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XNUMX  作者: 上兼一太
12/31

XNUMX(20)プッシュ ~(21)パパラッチ

現在毎週、日曜日に2話ずつ公開中です。

(20)プッシュ


 恵比寿駅からほど近く、有名な芸能事務所もいくつか点在する華々しいエリアに似つかわしくない無機質で巨大なビルが一棟立っていて、それが林屋出版社だった。地上約50メートルほどの12階建てで、印象は角ばったシルバーの業務用冷蔵庫、という感じだった。まず正面の大きな自動ドアから入って受付に行くと、セーラ以来、久々にハッとするような外見の女性(それでもセーラには及ばないが)に、アポイントの説明をしてしばらく待たされた後、8Fのスポーツファイト・マガジンの編集部に行くように優しく指示された。(そういえば林屋社長はスポマガの現役編集長でもあったな、まだ昼前だし通常であれば仕事中か)と思いながら、俺は大きなエレベーターに一人で乗った。8Fはフロア全体がスポマガ専門の部署で、到着するなりその規模感と目まぐるしく動く社員達のエネルギー量に圧倒された。(これが超大手出版社か、俺のようなフリーランスのジャーナリストが中々相手にしてもらえる会社じゃない)・・そう腐っていると、絵に描いたような高身長の好青年が俺の前にやって来て「何か御用でしょうか?」と声をかけてきた。彼はスーツを着ていたがまだまだ着慣れていないようで、うっすら高校球児を引きずっているように見えた。俺は名前を名乗り、林屋社長とのアポイントメントがあると説明した。

「あ、聞いております。林屋は普段ここにいる事が多いのですが、今日は大事な来客があるから社長室に呼ぶようにと言付かっています。社長室は11階で、今いらしたエレベーターとは違い、そこの通路を左に行った突き当りの専用エレベータ―をお使い下さい。付きましたら通路を右に向かって頂いて、正面に社長室のドアがありますので、横に付いているインターホンを押してください。」


 俺は礼を言い、言われた通り通路を左に進んで、その専用エレベーターに向かった。(どうして俺が大事な相手なんだ?初対面なのに?)少し訝しみながら先ほどとは違う小ぶりなエレベーターに乗り込んだ。11階に着きドアが開くとさっきまでとは違い、そのフロアは冷たく静かで、通路の電気も最低限しか点いていなかった。とりあえず右に進むとすぐに小さなドアがあり、それはノブも番いも作りが簡素で、清潔ではあったが年期を感じさせる代物だった。俺はインターホンに指を向けたが、押す前にもう一度ぐるりと辺りを見返してみた。すると奇妙な感覚がした。例えるならこのフロアだけ、大きなビルの中に小さなビルが入っているような、マトリョーシカのような感じがするのだ。俺は強烈な違和感に戸惑いながらも、インターホンに添えた指に力を込めた。

 鳴っているのか、いないのかわからない手ごたえだったが、すぐに「はーい」と中から返答があったので、俺は少しほっとした。そして、どことなく聞いた事のある声のようだった。ドアが内側から開き、挨拶をしながら中に入ると、目の前に身なりをきっちりと整えたモウリがいた。

「!・・・」

 俺が茫然としていると「ささ、どーぞ、どーぞ、えー、狭いですが奥のソファに座っていてください。えー、すぐお茶を淹れますので」と、やたら愛想よく案内された。

 俺は狐につままれたような気分になった。どう見てもモウリに見えるその男は、少ない髪をピッチリと後ろに撫でつけ、高級そうな3ピースの深いエンジ色のスーツを着て、ご丁寧にトレードマークともいえる眼帯まで今日は外していた。その極端に小奇麗にした身なりに、俺は自分の感情が毛羽立つのを感じた。

