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XNUMX  作者: 上兼一太
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XNUMX(26)アソート ~(27)オチアイ

(26)アソート


 一九三五年 六月 二十X日


 灰烏ハイガラス家、直系の一団が山道を登って集落に向かっているところを、一比己は向かいの崖に仁王立ちして、山間から見下している。・・遂に来やがったか。相も変わらず一族全員、おかしな灰色の羽織りを纏って自分達が特別だと言わんがばかり。いやらしい連中だ。だが見てろよ、もうすぐ俺が咲千代に代わってオマエらを纏める当主様になってやるぞ。力の弱ぇ咲千代の息子たちじゃあ相応しくねぇ。お篭りを行えば、それが分かるはずだ。竜人ロンギン様は必ず俺を指名する。そうすれば奴らの好きにはさせねぇぞ。力のある物が上に立つのは当たり前の事だ、御手数がねぇ者の方が村から出て行けばいい。そしてゆくゆくは力のある者達がこの国を牛耳るんだ。そしてその一番上は当然、俺でなきゃいけねぇ・・・。


 

 2010年 12月上旬

 

 何がそんなに良いのか分からないが、セーラは俺が作った残り物を煮込んだだけの簡単な鍋料理とサラダを随分美味そうに食べてくれた。それから俺達は久しぶりにセックスをした。珍しくセーラの方から俺を求めてきたが、それは何かを確かめているような、確認する作業のような求め方だった。その後シャワーに入って、健三社長が持たせてくれたお土産をデザートにしてコーヒーを飲んだ。「何これ!美味しい!こんなの食べた事ない」とセーラが驚いたのは、素甘であって素甘でない、謎の和菓子だった。「ワタシにとって素甘って、どういう風に捉えればいいか分からない食べ物だったんだけど、これは何か凄いね!概念が変わる」「だろ?あの人はこういう物を探してくる達人なんだよ、一緒に出してくれたお茶も緑茶なんだけど、ただの緑茶じゃない美味いお茶だったなぁ」と、俺はその味を口の中で思い出そうとしてみたが、インスタント・コーヒーを飲みながらでは到底再現出来るはずもなかった。セーラは自分の今日の出来事を話してくれたが、午前中ジムに行って、その後ピラティスに行こうとしたけど疲れたから止めて昼寝をしてきた、というだけだった。彼女が突然家に来るのは珍しい事ではなかったが、電話での切羽詰まった感じが少し気になっていた。しかし本人が「昼寝で怖い夢を見ただけ」というので、それ以上は追及しない事にした。お互いもうアラフォーなのだ、何から何まで知る必要はない。

「日程が少し延びたんだけど、近々大事な撮影があるからそれに向けて身体を絞ってるんだ」

「ああ、そうだったね、確かにさっき細くなったなって思ったよ」

「もう、さっきとか言わないでよ」

「ははは、わるいわるい。またそのまま芸能の仕事をするの?」

「ううん、人に頼まれたからそれだけやる事にしたの。多分これが最後の仕事。知らないだろうけど、媒体はアソートっていうファッション雑誌だよ」

 アソート・・・?ついさっき聞いたような・・?

「貴方も知ってるブランドのXNUMXの特集号で、それをワタシも着るんだ」

「ん?もしかしてそれって、現場にデザイナーも来たりする?」

「うーん、来ないと思う。どうして?」

「そうか・・いや、XNUMXのデザイナーが沢口明菜のパトロンの可能性があるんだ」

「えっ、そうなの?・・多分XNUMXのスタッフさんが衣装を運んできて、スタイリストさんもブランド関係の信頼されている人が来るとは思うんだけど、デザイナーさん自身は・・・」

