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巌窟女王の愛娘  作者: ロサロサ史織
プロローグ
4/14

(4)直近ランセー×エステルライヒ王家の顛末

 



 約一年ぶりという入浴を三日続け(ここが楽園だー!)、というか日に二度の湯浴みをアニェースさんから提供され、ジョリーのほかに付けられた召使の女性たち三名からみっちりの全身ケアと休息を交互に丹念にすることで、どうにか以前の聖域の修道院長様、いわゆる聖女様っぽい姿を取り戻した。

 まだ肉づきは全然戻らないものの、作りかけミイラみたいに干からびかけの肌艶なんてことはなくなった。やれやれ。

 即身成仏なんて恐すぎるもんね。

 そして休み時間にはフェロワの情報提供を受ける。

「なかなか見られるようになったではないか」

「ありがと。お世辞でも嬉しいよ」

「世辞ではなく事実だ。三日前に鏡を見なくてよかったな」

「だよねー」

 今日は半透明の黒モフではなく、黒くて巨大な丸っこい物体が枕元に鎮座している。それにさわれる。

 すり抜けちゃうイリュージョンみたいになっている時と、こうして実体化しているのって、やっぱり不思議だよねぇ。しかも遠距離を曲げて繋げちゃう能力、半端じゃないぞ妖精王。

「明日の夜、ギイフ城へ向かう船を出すってよ」

「そうだな。革命政府の支配下にあるわけであるし、隠密行動するのは当然だ」

「いや、なんで入れると確信してるわけ? 離れ小島の監獄要塞なわけじゃない? この人数で強行突破は無理だよ。敵の監視があるんだし。……あ、内通者?」

「そのようだ。兵士も看守もいるが、全部が全部、過激派政府に忠誠心があるわけでなし、そもそも金貨が嫌いな者などおらんだろう」

「そりゃそうね。簡単に本土へ上陸できるわけじゃないし、詰めてる兵隊って全員男でしょ。そりゃ不自由するよねー」

 いくら辺境とはいえ、兵隊に採用するならまずは若い男だろう。それを野郎ばかりの要塞に長く詰め込むとどうなるか。

「対岸にはいくらでも女がいる場所はあるでな」

「なるほど。当直を買収したのか」

 シュヴァルツ=ギリンクの予算ってどこから出てるんだろう。伯爵なんだから本国からの税収やお手当はそれなりにあるんだろうが、ランセー王家から受けた勲章だの褒章に不随した金貨はずっと湧いて出るわけじゃないし、そもそも王家そのものがもうない。族長である国王が身分剥奪の上、裁判で有罪にされて公開処刑までされた。

 はっきり言って他国の王家なんて最終的にはどうでもいいんじゃないかと思う。何重にも血を交換した親戚ではあっても、エステルライヒの王室だってそこまで肩入れするかな。

 肩入れするにしてもあの逃亡事件までで、宮殿から監獄へ移住させられた王家の救済は相当な深刻度を増したはず。そもそもエステルライヒとしては救出したかった肝腎の自分ちの王女ジャンヌ・マドレーヌが処刑されてしまった今、残されたジャンヌ・マドレーヌの娘以外の王族の救出なんて、危険なだけでなにも利がないような気がする。

 処刑されたジャンヌ・マドレーヌは、母親の『女帝』ヨハンナ・ガブリエラにとっては可愛い末娘だったかもしれない。長兄皇帝からも可愛い末っ子(厳密にはまだ下にいたけど)だったかもしれない。でも現在の皇帝は次兄だと思う。なにせランセー革命がフランスより10年も早く起きてしまったので、周辺諸国の情勢も同様に短縮したか、または延期されているのか辺境の修道院長などにはわからないからだ。

 ここで、なんでカッコ付きの『女帝』かといえば、正確には女帝ではないからだ。

 こっちのジャンヌ・マドレーヌ、あっちではマリー・アントワネットの母マリア・テレジアは神聖ローマ皇帝の皇女でオーストリア大公女だったけど、帝位を継承したわけじゃない。

