2.前説と次善の神さま
……軽いノリ。軽いノリ。
軽いノリという言葉でノイローゼになりそうだ。ううむ。
会話の整合性。物語の方向性。情景描写と心理描写の分離。
日本語って難しい。小説って難しい。
これマスターしたら詐欺師とかになれるんだろうか。
「夢だな。……夢だといいな。……夢、だよね?」
いろいろと考えあぐねた結果、出てきた言葉はそれだった。
超・現実の事に対応しきれず、混乱して冷静さを失っていたらしい。
よく考えれば、夢だと考えるのが順当な話だ。
目が覚めたら、真っ白な空間にいたなんて……。
これは夢の続き。そう、誰が何と言おうと夢の続きだ。
俺は今、まだベッドの中でレム睡眠中なんだ。
「まぁ……夢だと思いたいのなら、それでも別に構わんが……」
そう言ったシャリスは、どこか投げやりだ。
さも本当にどうでもいいと言わんばかり。
そこにそこはかとない嫌なものを感じた。
だから、聞いてみる。
「……なんでっすか?」
「……召喚するのは少年の精神だけだからな。身体はそちらの世界においていく。つまり――」
精神のない身体? それって――
「君がこちらに来ている間、そちらの世界では君は軽く『植物状態になっちゃった! あはっ』という状態になるわけだ。……寝ているのと左程かわらんだろう?」
「かわる。めっちゃかわるって、それ! 全然違うから! ……何か普通の夢よりヤバめな成分だいぶ増量してるから、それ!」
「そう焦らずとも大丈夫。一年だ。長くても一年。それだけこちらで過ごしてもらえれば、ちゃんと元の世界に帰すから。今年一年は、学校とか進級はあきらめてもらうしかないが……」
そう言ってシャリスはポリポリとほおをかいた。
「まぁ……気軽に? 一年間、海外に留学するとでも思ってくれると助かる」
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次善の神さま
2.前説と次善の神さま
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思えるか。
しかも助かるって、おい。
なんだその適当さ加減は。
そんなのフォローでも何でもないじゃないか。
「無理っす。と言うか、植物状態は嫌――」
「あー、言ったであろう? 人選の変更はもはや利かん。君はもうこちらに来る他ないのだ。そこらへんは飼い犬にでもかまれたと思ってあきらめてくれ」
言葉尻にかぶせるように断言されて、一瞬黙り込む。
しかし、そんなことで納得できるはずもなく――だけど、シャリスのてきとーな言葉づかいにだけはちゃんと文句をつける。
「……飼い犬ってなんすか? ……あれっすか? 俺は野良犬にかまれるより運が悪いと? 普段裏切らない奴に裏切られてしまうほど運が悪いと? ……暗にそう言いたいんすか?」
けれど、涼しい顔であっさりと流された。
「私とて君をこんなことに巻き込みたくはないんだぞ? だが……創造神の命令なのでな。あーそれと……うん、少年の運の悪さは女神として私が保証してやる」
口角が引きつる。そんな補償はいらない。
なんで、こう、この女神はいちいち……。
なんかもう無言で抗議するくらいしか思いつかない。
状況が理解できないというか、むしろしたくない。
半眼で黙りこくってシャリスをにらむ。
「……少年も案外頑固な現実主義者だな。また現実逃避か? このままでは話が進まんぞ?」
そのまま無言で抗議しつつ、シャリスに少しでも反撃する方法を考える。
「創造神の絶対命令は私からも謝罪する。それにこちらにいる間は最大限の便宜もはかってやるぞ?」
対処方法が思いつかないから無視して無言の抗議を続ける。
「……むう、予想外の抵抗――」
まったく思いつかない。この状態はあれだ。まるで戦いのさなかに手持ちの――が全滅した時のよーだ。ほら、あれ。……は めのまえが まっしろに――あれ? まっくろだっけ? になったってやつ。
……いや、わかってる。わかってるんだ。このまま、こんなくだらないこと考えながら抵抗しても――
おねげえ するだ。おらたちの むら をたすけてくんろ
はい
→いいえ
そ、そんなこと いわねえで おねげえ するだ
はい
→いいえ
そ、そんなこと いわねえで おねげえ するだ
はい
→いいえ
そ、そんなこと いわねえで おねげえ するだ
みたいな無限ループが続くだろうってことは。この状況に陥った時点で回避不能なんだろう。
でも、このまますんなりYESと言うのは癪だ。
もうちょっと現実逃避していこう。
しばらくそのまま黙って抵抗していたら、しびれを切らしたのかシャリスがいきなり話題を変えた。
その間、時間にして約5分。たった5分。
「……仕方ない。これはきっと仕方ない。……まったくもって必要はないんだが、少年がそのような態度を取るなら――他に仕様がないから、どうでもいいことなんだが、まずこれが夢でないということでも証明することにしよう」
