XNUMX(22)シミュレーション ~(23)モー
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(22)シミュレーション
健三社長は新しいお茶を淹れてくれて、今度はその横に栗きんとん(のような物)を添えて持ってきた。それもまた驚くほど美味しかった。失礼ながら俺は、この人は仕事よりも美味いお茶菓子を見つけてくる才能の方があるのではないか、と思ってしまった・・・いやいや、グルメ雑誌も多数出している会社の社長なのだから、当然といえば当然か。
「えー、忘れもしない中学二年の夏休みが始まる直前でした。」と、唐突に話は始まった。
「幼稚園、小学校と私達兄弟はずっと同じクラスでした。えー、見た目も似ているだけでなく、性格もソックリで・・何というか二人共が今の兄と今の私の丁度、中間ぐらいの人間性だったのです」
「へー、イメージが湧きませんね」
「ですよね?えー、昔の私はもう少しいい加減で、兄はもう少ししっかりしていたと申しますか・・」
「なるほど」
「クラスメイトはもちろん、家族も見分けがつかないぐらいでした。えー、しかし中学校で我々は初めて別々のクラスになり、兄はあまり良くないクラスに入ってしまったのです」
「ほう?・・・」
「ご覧のとおり我々はルックスが良くありません。しかし自分で言うのもなんですが、小学校までは、チビで丸くてもどこか愛嬌があるように見られていた気がします。えー、それに地域全体が我々を林屋出版の息子たちだという事を知っていたので、もしかしたらそういう(目に見えない保護対象)のような感覚が近所の人達にはあったのかも知れません。しかし、中学受験をして電車通学になり、著名人のご子息らが多数通う私立の名門中学校に入ると、出版社の社長の息子程度では正直、立場は弱かったです。私は偶然にも勉学に重きを置いた安定した風紀のクラスに入ったので良かったのですが、兄のクラスは芸能人やプロスポーツ選手の子供らが多くを占め、裕福ながらヤクザの幹部のご子息などもいまして、傍から見てもサヴァイブするには一苦労というクラスでした。」
「今で言う(陽キャ)のクラスですね」
「そうです。そして私のクラスは財閥の御曹司などもいましたが、基本は(陰キャ)の集まりでした。兄は最初の1年で分かりやすくイジメられて、カーストの下位に追いやられました。40年以上前の話ですから、今の学校生活とは全く違います。そして二年生になった頃には、兄は処世術を身につけて悪い連中のグループに混ざるようになったのです」
「一年毎にクラス替えはなかったんですか?」
「はい。うちは大学付属のエレベーター式で、次のクラス替えは高校に上がるまでなかったんです。」
「お気の毒に・・」
「ええ、兄にとっては。」
健三社長は小さく溜息をついた。
「しかも、中学2年になる前年の暮れに我々は母を病気で失っていました。えー、もちろん私もですが、兄は特に母が大好きだったので、その事も兄の変化には少なからず関係があります。私は慰めてくれる友人がいましたが、兄には金を無心したり暴力を振ってくるような人間しか周りにいなかったのです。えー、我々はアウシュヴィッツで行われていた双子の実験のように、別々の状況下で人格形成を強いられ、見た目以外はどんどん違う人間になっていきました。」
「なるほど。」モウリの人を値踏みするような視線や態度はこの頃形成されていったのか・・弟の方にはそれが全くないのに。