 なぜって女だから。そしてオーストリア女大公にはなったけれど、そのハプスブルク家固有の領土オーストリアを継ぐのにさえ盛大ないちゃもんつけられた。難癖つけて領土を周辺諸侯で分割しちゃう算段をされてた。神聖ローマ帝国内の選帝侯たち(主にドイツの)やらオーストリア自体の保守貴族とかとドンパチやって、やっとこ勝ち取ったのがオーストリア大公位。

 オーストリアはハプスブルク家代々の所領だったけど、それまで女子の継承は法律で認められていなかったから、それを無理やり『女帝』の父親が女子相続可に変えた上で後継者に指名した。よっぽど自分の子孫以外には相続されたくなかったらしい。

 名ばかりの皇帝(夫)なんかよりよっぽど権力持ってても、皇帝そのものにはなれなかった。オーストリア一国でさえ女の継承をすぐには認められなかった。

 で、その継承戦争で実戦を戦っていた時、『女帝』はあろうことか妊娠中だった。それまでに生まれたのが全部女子だったから、諸侯は女がオーストリアを継承することに難色を示し抵抗したから、妊婦が奮戦するしかなかった。

 そこを勝利した。側近や参謀(当然全員男)が舌を巻くほど、その後の『女帝』は戦略に秀でた度胸最強の妊婦だった。

 しかも生まれてみれば男子!

 そりゃもうお祭り騒ぎだろう。そして勝利の天使みたいに生まれた長男を寵愛しまくった。反比例して上三人の娘を嫌悪した、らしい。おまえたちが女だったせいで戦争起こされた!みたいな。そんなん……産んだほうに(もちろん父親にも)責任あるでしょーが!

 それと同様のことがこちらエステルライヒで起きていたなら、帝都ヴィマーで『女帝』のお気に入りとして大事に大事に育てられた長兄と違って、次兄は政略とはいえ国外へ出されたんだ。

 父親の皇帝ヨハン17世が『女帝』と結婚する前に、ランセー国王ファラオン25世から突きつけられた結婚条件は、ヨハン17世の国だったロアンヌ公国、帝国語ではロートリンデン公国と、ランセー王家の所領だったトスクム大公国を交換することだった。ランセーから距離のある飛び地のトスクムより、国境を接するロアンヌをゲットしたほうが断然有利に決まっている。

 あんな好色エロ王でも、その時代にはちゃんと政治してたんだなぁ。それともそれも公妾の入れ知恵だったりするのか。

『女帝』の夫は実の母親から、私利私欲(だって恋愛だもんな)のために国を敵に売り渡すのかと弾劾されたという話も伝わっている。本当のことすぎて反論できないよ。

 そこまでしてヨハンナ・ガブリエラ皇女と結婚したかったロランヌ公。極めて珍しい王族同士の恋愛結婚はエウロペイア中を揺るがしたんじゃなかろうか。

 そんな苦々しい記憶とともに手に入れた小さなトスクムは皇帝夫妻にとってどれくらい重かったのだろうか。そこを継承するため、いまの皇帝はタリアのトスクムで育ち大人になったはずだ。結婚し子育てもしていただろう。

 もともと十六人兄弟の上のほうと、下から二番目のジャンヌ・マドレーヌでは一緒に過ごした時間も少なかっただろうし、エステルライヒとトスクムという別の国に別れてしまったら、そこまで愛着がなくてもまったく不思議はない。