「あの、どういうつもりですか?」

 ポットからお湯を急須に注ぎながら男は、大きな背中を向けたまま「はい?」と答えた。

「あんたも相当な狸ですね、人をおちょくって楽しいですか?」

「どういう事でしょう?」

 太い指で湯飲みとお茶菓子をお盆に乗せて、その男は戻ってきた。

「はい、お茶をどうぞ」

 俺はそれを無視して「眼帯まで外して・・目のケガも嘘なんですか?」と言った。

「あっ、あーっ、なるほど!」

「?」

「そうかそうか」

「なんですか?」

「えー、貴方、先に兄に会いましたね?」

「ん?」

「これは失礼しましたね、えー、きっと兄に嫌な目に遭わされたのでしょう?」

「どういう事ですか?」

「我々は双子です。えー、モウリ・ケンジは私の兄です。」

「えっ!、そうなんですか?」

「はい、一卵性なので他人さまから見たらソックリでしょうし、にわかには信じられないでしょうが、えー、ケンジは兄で私、健三が弟です。まぁ腹違いの兄もいて、正確には3人兄弟なのですが。あはは」

「そうなんですか・・・」

 確かによく見ると、口癖や外見こそ同じだが、あのモウリ特有の(ぬめり)のようなものが健三社長からは感じられない。どこかカラっとしていて、同じ外見なのに弟の方からは愛嬌のような物すら感じられる。

「いや、すいません。何かこちらの早とちりだったようで・・」

「いえいえ、大体兄に先に会われた方は私に文句を言ってきます、ははは。そして私に先に会った人は、兄に会うと態度の悪さに驚かされるようです。えー、これは我々双子の宿命のようなものなので気にしないで下さい。」

「いや、本当に申し訳ないです」と俺は頭を下げた。

「いえいえ、こちらこそ兄がどんな失礼をしたか分かりませんが、血縁者として申し訳ないです。兄は母親の旧姓を名乗っていますしね・・・あ、それよりこの羊羹、とても美味しいんですよ、有名店ではないんですが、えー、中々手に入りづらい一品なんです。食べてみてください」

「ありがとうございます、頂きます。」

 俺は楊枝でその羊羹を一口食べた。小さな欠片を口に入れただけだったが、それは本当に驚くほど美味かった。今まで食べた事のない不思議な食感で、はたしてこれは羊羹なのか?と思うほど、記憶にある羊羹のバランスを絶妙に裏切った質の良い甘さだった。その後に出されたお茶を一口含むと、飲み込んだはずの羊羹の風味が、香しい残り香のごとく口と鼻から心地よく抜けていった。俺は思わず立て続けに二口食べた。

「どうです?悪くないでしょう?」

「とても美味しいです」

「えー、私は貴方に来て頂いて、本当に嬉しいんですよ」

「どうしてですか?」

 林屋健三は返答せず、自分も羊羹を食べて少し笑った。

 俺が「私はただ友人のマツシタの話を少し伺いたいと思っただけで・・・」と言いかけると「そこです!マツシタくんは私の友人でもあるんです!」と林屋社長は声を上げた。

「えー、彼は自分の本当の友、親友と呼べる人間は一人しかいないと、生前よく言っていました。それが貴方ですね?」

「・・だと思います。」俺は一瞬シオザキの事を考えたが、さすがにマツシタがアイツを親友だと考えているとは思いづらかった。

「私はマツシタくんから見れば最近知り合った人間なので、親友とは言えないでしょう。えー、しかし関係が続けばあるいはそうなれたかも知れないと思うほど、彼とは気が合ったのです。しかし・・・しかしです」