「来ないか。・・XNUMXは覆面集団だもんな」

「そう!よく知ってるね、XNUMXは誰がデザインしてるか分からない所が魅力でもあるんだけど」

「トップは有名な3人のクリエイターじゃないかって言われてるんでしょ?」

「そうそう、本当によく知ってるね!なに?洋服に興味が出てきたの?」

「いやいや、さっき健三社長から仕入れたばかりの情報を言ってるだけなんだ・・・あっ、雑誌アソート!そうだ、奥さんがアソートの専属モデルだったって言ってたんだ」

「社長さんの?奥さんの名前とか訊いた?モデルの頃の芸名とか」

「いや、分からない」

「そっか、もしかしたらうちの事務所の先輩だったかも知れないな・・あそっか、アソートは林屋出版の雑誌だ!・・・社長さんもやりますねぇ」

 セーラは見た事のない表情でほくそ笑んだ。

「この間ちょっと言ったけど、今回ワタシはサイゴウくんとペアでの撮影になるの」

「ああ。それは凄い事だ、色んな意味で。正直、俺の取材ではまだ何も掴めていないし、サイゴウ元投手から何か聞ければ・・・」

「社長さんから明菜ちゃんへは、取り次いで貰えないの?」

「出来ない事はなさそうだけど、健三社長がマツシタに直接、沢口明菜を紹介したわけではなかったんだ。サイゴウ元投手と沢口明菜の(力)の話をしたのは、健三社長で間違いなかったけどね。」それから自分の兄の目玉の話も、と俺は思ったが、この件は口止めされていたし、マツシタの事件とは関係なさそうだったので、怖い話が苦手なセーラにはしなかった。

「それでさ・・・」

「ん?」

 セーラはテーブルに肘をつき、コーヒーカップで顔の下半分を隠しながら続けた。

「変な事を訊くけど、ワタシがサイゴウくんに近づいて何か訊き出せばいいんだよね?だとすると、携帯番号やアドレスの交換とかをするかもしれないけど・・・」

「・・ああ、すまない。俺の方からはまだ確信に近づけていないから、そのルートも進めてほしいんだ・・キミに気が進まない事をさせて申し訳ない」

「ううん、それはいいの、ワタシも真相が知りたいから自発的にやってる事だし・・なんだか探偵みたいでちょっと楽しいしね・・そうじゃなくて、うーん、なんていうか・・場合によってはサイゴウくんと二人だけで会ったりもするかもしれないじゃない?・・・そういうのは、どう?」

「あっ、危険な事もあるかも知れないか!サイゴウだって男だもんな」

「いや、それもそうなんだけど・・そういう意味じゃなくて、なんていうかその・・・」

「もちろん、もしキミがサイゴウに襲われそうになったらすぐに助けに行くよ、二人で会う時は近くで待機しておこう」

「いや、そういう事じゃなくて・・もちろん、それはありがたいんだけど・・」

「ん?」

「ううん、ごめんなさい・・いいの、なんでもない。」

 セーラは察しの悪い相手にイライラしたが、そもそも他に彼氏がいる自分に、ヤキモチを焼いて貰おうなんて思う事が自体が図々し過ぎたのだ、と諦めた。

「経費だったら出すよ、そんなに高い店に行かないで貰えると助けるけど。」

「お金の話じゃないよ」と、セーラは少し語気を強めた。

 数秒の沈黙の空間に、換気扇の音だけが平等に響いた。

「まぁ、最近はキャスターもやってる売れっ子のサイゴウなら全部奢ってくれるか・・・あっ、お金で思い出したけど」

 俺は仕事部屋に行ってセーラから預かっていた封筒を持ってきた。

「これは返すよ、キミが何らかの対価として貰ったお金だろう」

「そうだよ、ワタシのお金。だから貴方にあげたっていいでしょ?」

「そういうわけにはいかないよ・・数百万単位じゃないか」

「300万。」

「300か・・数えたの?」

「ううん、マキソンがそう言って渡してきたから。開けてもいないけど」

「現金は貰ったら数えた方がいいよ」とフリーランスの俺は言った。

「そういうもの?」と給料制だったセーラは言った。

「ああ」

 俺は角形5号の封筒から帯封のされていない札束を取り出して枚数を数えようとした。すると手に僅かな違和感を感じた。ちょうど真ん中ぐらいの所に何か挟まっている・・・それは一枚の名刺だった。

「なんだ?・・心理カウンセラー、ユキエ・オチアイ・・・知り合い?」俺はセーラに名刺を渡した。

「・・ううん、知らない・・誰だろう?・・・あっ!」

 セーラが名刺を裏返すと、手書きで(よろしくお願いします。)と書いてあった。

「これはマキソンの字だ」

 行先は分からないが我々は突然、暫定二車線の道に出た。



(27)オチアイ


 時刻は夜の11時を回っていた。どこかで盛りのついたノラ猫が、赤子のような呻き声を上げていた。セーラが車で来ているはずなのに(お酒を飲みたい)と言うので、俺はキッチンで水割りを作る事にした。小窓を開けるとクリスマスが近づいているとは思えないほど、生ぬるい風が入ってきた。

