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3話

「エミリオ」

「ラナか」


 屋上へ行くと、エミリオが佇んでいた。

 エミリオはあたしが持っている洗濯籠を見ると、ふっと笑って目を伏せる。


「もう乾いている。取り込んで大丈夫そうだ」

「おお、ありがとう」


 エミリオは取り込むのを手伝ってくれる。

 すっかり慣れた光景だ。ケーキの一件から数日。ここで鉢合わせると、エミリオはいつも洗濯物を取り込むのを手伝ってくれていた。

 以前よりも気安い関係になっている——そんな気がする。


「って、待て待て」

「……」


 思わず頭をぶんぶん振りつつ、洗濯バサミを外す。

 エミリオはイリスの攻略キャラ! サブキャラのあたしは不釣り合い! 心の距離が近いのはあれだ、友人的な? そういうやつ!


「…………」

「うえ、エミリオなに? なにその顔」


 心の中で言い聞かせていると、エミリオが面白くなさそうな顔であたしを見ていることに気が付く。


「……別に。なんでもないよ」


 自覚がなかったのか、指摘されエミリオはバツが悪そうな表情に切り替わる。

 一体なんだったのだろう。気に食わないことでもしてしまったのか。

 首をかしげていると「本当に何もない」と強めな主張が返ってきた。顔に出ていたか。


「っと、今日は風が強いね。エミリオ、ずっとここにいたの?」


 風が吹き、シーツが揺らめく。あたしは落とさないように注意しつつ、さらに洗濯籠から飛び出さないように専用の石を置いて防衛する。


「ああ。ここは風が気持ちいいし、静かだからな」

「好きだね静かな所」

「……嫌なものが聞こえないからね」

「へー? ……今更だけど、あたし話しかけない方が良いパターンだったりする?」

「本当に今更だ」


 エミリオは唇の端に笑みを乗せた。

 つまり、今は嫌ではないということか。……おお、嬉しいかも。やった。

 いやこれは友人として嬉しいって意味で。


「わぶっ」


 その時、再び強い風が吹く。

 真っ白なシーツが目の前に広がる。反射的にシーツを避けようとして——あたしは盛大に足を滑らせた。


「あっ!?」


 衝撃を覚悟して、


「っと……」


 思ったより優しい衝撃に、あたしは目を瞬いた。

 一拍遅れて理解する。

 エミリオに受け止めてもらっている。


「驚いた。無事か? ラナ」


 目の前にはエミリオの顔。端正な、麗しい顔立ち。

 あたしの体を抱きとめているのは、見た目以上にしっかりとした腕。

 鼻をくすぐるのは、淡い花の香り。


「~~~~!! ~~~~っっっっ!?!?」

「なんだ、どこか怪我でも?」

「い、いや!? 大丈夫!!」


 慌てて離れて、あたしは元気アピールをした。

 声が派手に裏返った。恥ずかしい。

 なんだろう。以前から推しだったけど、なんだかケーキの一件以来、どきどきが激しい。

 好きは好きだったけど、そういう意味の好きじゃ収まらないというか……。


「……」

「……」


 目が合うと、エミリオは少しだけ落ち着かない様子で、目を瞬かせた。

 ……。

 駄目だ、好き!

 以前から格好良いなって思ってたけど、今は前より格好良く見える。

 ケーキを嬉しそうに見る顔とか、呆れてため息を吐く姿とか、そういうのが全部、めっちゃ愛しくて愛しくてたまらない。

 これは、完全に好きになっている。ガチ恋になっている。じゃなきゃこの胸の動機の説明が付かない。


「……」


 冷静に考えると、好みの男があたしに優しくしてくるなんて、惚れない方が無理だ。


 ——うん。イリスには悪いけど、諦めよう。

 好き。めっちゃ好き。あたしはエミリオが、好き。


「……。…………」


 よしと割り切ってエミリオを見ると、


「……うん?」


 顔を真っ赤にしたエミリオが、きゅっと唇を結んでじっとりとあたしを睨んでいた。

 ——なんで?