「林屋社長もアイツの突然死に、疑問を持っていらっしゃる?」

「ええ。今日はプライベートだと思っているので、健三でいいです。えー、はい。」

「では健三さん、私もその件を調べていて貴方に辿り着きました。訊きたい事が沢山あります。」

「はい、構いません。えー、何でも答えます。・・・というより、こちらも話したい事が山ほどあります。」

「・・・例えば何でしょう?」俺はボイスレコーダーの使用の承諾を得て、話しを続けて貰った。

「ある意味では私がマツシタくんを死に追いやったと思っています。」

「・・それはどうして?」

「沢口明菜という若いアイドルの女の子をご存知ですか?」

「はい、もちろんです」

「さすがですね、もう彼女まで辿り着いていらっしゃるとは。彼女をマツシタくんに紹介したのは私なんです。」

 やっぱり。俺は自分の記者としての勘が鈍っていなかった事が少し嬉しかった。

「もちろん、それは彼にお願いされたからなんですが、えー、今はそうするべきではなかったという贖罪を感じています。」

「きっと貴方がそうしなくてもマツシタはまた違うルートから沢口明菜に会ったと思いますよ。アイツは自分が欲しい物は、何としても手に入れる男です。」と俺はフォローした。

「えー、確かにそうかも知れません。しかし元を正せば弊社のマンガ雑誌、(ヤング・ステップ)のグラビア・グランプリに彼女を選出しなければ良かったのです」

「というと?一種の出来レースがあったと。」

「いえ、うちは腐ってもスポーツ雑誌をメインにしている会社です。何にしても公平さには重きを置いていますので、ヤラセはありません。毎年行われているグラビア・グランプリにしても各受賞者はネットでの投票によって決まります。アイドルのCDのオマケのように、一人が何度も投票出来ないようシステムもしっかりしています。」

「ほう?」

「グラビア・グランプリ応募者は事務所所属の者と完全な素人がいます。毎年かなりの人数が応募してきますからそこから最終選考の16人に絞る作業は、うちの雑誌のスタッフ達と、グラビアを担当しているカメラマンやその関係者など、多数の人間が関わってやっています。要するに書類審査ですね。正直に言って、その段階で選考をやっている人間全てを私は把握出来ていません。」

 俺は頷いた。それはそうだ、例えるなら全番組のADの顔をテレビ局のお偉いさんが全て把握しているはずがない。

「お恥ずかしいですが、私は今、会社全体の社長業務とスポマガの編集長を兼任しておりまして、正直それで手いっぱいで、うちが出している様々なジャンルの発行物、ファッション誌や漫画誌、情報誌などは各部門のトップの人間達に任せております」

「まぁ当然そうでしょう」

「社長としてこんな事を言ってはアレですが、漫画も読みませんし、当然そこに出ているグラビア・アイドルの事も知らないです。そもそも私の年齢では表紙を飾った子であっても大体全部同じ顔に見えてしまいます。」

「わかります、わかります」

「で、毎年(今年のグラビア・グランプリで最終候補に残った子はこの子達です)、と担当者から資料がきて一応目は通すんですが、右から左、女の子よりもちゃんと企画自体が盛り上がっているのか、読者を惹きつけて発行部数に繋がっているかの方が気になってしまうのです」

「それは社長として当然でしょう。」

「でも、今年は違ったんです」

「?」

「そのとりあえず目を通した最終候補者16名の中に、極端に地味な、面白みを全く感じない女の子がいたんです」

「・・それが沢口明菜ですね?」

「はい。えー、言い方は悪いですが、一言でいえば悪目立ち。他の元々タレントに片足をつっこんだ華のある女の子達や、素人から選ばれても器量が良かったり、何か特技があったり原石を感じさせる特別な子達とは別に、沢口明菜だけが余りにも何もなかったんです」

「なるほど・・」

「普段私は、一つの雑誌の事に口を出す事はほとんどありません。えー、極端に部数が下がっていたり、企画や記事が悪かったりしない以外は、各雑誌の編集長を信頼して任せています。ですが、沢口さんを見た時に何か違和感を感じて、ヤング・ステップの編集長に思わず訊いてしまったのです。この子はどうして最終候補者に入っているんだ?って。するとステップの編集長が、今回、選出を手伝ってくれた人達の中に、グラビア撮影で衣装とかを提供してくれているアパレル関係の人がいて、その人がこの子をとにかく推してきたんですよ、と言ったんです。」