「えー、父は母が亡くなりすぐに愛人を作りました。これは先ほど話した3人目の妻ではないですよ、愛人はそれまでに相当数いますので。死別の後だから正式には愛人と言わないのかも知れませんが、まぁ住処を与えて、お金を渡して囲っているので愛人ですよね?元々身体が弱かった母の寿命を知っていたかのように、父は葬式の一月後ぐらいにはもうそういう女性を連れていました。あ、いえ、もちろんそんな事はないんでしょうし、実際には母を深く愛していた事も、晩年まで再婚をしなかったので分かってはいるんですが、その頃の我々にはそう思えた程、余りにも父は手際が良かったのです。そんな姿を見て兄は尚更、反発心を抱いていたと思います。・・・えー、何か武道とかは嗜んでいらっしゃいますか?」
「えっ、私ですか?あー、いえ、特には・・あ、でも海外取材の前に護身術としてシステマの道場には半年ほど通いました。」
「旧ソの軍隊格闘術ですね、なるほど、そういうのは貴方の仕事では必要かも知れません。えー、うちの家系は代々剣道をやっていまして、家に小さな剣道場もあり、祖父も父も私も全員七段です。息子はまだ五段ですが・・・あ、ちなみに先ほど貴方をここへ誘導したのがうちの息子です」
「えっ!」
「あはは、全然似てないでしょう?」
あの、優に180センチは超えていそうな爽やかな好青年が、この人の息子?・・そうか、彼が何か運動をやっているように見えたのは剣道だったのか。
「妻がうちのファッション雑誌アソートの元専属モデルで、背が高いんですよ。えー、外見のDNAは全て妻が優勢みたいです」
「そうなんですね、ははは」俺は乾いた笑い声を上げてしまった。
「失礼、話が逸れましたね。えー、そんなわけで兄も私も幼少の頃から剣道を嗜んでいまして、中学でも剣道部に入りました。しかし母の死以降、兄は部活に来ることが減っていき、二年生になると完全に来なくなってしまいました。学校自体も登校したりしなかったり・・家にもあまりいませんでしたし、深夜に帰宅する事もしょっちゅうで何をしているのか全くわからなくなりました。最初の頃は、母の死のショックもあっての事だろうと、大目に見ていた放任主義の父も、そんな生活態度が半年以上続くと流石に堪忍袋の緒が切れたらしく、夏休み前に兄を家の道場に呼び出して、稽古をつけると言い出したんです。・・・えー、忘れもしません、それは七月の熱い日曜日の午前中でした。道場で防具を付けてじっと待っている父の前に、Tシャツと短パン、明らかに寝不足の顔でダラダラと歩きながら兄が現れました。私は心配で道場の外で地窓からその様子を覗いていたのです・・地窓はわかりますか?」
「はい、道場などの足元にある小さな窓ですよね?」
「そうです、そこから私は事の成行きを見守っていました。防具も付けていない気の抜けた態度の兄に父は既に頭が沸騰しているようで、さっさと防具を付けて竹刀を持て!と怒鳴りつけましたが、兄は剣道はもう辞めたと言いました。いいから稽古をつけてやると父は竹刀を兄の方に投げつけ、自分は道場に置いてあった予備の竹刀を取ると、兄に打ち込んでいきました。兄はあぶないと思ったらしく素早く竹刀を拾い父の面打ちを受けました。もちろん父も防具を付けていない子供を本気で打ったわけではありません。しかし兄は日ごろの鬱憤もあったのか突然、奇声を上げながら怒涛のように父に打ち返していったのです。えー、実のところ、きっと本気で剣道をやり続けていたら兄は私よりも上達していたと思いますし、林屋家初の八段を取っていたかも知れません。それぐらい兄には剣道のセンスがありました。激しい反撃の打ち込みに一瞬たじろいだ父は、あろう事か感情に任せて防具もしていない兄に、中学ではまだ反則として使ってはいけない突きを放ったのです。反応はしたものの、突きの捌きに慣れていない兄は顔を横に捻るのが精一杯でした。その刹那、父の竹刀の尖端が兄の顔面をかすめたのです。兄は右目を押さえて、ぎゃああああと悲鳴を上げ、その場でのたうち回りました。父は焦って兄に駆け寄り、私もすぐに道場の正面入り口に回り込み、中に入りました。父は私に、すぐ救急車を呼べ!と怒鳴りました。兄はまだ床でのたうち回っていましたが、近くに行くと私には何かそれが不自然に見えたのです。・・なんと言うか、サッカーで言う・・あの、なんて言うんでしたっけ?ぶつかって大した事ないのに痛がるフリをする・・あのプレー・・」
