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紬が大きく気になっていたもう一つのこと,、それは正木の言葉にあった科学文明という言葉だった。これも正木に質問したことがある。
「その科学文明ってなんなのさ」
正木はそう質問されて、なんだそんなことも知らないのか、という顔をした。
このにくたらしい顔!
紬のいらいらがはじまると口調が鋭くなってしまう。
「そんな顔しないではやく教えなさいよ」
「人間の文明には二種類ある。魔法文明と科学文明だ」
「よかった~二つだけで!魔法界は私にも分かるわ。最近はゲートとか評議会とか、今まで知らなかったことが多かったなって思ったけどね!」
「それはお前のとこの星が未開ーーふごごごご、何するんだリン」
リンが座ってる正木の後ろから手で口を塞ごうとした。正木はその手をはねのけながら言った。
「失礼ですよ、正木さま」
「星の中で国を分けて争ってるようじゃまだまだなんだよ」
「もういいわ、私の星のことは」
あまり良い思い出もない紬はそう言い切った。
「科学ってなんなの?それを教えてよ」
「科学文明の星に住む人間は魔法を使わない」
「えっ。魔法を使わない?どうして?」
「使わないし、使えないな」
「魔法を使えない!?魔法なしでどうやって生活するの?」
紬のような魔法界の星で生まれ育った者には当然の疑問だった。
「火を起こしたり水を汲んだり空を飛んで移動したりはどうやってやるの?」
「それを代わりにやるのが科学の力だ」
「へえ~!すごい!もしかして攻撃魔法みたいな戦いに使える力も科学にはあるの?」
紬の好奇心を刺激したようだと正木は思った。きらきらした瞳で紬が見つめてくる。正木はリンのほうを見た。お互いに何か思い出すことがあるようだった。
「もちろんある。魔法なんかよりもすごい力もあったりする」
「そうなの!?どんな魔法……じゃなかった、科学の力ね、どんな力なの?詳しく教えて」
「めんどうくさい」
「……また、出た。正木のめんどうくさい」
リンは面白そうに笑った。
「紬もこれから科学文明の星に行くことになるよ」
「そうなの?」
「うん。だって人間の住む星の半分は科学文明の星だもの。リンたちが探してる古代の遺物の半分は科学文明の星にもあるってことだよ」
「そうだ。行けば分かる。百聞は一見にしかず、だ」
「いつ行く?いつ行けるかな?なんだか楽しみになってきたわ」
「もう少しお前が戦えるようになってからだな」
紬はそう言われて難しそうな顔をした。惑星「群青」に来てから毎日のように魔法戦闘訓練を行っているのだ。自分では強くなっている実感があるが、まだ正木には遠く及ばないし、リンにもかなり差を付けられていると感じていた。
「それならもうすぐだよ。紬、強くなってきてるもん」
「本当?リンにそう言ってもらえたら嬉しい……」
今では紬はリンのことを最も大切な存在であると思うようになっていた。初めて出会ったときは紬はまだ人間の魔法使いとして生きていた。リンは敵の立場だった紬に思いやりを見せてくれて助けてくれた。そして今は同じホムンクルスとして仲間になった紬を守ってくれている。
紬はホムンクルスになった自分のことを考えて悲しくなることもあった。夜に一人ベッドの中ですすり泣いているとリンが部屋にやってきて優しく抱きしめてくれることがあった。
「リンも同じ思いをしたことあるよ」
それだけ言って朝までそばにいてくれた。
ホムンクルスとしての微妙な立場もリンと共有していることだ。
紬の生まれ育った星では、人間と同じような魂を持つホムンクルスなどは存在しなかったのだが、ゲートを行き来する魔法界では魂入りのホムンクルスはそれほど珍しいものではなかった。珍しくはなかったが、さりとて大事にされているわけでもないということを知ったとき、紬は複雑な気持ちになった。特に魔法界の中心地である惑星「孔雀」やその周辺と言われる星々では、その傾向が強いようだ。あからさまにホムンクルスを蔑む態度を示す高位の魔法使いたちもいた。
「これでも正木さまたちが戦ってくれたおかげでだいぶマシになったんだけどね」
リンは少し悲しそうな顔でそう教えてくれたこともあった。
正木たちは以前、高位の魔法使い冒険者チームとして惑星「孔雀」に住んでいたらしい。しかし、そう言ったことに嫌気がさして「群青」に移り住んだようだ。
惑星「群青」は名前のとおり美しい青い海の惑星だ。
点在する多くの島に魔法使いたちは暮らしていた。
群青の魔法使いたちはホムンクルスである紬やリンにも優しかった。
紬はそんな群青の環境で日々の戦闘訓練に明け暮れていた。正木とリンには借りがあった。それを早く返したいと思うし、彼等の力になるくらい強くなりたいと思った。
私が得意なのは戦う魔法を使うこと。ホムンクルスになってもそれは変わらないみたい。いつかは正木にだって勝てるくらい強くなりたい。
紬は自分にならそれは可能なのではないかと思っていた。時間はかなりかかるだろうけれど。
午後は正木との戦闘訓練だった。紬はさんざんに魔法を撃たれ力の違いを見せつけられたが、訓練の中で何も得られなかったわけではなかった。正木と戦うたびに正木の戦術の引き出しの多さに感心するが、それが自分のものになっていく感じもした。
日暮れまでもう少しという時間帯。へとへとに疲れた様子で三人で暮らす大きめのコテージに紬が帰りつくと、ほどなくリンも惑星「孔雀」から戻ってきた。リンは正木に、デボラさまからですと言って一通の手紙を手渡した。正木は封を切ってそれを一読すると明朝出発すると宣言した。
「科学文明の星に?」
紬は期待を込めて聞いた。
「そうだ」
正木が答えた。
「紬、良かったね。はじめての科学文明の星でしょ?」
紬は頷いた。
「ドキドキする……どんなところなんだろう」
「初めてだったらきっと驚くことばかりだと思う。危険もいっぱいだから気をつけようね」
「うん」
紬は期待を込めて頷いた。
光の速さでも何年もかかるほど遠くにある見知らぬ文明の星。明日の朝になればそこへ行けるのだ。光に速さがあるなんてと今でも思うし、魔法を使わないで暮らす人々がいるのも、とてもとても不思議だ!いったいどんな星なんだろう。紬は期待感が高まって今日は眠れそうもないなと思った。