「?」

 健三社長は分厚い両手で湯飲みを大事そうに抱えて、残ったお茶を一気に飲み干した。

「えー、私は洋服とお茶菓子と釣りが趣味なんですが・・えー、失礼ですが、洋服等には興味がございますか?」

「いえ、あまり。」

「私が着ているこの三つ揃いは今期のセリーヌの物です。先日銀座店で買いました。靴はオールデン、眼鏡はアメリカン・オプティカルのヴィンテージです。えー、この辺りの趣味もマツシタくんとは、とても話しが合いました。」

「はぁ」としか言いようがなかったが、確かにどことなくマツシタと着こなしが似ていた。アイツの洋服のセンスはこの人が先生だったのかも知れない。

「ご存知ないかも知れませんが、今若者に人気のXNUMXというブランドがあります。」

「あ、それは最近知りました。」

「お、そうでしたか。」健三社長は明らかに意外そうな顔をした。

「沢口明菜を最終候補まで押し上げるほどプッシュしてきたのは、そのXNUMXのデザイナーです。」



(21)パパラッチ


 セーラは雑誌撮影に備えて、ジムのトレッドミルに乗って汗を流していた。イヤフォンでザ・ストロークスを聴きながらウォームアップで時速4キロを2分歩き、その後5キロで5分、6キロで5分歩いて、そして時速8キロのランニングを5分、それから傾斜をつけてまた5分、それを三回繰り返して、今はクールダウンの為に傾斜なしの時速6・4キロを数分間歩いている。

 ・・・はぁー、しかし斜め前でベンチプレスしてる大学生ぐらいの男の子、ずっとワタシの事見てるなぁ・・気づいてないと思ってるみたいだけど、バーベル構えたままほとんど上げてないし・・・パーソナル・トレーニングは事務所と一緒に辞めちゃったから短期間だけ手軽なジムに入っちゃったけど、やっぱり視線が気になるなぁ・・せめて女性専用のジムにすればよかった・・今度はもっと胸の目立たない、オーバーサイズのサウナスーツみたいなダサい上着を持ってこよう・・まったく、Gカップなんてランニングの邪魔でしかないのに。そういえば小学校の6年生ぐらいの時、お母さんに(アンタは一生男に困らないよ)って言われたけど、違う意味でずっと困ってますけどね。第一、初潮がくるかこないかぐらいの歳の娘に、普通そんな宣言しますかね、フィリピンじゃ当たり前の感覚なのかなぁ?・・・昔からずっとこういう状況がイヤだったのに、三十代後半になってもまだ男性の視線に気を付けなきゃいけないなんて・・・あの男の子から見たらワタシなんておばさんじゃないのかな?・・っていうか、ヘタしたらお母さんとかと本当に同じ歳ぐらいじゃない?!もーう。・・・でも時々、元アイドルとかモデルとかが結婚して子供を産んでから三十後半ぐらいでなぜかまたセクシーな写真集を出したりするけど、ワタシには全く理解できないよ。事務所の先輩でもいたなぁ、そういう人。・・・旦那さんや子供がいて、どうしてまだ他の人に性的に見られたいんだろう?(旦那も子供もいるけど、私はまだ女として終わってないんですよ!)って、思わせたいのかな?でも、そこにしか自分のアイデンティティーがないと言ってるような感じで、ワタシには逆にすごく惨めに思えるけど・・・それとも、単純にお金の為にやるのかな?旦那さんの収入が少なくて子供の学費がかかるとかで。それの方がまだ理由としては健全かも知れない・・ん?健全な熟女のセクシー写真集?なんだそれ?セーラは歩きながら自分の思考にプッと吹き出した。それに驚いて健全な大学生はバーベルを落としそうになっていた。