 それでもシュヴァルツ=ギリンクは言った。己はエステルライヒ国王兼神聖皇帝に叙任された伯爵であると。その使命を課されているという意味に取っていいことなのか。

 あいにく一途な男がどういう考え方をするかなんて、これっぽっちもわからないんだけど。

 女の園育ちの現世ではもちろん、前世でも男心の機微に触れる機会がめっぽう少なかったものでね。



 で。シャトー・ド・ギイフ監獄。

「お手を」

 シュヴァルツ=ギリンクのエスコートを受け、ギイフ島へ上陸だ。

 暗がりに小さな灯りひとつ。要塞の中は省エネなのか非常に暗く、壁の燈明の間隔がまたとんでもなく長い。

 出迎えた内通者らしい看守の男に先導され、私とシュヴァルツ=ギリンク、ジョリー、シュヴァルツ=ギリンクの兵士五名が続いた。

 複雑な道を辿り、待っていたのは厳重な鉄格子と石の壁、鉄の扉に塞がれた独房だった。

「ここなんで」

 男がシュヴァルツ=ギリンクへ揉み手で伝えた。報酬を待っているんだろう。

「外へ出るまで待て」

「へい、畏まりまして」

 房内に灯りはない。えたような、憶えのある臭いが充満している。

 既に夜中だったが、この人数の足音に気づいて目醒めた囚人が掠れた悲鳴を上げた。当たり前だ、夜中に複数の男に踏み込まれればそうなる。

「どうぞお静かに王妹殿下。わたくしを憶えておいででござりませんか。王妃陛下のサロンでよくお話下さいました」

(王妹殿下?!)

「…………も、もしや、そ、そなたは……シュヴァルツ……?」

「左様にございます。お救いに参りました」

「し、しかし……ッ」

 これがファリア・オーギュスティーヌ王女なのか。処刑されたと聞いたけど、なにか陰謀が?

 極めてガリガリに瘦せ細った自分のからだを抱くように、息を詰めて見上げる女性が低く嗚咽するのがわかる。

「急ぎます。どうぞ、お声を立てぬよう」

「は、はい……」

臺下だいか、こちら亡き国王陛下のおん妹君、ファリア・オーギュスティーヌ王女殿下でおわします。殿下、こちらは殿下のおん父君、先の王太子殿下のご息女にあられます」

「……臺下?」

 暗がりで王女が私を凝視する。私は怯えさせないように静かに、つとめて動揺していない呈で声をかけた。

「殿下、ご挨拶はのちほどゆるりと。わたくしは殿下の姉に当たる、亡きファラオン・セザール王太子殿下ゆかりの者でござります。サンタンジュ修道院の院長を務めておりました」

「サンタンジュ……」

 王女の目から涙がぽろぽろ零れ落ちる。

「……あ、姉上で……おわしますのね、ご無事で……」

「殿下こそよくぞ御無事で。幾重にも神へ感謝を。……亡きものと公表されておりましたゆえ」

 王女はヒュッと息を詰め、低くうめいた。

「……殿下、臺下もここは火急の仕儀にて。今は一刻も早う、立ち去らねばなりませぬ」

 シュヴァルツ=ギリンクが王女をそっと抱き上げ、全員がそろそろと房を出る。ガチガチ歯を鳴らしながらも悲鳴を上げそうな王女へ私は腕をまわし、震えるからだをさすり続けた。

 いかに注意してもこれだけの人数では足音が石の城塞に響いてしまうが、よほど鼻薬を利かせたものか、我々以外の誰かと遭遇することなく出口まで来た。シュヴァルツ=ギリンクめ、よっぽど大金を掴ませたのかな?

『フェロワの加護に決まっておるぞよ』

 出た。妖精王がいたんだった。

 相変わらず頭の中で対話しているビミョーなモードなんだが、ひとまず感謝は伝えたい。

(ありがとうフェロワ! まさか肉親と生きて会えるなんてサプライズがすぎるよ! 素晴らしい!)

『おほん。そうであろう。すごいであろう?』

(うん、スゴイスゴイ! 結界でも張ってくれてるわけ? それとも例の刻を止めちゃうやつ?)

『褒めよ讃えよ、人の子』

(うんうん、それはあとでゆっくりたっぷりね! 今は一刻も早く離岸してマルセーヌに上陸したいんでしょ)

『うむ。しかり』

 しかし。

 フェロワのことをシュヴァルツ=ギリンクが心得ているのか聞いていない。フェロワをあてにしてたんならシュヴァルツ=ギリンクのこの無鉄砲ともいえる行動はわかるけど、フェロワの存在を知らないなら、ただの情熱系無鉄砲ってことになるんだが。

『夢の中で怪異に出遭ったという程度の認識だな。やつにはわたしの声は聴こえぬし、わたしの姿は見えぬよ』

(なんで! 私には見えるし触れちゃうのに?)

『神の恩寵とでも思っているのだろう。きゃつらの神は具現化せんのだよ』

(うーん、それはわかる)

 そして、めでたく王女の奪還成功。わりと安直だった。いいのか監獄要塞!