「シミュレーションですか?」
「あ、ああ!そうそう!それ、シミュレーション、父はとても慌てていましたが、双子の私から見ると、兄の行為はシミュレーションをしているように見えたんです。」
「でも実際、竹刀が目に入ったんですよね?」
「・・うーん、どうなんでしょう、私は地窓からでしたし、角度的にもハッキリとは見えていませんでしたから。えー、兄は救急車で運ばれてすぐ入院したのですが、病院でも医師が、大した事はない、ほんの少し角膜に傷は付いていますが視力にも影響はありません、若いし数日で治るでしょう、と言っていました。もちろん色々な検査をしましたよ、脳やら神経やらも。兄は包帯で右頭部をぐるぐると巻かれていて痛々しい姿でしたが、レントゲンでも顔の骨にも異常はなく、二日後には包帯が取れるという事でした。一応安静に、という意味での入院ですね。えー、ですから我々は、二日後の包帯を外すタイミングでお見舞いに行ったのです。父と私、そしてお手伝いさんの三人で。ここで奇妙な事が起きたんです」
「ほう・・?」
「えー、この話をするのはマツシタくん以来になります。家族以外ではマツシタくんしか知りません。(そういう話)です。よろしいですか?」
俺は健三社長が言わんとしている意味を理解して頷いた。
「うちはご存知の通りその辺では有名な家だったので、病院側も広くて一番いい個室の病室を軽傷の中学生、一人に使わせてくれました。お見舞いに行くと兄は、よう!とか言ってまるで以前の兄のような明るい振る舞いでした。父もそれを見てほっとした様子で、謝りこそしませんでしたが、元気そうじゃないかとか珍しく優しい言葉をかけていました。お手伝いの女性はもう60代に差し掛かっていたので、それだけで泣いていましたね。程なくすると主治医が女性の看護師を連れてやって来て、調子はどうとか、痛みはないかとか訊いていて、兄はそれにも協力的に応えていました。そして、じゃあ包帯を外そうという事になりまして、無駄に顔立ちのいい看護師さんが兄の包帯をほどいていくのを、我々はただ見守っていたんです。・・林檎の皮むきのようにするすると包帯が外れた時、父、私、お手伝いさん、医者、看護師の5人は全員、全く同じように(あっ)と声を出しました」
「?」
「兄の右目は無くなっていたんです。」
「えっ?」
「そこにあるはずの眼球はなく、ただ真っ黒な空洞がキレイに残されていました。」
「・・空洞ですか?」
「空洞です」
俺の頭の中に、ゆらゆら帝国の曲が流れた。
「一体どうして・・?」
「えー、わかりません。二日前には間違いなくあったのです。少し傷ついたかも知れませんが、視力も問題なかったはずの眼球が確かに。けれどその二日の間に、兄の右目はどこかに消え去ってしまいました。えー、一呼吸置いてからまず若い看護師が悲鳴を上げ、父親は主治医の胸ぐらを掴み、どういう事だ!と怒鳴りつけました。医者も困惑し、わからない、わからないと叫ぶのみ、うちのお手伝いさんは泣き崩れていて、もう無茶苦茶。すると騒ぎを聞きつけた病院のスタッフたちが一斉に部屋に雪崩れ込んで来ました。私はなぜかそんな状態の兄を他の人に見られたくなくて、外れた包帯をまとめて握り、兄の顔を隠すようにそれを押しつけていました。父は病院を医療ミスで訴えてやると言って、実際その後、裁判の準備を始めたらしいのですが、元々は自分の行き過ぎた行動のせいなので顧問弁護士に宥められ、それには至らなかったようです。その病室での喧噪の中、ふと兄を見ると、彼の口元に笑みが浮かんでいたのを私は見逃しませんでした。」
(23)モー
