を食べていて、一つ目を食べ終えるとすぐ、二個目に移ろうとしていた・・しかし蓋を取ろうとした瞬間に、俺の存在に気づいたらしく「あ、ヤベ」と小さく声を漏らして、ガネちゃんの頭部を急いで被ろうとした。

「大丈夫、客じゃないから」と俺は声をかけた。今日は清掃のユニホームを着ていないから驚かせてしまったようだ。

「あ、マジすか」

「うん、ここの清掃業の者だから」と、俺は事実からほんの少しだけズレた嘘をついた。

「良かった。オーナーに客前で脱ぐのだけは、絶対にダメだって言われてるんすよ」

「だろうね、休憩中だよね?そのまま食べながらでいいから少し話していい?」

「いいっすよ」と言って、彼はすぐに二個目の弁当に取りかかった。若さとはこんなに食欲をそそらない食べ物を二個連続で食べられるものなのかと、俺は感心した。丸刈りが伸びきったような髪型、痩せていて幼さの残る横顔。俺は彼の隣のベンチに座った。

「君はいくつ?」

「16す」

「若いね、高校生?」

「行ってないす、だからここでバイトしてんす」

「そっか。」確かに平日の昼だ。学生ではない。

 彼はこちらをチラりとも見ず、弁当をほお張る事に一生懸命だ。

「俺がこの間掃除の仕事をしていた時、休憩時間にコーヒーを奢ってくれたのは君?」

「?、違うす、俺、人に奢れるほど余裕ないす」

 そうだと思った。所作も雰囲気も、どう考えても彼じゃない。(奢りガネーシャ)の方に会えなかったのは少し残念だった。

「そうか、じゃあ別のバイトの人だったんだな」と俺が言うと、彼は食い気味に「それは、ないす」と言った。

「ん?どういう事?」

「ここでガネちゃんをやってるのは俺だけす。他のバイトはいないす」

「・・え?でも、俺は一ヶ月ぐらい前、確かにガネちゃんの着ぐるみの人に、ここで缶コーヒーを奢って貰ったんだよ」

 彼はご飯を咀嚼しながらこっちを向いて、もう一度「それはないす」と言った。

「どうして言い切れるの?」

「ガネちゃんはこの間の日曜日にデビューしたんす。だからまだ数日しか経ってないす」

 俺が止まっていると、彼は「ほら」と言って、ガネちゃんの頭部を持ってこちらに向けた。

「全然汚れてないす。俺、着ぐるみのバイト結構やってるんすけど、汚れやすいんすよ。こいつはまだピカピカ」

「確かに・・・」そういえば俺の会った(奢りガネーシャ)は、もっと薄汚れていた気がする。

「おじさん、きっとどっかの着ぐるみと勘違いしてるんすよ。でも気にしなくていいす、うちのじいちゃんだったらその事自体、全部2日で忘れるす」

 変に慰められて余計に悲しくなった・・ただ俺はまだボケちゃいない。

「そんな個性的な着ぐるみ、見間違えたりしないよ」

「ん・・ま、そすね、コイツ気持ち悪りぃすからね。」

「はは、君もそう思うか」

「はい、色んな着ぐるみ入ったすけど、コイツが一番人気ないすね。天才マツシタ・テツオがデザインしたとは思えないす」

「!、今なんて?」

「コイツが一番人気ないって・・」

「そうじゃなくて!マツシタがデザインしたって?」

「あ、そうすよ、漫画家でグレープ・フルーツマンの作者の。最近死んじゃったけど」

「・・そうなんだ・・なんで君はその事、知ってるの?」

「俺、漫画大好きで、マツシタ先生の大ファンだったんす、グレープ・フルーツマンも全巻持ってるし。先生はマジ神っすね、マツシタ信者の間じゃこの(ガネちゃん)ってキャラは有名すよ、先生がまだ売れない頃に、ここの支配人と知り合いだったから非公式で安いギャラでデザインした、激レア・キャラクターなんす。多分、遊園地が先生の死に便乗して今更着ぐるみ作って、入場者見込んで稼働させたんだろうけど・・まぁ結局キモイから一般的には人気ないっていう・・・」