 サン=マルラン侯爵の屋敷へ戻り、動揺する王女を安静にし、入浴など念入りにケアし体調を整えるまで丸一日。殿下が落ち着かれましたと侯爵夫人のつかいがやってきた。

 そして王女と対面する。

 ファラオン26世の妹ファリア・オーギュスティーヌ・ミシェル・グザヴィエール(長い…)王女は、国王一家とともにサン=ポール塔に収監されていたが、国王と王妃は相次いで処刑、次は自分かと恐怖におののきながら国王夫妻の一人娘ファリア・ジャンヌ・ガブリエルと世間から隔絶されて暮らすことしばし、ファリア・オーギュスティーヌに青天の霹靂が落ちた。

 収監されていた塔の中で、塔を監視する役を負っていた革命政府差し回しの看守から強姦されたという。凶行は同じ房に閉じ込められていた姪の王女の目の前で行われた。そして、それは一度でなく何度も繰り返されたという。

 そうなるともうオーギュスティーヌは半分狂っていて、心を守るためにも現実逃避をしまくっていた、ようだ。

 王家の正嫡の姫として生まれ、外に出さない理由はあったにせよ崇め奉られて育ったのに、急転直下、下賤の者たちに抵抗もできずに凌辱されたのだから。

 そうこうするうち、オーギュスティーヌは妊娠し、吊し上げ裁判が進行するなか密かに腹は大きくなっていく。

 犯行の張本人なのか、塔の看守たちは処刑が決まったオーギュスティーヌの身代わりを用意した。背恰好年恰好の似た女囚の喉を焼き、声を出せないようにして、オーギュスティーヌに似せてこしらえ、処刑台へと曳いていったそうだ。

 オーギュスティーヌ本人は隠匿されて、シャトー・ド・ギイフへ収容されたらしい。

 本人によれば、あまり腹が出る前にここに連れてこられ、要塞内で出産したのは間違いないが、子供がどうなったかは知らないという。生きて生まれたのか死産だったのかさえ、知らされていないという。

 異母妹を抱きしめたまま、私はただ黙って涙を流すしかなかった。

「教えに背き、悪魔の子を産んでしまいました。不浄なるこの身、お赦しを求めるほど恥を知らぬではありませぬ。ただ、生まれた子へのお赦しを願い奉ります、姉上」

「そなたはなにも悪くない。そなたは決して不浄などではない。気に病むでない。わが妹の王女殿下」

 フェロワが言ったように、オーギュスティーヌ王女は思いの外、私と似ていた。

 少しだけ色の濃い、金髪というより明るい亜麻色の髪、灰色に近い緑がかった瞳、整った端正な目鼻立ち。

 この世に生まれて初めて巡り合う、血を分けた存在に私はもう夢中になった。

 ジョリーまでも、私に似ていると有頂天でオーギュスティーヌ王女をべったり構うようになった。

 サン=マルラン邸では、侯爵夫人アニェースが心を配り、身を潜めねばならない存在を隠し保護している。アニェースもピオ伯爵も根本的に王党派なのだろうが、それほどまでに王室へ忠誠心が篤いというのも、そもそもどういうことなんだろうか。

 ただ百年以上前の国王の庶子の子孫という血縁でというだけでは意味不明だが、いちいち確認することもできない。

 いや、そんなことはどうでもいい。今はオーギュスティーヌ王女の精神安定がまず第一だ。

「姉上、お逢いしとうござりました。よくぞ御無事で。兄上たちからお話はございましたが、夢物語のようで」

「そなたもな。今はなにも考えることはない。そなたは身を養生して、わたくしを安心させてはくれまいか」

「姉上が仰せであらばそのように」

 素直に私のいうことを聞く王女は、妊娠出産で半狂乱だったという気配を微塵も見せず、ひたすら礼儀正しく庶出ではあっても姉へ礼を尽くそうとしていた。庶出なのだから下へ見て当たり前だと思うのに。

 もしや、義姉の王妃ジャンヌ・マドレーヌと勘違いしているのでは?