「間違いない?」

「うん、貴方がキッチンにいる間にワタシも2回数えたから」

 俺達はテーブルの上に札束と名刺とウイスキーのグラスを置いて、それらをまるで新しいボードゲームにして対決しているように、難しい顔で眺めていた。

「間違いないよ、299枚しかない。入っていたのは299万円と、この名刺。」

「・・なるほど。そして手書きのメッセージの筆跡も、間違いなく牧村なんだね?」

「うん、何度も見てる。この(よろしくの、よ)の上が長くてすごく特徴的なの」

「じゃあ偶然、紛れ込んだ名刺ってわけではないんだろうな。・・牧村は300万だと言ってキミに渡したんだろ?」

「そう。マキソンは銀行で働いていたから数字に強いし、お札の勘定なんて一番得意だった。そういうミスは嫌いだったし、絶対にしないと思う」

「だとしたらやっぱり意味がある。意図的に299万円と1枚の名刺で300枚にする事で、偶然だと思って見逃されないようにしたんだ。そして(よろしくお願いします)というメッセージは、このオチアイという人物に接触してくれという事で間違いないはず。もう一度訊くけど、この人に覚えはないんだね?」

「ないよ。と言っても仕事柄、毎日色んな人に会うから、いくら人が好きなワタシでも撮影や舞台のスタッフさんとかで一度関わっただけだと覚えておくのは難しいけど、心理カウンセラーの女性っていうのは・・記憶にないなぁ・・・」

「そうか。」

「でもね、最後に会った時マキソンが、ワタシの手のひらに指で(たすけて)って書いたの。ほんの一瞬だったから気のせいだと思ってたけど、今確信した。この人に連絡すれば助けてくれるって事だと思う、マキソンの事を。だからワタシに手助けしてって言いたかったんだよ」

「ん?、でも自分で連絡すれば済むことだろう?それに牧村は何から自分を救って欲しいんだ?仕事も上手くいってるだろうし、ましてや娘の方なんてもっと順調なんだろ?」

「・・・その、娘の事かも知れない・・」

「え?」

「今考えれば不自然だったの。マキソンは唐突に口止め料だと言ってこの封筒を渡してきた。それは同乗していた明菜ちゃんにバレない為の芝居だったような気がする。それに別れ際に握手をするっていうのも、普段の彼女からしたらおかしい。そのSOSの指文字を明菜ちゃんに気付かれたくなかったんだよ」

「・・要するに、理由は分からないが、沢口明菜に気付かれないように、このオチアイというカウンセラーに会ってくれって事か・・四六時中一緒にいる娘の目を盗むのは難しいから・・・キミは牧村と二度と会えないと思ってたようだけど、それどころか仕事を頼まれていたみたいだね」

「・・そうみたい・・・あー、あの日帰ってからすぐ封筒を開けてみれば良かったんだー、そうしたらもっと早くこの事に気付いたのに・・ほんと遅いよねー?、全く・・ワタシって鈍感と言うか、昔からこういう所があるんだよね」

 セーラは子供っぽく頭をくしゃくしゃとかき混ぜた。

「いや、別に遅くはないと思うよ、牧村は一種の賭けとしてこのメッセージを潜り込ませたんだと思う、それなら全く実らないという可能性も想定しているはずだ・・とはいえ・・」   

 俺は壁にかけてある、ウォーホールのスープ缶を象っているお気に入りの時計を見た。

「・・今日はもう遅い。このオチアイという人物に連絡するにしても、明日にしよう」

「そうだね」そう言うとセーラは、グラスに残ったウイスキーを一気に飲み干した。氷の溶けた水割りなんて、ザルの彼女にとってはただの水だろう。

「泊まっていくんだろ?呑んでしまってるし」

「うーん、タクシーでも帰れるけど・・最近タクシー使い過ぎたからな・・泊めて貰っていい?」

「もちろん構わないよ」

「ありがとう。あ、でもワタシ、今日行かなかったピラティスのクラスを明日の午前中にずらして貰ったから、朝には出るね。全然一緒に起きなくていいから。なるべく静かに出て行くし・・・それから出来れば・・」

