表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
巌窟女王の愛娘  作者: ロサロサ史織
プロローグ
3/14

(3)この世界とは

 



 サンタンジュ修道院はランセー王国いや共和国か、とタリアの北西部サヴィア王国(位置関係からいってサルデーニャあたり)とスィザー連邦……これはまあまあスイスでしょうな、が接する国境のランセー側の山奥、というかなり辺鄙な場所に建てられた、歴史ある聖域だ。だった。

 もともとは、女神様の御姿が天空を覆うなんていう途轍もない奇蹟が顕現した場所だそうで、いちおう聖地巡礼ポイントでもあった。こんな政情不安じゃ巡礼なんてしている場合じゃないだろうし、そもそもとっても危険なのではと思うのだ。

 だが意外や意外、不安だからこそ神の御加護や救済を求めて聖地から聖地へ旅して一生を終わる人もけっこういるらしい。その中にはあちらの世界のロマのような流浪の民もいる。

 ロマは、かつてジプシーとかボヘミアンと呼ばれ、意味はエジプト人というところなのだが、ことさらエジプト人の集団だったわけでもなく、流民のことを大雑把にそう呼ばれた。蔑称である。

 エウロペイアにもロマのような人々はいる。彼らは要するに『異教徒』で『異人種』なのだ。だから差別され、蔑まれ、定住できない。そして貧しい。

 この世界の三大宗教の『聖都』ザカートゥムは砂漠地帯にあり、緯度がエウロペイアよりも低い。南にあり太陽は高く強く、砂漠のため雨は少なく空気は乾燥し、皮膚を守るためにも色素は濃いほうが生き残るのに都合がいい。浅黒い肌、黒や褐色の瞳、黒髪は生存戦略なわけだ。淡い色の瞳が強烈日光を浴び続けたら、眼病必至、だからサングラスは必需品。

 白人でも黒人でもなく、黄色人種かといえばそうでもないように見えてしまう。強いていうなら赤色人種とか褐色人種とでもいうべきだろうが、そんなものは聞かない話だ。

 この世界の流浪の民はロムナとかロムーネと呼ばれる。ロマと似ている。

 なぜかというに、ローマ帝国だったあたりはロムール帝国という巨大国家があったからだ。大内海(地中海テキな)沿岸一帯と東のアーシェ大陸の砂漠地帯が版図だったから、多くの民族が入り乱れて定住していたし、奴隷として売買され西から東、南から北へと大移動させられた者も多くいた。混住すれば混血が生まれるのも必至。

 ロムール帝国が瓦解し、各地に民族国家が乱立する頃には今度は北から異民族が襲来し、エウロペイアを席巻した。いや順序が逆だな。北の異民族たちが徐々に南下し、その戦争に負け続けたからロムール帝国は崩壊した。東西に分裂したあとすぐ、西ロムールは滅亡した。

 その西ロムール帝国だった地域が今ある王国の基礎をなしていて、王家の多くがこの異民族の子孫なのだ。そして古代が終わり中世が始まった。

 もちろん実効支配した場所の先住民との混血は起きるし、そのほうが効率的で人口は増える。支配者としては大変結構。

 ロムール帝国がなくなる流れの中、故国から遠く離れた地域に取り残され、知らないうちに別の国の住人になってしまい、国家編成から取りこぼされた人々は定住もできず流民となるしかなかったのではないか。

 南のアフルル大陸やアーシュ大陸から来てエウロペイア各国と交易していた商人もいただろう。その上、エウロペイアの西には異教徒の国が張り出してくるようになった。ジブラルタル海峡よろしく、こちらの地形もエウロペイアとアフルルは大陸の西のはしっこで、目と鼻の先にまで接近しているのだ。相手方に拠点を置いた商人が土地を持ち、拡大し、諸侯となることもあっただろう。

 黒い肌、黒い髪の人々がエウロペイアの西部や、内海を通じて異民族と向かい合う南部に多いのは、そういう理由もあっただろう。

 そして全員が異教徒のわけでもなく、改宗した人々だってたくさんいたのだ。

 私が地下室に幽閉される前も、むしろ押し寄せる勢いで巡礼者が訪れ、長くサンタンジュに滞在していた。



 サンタンジュ修道院は、そんなメジャーな観光いや巡礼スポットだったので、巡礼者が寝泊まりする宿泊所や食堂は整備されていたし、礼拝所や祈祷所、それに修道院産の物産販売所も充実していて、実は盛況だったりする。その上、修道女たちは清貧を旨とし生真面目で敬虔な集団だったので、資産はかなりあったのだ。