「生きていてくれただけで、わたくしが言うことはなにもない。こうしてわたくしと会ってくれて言葉には尽くせぬほど感謝している、オーギュスティーヌ殿下」

「姉上、そのような、他人行儀でございましょう。わたくしのことはギュスティとお呼びくださりませ」

「……ギュスティ、ですか?」

「左様にございますわ。わたくしと亡き国王陛下は同じ古代のアウグストゥスの名を戴いた者。国王陛下も王妃陛下も、わたくしをそうお呼びでしたの。ほかの兄上たちなどはギューとお呼びでございましたよ」

「……ギュー? それはまた、かわいらしいな」

「下の兄上たちは、わたくしをお気に召しませんでしたの」

「なぜだ? かように愛らしい妹への不遇など、不届きであろう」

「まあ姉上、おかしいですわ。わたくしはおつむが足りないのですわ。皆がそう言いましたから、きっとそうなのですわ」

「ギュスティ……」

 それって虐待じゃないの!

「そなたを貶める者など赦さぬ。わたくしはそなたの身に何があっても全て赦す。そなたは己が身を貶めてはならぬ! 神がお赦しになるのだから己を信じるのだ」

「姉上は、神の御恩寵を受けておわしますわ。きよらかであらしゃいます」

「そなたもだ、ギュスティ」

「いいえ……わたくしは悪魔と交わった不浄の者。悪魔の子を産んだおぞましい、唾棄すべき淫売なのでございます」

「違う! なにを言う。そなたに恥ずべき罪などない。そなたを犯した者の罪をそなたが被ることなど、どこにもないのだ」

「姉上は、神の使徒でおわしますわ。わたくしは何度も何度も犯されながら、地獄のような快楽を知った者なのです。穢れているのです。姉上の前に出ることさえ謹むべきなのですわ」

「そんなことを誰が言った! そなたを犯した者どもの罪はその者らのもの、そなたは愚かな者どもの慾の犠牲になっただけではないか」

「でも姉上、わたくしは産んだ子がどうなったのかさえ、知らぬのでございます。それは罪ですわ」

「いいや、そなたに罪はない。そなたに何も知らせなかった者がすべて悪い。気に病んではならぬ。己を責めてはならぬ」

 ギイフ城かその周辺だったのかはわからないが、どこで産んだにしろ、その結果を産んだ本人に知らせないなど卑怯だろう。そして生まれた子はどこへやられてしまったのか。

「そなたの子を見つけてやろう。そなたの子だ、わたくしが愛しんで育てよう。そなたが気に病むことはない。信じて待ってはくれぬか」

「でもわたくしは、その子を我が子と思えないかもしれません。もし悪魔に似ていたら……殺してしまうかもしれませんわ」

「早まるでない。いずれ育てば国王陛下やわたくしに似ているやもしれぬであろう、ギュスティ? それに従姉のファリア・ジャンヌ・ガブリエル王女殿下にも似ているやもしれぬ」

「ギャビーに……それは救いかもしれませんわ、ああ……ギャビー……ああ!」

 ギュスティは両手で顔を覆い、椅子に崩れ落ちた。

「王女殿下はギャビーと呼ばれておいでか?」

「左様です。国王陛下も王妃陛下もそれはそれは愛しく思われた御方で、気高く凛々しい姫君でございましたの」

「凛々しいのか。それはぜひにもお目にかかりたいものだ」

「今も……あの恐ろしい塔におわしますのでしょうか」

「塔のことはもうよい。今は、そなたのヴェルメイユでの暮らし向きなどわたくしに教えてはくれぬか? 王族のことなど何も知らずにきてしまったゆえ」

「もちろんですわ姉上。王妃陛下のことなどもたくさんたくさん、お話ができますわ」

 もしかするとオーギュスティーヌ王女は知的にどこか、支障があったのかもしれないが、王家の情報は少しでもあるに越したことはないし、昔の楽しかった記憶を鮮明に思い出すことができたら、多少の慰めにはなるかもしれないから。

 そして物語られたことによれば、王妃はやっぱりシュヴァルツ=ギリンクの子を産んでしまっていたらしいということだった。なにしてやがるんだあの色男め!

 だからなのか。まさかガブリエル王女まではそうじゃないとは思うが(前世のマリー・テレーズ王女は王の娘ってことで学者の意見も一致していたはずだし)、夭折したという王太子と次の王女は、ギュスティのおおらかな観測によるとシュヴァルツ=ギリンクの子供らしい。おいおいおい!