そしてとても嗜虐的な笑みを浮かべ、どこからともなく一振りの剣を取りだした。
意匠も何もない飾りっ気のないシンプルな剣だ。
ただ刃だけが尋常じゃないほど鋭い光を放っていた。
「……確か人は、物理的衝撃の有無を持って、その現実が夢か否かを判断するのであったな」
なんか発言が突然不穏になったんですけど。
……いやいや、そんな、まさか、ねぇ、女神にあるまじき沸点の低さじゃないですか。
あの無言は前回長い愚痴に付き合わされた、かわいそうな俺の、ちょっとした意趣返しのつもりだったのに――
「……何を――」
「案ずるな。峰打ちだ」
「いや待って! 峰打ちって……それ、諸刃! 諸刃だから!」
「遠慮するな。霊験あらたかな神剣で頭はたかれるなんて経験めったに味わえんぞ? 黙ってくらっておけ。……あまり神をないがしろにしているとどうなるか――」
「――」
がこんっ! ……という衝撃とその音と、どちらが先だったかはわからない。
……ただ、やはり説得は単純暴力に限るな、と言う声が聞こえたような気がしただけだった。
何か神さまって理不尽だ。ゲームのように無限ループにはしないらしい。
……それと精神でも殴られると痛いのか。
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めがみ の こうげき!
かみたか は しんけんで なぐられた。
かみたか は 599のダメージ をうけた。
かみたか の からだ が まひした!
かみたか の からだ は まひして うごかない!
かみたか は ぜんめつした!
めがみ は たかわらいしながら さっていった。
かみたか は 60050のけいけんちをえた。
ぱらららーぱっぱっぱー。
かみたか の レベルが 17にあがった!
たいきゅうりょくが 8978あがった。まりょくようりょうが 768あがった。
ちからが 61あがった。まりょくが 43あがった。
すばやさが 48あがった。こううんが 9あがった。
たいじゅつが 87あがった。まじゅつが 61あがった。
めがみ は たからばこ を おとしていった。
かみたか は たからばこ を あけた!
なかには めがみへのきょうじゅん が はいっていた。
かみたか は めがみへのきょうじゅん を てにいれた!
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きっと今の俺の心電図の曲線は黄色を通り越して赤だと思う。
ぐりーんなはーぶがほしいぐらいだ。もう少しでゾンビ化しそう。
「さて、おふざけはこれくらいにして――少年、本題に入るぞ。事前説明だ」
おふざけって……。
本当に暴力で話を強制的に進めるつもりだ、こいつ。
「今から君に行ってもらう世界には大陸が5つある。それぞれ、キングスレフ、スレッソード、クインスラー、ロルド、ハイディスと言う名前があるが……今のところ、ロルドを除いてそれらを君が覚える必要はないな」
頭ががんがんする。最悪だ。
「君にはまずロルド大陸に向かってもらおう。ロルドは五大陸の中ではちょうど真ん中ぐらいの大きさを持つ大陸だ。世界人口の2割弱、およそ7000万人の人がそこで生活しているから、そのつもりでいてほしい」
7000万? 微妙に少ないな。あー頭痛い。
「さて渡界上の注意だが……この世界には魔物が存在する。彼らはイレギュラーズと呼ばれる、ある種の突然変異体だ。そのすべてが自然界に存在する事物から発生する。例えば、ワニがイレギュライズすればドラゴン。人形がイレギュライズすればドール――といった具合にな。心するように」
「心するようにって……具体的には?」
一瞬きょとんとした後、シャリスは言った。
「死なないように……がんばるしかないな、うん」
全く参考にならないアドバイスだった。頭痛がひどくなりそうだ。
だが、そのおかげで何となくわかってきた……ような気がする。
シャリスは確かに神なんだろう。人とはいろいろと物を見る尺度が違うらしい。
彼女が彼女なりに心を砕いて物事を進めても、普通の人間から見ると、どんぶり勘定でやっているように感じてしまう……のだろう。おそらく。たぶん。迷惑な事この上ないが。いや、もうそうであってほしい。これで確信犯なら――……軽く死ねそうだ。
「がんばるって……」
唖然とする俺に何やら苦笑して、シャリスは続ける。
「まぁ、実際はそこまで心配する必要はない。魔物がいるという認識さえあれば、たぶん何とかなる。向こうの世界での少年の身体は私がつくった物だし、たいていは魔法を使えばどうとでもなるしな」
魔法!? ……なるほど異世界。さすが異世界。
そういう可能性は考えてみなかった。ファンタジーか。
未知との遭遇。経験値がっぽがっぽ。……悪くないかもしれん。
しかも神がつくった身体!