 山奥というのに中腹や麓には小さな村もいくつもあり、そこから修道院の農作業や手工業の下働きをしてくれる者も多かった。

 そんな聖地なので当然王家の崇敬も篤く、手厚い庇護を受けていた。病弱だったり身体の諸事情によって政略結婚に向かない王族女子を預けるには恰好の場所だったわけだ。

 はっきり言う。それは不細工な王女のことだ。身障者という以前に結婚に非常に不利になるので、病弱だとかとにかく理由をつけて外に出さない、子孫を残さないための施策だ。次に精神障害者、知的障害者。

 バウフブルク家(←これがこっちのハプスブルクね)ほどではないにしろ、どこも王家なのでそれなりに近親婚を繰り返すしかないわけで、いとこ同士なら当たり前。一組の国王夫妻がいれば、その曾孫、玄孫以内で結婚を繰り返すのだから、近交係数はなかなか低くならない。

 しかも新しい血を入れようにも、貴賤結婚禁止の大前提があるので、うっかり臣下の美少女と結婚することは絶対できない。しかたがないのでそういういう恋愛対象とは愛人関係になるしかない。

 なぜかというと、古代の聖なる血と王権を授かった王の血を引いていないと次の王になれないという、とんでもなく重大な法律があるから。父親が王や貴族なんだから高貴な血は引いているだろうと言いたいが、勝手に下賤の血が混じって薄まってはダメという理屈。恋愛結婚を強硬しちゃうと、駆け落ちなんてしなくても継承権を剥奪されるシステム。上昇志向がなければ、それはそれで幸福だろうけど。

 聖なる血がどこから来たのか、もはや伝説でしかないのだが、神の愛し子と定義された存在の子孫を名乗って強大な武力を保持した男がいたから、ってことかな。  

 早い話が言ったもん勝ち!

 勝てば官軍なんだねぇ。戦国時代を生き残り最後に勝った家康なんかも血筋をどんどん高貴な方向へ持っていき、最終的に神様にまでなったもんね。秀吉も天皇のご落胤とかいう虚像を広めたりして最後は神様になってるけど、現実には二代で滅びたからね。

 そんなわけでサンタンジュ修道院では庶子や不運な嫡出女子が代々院長の座に就いてきた歴史が積み重なって、ランセーのみならずエウロペイア大陸すみずみまで知名度が爆上がりしてしまい、送り込んだ親や親族が持参金や喜捨を弾んだ結果。

 サンタンジュにはカネがある!

 そこに革命政府が目をつけ、全没収とまではいかなくても(あったりまえだっつーの)それなりの額をぶんどりやがったので、麓の村々や巡礼者たちは余波をくらっているに違いない。



 私がサンタンジュへ送られたのは3歳の時だそうで、行きの道中などはまったく記憶にない。小さいからジョリーに抱かれてきたとしても窓から外を見るのも大変だし、寝ていたのかもしれない。

 よって、夜とはいえ馬車での長距離移動はかなり愉しい!

 山を下るといっても奥地なので登ったり降りたりがあるし、そもそも道が舗装されているわけもないのでスピードが出ないし、夜通し駆けてもマルセーヌには着かないので、折々に休憩をはさみつつ(トイレ休憩ね)、日が高く昇った頃に、遠くに海が見えてきた峠の猟師小屋のようなところで昼休憩となった。

 お昼を提供してくれたのは、少なくとも猟師のおかみさんなどではない。なんと正装した男女だった。見るところ平民だろうがシュヴァルツ=ギリンクの支援者かな? そのまま教会にでも行けそうなスタイルだ。このあたりの長老だろうか。

 丁寧なお辞儀をし、なにやらこちらを拝みそうな勢いで胸の前で手を組み合わせ、息を詰めている。

 はて?

 男女は話しかけることもなくしずしずと部屋から下がり(もちろんお尻を見せたりしない)、代わってシュヴァルツ=ギリンクの部下が温かい食事を並べてくれた。嬉しい!