 やつめ、あとで絶対首締め上げずにはおかないぞ。



 それからフェロワと今回はご対面。

 クジラサイズの巨大黒モフがふよふよしているが、もう気にしない。かわいくないこともないし?

「で? ギュスティの子供はどこに行ったかわかるの?」

「むろんわかるとも。見ていたからなあ」

 ストーカーめ。

「……ホンットに見てるだけなんだね」

「手出ししてどうなる? 人は人の(ことわりの中でしか生きておらんからな」

「そうなんだけど! まあ……いいよ。フェロワはべつに王家に肩入れとかしてるわけじゃないんだもんね」

「然り。どこの王家が滅ぼうが、どこの誰が成り上がろうが、それは人の世の流れてゆくまま。関与してどうなることでもない」

「でも今は思いっきり関与してるよね」

「うむ。そなたという世にも珍しい存在がおるでな」

「私は珍獣か! じゃあ、私の関係者には肩入れしてくれるってこと?」

「そなたが望むなら、それもしかり」

「してほしい。私が歴史を書き換えてやりたい」

 いや、革命を悪だとかそんな頓珍漢なことを言い出すつもりはない。前世でも何年にも渡って流血沙汰は繰り返されたんだ。革命なんて誰か個人の意志でどうこうなるもんじゃなく、熱と熱の物理的衝突で、メインストリームもそうでないのも波乱万丈になっちゃった、ってことなんだろうし。

「よかろう。ただし、そなたのことはとっくりと見続けるぞ。それはそなたが死ぬまで変わらぬ」

「ストーカーの一人や二人、許容するわよ。生きるためだもん。ていうかさ、これって悪魔と契約する我欲まみれの人間のセリフじゃない?」

「わたしは悪魔ではない」

「悪魔が自分からそう名乗るとは思ってないから、どっちでもいいけど。で、ギュスティの子供は?」

「生まれてすぐは対岸のマルセーヌにいたが、昨今、連れ出されたのでな。ヴィマーという都市におる」

「エステルライヒかぁ。ランセーにいるよりは安全だよね。王党派かエステルライヒの王家絡みの養子縁組とか?」

「あちらの皇帝というのがランセー王家の行く末を甚く気にかけておるでな。いろいろと、手を出してきておる」

「そうなんだ。ジャンヌ・マドレーヌは放蕩で不勉強だから処置なしって、見棄てられたわけでもなかったんだね」

「王妃の男子、ファラオン・セザール・ジュール・グザヴィエはヴィマー王宮が保護しておるよ」

「はあ?! なんなのそれ! やっぱりシュヴァルツ=ギリンクの子で王統から抹殺されたわけ?」

「エステルライヒからすれば王女の子だ。相手は自国の伯爵しかもその母親は女侯爵だ。庶子とはいえ血筋にさほど文句はあるまい。皇帝の庶子として叙爵されておるわ。ノイエンシュテルン伯爵ユリウス・ツェーザーというてな」

「……星の王子様かーい」

 ノイ、ノイエは帝国語で『新しい』、シュテルンはスターつまり『お星様』。新星って名がとーってもいわくありげだけど、新星って要するに恒星の終焉の姿ってことをこの時代の人々は認識してたんだっけ?

 セザール・ジュールを帝国語に変換して前後入れ替えればユリウス・ツェーザーになるんだよね。セザールはカエサルのランセー語読みだし固有名詞としてならツェーザーがフツー、カイザーとなると皇帝って一般名詞になるはずで名前としてはまず付けない(かしこきあたりに対して自粛自重するから)。ユリウスとジュールはイコールだ。ユリウス・カエサルを言い換えた名前なので、カエサルを強いて帝国語にするとツェーザーになるってわけ。

「まんま、王統を引いてますってネーミングだよねぇ」

「下の娘はファリア・ジャンヌ・ラファエル・マドレーヌというのだが」

「え、うそ、下の子も生きてるの? 生まれてすぐに始末されたとかじゃなくて?」

 嬰児殺人反対!

