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翌日は朝から黒い雲が空を覆って小雨が降っていたが、昼前から本格的な雨となった。この日も周辺地域から集結してくるレジスタンス軍の部隊の到着が続いた。
紬はリンと一緒に戦闘糧食の味気ない昼食を食べたあと、手持ち無沙汰になった。
リンは魔法使いたちに割り当てられた部屋で召喚魔法の術式の準備をはじめてしまった。魔法書を読みながら魔法陣を部屋の床に作り、砂や乾いた葉や動物の骨をすりつぶした粉などでできた触媒を使って魔法術式を構成する作業に没頭しはじめた。召喚魔法にはこのように予め準備が必要なものが多い。リンが使う召喚魔法の中には一ヶ月間かけて準備するようなものもあるらしい。
紬はそのような時間をかけて準備するような魔法術式を使うことはない。魔法書とにらめっこしているリンのそばにいてもつまらないので、レジスタンスのアジト内を散策することにした。
射撃場を除いてみると、この日もリリーが兵士たちと射撃練習をしていた。相変わらず男の兵士たちが鼻の下を伸ばしているのを見た。なぜかリリーは女性兵士からも、憧れから来るのであろうか人気が高く、教えを乞う者が数名いるようだった。
紬も銃撃戦に備えて射撃練習をするべきなのかもしれなかったが、なんとなく気が乗らなかった。それにトピカタワーに潜入するということは接近戦が多そうだった。そういう訓練をしている者たちに混ぜてもらうのが良いかもしれない。
そうは思ったが、あまり深く考えずに歩いていると機材を整備している後方支援兵が働く区画にやってきた。このアジトに着いたときにはトピカから拿捕した機械獣の脚部を整備している作業を見ることができたが、あと数日でトピカとの最終決戦が行われるという状況からか、すぐに必要となる機材の整備に人員が投入されているらしく、機械獣の脚部は整備場の隅に放置されていた。
紬は作業員の邪魔にならないように機材の整備場を横切り機械獣のパーツを見ようと思い近づいた。
周りでは一人乗りの空挺機や、大きな戦闘機が数台置かれていて、それらを整備している整備兵が忙しそうに作業していた。
機械獣の脚部を紬は良く見ようと思い近づいた。配線がむき出しになっていたり、内部の複雑な可動部を観察することができた。紬は装甲板に触ってみた。魔法使いなら魔法剣のような武器や、甲冑にしか金属は使わないが、機械は内部を守るために金属板を外装につけて攻撃から守る構造なんだなと確認できた。
興味深くそれらを見ていると、背後から近づく人物の気配に気づくことができなかった。
「あなたが魔法使い?」
突然後ろから声をかけられて紬はびっくりした。即座に戦闘体勢を取れるように身構えながら振り向き、声をかけてきた人物に魔法の杖を向ける。素早く魔法の呪文を口の中で呟いて即時性のある攻撃魔法の術式を組み立てる。杖の先に小さな魔法陣がきらめいて光を帯びた。
杖を向けられて怪しい光を浴びせられた人物は驚く様子も見せずに、紬を静かな眼差しで見据えていた。
女性だ。若い。肩の直前まで伸びた黒髪に濃い紫色の艶があるように見えた。切れ長の目に緑色の瞳が印象的だ。体にぴったりとした濃いグレーの戦闘服を身に着けていて、それには水滴がついていた。雨の中、ここに到着したばかりなのかもしれない。スラリとした脚の長さが際立って見えた。そして、腰には長剣の鞘を提げていた。白兵戦も行えるのだろうか。それとも指揮官のような立場に必要な飾りなのか……。
後ろに二人の男の兵士が付き従っていた。彼らも慌てる様子を見せずに、ただし何かあれば即座に武器を抜けるような体勢でいることが見て取れた。腰からホルスターを提げており、その銃のあるほうの手は緊張しているのが紬には分かった。
「まだ子供ですね。アマンダさま」
後ろの兵士の一人が言った。
アマンダと呼ばれた女性は敬称の付けられ方からしてレジスタンス軍でも高位の人物のようだ。それにしても若いが……。たしかフェルミには妹がいて、名をアマンダと言っていなかったか。
「もしそうなら」
杖を構えたまま何も言わない紬に、アマンダは言葉を続けた。魔法使いか? という問いの続きのようだ。
「私はあなたと一緒に潜入任務に就くことになっている」
紬は身構えていた体の緊張を解いた。そういうことなら仲間ということになるからだ。
軽く頷いてからアマンダを観察して紬は驚いた。科学文明の人を解析できる指輪の魔具を正木に借りて小指に付けていた。それを使ってアマンダのことを探ると、ほとんどアンドロイドかというくらい体を機械化されているのが分かったからだ。
紬は黙ったままでいた。そうですか、よろしくお願いします、などと愛想良く言う性格ではなかったからだったが、アマンダもそういう要素はなさそうだった。ニコリともしない。
「私はアマンダ。あなたの名前は?」
「紬」
紬が発した声のトーンを聞いて後ろの男兵士が『やっぱり子供だ』と言うのが聞こえた。
「私は魔法というものを使う者と一緒に戦ったことがない。だから仲間になるなら、その戦い方を知る必要があると思っている」
アマンダは静かに言葉を発していた。
「それでお姉さまには魔法使いという者と、試しに戦わせてもらえるように頼んだ。紬が私の相手をしてくれないか」
アマンダにそう言われて、突然のことで紬はどう答えて良いものか迷った。正木に相談すべきだろうか? でもアマンダが言うことが紬にも言えると思った。アマンダがどのように戦うのかを知っておけば、共にトピカタワーに潜入するときに役立つだろう。それを知ることができるように試合をするなら自分でやりたいと思った。それに今、魔法使い冒険者チームの中で一番時間を持て余しているのは自分だろうし。
紬はそう考えて頷いた。
「では二時間後くらいでよいかな」
紬は別に良かった。アマンダがどこか他のところからやって来てこのアジトに到着したばかりなのにそれくらいの猶予でよいのかと心配になったほどだ。
紬は再度頷いた。
「では訓練場でのちほど」
アマンダはそれだけ言うとくるりと背を向けてから歩き去った。付き従っていた二人の兵は紬に敬礼をしてからアマンダについて行った。