「つまりチート? つくった身体に魔法の知識がインストール済みとか?」
「……悪いが、そんなオプションはつけてない。いたって普通の人間の体だ。魔法の習得はさほど難しいことではないから、そもそもそんなことをする必要なんてないしな。……まぁ別に、古往今来の、失われた魔法なども含めた全魔法の知識とかを付与させてもよいのだが……その分、バランスを取るためにマイナス補正も入れなくてはならなくなるぞ」
「マイナス補正? ……例えば?」
シャリスが顎に右手を当て、一拍考えてから答える。
「例えば……そうだな、魔法を使うとその後6時間不幸になる。連続して使った場合――つまりすでに不幸になっている状態で使用した場合だが――はじめの一回で6時間。その後、二回目からは一回使うごとに1時間延長という形になる。ただし延長は最大で48時間だから、連続44回目以降はペナルティなしで使い放題だな。ちなみに不幸のレベルは『死なない程度の不幸』だから、あまりお勧めはできんが……つけるか?」
……どこのパーキングだ。いやパケットか? しかも死なない程度の不幸って……
「……普通のままでお願いします」
「わかった。……では、次に――言語に関してはこちらで調整しておいたから問題ない。一般常識もこちらもそちらもさほどかわらんから、大丈夫だろう。あとは――あー……そういえば、もしかして私は……まだ君を召喚する理由を説明してなかったりするか?」
シャリスが何故か顔をしかめて聞いてきた。
そう言えば聞いてない。現状把握に必死すぎて忘れてた。
「……聞いてないっす。……まかり間違っても魔王を倒せとか、国を経営しろとか言いませんよね? 嫌ですよ、絶対。能力的に無理ですし」
「安心しろ、そんな面倒なことは言わん。魔王なら去年倒されたばかりだから、しばらくは大丈夫だろうし。それに一年で帰すと言っているのに国を背負えなどとは言わん」
「じゃあ……?」
「うむ……君にしてほしいことと言うのはだな……」
そこでシャリスは不自然に視線をそらした。
そして、しばらく黙りこむ。
三分ほどそのまま沈黙を保った後――
シャリスはあさっての方向を向きながら、絞り出すような小声でぽつりとつぶやいた。
「……とある恋人たち(になる予定)の仲人になってほしい」
……はい? なんて言った今、なこうど?
……って、結婚式に呼ばれるっていう、あれのこと?
いや、でも――
「……に、なる予定?」
シャリスは視線を合わせようとしない。
「……まだ恋仲ではないゆえ、になる予定、である」
……つまり――
俺に、異世界で、キューピッドになれと?
彼女いない歴=人生のこの俺に?
異世界で、お見合いでもセッティングしろと?
わざわざ植物状態になってまでして異世界に連れてこられて、キューピッド?
そりゃ、魔王を倒せとか言われるよりはましだけど……キューピッド?
……夢だな。夢だといいな。……夢、だよね?
嗚呼、殴られた頭が痛い。
植物状態のはなしのところで
「――って、俺、ドナーカード持ってるんですけど!?」
シャリスは一瞬沈黙してから、乾いた笑い声をあげた。
「……ははっ、それはもう帰ってきたら身体が亡くなってるな」
「な、亡くなって!? いや、そんな――」
「そこらへんはしかたない。神のすることだから、大味なのは否めない」
「いや、否めないって、あんた!?」
というような会話を入れようとしたら、話の本筋に帰ってこれなくなったので削除しました。
精進が足りないようです。