 セーラは決めたメニューのトレーニングを終えるとシャワーを浴びて、ジムから今度はピラティスのレッスンに向かった。・・・代官山までは遠くないから歩いて行こう、さっきトレッドミルでしっかり走ったけど、今日は天気もいいしお散歩日和だ、撮影まで時間もないし少しでも身体を引き締めないと。レディー・ガガを聴きながらジムのあるビルから2、3ブロックほど歩いて二度目の信号につかまりそうになった時、止まりたくなかったので一本裏の路地を抜けようとして急な方向転換をすると、歩き始めた時からうっすらと感じていた疑念が確信に変わった。・・・困ったな、ジムを出てからずっと、誰かに付けられているみたい・・・。



「えー、私は林屋出版の二代目ですが、祖父が始めた小さな印刷会社がこの会社の母体となっているので、正式には三代目となります」と、健三社長は続けた。

「そうなんですね」

「この11階だけ、古くさくて驚いたでしょう?」

「ええ」と俺は率直に答えた。

「テナントで入っている違う会社に来てしまったのかと思いました」

「ははは。そうですよね、ここは先代の父が作った林屋出版の社長室をそのまま流用しています。えー、と言っても構造上、最新のビルの中にそのまま部屋を埋め込んだり出来るわけではないので、当時の物で使ったのはドアだけ。あとはこういう・・コンコンと健三社長はテーブルを叩いた。「インテリアや備品ですね」

「なるほど」

「父がキレイ過ぎるビルは落ち着かないからどうしてもと言って、ここだけ当時の雰囲気を再現したのです。えー、そうはいってもこのビルが出来てからすぐ父は亡くなったのですが」

「それは残念です。」

「父は昭和気質の豪快な人間でした。3回結婚をしていて、先ほども言いましたが、最初の妻との間に私達とは腹違いになる長兄がいます。えー、私と兄は二番目の妻の子で、母と離婚後も・・・晩年ですが父は3人目の妻を貰っています。その奥さんは私達より年下でした。まぁ死別した後、彼女は遺産をせしめてすぐ海外に飛んで行ってしまいましたが・・・兄はモウリと名乗っていますけど、それは母の苗字です。えー、兄は父の事を憎んでいるので両親の離婚後、早々に母の旧姓に改名しました。」

 話が遠回りしているが、この人はバイト先の主婦のように余計な話をするタイプではない。この身の上話はきっとマツシタの件と関係があるのだろう、そう思い俺は冷めきった残りのお茶を口に含み、黙って続きを待った。

「えー、それでも父は、生前から自分で大きくしたこの出版社を我々双子に全て継がせると言っていました。長男はとっくに違う仕事に就いていましたし。えー、しかし兄はそれを拒絶し、新聞社に就職してから、父に当てつけるように自分で小さな出版社を始めたのです。」

「それがあの、GSW出版ですね」

「はい、ゴッドスピード・ワールド、幸運の世界です。」

 GWSはゲセワの略じゃなかったのか・・と俺は思った。・・・ん?幸運の世界?

「幸運の世界というのは、もしかして、あの(幸運の世界)ですか?」

「はい、宗教法人、幸運の世界です。兄はそこの信者です。」

「なるほど・・・」

 

 宗教法人・幸運の世界は80年代に仏教の一派から枝分かれした新興宗教で、タチの悪い勧誘や信者の修行中の謎の事故死、芸能界や政界への強引な参入などで知られている、かなりキナ臭い団体だ。海外では立派なカルト教団として認定されている。・・・そういう後ろ盾があったのか・・どおりであんなB級雑誌だけでも会社が潰れないはずだ。

「あ、言っておきますけど、私は違いますからね、私も私の家族も誰も信者ではないんです。兄だけが、なぜか20年ぐらい前に突然入団したんです。えー、あまりいい噂を聞かない団体なので心配ではあるんですが、私や身内を勧誘してくるわけじゃないし、まぁいいかとほおっておいてます」

「そうなんですか。」

「ところで貴方は先ほど、兄の眼帯のことを言っていましたが、それについては何か知っているんですか?」

「いえ、何も知りません。お兄さんとは親しいわけではないですし。ただ数回お会いしていつも眼帯をしていたので、その印象がありまして・・・」と言ったものの、直接モウリと会ったのはもしかしたら一度だけかも知れない。もちろん俺はそんな事で嘘をつくつもはなかった。ただ何度も会っている気がしてしまったのだ。どうしてだろう?電話でのやりとりが多かったせいだろうか?

