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2話

「エミリオだ」


 大通りを歩いていると、お店の前に佇む推しが一人。

 麗しの騎士——今日は騎士の服ではなくラフな普段着スタイルだ——エミリオが、あたしに気が付き諸行無常の顔をした。


「……あなたか」

「偶然だね。今日は確か非番だったっけ? なにしてるの? デートの下見?」

「人の事情を勝手に決めつけないでくれたまえ」


 エミリオは呆れたように言った。

 それにしても珍しい。普段、人の輪から外れた孤高の麗し騎士のエミリオが、人通りの多い道で何をしているんだろう。しかもこの店——


「……違うからな」


 何か言う前に、思考を読んだかのようにエミリオは声をあげた。


「まだ何も言ってないけど」

「言われずとも分かる。私は別に、甘いものに興味はない」


 エミリオがいたのは、ケーキを取り扱う喫茶店だった。

 評判の店なのか、飲食スペースは満席だ。女性客やカップルが、お喋りとケーキを楽しんでいるのが外からでも分かる。


「……ほおん?」


 否定しながらも、エミリオの視線は店内へ向けられている。

 これは、甘党説出ている。

 実は甘党でした、なんて乙女ゲームでもそれ以外の作品においても鉄板の設定だ。それを隠したがっている、というのも。

 大方、男性一人で入るのは恥ずかしいとかそういう理由——


「ラナの方こそ、どうしてここに?」


 あたしの思考を止めるように、エミリオは焦った声音で尋ねてきた。


「買い出しの帰りよ。石鹸がなくなったみたいだから」


 買い物袋を掲げてみせる。

 そして、逸らされた話題を元に戻す。


「それよりも、エミリオ。良かったらイリスを呼んでこよっか?」

「は?」

「あの子、甘いもの好きだし……女の子と一緒なら、お店に入るのも恥ずかしくないでしょ」


 甘い物を一緒に食べる、なんて乙女ゲームの一枚絵としてありそうな展開だ。

 エミリオの見た目なら、ケーキを食べる姿もさぞかし絵になるだろう。普段笑わない彼の、ケーキを口にした柔らかな表情にノックアウトされる乙女ゲーマーが見えるってものだ。


「……。いや、いい」


 しかし、エミリオは首を横に振った。

 む……エミリオとのデートイベントをこなすには、好感度がまだ足りなかったか。


「どのみち、私はあそこに入れない」


 そう言って、エミリオは顔を顰めた。頭痛を覚えたように眉間を揉む。

 その仕草で、あたしは彼の不調に気が付いた。

 もしかして体調が悪いのだろうか。エミリオは静かな場所を好み、人の輪に入ることはない。まるで孤独の中にしかいられないかのように。

そんな彼が雑踏の中にいる。人の多い喫茶店にいるのは、とても珍しい。


「……」


 エミリオはあたしの視線に気が付くと、バツが悪そうに視線を逸らした。


「すまない。そういう訳だから私は失礼するよ。それでは——」

「待って待って。待ってて、絶対よ!」

「え」


 あたしは慌てて店の中に入った。

 五分後。

 白いケーキの箱を抱え出てきたあたしを、エミリオは驚いた顔で見ていた。


「店員さんに聞いたら持ち帰りいけたよ。適当に選んじゃったけど、いい?」


 これならエミリオも静かな場所で食べれるだろう。


「…………」


 エミリオはというと、何故か黙ってあたしを見ていた。

 ……なんか不安になってきた。まさか、本当に甘い物はいらなかったパターン? 迷惑だっただろうか。


「……。ああ、すまない」


 焦っていると、ようやく彼は声を発した。


「その、ありがとう」

「あ、本当? 迷惑じゃなかった……?」

「……ああ」


 エミリオはケーキに視線を落とした。

 微かに口元が和らいでいる。


「本当は、食べてみたくてね。持ち帰り、出来たんだな」


 普段よりも柔らかく細められた瞳に、心臓が跳ねる。

 ドキドキする胸を抑える。いや、待て待て。ドキドキじゃない。エミリオは攻略対象。イリスと恋に落ちる男性で、サブキャラクターはお呼びではない!