セーラはピラティスの予約をキャンセルして自宅に戻っていた。ジムで着ていた衣類を洗濯機にかけ、お湯で割ったホットウイスキーにハチミツを入れて、それを飲みながらリビングで洗濯が終わるのを待った。
・・・ワタシは普段、昼間からお酒を飲むタイプじゃないし、トレーニングの後なんて尚更なんだけど、今はどうにも落ち着かない。あの後、すにぐタクシーを拾って帰って来たから、そんなはずないだろうけど、まだどこかから見られている気がする。さっきカーテンを開けたらベランダに変な虫が飛んでたし・・今日は何か良くないのかも。・・・さっき怖くなって彼にメッセージを送ったけど、既読も付かない・・お仕事中なのかな・・・。セーラは何気なくテレビを付けた。すると、うるさいだけでセンスのない中古車販売のCMの後、沢口明菜の清涼飲料水のコマーシャルが流れた。・・・明菜ちゃん、売れてるなぁ・・でも、見れば見るほど、どうして彼女なんだろうと思ってしまう・・嫉妬とかそういうのではないんだけど、理由が全くわからない・・・同じ事務所の後輩で、ワタシがこの子は売れるだろうって思った子はほとんど売れたし、ダメだろうなと思った子は大体ダメだった・・・でも、明菜ちゃんには、本当に何も感じない・・良くもないし、逆にそれほどダメってわけでもない・・何というか、ただそこにいるだけって感じがする・・・不思議な子だなぁ・・本当にマキソンの娘なのかなぁ・・・。そうこうしているうちに洗濯機が止まる音がしたので、セーラは洗い上がった物をランドリー・バスケットに入れてベランダに向かった。・・・あの虫もうどっか行ったかな?・・そう思ってカーテンを開けると、1・5メートルほど先の、目線のやや上ぐらいにそれらしき物体が飛んでいた。・・・うわっ、まだいるじゃん、どうしよう、ワタシ田舎育ちだけど虫だけは苦手なんだよね・・もう、どっか行ってくれないと洗濯物干せないよ・・・でも、こんな真冬になんであんな大きな虫が飛んでるんだろう?ハチとかかなぁ・・セーラは恐る恐る、窓越しにその物体を見た・・・あれ?よく見たら変な形・・羽もないし・・・思ったより丸っこい・・っていうか、よく考えたらさっきからずっと同じ場所にいない?飛んでいるというより、浮かんでる?、ホバリングしてるみたいな?・・・セーラはバスケットを置いて更に近づいてみた・・・えっ!嘘・・何あれ・・・真ん丸だ・・えっ・・ひょっとして、眼球?
「えー、どうです?、にわかには信じられん話でしょう?」
「そうですね・・・あったはずの目玉が72時間後に無くなっていたというのは・・。ただ私個人としましては・・これはちょっとジャーナリストらしくないかも知れませんが、今は出来事に信じる信じないの振り分けはしないようにしています。良い悪い、正義とも悪とも。それはほとんど意味がないように感じるのです。例えば、私自身が詐欺の儲け話を持ち掛けられているわけでもないのなら、相手がする話はなるべくそのまま受け止めたいと思っています。」
「そういう心持なんですね」
「はい。今は、という注釈が付きますが。」
「なるほど。えー、そういえばマツシタくんもそういう方でしたね」
「確かに。アイツはインテリなのに素直過ぎるんです。だから漫画家という仕事が向いていたのかも知れません」
「そうかも知れませんね。」
「ところで、お兄さんには眼球が無くなった理由は訊ねなかったんですか?まるで自分自身で喪失させたようなお話でしたが?」
「ええ、もちろん訊きましたよ。実は我々は割と仲の良い兄弟なんです、腐っても双子ですから。えー、兄は私の結婚式にも来てくれましたし、今でも定期的に連絡は取っています」
「ああ、そうなんですね、あの人が結婚式に・・・」
俺は着飾ったモウリを想像したが、それはただ単に目の前にいる健三社長の姿だった。
「あはは、意外でしょう?でも案外弟思いの兄なんですよ」