「へ、へぇー」俺は驚いて力が抜けてしまい、ベンチの背もたれに身体を預けた。著名人になるという事は、幼馴染みよりもその人間の事を知っている他人がいるという事なのだ。

「俺、中学卒業したら先生のアシスタントになるつもりだったから高校にも入らなくて・・そしたら先生いきなり死んじゃって・・だから漫画家になるモチベがなくなって、今ただのフリーターす。でも、先生のデザインしたガネちゃんがゆるキャラになるって聞いたんで、ここのバイトには真っ先に応募したんす。」

「そうなんだ・・・」

「だからさっきも言ったけど、ガネちゃんやってるのは俺一人す、誰にもやらせないす。自分マツシタ信者なんで」

「そっか・・頑張って・・・漫画家にもなれるといいね・・」俺は、何だか急激にこの場を離れたくなってベンチから立ち上がった。

「ありがとうす、でも俺、絵がヘタなんす」

 一体、俺にコーヒーをご馳走してくれた着ぐるみは誰だった・・いや、何だったのだろう?高熱を出していた時の夢だったのだろうか?・・・記憶の整理も付かぬまま園の出口に向かうと、受付のスタッフはこの前と同じ不愛想な女の子だった。



 一九三五年 六月下旬

 

 モンガーヤ・モンガータ・モンガーラ・ラシラセッ!、モンガーヤ・モンガータ・モンガーラ・ラシラセッ!、モンガーヤ・モンガータ・モンガーラ・ラシラセッ!、モンガーヤ・モンガータ・モンガーラ・ラシラセッ!・・・ 現当主・咲千代のお清めの祈りが山の頂から村落に響き渡っている。



 2010年 12月下旬

 

 やっと夜になった。俺達にとって身近なガラスという物体がまだ(液体なのか個体なのか分からない)事や、なぜか(泥には記憶があって固まる前にどういう振動が加わったかを一ヶ月持続できる)事に比べれば、俺に缶コーヒーを奢ってくれた遊園地のゆるキャラが誰だったのかは、些細な問題なのかも知れない。なぜなら、ただの(ガネちゃんの試作品を着た、気の良い園のスタッフだった)可能性も十分ありえるからだ。・・そうだ、全ての可能性を探ったわけでもない、そんなに考え込むな。・・・そう言い聞かせながら俺は、昼間の出来事を全てうっちゃって強引に眠ろうと早めにベッドに入った。まだ夜の10時過ぎで普段の就寝よりも3、4時間は早かった。

 ・・・案の定、上手く眠る事が出来ず、ただ布団を被り1時間ほどグダグダと寝返りを繰り返していたが突然、枕元の携帯が鳴った。俺はセーラかと思い、自分でも驚くほど素早く電話に出た。

「もしもし?」

「夜分に申しわけありません、林屋です」

 通話相手は健三社長だった。

「あ・・こんばんは」

「すいません、どうしても貴方にお伝えしたい事がありまして、こんな時間ですが電話させて頂きました。早急に訊きたい事もあったので。ご就寝中ではありませんでしたか?」

「大丈夫です、どうしました?」

「兄が亡くなりました」

「えっ!」

 俺はベッドから起き上がり、体勢を正して腰かけた。

「そんな、まさか・・だって昼間話したばかりですよ?」

「その件なのです、お訊きしたかったのは。兄の最後の通信履歴を調べたところ、貴方だったので。」

「なるほど・・私が話した時、お兄さんは至ってお元気そうでした・・・」

「そうですか・・しかし、非常に不可解な事もありまして」

「と、言いますと?」

「右目なんですが・・」

「はい?」

「あったんです」

「は?・・・」

「兄の遺体には、右目がありました。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