 ——視線が合う。


「ラ」

「よ、良かった! じゃあこれ、どこで食べる? あ、騎士団内だったらイリス呼んで」

「それなんだが、良い場所を知っている」


 エミリオは背を向けると、すたすたと歩きだす。

 慌ててついていってしばらく。あたしたちは街を一望出来る場所にやってきた。


「わあ……」


 美しい街並みがよく見える。おまけに人もおらず、静かだ。

 これは中々の穴場だ。


「たまに来るんだ。……ん? フォークが付いている。親切だな」

「なるほど~」


 エミリオは設置されたベンチに腰掛け、ケーキの箱を開けている。

 つまりここは、エミリオのお気に入りの場所ってことか。なるほど、なるほど。


「って、駄目じゃん!」

「……?」


 連れてくるのあたしじゃなくて、イリスであるべきじゃん!

 これ完全に妹の男奪ってない……? ちょっと倫理的にどうなの? いやでもイリスがまだエミリオルートに入ったかは分からないし、セーフ?


「……。食べないのか?」

「え、あ」


 エミリオが使い捨てのお皿とフォークを差し出してくれた。

 あたしはケーキの箱を挟んで、エミリオの隣に座る。

 乗せてもらったのは、王道のショートケーキだ。異世界でもケーキの種類は同じなんだな、と頭の片隅が呟く。

 ……こうなってしまったら仕方がない。ごめんイリス!


「……美味しい!」


 程よい甘さのホイップクリームと、甘酸っぱいイチゴの相性は抜群だ。ふわふわのスポンジは蕩けるよう。

 シンプルなケーキなのに。否、シンプルなケーキだからだろう。パティシエの腕の良さを実感する一品だ。


「美味し、美味しい……!」

「……ふ」


 隣で笑う気配がした。

 驚いてそちらを見ると、エミリオが優しい眼差しであたしを見ていた。

 ぬお、とっても良い一枚絵……!


「一つ、聞きたいのだが」


 推しの一枚絵に心中悶絶していると、エミリオがケーキを切り分けながら尋ねてきた。


「あなたは、どうして私とイリスを結び付けようとする?」

「へあっ!?」

「悪いが、人の感情には聡い方なのでね。まあ私でなくても見破っただろうが」

「いや、そのー、ええと」


 あたしは誤魔化そうと視線を右往左往させて。


「……はい。そうです。ごめんなさい」


 上手い言い訳が見つからず、謝罪した。

 あからさま過ぎたか。そうだよね、エミリオからすれば、あまりよく知らない可憐な少女とくっつけられそうになるもんね、気分が良くなくて当然だ。


「別に謝罪は求めていない。私は理由を知りたいだけだ」

「理由、理由ね……簡単に言うと、幸せになってもらいたいからかな」


 エミリオは探るような視線を向けてくる。

 しかし、言葉以上の意味はないのだ。幸せになってもらいたい。あたしは——イリスにもエミリオにも幸せになってもらいたい。


 恋愛ばかりが人の幸せではない。恋愛をしていなくても人は幸せになれる。

 ここが乙女ゲームの世界でなければ、あたしはそう思って他のやり方を考えたかもしれない。でもここは恋愛ゲームというジャンルの世界。

 愛が、エミリオの抱える問題を解決する可能性は高いのだ。


 それが出来るのは、あたしじゃない。

 この世界のヒロインである、イリスだ。


「エミリオにも、イリスにも幸せになってもらいたい。だから二人をくっつけようとしたの。……ごめんね」

「……意味が分からないな」

「う。そうだよね。自分でも馬鹿なことをしているなとは思うけど……」

「そうではなくて」


 エミリオはゆるりと首を振った。


「どうして私に幸せになってもらいたいんだ?」

「え」

「見目が良い自覚はある。しかし、私は誰かから幸福を望まれる人間性はしていない」


 そう言って、エミリオはフォークを置いた。

 ——気が付けば、あたしは叫んでいた。


「それは、違う!」

「!」


 考える間もなく叫んだ内容に、エミリオは肩を揺らした。


「エミリオは、優しいよ。そりゃ言葉は正論で冷たいけど、ここしばらく一緒にいて、エミリオの魅力はちゃーんと分かってるよ」

「……」

「最初は、見た目が好みだったのがきっかけだけど。洗濯物を手伝ってくれたり、甘い物が好きなところとか、あたしは——」


 あっぶない。告白しかけるところだった……!