「これは失礼致しました」
「いえいえ。あ、そう言えば、目の件を訊いたのも丁度、結婚を報告しようと思って兄に連絡した時の事でした。えー、電話越しにその事を告げると、兄はめでたいから結婚前に二人で飲もうと誘ってくれたんです、その時に私は、それまでずっと訊けなかった事をどさくさに紛れて訊いたんです」
「やはりそれなりの時間を費やしたんですね」
「はい、お恥ずかしながら事故があった中二の夏から20数年・・36の時に、意を決してという感じですね。えー、場所は兄に呼び出されて行った女性がいるお店で、当時はただ単純にクラブと言っていましたが、今で言うキャバクラですね、高級店ではないです。私は普通の居酒屋で飲もうと言ったんですが、兄に(お前もこれからは所帯持ちになって遊びにくくなるだろうからな、今日は俺の奢りだ、楽しめ!)と無理やり連れて行かれました。えー、キャストと言うんですかね・・お店の女の子達が、我々を見てギョッとしてましたよ。そうですよね、こんな身なりのオジサンが二人いるんですから。片方は眼帯までしてるし。そういえば、しばらく呑んでトイレに行った時にね、キャストさん達が裏で(地球上にわざわざアレが二人いなくてもいいじゃん)って言って笑ってるのが聞こえましたよ、ははは」
「それは失礼なお店だ」
「いえいえ、私も兄もそういう嫌味は慣れたもんです。60年近くこんな感じの双子をやってますから。これまでにも色んな比喩表現をされてきましたよ、いわく悪いハンプティダンプティとか、いわく白と黒の勾玉とかね・・それはともかく、兄は隣に座ったキャストさんの肩に腕を回して機嫌よく呑んでいたので、その女の子が違うテーブルに呼ばれて行った時、私は今がチャンスだと思って訊いたんです、(ケンちゃん、ずっと訊きたかったんだけど、本当はその右目どうして無くなったの?)って。すると兄はこう答えました・・」
「・・・」
「(あれ?言ってなかったっけか?お前がオヤジ達と見舞いに来た前日の夜に、包帯がかゆくて少しズラして顔を洗ってたらよ、右目のやつ、ポロっと洗面台に落ちて流れて行っちまったんだ、結婚指輪みたいに。あ、いけねぇ、これから結婚するやつにこんな事言っちゃ良くないな、わりぃな健三!)と。・・・これでおしまいです。」
「えっ」
「ジョーダンみたいでしょ?実際ジョーダンなのかも知れませんが、あっけらかんとしたもんです、えー、私も兄とは以心伝心だと思っていたんですが、この言葉の真意はわかりませんでしたし、もう一度それについて訊くチャンスも、あれ以来訪れていません。ただ・・・」
「ただ?」
「ただあの事件以来、兄には特別な能力が備わった事は間違いありません」
セーラは洗濯物を干す事を諦め、乾燥機に入れてタイマーをセットすると、2、3日分の着替えをまとめて素早く家を出た。マンションの地下駐車場に急ぐと、しばらくエンジンをかけていなかったブルーのプジョーに飛び乗った。行く当てはなかったが、とりあえず横浜方面の高速道路に乗る最短の道へハンドルを切った。ウイスキー一杯とは言え、飲酒運転をしている事もすっかり忘れて。
「えー、怪我の後から兄は虐められる事もなくなり、夜毎だった外出の頻度も減り、剣道こそ完全にやめてしまいましたが、家でも以前よりリラックスして振る舞うようになったのです。それとは逆に父は、常に何か苦虫を噛み潰したような表情に変わり、家で偉そうに振る舞う事も減って、愛人が出来てもすぐに何かしらの問題が出て長続きしなくなりました。どうしてなのかは分かりませんが・・・えー、貴方も兄が、人の嫌がる部分をいやらしくを突いてくるのはご存知ですよね?」
「ええ、知っています」
「しかし、あれは単に性格などではなく、えー、私が知る限り、右目を失ってから後天的に身に付けたものです」