「エミリオ? 顔が赤いけど、どうしたの?」

「……別に、なんでもない」

「な、なんでもないっていうようには見えないよ? どっか体調悪い? 熱は……」

「大丈夫だ。大丈夫だから、あまりこちらを見ないでくれ」


 エミリオはあたしから視線を外し、心を落ち着かせるように目を閉じた。

 深呼吸を二、三度挟む彼を見る。……本当に大丈夫だろうか。

 心配だ。でも、ここで心配し看病イベントが発生するとしたら、その相手はあたしではなく妹のイリスだ。

 忘れないようにしなきゃ。あたしがただのサブキャラ。ヒロインの姉という立ち位置だと。


「……ラナ」


 あたしは知らずの内下げていた顔を上げる。エミリオは若干赤みの残る頬のまま、あたしを見ていた。


「洗濯物は全て取り込んだ。落ちたものはないので、安心したまえ」

「え、いつの間に。ありがとう」

「私はもう行くが、その前に一つ伝えておこう」


 真剣味を帯びた瞳に、あたしは目を瞬かせて続きを待った。


「あなたは、ラナだ」

「……? う、うん」

「あなたはラナという一人の人間だ。あなたはいつも姉だということに誇りを持っているようだが……その自負があなたを苦しめる鎖になるのなら、捨てた方が良いだろう」

「……」


 あたしはエミリオの言葉をゆっくり咀嚼する。

 それって、つまり。


「……それでは、失礼する」


 一瞬、エミリオは笑った。

 静かで小さな笑みだった。少しだけ寂しさが滲むような、そんな色を見た。


「…………」


 ただの別れの挨拶だというのに、あたしはしばらくの間そこから動けなかった。




「ラナ姉様。もしかして体調でも悪い?」


 そんなことがあった、翌日。

 あたしは非番の妹、イリスと久しぶりにお茶をしていた。

 騎士団に所属したイリスは、騎士団の仕事や特殊能力の使い方や剣の鍛錬等々で忙しく、こうして落ち着いて話をするのも久しぶりだ。


「あ、ううん。ケーキ美味しいなって思って」

「うん、とっても美味しい。ラナ姉様いつの間にこんなお店見つけたの?」


 イリスは嬉しそうにケーキを頬張る。

 可愛いな。連れて来て正解だった。

 イリスを連れて来たのは、以前エミリオと一緒に食べたケーキのお店だ。今回は喫茶スペースにてお茶をしている。


「あたしじゃないよ。エミリオが見つけたの」

「……!」

「え、なに? どうしたのイリス」


 エミリオの名前を出した途端、イリスの顔色が変わった。

 ……あ、もしかしてイリス、エミリオのことが好きだった!? エミリオルートに突入していた!? やばい姉として妹の恋路を邪魔してしまっ、


「大丈夫だった?」

「え?」

「あ」


 イリスは気まずそうに目を逸らした。

 なんだろう、今の言い方。なんか妙だったような。


「イリス?」

「……実は、私ね。エミリオさんのこと、ちょっと怖くって」

「え」


 予想外の言葉だった。

 攻略対象に投げるとは思えない。いや暴力系の乙女ゲームならあり得る? いやでもこの世界観的にそういう感じではないし……。


「確かにエミリオは物言い冷たいけど、でも優しいよ?」

「そうなの?」

「うん。イリスの前だと違うの?」

「私の前というか、他の騎士団員さんの前だと、なんかぴりぴりしておるというか……」

「へえ」


 あたしは騎士団の仕事——悪霊討伐とか見回りとか——とは無関係のため、会議などに出席したことはない。

 エミリオは一人でいることを好んでいたようだし、そういう関係もあって、エミリオが他の攻略対象と会話している場面を見たことはない。

 ……。あれ?

 乙女ゲームの攻略対象が、同じ組織に所属している他の攻略対象と交流しないなんて、ある?


「でも良かった。エミリオさんって、ラナ姉様には優しいのね」


 イリスは安心したように微笑んだ。


「私ね、ずっとラナ姉様には申し訳ないなって思っていたの」

「申し訳ないって……なんで?」

「ラナ姉様はずっと私の親代わりをしていたでしょ? ラナ姉様は昔から大人の人みたいだったから、私も色々頼っちゃって……」

「そんな、あたしが好きにやってただけだよ」


 あたしは転生者だ。

 大人として生きた知恵があるのだから、イリスの面倒を見るのは当然だ。この世界でたった一人の肉親なのだから。


「住んでいた家が燃えた時も、私が騎士団で働くことを決めた時も、ラナ姉様は何も言わずに私の手助けをしてくれた」


 イリスがあたしの手を握る。

 手助けなんて、当然だ。

 イリスは乙女ゲームのヒロインだ。ヒロインということは、彼女はいつか大きな事件に巻き込まれ、理不尽な困難にぶつかる。下手をすれば、死んでしまうかもしれない。

 サブキャラであるあたしに出来ることは少ない。少ないけど、何かしたかった。

 イリスには幸せになってほしいから。


「私ね、ラナ姉様には本当に感謝しているの」

「イリス……」

「幸せになってほしいって、心から願ってる」


 そう言って笑ったイリスに、涙がこみあげてくる。


「だから、ラナ姉様に好きな人が出来たの、とっても嬉しいの」

「……えっ」


 涙が止まった。


「き、気付いて……?」

「ラナ姉様、エミリオさんによく話しかけてたじゃない。私にエミリオさんの話もよくしてきたし」


 それは、イリスとエミリオをくっつけようとしていたからで。


「ラナ姉様。私、応援しているね。何があっても、私はラナ姉様の味方だよ」

「わ、わわ……あり、ありがとお……」


 妹に好きな人がばれているという事実と、ヒロインに攻略対象との仲を応援されているという事実に震える。


「……本当に良かった。エミリオさんもラナ姉様を嫌っていないのなら」


 イリスは視線を落とした。


「きっと、大丈夫だよね?」


 自分自身に確認するように。

 その言葉の意味を探ろうとした時だ。


 悪霊が、街を襲ったのは。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


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