「なに?」

「・・もう二、三日泊めてくれないかな?」

「ん?明日も出先からここに戻って来るって事?」

「そう・・やっぱ迷惑だよね?」

「いや、構わないよ、狭いところだけど、キミがそうしたいなら。・・でも、どうして?」

「えっと、ピラティスの教室がね、車だとこっちからの方が近いんだ・・だから」と、セーラは嘘をついた。目玉が飛んでいるかも知れないから怖くて帰れない、なんて言えない。

「そうなんだ。じゃあここから通えばいいよ・・着替えとかは?」

「あ、今ね、たまたま仕事の関係もあって車に数日分積んであるんだ、だから大丈夫、ありがとう」と、セーラはまた嘘をついた。彼氏の家から荷物を取って来たところだから、なんて言えない。

「そっか。俺も家にいない事もあるだろうけど、合鍵で適当に出入りしてくれてて構わないから。」

「うん、とりあえず明日ピラティスが終わったらまた連絡するけど」

「わかった、この件をどうするかは、明日キミが帰って来てから考えよう。今日は俺も少し疲れたよ」

「そうだね、ワタシも。」

 そう言って俺達はテーブルの物を片付けて眠る事にした。ありがたい事に今回は夢にユニコーンは出て来なかった。


 セーラは朝8時に彼の家を出てプジョーを飛ばし、9時からマシンとマットで80分のピラティスをこなして、その後代官山に移動してオープン・カフェで軽いランチを食べた。そして食後のコーヒーを飲みながら、かれこれ20分近くも携帯に登録してきた名刺の番号にかけようかどうしようかと迷っていた。・・・明日考えようと言われていたし、一人でかけたら彼に勝手な行動だと叱られるかも知れないけど、そもそもあの名刺を挟んできたのはワタシの元マネージャーであって、彼女がワタシを頼って取った行動だ。お金だってマキソンから直接手渡された物だし、そこにあった番号にワタシが電話をかけるのは、筋としてはおかしくないはず。名刺に気付くのが遅れたのはワタシのせいでもあるから、マキソンを助けられるならすぐにでもそうしてあげたい。マツシタくんとも関係なさそうだし・・・うん、やっぱりかけてしまおう。

 セーラは支払いを済まして店を出ると、近くにある代官山公園でベンチに座り、携帯画面の発信を押した。

 トゥルルルル、トゥルルルル・・・・13回呼び出し音が鳴ったところでセーラは一度電話を切った。・・出ないかぁ・・平日の昼間だしなぁ・・このオチアイさんって人がどういう人かは分からないけど、普通に考えてカウンセラーなら仕事中だよね。セーラは諦めて、そのままサロンに電話し、小顔矯正を一時間半後に予約した。それから彼におおよその帰る時刻をメールした。送信を押して携帯をバッグにしまった瞬間に電話が鳴った。発信者は非通知だったが、とりあえず出てみる事にした。

「・・はい、もしもし?」

「先ほどお電話頂きましたよね?ご予約ですか?」

「えっ?一時間半後に予約が取れてると思いますけど?」

「そんな急には取れへんわ」

「えっ、小顔矯正の方じゃないんですか?」

「オチアイです。カウンセリングのご予約やないの?」

 オチアイ!声は中年の女性だった。セーラは慌てて「あ、いえ、そういうわけじゃないんですけど」と答えた。

「ほな、失礼します・・」

「ああっ、待ってください!マキソ・・じゃない、牧村さんの紹介なんです!」

「・・・」

 なんとか切られずに済んだが、まだ予断は許さない。セーラは続けた。

「牧村さんからアナタの名刺を渡されて、お願いしますと頼まれたんです」

「・・・ふぅーん。ほな、お金はあるんやな」

「え?」

「手元に300万ありまっしゃろ?それ持ってきなはれ」

「ええっ?」

「そやなー、明日の夜10時、OO町のノアール・ホテルの7階、741号室においでやす。アンタ急ぎやろ?特別やで」 

「あっ、あ、はい分かりました」

「それから、お連れさんも一緒にな。待っとりますさかい、ほな」

 ツーツーツー・・・唐突に電話は切られ、セーラはあっけに取られていた。・・・でも、どうして彼の事も知っているんだろう?

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