 温かい料理と温かいスープなんて一年ぶりかもしれない。舌と胃袋をびっくりさせないよう慌てず騒がず注意して咀嚼し、飲み込む。おなかが温まるってこんなに幸福を感じるものなのね。

 食事を済ますと、おもむろにシュヴァルツ=ギリンクが立ち上がった。

 それから退出していたさっきの男女が戻ってくる。なんというか、平伏している。それをシュヴァルツ=ギリンクが紹介した。

臺下(だいか)への奏上をお許し願いたい。こちらはここピオ山地一帯を治めるピオ伯爵クレマンス殿とそのご息女、サン=マルラン侯爵夫人アニェース殿でございます」

 なんとまあ、平民どころか地元の領主と侯爵夫人! 猟師小屋で目立たないよう平民ぽくコスプレしてたのね。

「臺下へのお目通り許されまして恐悦至極に存じまする。これなるはピオを預かります伯爵、クレマン・ド・グリファンと申しまする。お見知りおき願えれば僥倖にござりまする。臺下には御無事のよし、(まこと)に、真に! 神の御恩寵かくやとお慶び申し上げる次第にござりまする」

(グリファン?)

「臺下へのお目通り許されまして望外の喜びに存じます。これなるはサン=マルラン侯爵夫人アニェースと申す者でございます」

 それにしても物凄い敬意を感じる古風な物言い、しかもド・グリファンというのはもしや。

「丁重な挨拶痛み入る。寡聞にして知らず、あいすまぬが、ピオ伯爵には王家のお血筋でおられるのだろうか?」

「御下問、恐縮にござりまする。それがしは、かの偉大なるファラオン24世国王陛下より遥かに下りましたる卑賎の身、セラフィーヌ・ファリア王女様にはお気兼ねのう願い奉りまする」

 う、うーん、大仰だな。田舎貴族なのかな? 伯爵といってもピンキリだもんね。

 確かに24世からとは、遠い遠~~い親戚ってことだ。というか、普通はもはや赤の他人。私の祖父、エロ王25世の、そのまたひいおじいちゃんだもんね。

 でも、そんな田舎貴族の娘でも侯爵夫人になれるのか。確かに素晴らしい美人だけれど。

「臺下には拙宅にてごゆるりとご静養頂ければと願い奉っておりましたが、お急ぎとのことでそれも叶わず、せめて、せめて我が娘の屋敷にてお寛ぎ下されたく、我が身も顧みず罷り越しました次第でございまする」

 くどーい。

 こんなに(へりくだ)られるのは生まれて初めてだ。巡礼たちの素朴な敬意とは方向性がだいぶ違う。

「マルセーヌの手前にサン=マルラン侯爵の屋敷がございます。臺下にはそちらで数日なりともご静養下されたく。さすればお疲れも多少なりとも癒えるかと存じますれば」

 シュヴァルツ=ギリンクが結論を言った。早く言って。

「それはかたじけない。喜んで世話になろう。しかしこの時勢、貴家への差し障りなどは如何(いかが)なものか」

「滅相もないことにござります、臺下。わがサン=マルラン侯爵家は亡きファラオン26世国王陛下より並々ならぬご配慮を賜り、栄えましたる歴史がござります。(しゅうと)は国王陛下の侍従を、数ならぬ身のわたくしめもマダム・ロワイヤル殿下の御指南役を仰せつかっておりました」

 ああ、なるほど。

 マダム・ロワイヤルとはランセー王国嫡出王女に与えられる称号で、未婚が条件。25世のマダム・ロワイヤルたちは下三人が未婚だけど、もうおばあちゃんだからこの若いアニェースさんは無関係だろうし、26世に嫡出の妹は二人いたけど王太子の娘だからこの称号は持たなかったんだな。

 アニェースさんがマダム・ロワイヤルと呼ぶのは、王都のサン=ポール塔に幽閉されているジャンヌ・マドレーヌ王女だけだ。

 ……絶対、絶対連想して腹筋を鍛えてしまう前世のアレと同じ響きの塔は、実は由緒ある修道院で、さらにその前身はサン=ポール騎士団の本拠地だったらしい。

 聖ポール、つまり古代ロムールで布教し、殉教した聖人で、初代聖皇(せいおう)に位置づけられたパウラウルス1世の悲願を継承していることを掲げていたわけね。

 神の愛し子本人じゃなくて、その支持者、崇拝者だったらしい。聖書はそう伝える。多くの聖人はそうなんだけど、殺されるまで主義主張を変えないって、恐い。

 古代に生まれた小さな小さな教団『聖秘蹟教』が、世界中に拡大していくままに、その土地その土地で様々に変化してそれぞれの国語のパウラウルスが生まれて、ありふれた名前の代表的なひとつになったわけだ。

