第3話 省エネ男子、復活する
「……完治した……はず……」
熱が下がった翌朝、斎藤悠斗は慎重に布団の中で四肢を動かしていた。
念入りな自己診断。くしゃみ:無し。咳:無し。気怠さ:少し。だが、登校可能。
母がドアを開ける。
「どう? 学校行けそう?」
「……うん、たぶん……」
母が差し出すのは、いつものジャムトーストと、風邪明け用のマスク。
「行くならマスクつけなさい。あと今日は体育見学しときなさいよ」
「……当然……」
体育など最も避けるべきエネルギー消費イベント。見学を推奨されるこの状況は、むしろ特典である。
登校中、校門前で元気印・森山に遭遇。
「お、斎藤! 生きてたかー! 顔色わるっ」
「……これが……通常営業……」
「いやいや、顔色の悪さがデフォとかお前だけだわ」
森山のノリにはいつも通り適当に相槌を打って流す。ここで会話に乗るのはエネルギーの無駄。
だが今日は、別の“強敵”がいた。
「斎藤くん、おはよう。ほんとに来たんだね」
そう話しかけてきたのは、昨日LINEを送ってきた女子・河合美咲。
「あ、あの、昨日はごめんね。変なこと言っちゃって……」
「……いや、気にしてない……」
「よかった……でも無理しちゃダメだよ? 体弱ってるときは、免疫が落ちてるから……」
免疫。確かに耳にしたことのある概念だが、そんな専門用語を笑顔で口にする女子高生に悠斗は少したじろぐ。
それでも返す言葉は、省エネで。
「……ありがとう……河合さん……」
その一言で、彼女は少し頬を赤らめた。
「じゃ、またね」と言って去っていく。
(……一言で、済むんだな……会話って)
彼の中で、新たな省エネ理論が芽生えた瞬間だった。
体育の時間――
「おう斎藤、体調不良で見学か。いいなぁお前は」
森山が羨ましそうに話しかけるが、悠斗は「……ツラいよ……」とだけ呟く。
もちろん演技である。
その場にいた女子たちが「あ、斎藤くん今日は体調不良なんだって」とざわめく。
(……情報拡散スピード、はや……)
悠斗の“マスク+見学”という組み合わせは、一気に「なんか儚い系男子」カテゴリに格上げされつつあった。
放課後、保健室に呼ばれる。
「斎藤くん、朝の体温確認してなかったから、ちょっとだけ測っていこうか」
保健の先生・川原先生は優しい口調だが、彼女の無駄のない動きから察するに逃げられない。
「はーい、37.0度。微妙だけど、大丈夫かな。無理しないでね?」
「……はい……」
「んー、斎藤くんはいつも“無理しない”がデフォっぽいけどね~」
「……否定できない……」
保健の先生にも見抜かれていた。だが、悠斗は微笑んだ(目だけで)。
家に帰ると、母が出迎えた。
「今日はどうだった?」
「……人間観察日和……だった……」
「何それ?」
「省エネで……世界を見てた……」
母は笑いながら、いつもより優しい晩ごはんを用意してくれた。
省エネ男子、病み上がりでほんの少し人間味を見せた一日だった。