「ん?、こういう言い方は失礼かと思いますが、それまでの虐めや怪我で性格が歪んだだけというわけではないと?」
「はい、怪我も治って大分経ってから・・お互い社会人になってからですが、ある時兄はこう教えてくれました。(オレは人が知られたくないと思っている部分を覗く事が出来る。アレ以来、そういう力が備わったんだ、まぁ見てな、しばらくしたらとんでもない事件が明るみになるぜ)と。その言葉どおり、十日後に兄が勤めていた新聞社のスポーツ新聞の紙面で、超大物男性アイドルがテレビ局の局員の女性に暴行した事件が一面になったのです」
「ほう・・・」
「貴方は年齢的に知らないかもしれませんが、当時、その男性アイドルはもうベテランMCになっていて主要チャンネルの番組を沢山抱えていました。なので、その記事一発でテレビ業界はてんやわんやになったのです。えー、兄はその記事を置き土産のように書いて新聞社を退社し、自分の出版社を設立しました。」
その事件は俺も後追いながら知っていた。アイドルあがりの大物MCと、当時7チャンネルだったマウント・テレビはズブズブの関係で自分の局のアナウンサーや起用した女性タレントをそのMCに、接待としてあてがっていたのだ。その事を隠蔽しようとした当時の社長は辞任、一時上がった株価と企業への信用度は急落し、マウント・テレビは倒産に追い込まれた。80年代の大スキャンダル事件・・・あの記事を書いたのが、モウリだったのか。
「確かにお兄さんは私の仕事や懐事情についても、こちらが言った事よりも多くを知っていた気がします。ですが、マンテレ事件のスクープにしてもそれは記者として優秀、リサーチ能力の高さがゆえ、ではないのでしょうか?」
「えー、そうですね、手前味噌ながら兄は記者としてもそれなりに優秀だと思います。しかしそれだけでは説明できない事も多々あります。例えば数年前、うちのメイン雑誌であるスポマガの若い編集者が、メジャーリーガーである田村将投手の別荘の写真を無断で載せてしまい、怒った田村選手に一切の取材を拒否された時も、どこからか兄はそれを嗅ぎつけて(ちょっと待ってろ)と言うと、一週間後には田村選手側からうちに直接、取材を許可するメールが届きました。また、恥ずかしながらうちの妻が結婚当初にキックボクシングの有名選手と浮気をしているという疑惑があったのですが、それももちろん誰にも言っていなかったのに兄が突然(嫁さんの件、公にはならないから安心しろ)と連絡してきて、そのあとすぐに妻はその男と会わなくなり、相手側から謝罪文と頼んでもいない慰謝料の小切手が届きました。それからは、妻も不貞を働く事は一度もなく、我々は円満な結婚生活を歩んでいます。ただ、兄がそれらにどう対処したのかは全く分かりません、問いただしても、いつも(収まったなら知らなくてもいいだろ)と言って教えてくれないのです」
「・・なるほど」
「この話をマツシタくんにすると、彼はとても面白がってくれました。(社長、いいね!もうちょっとそういうのくれない?大好物なのよ、オレ、これでも口は堅い方だからさ)と言って。」
「アイツは口が堅いんじゃなくて、話す相手がいないんですよ」テレクラのシオザキ以外には、と俺は思った。
「ははは、どうやらそうみたいですね、貴方と私、それから元恋人の方ですか?友人のような人間はそれぐらいしかいないと言っていましたね、ただ私が思うに、彼の作品の漫画に出てくる、眼帯をした海賊のガマガエル、モーは、うちの兄をモデルにしている気がします」
「あ、確かにそうですね、あれはお兄さんだ」
「気持ち悪いですしね。ははは」
「あはははは」
我々はそう言って笑った。向こうの世界へ行った人への弔いというのは、本来こういうものなのかも知れない。
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