 王都じゃなくなった首都ペリスの動向も、シュヴァルツ=ギリングはそれなりに把握しているのだろうが、いかにも疲労困憊して痩せこけた私に強行軍を強いるつもりはないってことらしい。

 それにマルセーヌの先にはギイフ城要塞がある。

 なにを始めるにも体力は大事! ご厚意に甘え、サン=マルラン侯爵邸に厄介になることにした。



 サン=ポール騎士団は、騎士団というがただの軍隊ではない。全員が神に仕える修道士なのに、剣を持って戦う戦闘集団なわけ。日本にも僧兵っていたわ。

 ペリスに騎士団があった当時はエウロペイア大陸全体が戦争ばっかりしていた時代で、ついでに近年(近世末期)同様の小氷期だったようで不作からの飢饉、略奪、動乱に加えて伝染病の大流行で人口減少が加速、その中で崇敬を集めるサン=ポール騎士団は大変に潤っていた、らしい。

 その伝染病は聖都奪還戦争に行って帰ってきた騎士や従士連中から伝染したんだけどね! 大した戦利品もないくせに死に至る病をもらってくるとか最悪である。

 なぜ戦争しているのかといえば、エウロペイアに於ける一大宗教『聖秘蹟教』と、大内海を隔てた向こう、アーシャ大陸の中緯度帯に広がる砂漠地帯で大隆盛している『聖厳粛教』とが対立してるわけ。

 同じ神を仰ぐ兄弟宗教なわけだけど、教義を巡ってとかもあったかもしれないけど、とにかく信徒なら一生に一度は行きたい(お伊勢さんじゃないよ)という超、憧れの『聖都ザカートゥム』を自陣の勢力下に置きたいというエゴの下、数百年も遠征、激突と停戦を繰り返した。

 よくある中世の構図である。

 その上、サン=ポール騎士団は軍事力だけじゃなく、なんと領土を持っていた。なぜか。入団するには私財をすべて寄進する義務があったのだ。神に仕える者、現世の欲望に囚われてはならないってね。

 聖都ザカートゥムへの度重なる大遠征で人口と税収は激減。国王や諸侯が疲弊していったのとは裏腹に、騎士団へは遠征に参加するための寄進が押し寄せ、金貨がないものは土地(もちろん住民付き)を、を繰り返して、一時はランセー王よりも富裕だったというから半端ではない。というのも王様が貧乏だったせい。

 国内の地力があるところはどんどん豊かに、そして武力を蓄え、自治領邦として独立化。名目上は各地の王に朝貢臣従する形はとっても、実力では上なのでなにか命令されても右から左へスルーできる。

 代官に土地をぶんどられた王様は哀れだ。

 それだけ救済を求める時代だったのかもしれないが、人口減少は国家の基盤を揺るがすのは当たり前。

 聖都奪還戦争は案外早くに尻窄(しりすぼ)み、やる気を無くし空中分解したのだが、目先を変えたのだ。エウロペイアの西端をランセー王国の手前まで膨張し、支配していた異教徒国家を殲滅しろ、へスライドした。それが、前世でも有名な国土回復運動(レコンキスタ)。ありていにいって再征服運動である。

 こっちのスペイン相当はパーニャというが、エウロペイア全体から見れば南西に位置するあのへんは寒冷期でも温暖で、豊かな実りがあった。そんな豊穣の土地を、今度はエウロペイア人がぶんどり返そうというわけだ。

 そのレコンキスタが完了するまでに、エウロペイアの西端では聖秘蹟教国が乱立(笑)、統合と分裂を繰り返し、今度はあちこちの騎士団が目障りになってきた王権と聖皇がそれぞれで騎士団を分割し、多くは消滅した。サン=ポール騎士団もその一つ。

 結果、王権は強まり、聖皇領は増えた。細分化していた諸侯は婚姻政策で領土を拡大、世俗の王侯化した聖皇庁は堕落し、生涯清貧、純潔を貫く誓いを立てていたはずの聖職者たちは、安直に蓄財と女に走ったのね。男色に関しては古代からスルーされてきたと思うけど。

 最高位の聖皇も庶子を複数持つ者が公然と現れ、ボルジア一族みたいのがこっちにもちゃんと(?)いた。複数ってのが意外とポイントで、一人だけなら一時の気の迷い、若気の至り、悪魔の誘惑に抗えずやむなく、が通りやすかったのかもしれないが。