 落ち着け落ち着け。あたしはただのサブキャラ。攻略対象と恋愛なんておこがましい。


「っ、あたしは、めっちゃ推してるよ!」

「…………私がどんな特殊能力持ちだとしても、か」


 エミリオがあたしを覗き込み、言ってきた。

 だからあたしは。


「勿論」

「——」


 ハッキリと言った。

 あたしは騎士団の皆の特殊能力を知らない。エミリオがどんな特殊能力を持っているかも知らない。でも、こういう言い方をしてくるってことは、あまり他人から歓迎されないものだったのだろう。

 でも、特殊能力が分かったからといってエミリオの人間性が変わる訳ではない。

 だから、あたしがエミリオを好きなのも変わらないのだ。


「——。——、——」


 エミリオは、初めて動揺したような素振りを見せた。

 あたしから視線を逸らす。長い長い沈黙の末、


「……そう、か」


 とだけ絞り出した。

 その耳は、微かに赤いような気がする。


「……う、うん」


 つられて、あたしも赤くなる。

 別におかしいこと言ってはない。告白は回避した。にも関わらず、なんだろうこの空気。

 ケーキを口へ運ぶ。さっきまで美味しかったはずが、途端に味が分からなくなってしまった。


◆◆◆


『っげ。エミリオだ』


 そんな声がして、私は振り返る。

 すれ違った男と一瞬目が合う。男はびくんと肩を揺らすと、慌てたように去っていく。


『うわ、目が合った。あいつ心読むって噂だよな? 読まれてたら嫌だな』


 聞こえてくる心に、思わずため息を零す。

 ……いや、ため息を吐くようなことではないな。あんな物言いを向けられるのは、珍しくはない。そもそも実際に声に出さないだけで、彼は十分良識のある人間だろう。


 人の心が読めるという特殊能力を聞き、顔を顰めなかった者はいない。

 同じ特殊能力持ちの騎士団内でさえ、私と相対しやりにくそうにする者もいる。当然だろう。私の能力は、両親でさえ気味悪がった代物なのだから。


「……行くか」


 人の多い所は嫌いだ。

 たくさんの人の声が聞こえるから。喫茶店という閉鎖空間ではさらに声が反響し、うるさくて敵わない。

 だからあのケーキも、ずっと食べたかったが食べられなかった。

 あそこに入ったら最後、私は体調を悪くしてケーキどころではなかったから。


「……持ち帰り、か」


 それが出来ると知れたのは僥倖だった。

 あの時、ラナが行動してくれなければ私は。


『だから、あたしがエミリオを好きなのも変わらないのだ』


 昼間に読んだ、少女の心の声を思い出す。


「……あんなことを言われたのは、初めてだったな」


 角を曲がると、夕闇の中に馬車が停まっているのが見えた。

 中にいる人物の心を読み、そこだと分かる。ノックを三回。返事は——聞こえた。


「遅かったですな」

「……少し、野暮用があったのでね」


 私は懐から書類を出した。

 正面に座る老齢の男に差し出す。


「イリスという少女についての資料です。彼女の特殊能力、悪霊を浄化する力……我々の脅威になるのは確実でしょう」

「……」

「今はまだ、彼女は能力を使いこなせていない。そのことに焦りを感じている様子です」

「……貴君は、どう見る」

「勿論——」


 一瞬、私は言葉に詰まった。

 どうしてかは分からない。私は、自分の心ばかりは読み取れないから。


「——勿論、彼女が覚醒する前に計画を発動させるべきでしょう」


ここまで読んでくださりありがとうございます!!

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