第13話 省エネ男子、手料理を振る舞う
温泉旅行から帰って数日後。
新学期が始まる前の、少しだけ穏やかな休日。
河合からメッセージが届いた。
『斎藤くん、今度は斎藤くんの家に遊びに行っていい?』
(……俺の部屋……散らかってる……寝床……秘密基地……)
悠斗は、部屋を見られるというだけで体力を奪われる未来が見えたが、やっぱり断れない。
『……いいよ……』
河合の返信は秒速だった。
『やったー! 楽しみ! 斎藤くんの手料理食べたいな♡』
(……手料理……!?)
省エネ男子にとって「料理」は、ラーメンを鍋ごと食べる以外の選択肢など存在しない未知の世界だった。
当日。
河合が持参した大きな紙袋を抱えて、悠斗の部屋に上がり込んだ。
「わぁ、斎藤くんの部屋……落ち着く~!」
「……物が……ないだけ……」
彼女はお構いなしに布団に腰かけて、ご機嫌だった。
「じゃあ、何作ってくれるの?」
(……何も……考えてない……)
冷蔵庫にあるのは、ゼリー、卵、豆腐、インスタント味噌汁。
悠斗の脳内、省エネ計算回路がギリギリで弾き出した答えは――
「……卵かけご飯……」
河合は思わず吹き出した。
「ふふっ、斎藤くんらしい……でも、もうちょっと何か作ろう?」
河合は袋から、野菜と肉と調味料を取り出した。
「一緒に作ろ?」
(……一緒……料理……)
省エネ男子、覚悟を決めた。
キッチン。
「まずは野菜切ってね!」
「……切る……」
包丁を握る手が、ぎこちない。
河合が後ろから手を添えてくる。
「こう持つと安全だよ」
耳元で囁かれ、血の気が引く省エネ男子。
(……体力より……心臓のエネルギー……)
何とか切り終わり、次は肉を焼く。
「焦げないように混ぜてね!」
「……混ぜる……」
フライパンから跳ねる油にビクビクしながら、必死で混ぜる省エネ男子。
その姿が可愛いのか、河合はずっと笑いをこらえていた。
30分後――
テーブルの上に並んだのは、野菜炒めと味噌汁、そして悠斗渾身の卵かけご飯。
河合は感動して両手を合わせる。
「斎藤くんの手料理、初めて食べる……いただきます!」
「……いただきます……」
ひと口頬張る河合が、にこっと笑った。
「おいしい! 斎藤くんの味だね!」
「……醤油……だけ……」
「それがいいの!」
食べ終わったあと、河合が小さくつぶやく。
「斎藤くんといると、何してても幸せだなぁ……」
省エネ男子は照れ隠しにお茶をすする。
(……体力は……使ったけど……)
それでも、河合の笑顔を見ると、なぜかまた作ってもいいかもしれない――
そんな気持ちが、ほんの少しだけ湧いていた。