「両親によく似た子だ」

 ってことは王妃と間男のシュヴァルツ=ギリンクに似ていると。王様はどんな思いで王妃の妊娠と出産を見ていたんだろう。

 それとも、そんなことになっても放置するくらい王妃に興味なかったんだろうか?

 それに女子なら、そのまま王籍に置いても大して害はなかったかもしれないのに。

「王にも心にかける女子がおったでなぁ」

「うそお?!! ルイ、じゃないやファラオン26世に愛人が?!」

 新婚初夜からどうにもコトを宜しく致せず、というか年齢が若すぎってのはあったと思う。どっちも十三歳だったと聞く。

 仮面夫婦なのが宮廷中に知れ渡っていたというファラオン26世夫妻だったが、業を煮やした王妃の実家、実の兄からコトの次第を指南されるというウルトラDやらEやらをかまして、やっとこ先天性性的不能を克服、どうにかこうにか王妃と子供作ったというあの王様が、愛人と?

「……そりゃまた、珍しい話を聞くものだわね。どんな女性?」

「うむ。年増の色香は朴念仁にも響いたのでもあろう」

「えええー……うーんと年増の美魔女だったりしたわけ?」

「魔女ではない。ふつうの女子だ。王にはかなり心許せる存在であったようだが」

「そりゃーもう、わかるわよ。正妻は美男の愛人べったりだったんだもんね。しかも公然と。そんなら自分にも安らぎの場所って要るよ、ね?」

 それはそれは。意外な事実を聞いてしまった。カタブツそのものと思われてきたファラオン26世にも、そんな相手がいたのね。意外!

 ある意味、それは幸福なことだったと思う。政略で結ばれた正妻とは、あくまで義務的にベッドを共にしたのかもしれないから。それは国王夫妻のそもそもの存在理由であり義務だもんな。で、男子じゃなかったけど嫡出としての子は生まれたと。

 本当なら次の男子も王の子だったらなにも文句はなかっただろうが、そうでなかったものを元には戻せないんだし。

 すました顔してシュヴァルツ=ギリンクめ。騎士どころかただの間夫じゃないか。

「大変な美貌だったが年上は年上だったな。親子ほど上だったはず」

「は?! わー……よく子供産めたわね、な年齢なのでは? むしろ子供できない前提でイタしたら、うっかりデキちゃったとか? ダメじゃん王も女も」

「初産でなければどうにでもなったのかもしれんな。人体の神秘?」

「疑問形で返さないでよ。どんな美女? その年なら当然人妻だよねぇ? いや未亡人かな?」

「いや、王の側近の細君だった。その息子らも王の側近でな」

「うわぁ、ますますただれた予感しかしない」

 気弱で引き籠もりな王様の淋しい寝所へ、自分の妻を送り込んじゃう男も、捨て身というか慾の皮が突っ張ったというか。それとも、そんなに忠誠心が篤かったんだろうか。

「元は王の教育係だったそうだ。そこに男子ができてな」

「男子なのか。……それで?」

「元王太子と同い年なのだが、母親に似て実に見目麗しいおのこで」

 え、それって廃嫡されて闇から闇のノイエンシュテルン伯爵があんまり美貌に生まれなかったってイミ?

「今フェロワの嗜好はどーでもいいから。とーっても綺麗な男の子が爆誕しちゃったんだね。もちろん母親は貴族でしょ、側近の奥さんなんだから。名は?」

「フォンタンジュ・ド・ロワン。夫はアルジャンタン伯爵ジョルジュ・ド・ポリニョンだったが、妻は男子出産の功により侯爵夫人になった。夫もむろん陞爵したぞ」

「なにそれー……ポリニャック伯夫人が男子出産で公爵夫人になったみたいなおバカな展開? ポリニョンなんて名前似てるし! それにフォンタンジュ? 美魔女の代名詞みたいな傾国の美女の名前じゃない。でも王妃の寵臣じゃなくて国王の寵姫だったのか。まあ、まあまあ、王妃の同性愛疑惑の相手じゃなくて、よかったといえばよかった、のか?」

「とても興味深い子供でな。いずれ、そなたに逢わせてみようと思う」

「うん、期待してる。で、生後数日で王統から排除された下の王女は?」



もう少々おつきあいいただければ幸いです(まだプロローグ)(*- -)(*_ _)


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