女性スタッフルーム
王女アイリスの部屋は身分に相応しく豪奢な小物が多い。花瓶や椅子などが一つでも地球に流出したなら、確かな審美眼を持つ者達が殺到して買い求めるだろう。
尤もそれらが単なる備品で、演出の一部と聞けば耳を疑うに違いないが。
そんなアイリスの部屋には高貴な令嬢やメイド達が合わせて五人ほどいた。彼女達もまたアイリスに劣らぬ美少女達であり、ネヴァも加わったことで華やかさがあった。
「はあ……優斗様のお顔を思い出せば胸が苦しくなります……」
華やかだったが……単なる女子会である。
どこか切ない表情を浮かべているアイリスが、掌で胸を押さえるような仕草をすると、ネヴァ以外の女性陣がこいつどうするよと言わんばかりの視線を送り合った。
「すっごく可愛いよねー」
「うんうん。理想の弟って感じ?」
「最初は女の子かと思っちゃった」
スタッフとしては王女であるアイリスに頭を下げる必要がある女性陣だが、私的な空間では仲のいい同僚である。そのため自分の世界に浸っている王女様を無視して、口々に優斗の見た目の感想を言い合うのも許される。
「アイリス様。初日プランはなし。ゆっくりじっくりでいきましょう」
いけない回路を刺激され続けているネヴァだけがアイリスに取り合っているが、彼女は優斗の女性へのスタンスを掴んでいた。
「凄い美人だ。て終わってしまう方だと思います。いきなり迫っても慌てさせてしまうだけでしょう」
「確かに」
ネヴァの論にアイリスは大きく頷く。
マニュアルには立候補がいれば、初日からお客さんへのお背中をお流ししますプランを実行してもいいよと記載されていたが、優斗はいきなりそんなことをされるとぶっ倒れるタイプだ。
生来の病弱さが原因で、彼の人生観はかなり独特なものになっている。そのため美人を見たら素直に感嘆するが、そこから先の欲求。例えば付き合いたい、自分のものにしたいという欲求に繋がらない。
これは自分がそう遠くない将来に死ぬから意味がないという悲観……と言うよりも単なる事実を把握していたことが一因だろう。
「王女と王女付きのメイドが同じ男を愛する……」
「選ぶのは国か愛か。忠義か愛か……」
「そんなドロドロした要素は胃もたれします」
「見る分にはいいけど巻き込まれるのはノーサンキューって人ばかりだよね」
一方、外野の女性陣は好き勝手なことを言っていた。
そういった濃い要素の体験は、上位存在が初期の段階で求められるものではないとバッサリ切り捨てており、何事も軽くいこうというのが方針だった。
「包丁持ち出すなんてことになったら目も当てられないし」
「剣と魔法の世界なんだからそこは剣でしょ」
「大剣でプスリ」
「ズブリ」
この運営方針がなかった場合、幾つかのテーマパークでは客とスタッフの間で、演出としての刃傷沙汰が起こってもおかしくはないため英断だったと言えよう。
夢と希望の世界なのだから、不必要な重い現実は求められていないのである。
「女性向けの方はどうなってるんだろ?」
「今どうなってるかあんまり詳しくは知らないなあ」
ここで女性陣は、自分達のいる男性向けテーマパークとは方向性が違う、女性向けテーマパークについて首を傾げた。
当然と言うべきか、上位存在は男性用と女性用で方向性や趣向を変えており、場所によっては全く違う物もあった。
「私は聞いたことがありますね。転生スタイルの追放系が最多とか。そうでしたよねネヴァ?」
「はい。選び抜かれた屑王子役とセットの真実の愛に目覚めた相手の令嬢役。更には白馬の王子様役が努力しているようです」
その方向性の違いを、アイリスとネヴァは若干ながら把握していた。
「確か屑王子役と令嬢はオーディション制で、非常に厳しい審査が行われているという話を聞きました」
「婚約破棄後にお客様が出会う白馬の王子様役も、フルマラソン、格闘術、馬術、礼儀作法、決闘作法、その他様々な研修を受け、最終的な一握りにそれらの役を与えられるとか」
「そ、そうだったんだ……」
アイリスとネヴァから、よその事情を聞いた女性陣は少々困惑する。
「なんか私達とは随分違うわね」
この世界にいる者達はそうあれと作り出されて働いているが、どうも女性向け世界を作った上位存在は凝り性の中の凝り性だったようだ。
メインスタッフに立候補した者は厳しい研修を受けることが定められており、婚約破棄を言い渡す屑王子を含め、女性客を楽しませる者達はまさに精鋭だった。
「とは言えイレギュラーもあったみたいですよ」
「はい。婚約破棄の場で、男の手を借りる暇があるなら、今この場でぶちのめしてやる! と啖呵を切ったお客様がいたとか」
「勇ましい……」
アイリスがどこか苦笑気味に話すと、ネヴァは大きく頷いた。
女性向けテーマパークにいるスタッフの慢心、と言えば語弊があるかもしれないが、お客さんの中には婚約破棄の場で乱闘を引き起こした者もいたようだ。
勿論スタッフは、こういうお客様も中にはいるんだなと反省し、その情報もまた同業の者達に共有されることになる。
「はあ……婚約。優斗様と……」
「ごくり……」
「駄目だこりゃ」
「完全に女の顔してるし」
「ちょろすぎてうける」
そんな同業他社の話から妙な繋がり方をしたのか、アイリスは自分が優斗と婚約する妄想を膨らませ、ネヴァも細い首と喉が動いた。
これには女性陣も若干あきれ顔で、女の顔をしている同僚に突っ込む気力も湧かないようだ。
そして女性陣の賑やかな女子会は、もうしばらく続くのだった。
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