幕間 婚約破棄、追放の練習
『君との婚約は破棄させてもらう!』
五人程の男の声が重なって響く。
異口同音な彼らには、とにかく美男子だという共通点もあった。
黒髪、赤毛、茶髪。
青、灰色、茶色の瞳。
外見的特徴こそ様々だが、もし地球次元に訪れたならその日のうちにスカウトされ、年内にはトップアイドルに躍り出るのが約束されているほどだ。
そして世の女性を虜にしてグッズが溢れかえり、テレビで見ない日はなく、事務所が最敬礼で送り迎えすることだろう。
そんな彼らは、壁全体に鏡がはめ込まれたレッスンスタジオの様な場所で特訓中だった。
『君との婚約は破棄させてもらう!』
再び同じ言葉が発せられる。
彼らは女性向けテーマパークのスタッフなのだが、特に重要な役目の一つに立候補していた。
それこそが悪役王子。女性客に対して婚約破棄を突きつけ、最終的に没落することが約束されている要中の要だ。
「次は冷笑!」
特訓を監督しているスタッフの声に反応した彼らは、鏡で自分の顔を確認すると冷たい笑みを浮かべた。
その表情は、もし何も知らない者が見たら背筋を凍らせてしまうのは間違いなく、演技だと言っても絶対に信じないだろう。
だがそれは彼らが真剣に、心の底から演じている証でもある。
「さあもう一度!」
『君との婚約は破棄させてもらう』
再びの演技練習。要ではあるが主人公になってはならない者達は努力を積み重ねていた。
いや、彼らだけではない。
「その結婚、待ってもらおう!」
「私のお姫様。どうかお手を」
「俺に任せておけ!」
他の場所でも豪傑系、柔和系、俺様系の男達が入念な確認をしている。
「はあっ!」
「せいっ!」
更に別の場所を見れば、レイピアをしならせ決闘をしている男達までいるではないか。
煌めく輝きが縦横無尽に奔る。ぶつかる。弾く。汗が飛び散り、少々の男臭さが充満する。
勿論これは殺陣だ。
あらかじめ定められた動きをいかに違和感なく行えるかという職人芸であり、そのためには入念な打ち合わせと練習が必要だった。
「俺の勝ちだ」
「くっ!」
決着。
女性のお客さんの名誉を守る……予定の令息が勝利を宣言した。
その姿を見ればどのようなお客さんでも、私のために……! と感動を覚えるような凛々しさで、完璧な演技だと言えるだろう。
勿論、このような気合の入った研修は他の同業他社にも伝播し始めた。
『お前は追放だ!』
全く別の次元では、いかにも傲慢そうな男達が何かしらの理由がある追放を宣言している。
序盤を盛り上げる大役を背負った彼らは、追放をテーマにしたテーマパークのスタッフだ。
しかし追放相手は各テーマパークで異なり、お客さんだったり美人女性スタッフだったりと様々である。
「よし、休憩だ」
そして彼らも生物であるため休息が必要だ。
「他所の話だが……」
一人の男がゆっくり体をほぐしながら、つい最近聞いた話題を持ち出すようだ。
「屑勇者と追放をセットで運用しようしたら、古き良き勇者が好みなお客様だったらしい」
話題は優斗の次元にいる元屑勇者、ケビンが齎した情報だった。同業他社と言えども横の連携が強いこの業界は、何かしらのイレギュラーが起きればすぐ共有されるらしい。
「なに? 昨今の勇者は屑なのが流行りだと聞いていたぞ」
「俺もだ。実力を過信して無謀な冒険を繰り返し、最終的に破滅する以外の勇者は古典の筈だ」
「古き良き……つまり魔王を倒して世界を救う勇者か」
ここでも勇者と屑はイコールで結ばれ、思い込みがあるようだ。
彼らの顔には、今更本当に古典的勇者を好むお客さんがいるのかと疑問が浮かんでいた。
「間違いないらしい。その後、慌てて正統派の勇者に切り替えてなんとかなったようだ」
「今までの積み重ねを捨てて対応したのか……やるな」
「スタッフの鑑だ」
続いてケビンの対応を知った者達は、臨機応変に対応した彼を褒め称えた。
屑勇者役はそれなりに長い期間登場する場合が多く、覚える必要があるセリフもまた多い。だが想定外の事態だろうが、ケビンはお客様第一の姿勢でその全てを投げ捨てたのだから、称賛に値するだろう。
「それでなんだが、テーマパークの幾つかで慌ててお客様の意識調査をしたら、何人かが同じ傾向だったらしい」
「なに⁉ 修正は⁉」
「なんとかなってるようだ」
「あぶねえ……!」
これはケビンの知らない情報だった。
彼が齎した情報は複数のテーマパークで重く受け止められ、慌ててお客さんの意識調査をしてみると似たような事例が発見されたのだ。
しかし不幸中の幸いと言うべきか。今のところはなんとか修正が間に合い、勇者像を壊さないテーマパークが運営されていた。
「上司の無茶を思い出して頭を痛めるお客様がいると聞いたことがある……」
「他人事じゃないな」
「上位存在は色々と……緩い」
ここで話題は、テーマパークを作り出した上位存在に変わるが、研修中のスタッフ達はなんとも言い難い奇妙な表情になる。
悪に属する者ではないのだが、思い付きや詰めの甘さ、ガバガバな認識のせいで、スタッフはすり合わせに苦労することが多く、あちこちのテーマパークで臨機応変が求められていた。
「だがまあ、少しずつ形になって入るみたいだ」
「ああ」
そして優秀なスタッフ達は、穴だらけのマニュアルを補完し続けており、遠くないうちに完璧なものが仕上がるだろう。
「さて、練習再開だ」
「おう!」
休憩が終わり演技の練習に戻っていくスタッフ達。
彼らの頑張りがあってこそ、テーマパークは順調に運営されているのであった。
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