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紬の騎乗する魔獣鷹イムールが、地上のリンがいる場所まで降下していくと、空気からぐぐぐと抵抗を感じた。リンのそばまでは降下できない。どうやらリンが飛行体を防ぐ魔法フィールドを設置したようだ。
機械獣のまわりを魔獣鷹に乗って飛び回りながら、正木は魔銃ライフルで、デニは杖から火炎魔法を放って攻撃しはじめた。しかし機械獣は分厚そうな装甲板に覆われていて攻撃の効果は薄そうだ。
機械獣は口を開けた。その口の中に筒のようなものが見えた。紬は上空を飛びながらそれを見た。あれは大きなライフルのようなものなのでは!?機械獣の口の中のその部分が震えて鈍く光りだした。
危ない!
紬は頭の中の魔術式の引き出しの中から、すぐに展開できて効果がありそうな防御魔法フィールド展開術を選んで、リンの前方に魔力をこめて展開した。
展開し終えたのと機械獣が口から大きな炸裂音を響かせて放ったミサイルが、その魔法フィールドに当たって爆発するのとが同時だった。
爆風でリンが地面をコロコロと後方に転がって行ったが、紬の魔法の効果があったせいかリンは無事のようだ。
リンが起き上がり、機械獣を見、上空の紬を見、紬に向かって叫んだ。
「紬!!危ない!」
えっ
紬も機械獣を見た。口を開けてこちらに向けている!
やばい!
慌てて杖を振って火炎魔法を放つ準備をした。
ドーン!
発射音。ミサイルが猛スピードで向かってくる。火炎魔法を放つ。
紬の眼の前で火炎に当たってミサイルは爆発した。ドカンと爆発音が鳴った。ミサイルが砕け、その鉄片などが辺りに飛び散って紬の体も細かい破片に切り裂かれた。
革製の防具によって守られたところもあれば、防御魔法をかけてあっても腕や足のタイツは引き裂かれ、血が吹き出した。頬も切られて血が流れた。
紬は土人形のホムンクルスなのに体は人間のものと精巧に似せて造られているので、体液も赤い血でできていた。今それが傷口からどくどくと溢れ出した。
それにすごく痛い!
紬は痛みで気を失いそうになったが、自分に痛覚を減じる魔法をかけて正気を保った。
騎乗していた魔獣鷹イムールも被弾し、力を失って落下した。
地面に落ちる前にリンが駆け寄ってきて魔法で衝撃を減じてくれた。地面に落ちた紬だったが、すぐ側に墜落したイムールが心配で近寄ろうとした。傷だらけの体で立ち上がる。しかし、よろけてしまいうまく歩けない。リンが近寄ってきて紬の体を支えた。
「紬!大丈夫?」
そう言って修復魔法をかけようとする。
「私はあとでいいからイムールをお願い……」
紬はよろけながら弱々しい声で言った。
「分かった」
そのとき、拡声された正木の声が聞こえた。
「スナイパー!口を狙え」
紬とリンは見た。機械獣が再度こちらを向いてとどめをさそうと、口を開けてまたミサイルを発射しようとしているのを。
パーン!
後ろから乾いた炸裂音が聞こえた。
輝く光球がまっすぐ機械獣に向かって行き、開けた口の中の砲塔に吸い込まれた。
ドーーン!!
凄まじい爆発音がして機械獣は体の中から崩れるように倒れながら装甲板がガランガランと音を立てながら落ちて、その隙間から光と煙が吹き出した。
紬はあっけに取られた。
後ろからざざっざざっと足音が聞こえてきて、リリーが長い銃身の魔銃ライフルを抱えながら歩いてきた。ライフルの銃口からは薄い煙がゆらゆらと吐き出されていた。
リリーは紬を見て、「ひどい格好ね」と言った。
「ズル!この子大怪我してるわ。治療してあげて!」
リリーがそう呼びかけると前方から金髪の少年が心配そうに駆けてきた。
「紬さん!ああ、これはひどい。すぐ治療します」
ズルはそう言ってから、腰につけたバッグから小さなガラス瓶に入ったポーションを取り出して紬に差し出した。
「まずはこれを飲んで」
そして紬の傷ついた体に杖をかざし魔法を展開しようとした。ズルはすぐに間違いに気づいた。
「ああ、間違えました。治癒魔法ではなく、修復魔法にしないと・・・・・・」
そう。紬は土人形であるホムンクルス。治癒魔法は効かないのだ。紬が手にしている緑色の液体のポーションも効果はないのかもしれない。しかしズルはこう言った。
「それは飲んでください。治癒だけじゃなく体力回復の効果もあるんです」
紬は感謝を込めて頷くとポーションの瓶の蓋を開け、中の液体を喉に流し込んだ。ズルは魔法の術式を変更し再度紬の体に杖をかざした。
痛みが和らいでゆく。どうやらズルは治療(や修復)を得意とした優秀な魔法使いであるようだ。
少し離れてリンはイムールに治癒魔法をかけはじめた。
正木とデニは魔獣鷹を着陸させて地面に降り立った。
彼等は続く災難がやってくることに気付いた。また地面が震えるのを感じる。ズーンズーンという音が近づいてきているし、なにやら上空からバラバラという異音も聞こえてきた。
「ちっ、やれやれだな」
デニが舌打ちしながら言った。
上空を後方から大きな翼を持った物体が飛行して通り過ぎて行った。かなり大きい。しかも機械でできているようだ。紬が聞いたことのないキィーーンという飛行音だった。
さきほど倒した機械獣が現れた丘のほうから、同じ形をした機械獣が今度は三体現れた。ドスンドスンと近づいて来る。上空を通り過ぎた機械の飛行体は旋回しながら降下しつつこちらに近づいてくるようだ。
「どうする?正木」
デニが言った。
正木は機械獣が三体近づいてくるのを静かに見つめている。
紬は痛みを堪えて立ち上がった。足を引きずりながら前へ出る。
たしかに科学文明の機械は危険だわ。正木とリンがいつも言っていたとおりだった。でも、私の命がけの魔力を込めれば少なくとも一体は破壊できるかもしれない。
紬はそれについてはなぜか自信があった。もしかしたら二体を足止めすることもできるかもしれない……。
少しでも正木たちが有利に戦えるように。
紬はそう考えて体の中の魔力を増幅していった。杖をかかげて、多少時間をかけて複雑な術式を展開する。魔力をこめようとしたとき正木の声が聞こえた。
「紬……つむぎ、やめるんだ」
紬ははっとなって正木を見た。正木は紬の前に出て前方を見ていたが、紬に行動をやめるように後ろ手を振って合図していた。
紬は魔法の展開を中断した。