 そして生まれるのが宗教改革の落とし子、新教、異端審問、隣人不信、魔女狩り、宗教裁判、ついには聖秘蹟教内の派閥のパワーバランスが自治権と結びつき、実際に戦争を始めた。

 中世ってほど大昔のことじゃない。各国が統合され王権が強化されていく過程で戦争は必要悪とされ、実力で劣れば淘汰されていったのは、ランセーならグリファン朝が興った頃のこと。24世の祖父の時代だ。

 王朝交代といってもあっち世界のアジアの巨大帝国みたいに別氏族がまるっと簒奪して興すのではなく、聖王の血統の子孫が王位を授かる大原則なので、古代からどんなに細く薄くても同じ血は繋がっていることになっている。それが事実とは限らないけどね。

 ランセーでは女子に王位継承権はないので、王妃は男子出産が大命題。そこへ万が一にも男性不妊の王と結婚してしまった王妃が世継ぎの必要に迫られ、どこかから種を仕込んできたとしても表面上はわからないだろうし、王が黙認すればそれまでだ。子ができないのは全部女性の責任にされてきたから。

 中には王の弟や叔父あたりから、という路線はアリだろう。血統的には大して変わらない。王が密かに認めた結合から生まれた王子もいたかもしれない。男子を残さず死んだ王の後継者は、弟か叔父かその子孫か。それもいなければ王朝交代だ。

 嫡子でも女子に継承権がないのと同様、庶子には継承権が全くない。かすりもしない。男子でも。神の祝福は正統な婚姻による結果にしか与えられず、祝福を持たない王を戴くことはできないからだ。たとえ愛人が王族だったとしても、婚外子は不浄の子とされる。

 だから、どうしても我が子が欲しければ男子が生まれるまで次々に王妃を替えるしかない。あっちのヘンリー八世がそうだったように。



 大陸中から熱烈に崇め奉られている、神。

 女神なのでわざわざ人間の女に代理出産してもらわなくても、地上の代理人を生み出せるものらしい。え、クローン?

 天使が空気や水や木や地面から勝手に生まれているらしいし、代理人も女神の気まぐれであっちこっちで生まれたことになっていて、それぞれの信ずるところが寄り集まって宗派となり、それがエスカレートして凝縮して別宗教として独立してしまい、いつの間にやら宗教戦争までしている世界なのだ。

 それに女神の子とはいえ、女と決まっているわけでもないのが悩ましいところでもある。ありすぎる。

 あ、女神の孫なら男でもあり? ニニギみたいに。

 いや、でもアマテラスって配偶者なしで男女産み分けてたような。いやいやスサノオだって子供産み続けてたじゃないの。男女関係なくなってるし単為生殖でさえない。

 つまり言ったもん勝ち? そんなファジーな。

 でも、この世界の最初の人間設定されてるのは、実は女。女なんだよ。

 全能の女神が造った、女神の写し身ってことらしい。現身(うつしみ)ではないよ。で、男は女から造られたことになっているんですけど。地球とは逆ね。

 最初の女エオンが楽園で独りきりで淋しそうだったので、男アダメンを造りました、ってさ。人間以外の生き物すべてを雌雄ペアで造ってあったから、さぞやにぎやかでワイルドな楽園だっただろうに、異種間交配はできなかったらしい。そのへん平気で乗り越えてる日本はスゴイのでは。

 そして!

 神に仕える修道女なのにどうしても笑わずにいられない最初の男の名前が問題。

 アダメンて、アダメンてなに!

 ダメ!

 もうダメンズにしか聞こえない!

 自慢じゃないけど、創世記とは名前違うけどそれに類する聖書冒頭を読むたび腹筋を鍛えちゃってる院長様ですよわたくし。

 なんで女神は女をもっと増やさなかったの? 女たくさんいたらカワイくない? 自分が造ったんでしょ? お花畑だよ。それにあとから造られたアダメンだってよりどりみど……じゃなくて。

 そりゃまあ神話に必要なのは、人間の生殖をどう説明するかなのはわかるけれども。

 それなら男女いーっぱい造っておけばよかったんじゃないかと思うわけだ。その辺、あっちの神もこっちの女神も労力を惜しんだとしか思えないね。海、山を作るよりも小さな人間作るのは大変だったってことなのかな。