「そうですか・・。兄のあれは一時的な病気やケガなどではありません。えー、義眼を使っていない時はいつも眼帯をしているのです。」

「義眼?」

「はい、兄は右目がありません。眼球を実の父親に潰されたのです。」

「!」

「それが兄が父を嫌っている理由の一つでもあります。・・・えー、少し長くなりますが、聞きますか?」

「ええ。健三さんのお時間が許すなら。」

 俺は、マツシタとこの人の関係を聞く為にここに来ている事を忘れたわけではなかったが、超大手企業である林屋家出版の家庭の事情についてもジャーナリストとして、とても興味を惹かれていた。公に顔出しをする事の少ない林屋出版の社長が、実は双子である事も世間ではほとんど知られていないだろう。その片割れがゴシップ雑誌を専門に作っていて、カルト教団の信者で、先代の父親とは浅からぬ因縁があるだなんて・・・少なく見積もっても、これは大スクープだ。

「えー、もちろんこの件はオフレコでお願いしますね」

「はい、もちろんです。」

 このネタを自分で記事にするか、どこかに売るかは聞いてから考えよう。


 うーん、困ったなぁ・・やっぱり20メートルぐらい後方の左側から、ずっと誰かに付けられているみたい。ワタシは勘が良い方じゃないけど、長いタレント業で誰かに見られているっていう感覚だけは鋭敏なんだよなぁ。お墓参りの時みたいにつけて来てるのが、ただのファンとか素人さんならいいんだけど、週刊誌の人とかで、一時的とはいえモデルとして復帰するのが先にバレちゃうとまずいしな。・・・そう思いながらセーラは、気づいていないフリをして歩行スピードを上げた。・・・あ、もしかしてさっきジムにいた大学生ぐらいの男の子かな?最初から顔バレしてたのかも。それなら別にいいし、普通に声をかけてきてくれたら握手ぐらいしてあげるのに。・・とりあえず裏道で乗泉寺の方から行こうかと思ったけど、八幡通りに出ちゃって・・大通りに行けば跡をつけにくいだろうし、盗撮も目立つから諦めてくれるかも知れない・・・。と、そう思った途端、数メートル先のローソン渋谷桜丘町南店から出てきた男性客が、渋谷インフォスタワーの方へ信号を無視して車道を渡って行った。あれっ?今のさっきの男の子だ!ちょっと待って、それじゃ、ワタシをつけていたのは彼じゃなかったって事?えっ、じゃあ、後ろにいるのは一体誰?・・もしパパラッチだったら、キョロキョロすると尚更怪しい行動を取ってると思われてしばらく狙われるかも知れないけど、もう気持ち悪過ぎる!セーラは立ち止まると意を決して振り返った。視力には自信があったので辺りをくまなく見渡したが、それらしい人間は見つからなかった。周りはビルに囲まれており、歩行者はすぐ後ろからくる女子高生の二人組とそれに追い抜かれた高齢女性、前には荷物を運ぶヤマト運輸の配達員だけ。・・・えっ・・どういうこと?ここには隠れられる場所なんてない。どこかの建物の中から望遠レンズでも使わない限り写真だって撮れないはず。でももう1キロ以上は歩いて来たし、その間ずっとつけられていた・・姿は見えないのに今も尚、強い視線を感じている・・・一体、どこからどうやってワタシの事を見ているの?

現在毎週、日曜日に2話ずつ公開中です。

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