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1.少年と次善の神さま

 その場所は、今までの人生の中で見たどんな場所よりもきれいな場所だった。

一切の不浄がないとでも言うべきだろうか。きれいではあるが、生命(いのち)の在るべきところではないと感じる。

目が痛くなるほどに真っ白なその空間は、見渡す限りどこまでも広がっていた。



「……ここは?」



 発した声は際限なく反響していき、真っ白な空間の中に吸い込まれていく。

一つ間違えれば、自分自身も吸い込まれてしまいそうだ。

闇を見ているわけでもないのに、この空間を見ているとそう思う。

 ならばこの空間は闇なのだろう。



 ……決してあるはずのない白い闇。

それもすべての色を含んだ白光の白ではなく、一切を拒絶し、すべてを奪う吹雪の白……か。

……怖いな。きれいだけど、何よりも恐ろしい。

……まるでクラッシュした後のワードの白紙のよう――



「あー……少年? 現実逃避もいいが、そろそろ帰ってきてくれるとおねーさんとしても、うれしいぞ」



 何か雑音が聞こえたような気がするが、気のせいだろう。

ここは人の在るべきところではないのだから。

声を発する存在なんているわけがない。


ましてや初対面の人間を有無を言わせず拉致って、何の説明もなしに愚痴り始める駄女神なんて、なおさらだ。



「いや、マジ済まなかった。ちょっと羽目を外し過ぎたのは認める。ごめん。ほんとごめん。あやまる。だから帰ってこい」



 俺はその必死な謝罪に渋々ながら振り向いた。本当に渋々ながら。

別にリアクションとるのがめんどくさくなってきたからというわけじゃない。

ただ単にそうしないと、カン○タに慈悲を与えないと絶対に先に進められないように、きっと話が先に進まないんだろうなと思っただけだ。




 ……でなければ、散々人を無視して聞きたくもない愚痴を延々と聞かせ続けた奴の話なんて聞くものか。





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次善の神さま


1.少年と次善の神さま


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 俺、米屋 守鷹(かみたか)17歳は昨日の晩、間違いなくちゃんとベッドの上で寝た。

俺は決して寝相がいい方ではないが、それでも起きたら見知らぬ場所にいた、などと言うほど悪くない。しかし、何故か目が覚めたら、何だかよくわからない真っ白な場所に――それも立って――いた。自称女神さまとともに。その時はまだ彼女も猫を被っていたのか、婉然とした笑みを浮かべていたけれど。

 ……もしや、これが噂のテンプレートというやつか、と茫然としていたら、彼女は自身が女神であることを言葉短に告げて、有無も言わせず俺をさっき(プロローグ)の小芝居に付き合わしたのである。


 そしてそれが終わった途端、彼女は何故か猛烈な勢いで愚痴り始めた。

……それも、ものすごくだれながら。

さっきまで浮かべていた慈愛の笑みは絶対詐欺用のものだろうと思えるほどに、だれながら。

背後にビール片手にスルメかじってる幻視すら見えそうなほど、だれながら。



「しょーじき、神の愛? 知るかボケ! って感じであろ? 私もそう思う」



の一言から始まった一連の彼女の愚痴はこちらが口をはさむ余地もない一方的なもので、さらに体内時計で計測して優に一時間はぶっ続けで続いていたように思う。

 初めは、あれ(プロローグ)は私の意志じゃない。上役に強制されたんだ、という話から始まって、その上役がどれだけ天然でネーミングセンスがないかと言うどうでもいい話につながり、仕舞いには部下の精霊がどれだけ使えず、自分がいかに苦労しているかと言う話に落ち着いた。どこの中間管理職だ。






「……そろそろ改めて自己紹介と、そして今君が置かれている状況についての説明をしたいのだが」



 回想に切り込んできた、その涼やかな声に顔を向ける。

一番初めに視界に飛び込んできたのは、彼女のその青い瞳だった。

先ほどのやさぐれモードが嘘のように、その瞳は生き生きとした光をたたえていた。なんか詐欺っぽい。

 特に異論はなかったので回想をそこで切り上げ、黙って是の意だけを示した。



「うむ。では、まず初めに。私はさっきも言った通り、女神……君の存在する宇宙とは次元の異なる宇宙――正確には全く違うのだが、ここでは異世界と言っておこう――に存在する女神である。名はシャリス・ソラノイタルという」



 その言葉に合わせて彼女――シャリスの瞳がきらりと光る。

神々しいまでに美しい容貌(ようぼう)に涼やかで自信に満ちた笑みを浮かべたその様は、確かに女神のようだった。

風もないのに、その背の、見ようによっては黄金の朝陽のように、また蒼銀の三日月クレセントのようにかがやく長く(つや)やかな髪がゆらめき広がる。



(つかさど)るものは(てん)。森羅万象を(あらわ)十二象神(じゅうにしょうしん)の一角にして、その十二の神を統括する、全天の守護神である」


「……何かよくわからないけど、とにかくえらい神さまってことか?」


「ああ、そう思ってくれて構わない。……まぁ、実際は神に偉いも何もないんだが」



 質問に答えるシャリスの姿勢はただただ気さくだった。

神々しいのは容姿とオーラだけらしい。

まぁ愚痴っていた時の様子とその話していた内容から中身は……だいたい予想がつくけれど。



「そして今現在、君がいるこの白い場所。ここはインテルファーゼと言う。俗に言うと、宇宙と宇宙の狭間、次元の狭間と言うやつだ。……まぁ、だからと言って別に底意地の悪い木の精霊ファファファとか大昔の病んだ魔導師ム・ノーみたいな凶悪な存在が封じられていたりはしないが」



 ……何の話だよ。

やっぱり何だかちぐはぐな感じが否めない。

外見と中身がマッチしていないと言うか何というか。



「で? その異世界の女神さまが、わざわざ次元の狭間とやらまで俺を呼び出して……何の用っすか?」



 シャリスはその問いに改めてほほ笑んだ。

それにあわせて(まと)金糸(きんし)純白のワンピースがさらりと音を立てて波立ち、長い髪が少し左右に揺れる。

とてもいい笑みだった。惚れこんでしまいそうなほどの。




「……予想はついているのであろう?」



 ……だけど、今その表情にいらっときてしまうのは、きっとしょうがないことのはずだ。

人間、超・現実的なことにぶち当たると苛立ちを覚えるらしい。

確かにだいたい予想はついてるけど……。


 こちらの心情を察したのか、シャリスはほほ笑みをそのままにして勝手に続けた。

彼女の(よそお)う金糸紺色のボレロが、どこまでも広がるその白い空間で一つだけ浮いていた。



「今から君を異次元宇宙に召喚する。これは既定事項であり、人選の変更はもはや()かぬから、そのつもりでいてほしい」



 ……あー、そーですか。そーですよね。それでこそテンプレだ。


でも、やっぱりなんかむかつくんだけど、なんでだろう?




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