 だって一組しかいない男女の子孫なんて、どうやっても近親婚しかないわけじゃない? 永遠に一組のカップルが若いまま生産性あるわけじゃないんだから。

 いや、でも、アダムとエヴァってかなり長命で子だくさんだった気が。神は楽園の知恵の木の実と生命の木の実を食べることを禁じた。禁じられていたのに蛇に(そそのか)されたエヴァが知恵の木の実を食べ、アダムにも分けた。先に食べたエヴァの罪のほうが重いとされているけど、食べさせたくないものを見せておいて禁止する神もそうとう意地悪では? 知恵がない二人だったわけだから、深く考え、いや何も考えていなかったのかも。

 しかし生命の木の実は食べなかった。食べる前に追放された。だから人間は死ぬ運命と決まっているらしい。でも長命。

 人類みな兄弟なんてキャッチフレーズもあった。え、知らない? うん、古いハナシ。

 それに兄弟姉妹ならともかく(古代エジプトならわりとフツー)、エオンもアダメンも自分の子供とも子供作ってるんだよね。そういうのはいいの? 古代エジプトにも遺伝子解析で父親×娘の子供だと特定されたミイラもいた。さすがにアダメンも息子たちも、自分で子供を産んだりはしなかった。凄いな日本の神。

 こっちの創世神話ではエオンとアダメンの子、エオンとエオンの息子との子、アダメンとアダメンの娘との子、息子と娘との子、と様々いることになっているから、最初の殺人は厳密には書かれていない。そうやって『違う』血統が生またから、その違いが子孫になればなるほど大きくなって、各大陸までをも網羅する全人種が血族ってことになってる。なのに兄弟姉妹で戦争してるわ、こんなにこの世は男尊女卑だわ……。



「フェロワー、いるー?」

 サン=マルラン侯爵の屋敷の、広いサンルームの巨大ソファーに一人寝そべり、入浴やらマッサージやらからの心地好い疲労感に没入していた私は、きらきらする海をぼんやり見ていたんだが、あの黒モフはどこにいるのだろう。ジョリーは別室でちょっと休憩中だ。

 貴婦人の入浴を覗いていたなら、次に顕現してきたらつねってやらねばならぬ。

「見られて困ることでも?」

「……ホントに見てたの?」

「見てはいなかった。ちと遠くを見ていたのでな」

「遠くって?」

「エステルライヒというあたりだ」

 まじか。そんな瞬間移動だか高速転移だかが自在にできる妖精、どういう構造をしているんだろう。

「移動したというより、A地点からB地点へ空間を歪曲するようなもので」

「え、ワープ?」

「知らぬ。とにかく見たい時に見たいものは見えるのだ」

「便利ねえ。最強エージェントじゃん。じゃあ、ついでにシャトー・ド・ギイフも見てきてくれない?」

「ああ、例の伯爵がいるかどうかか?」

「それはとっても興味あるけど、あれって架空のキャラだからね。シュヴァルツ=ギリングが誰に会わせたいのか、知りたい」

 このご時世、反革命に関係ない人間を元王女に会わせる必要性ってないだろうし、王党派のピオ伯爵とサン=マルラン侯爵夫人と関わらせる意味も不明なのに。

「期待と高揚感を持って待てばよかろう。気が短いのか?」

「長いほうかもしれないけど、秘密にされてると気になるじゃない。対面時の覚悟がどの程度、どの方向で必要かなって」

「王家の女子(おなご)だ」

「え、王妃と王妹は処刑されたし、王の叔母たちって亡命してるか死んでるよね? 弟たちの妻子は亡命してるはずだし」

「行けばわかる」

「けち。王族なんて一度も会ったことないんだから、わかるわけないわよ」

「鏡を見ておくことだな」

「……なにそれ」

 つまり、囚人は私に似ているってこと?

 ますますわからない。

 まさか、ロゼット・デリゼー? 王族じゃないけど王族の手がついていた人だ。それにフェロワは前にも『王家の女子』って言ってた気がする。

 いや、でも、それだとジョリーだってそのカテゴリだし、25世のハレムもどきの元住人ってことは、ある?

 王家におもねって贅沢していた市民の恥くらいには、革命政府から思われているかもだし。でも私に似てる? 誰?

「行けばわかるよ」

「えー、ちょこっとだけ教えてくれてもー」

 半透明な黒モフだったフェロワは何も言わず、そのまますうっと窓ガラスに溶けてしまった。

 ああやって消えたり、遠くへ移動できたり。どういうもんなの。

 妖精王なんて名乗っているけど、実はアンチ女神様の悪魔とかだったりしない?



つ、続いちゃう(;^_^A

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