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レジスタンスのアジトで魔法使い冒険者チームは兵士たちと混ざって寝泊まりすることになった。夕食は戦闘糧食に毛の生えた程度のものだったが、ライスに、味のついたルーをかけた食べ物で、これはこれでおいしいと紬は思った。
二段ベッドがたくさん置かれたホールで兵士たちと一緒に寝ることになった。紬はリンと二段ベッドを共有した。上にリンが寝て下に紬だ。
リンは楽しそうに上から『紬、もう寝た?』と何度も聞いてきたので紬はなかなか寝れなかった。
男と女では寝所のホールは別々だった。翌朝から周りの女性兵士たちと一言、二言と言葉を交わすようになった。
最初は朝の挨拶から。
朝食はパンとスープだけの簡易的なものだ。リンと紬、リリーは女性兵士たちと同じテーブルを囲んでそれを食べた。
朝食後、兵士たちは進軍の準備に忙しそうに立ち働いた。兵器や装備の点検などの準備の作業が膨大にあるようだった。このアジトにある森に、静かに、しかし着実にレジスタンス軍の兵力が集まってきているようだった。その受け入れにも準備が必要なようで、兵士たちは走り回るようにしてそれらの作業をこなしていた。
正木は群青のコテージにいたときのような生活リズムに戻った。剣を振り、汗を流したあとは床に正座して瞑想する。昼食後は魔法ザックから革表紙の古い魔法書を取り出して読書をする。
デニはいつものように筋トレだ。筋トレして休憩して、筋トレしてまた休憩していた。正木に請うて剣術の稽古を付けてもらったときは何度も叩きのめされていたが、逆にレジスタンス兵に剣術の稽古をつけてやったりもしていた。主に銃による戦闘訓練しかしていない兵士が多かったので、デニに敵う者はいなかった。そのデニが正木にはコテンパンにやられてしまう様子を見て、兵士たちは正木を崇拝の目で見るようになった。
ズルは作戦の細部を詰めるためにレジスタンス軍の上層部との相談を続けていた。バーシからの許しを得て、いろいろな後方支援部隊がいる区画のそれぞれに顔を出しては担当者を質問攻めにするといったことを嬉々としてやったりもしていたようだ。
射撃訓練でレジスタンス兵士たちはリリーの神技とも言える射撃能力に驚いた。リリーに教えを乞うスナイパー部隊の兵が続出した。リリーは嫌な顔もせずに彼らの希望に答ええてやった。リリーの露出度の高い衣装によって、豊満な肢体を間近に接せられて、教えられる男性兵士たちの顔は緩みっぱなしだったことは言うまでもない。
二日目の夕食のメニューは幾分良質なものになった。どうやら総合栄養食の加工品ではない、本物の肉を焼いた料理が振る舞われたようだ。特別な記念日などのために冷凍保存されていたものを提供したとバーシが説明した。もしかしたら数日後にはトピカによって大規模な攻撃を受けてしまうレジスタンス軍にとって、良い食材を温存する意味はあまりないと考えたのだろう。
よい食材に必要な者はお酒、ということらしい。これも食料庫から出されてふるまわれた。
陽気になった兵士たちと魔法使いたちも一緒になって楽しく食事の時間を過ごした。
食事のあと、バーシによるピアノの伴奏でフェルミが歌を歌ってくれた。最初はゆっくりと流れるような調べにのって、フェルミの透き通るような歌声が響いた。兵士たちは隣の席の者と手を繋いでそれを聞いた。
二曲目は朗らかで意気揚々とした曲調の歌だった。
フェルミは地下アイドルから活動を開始したと言っていたのだが、兵士たちはその時代の歌も良く知っているらしい。兵士たちも一緒に歌った。みな楽しそうに歌う。おどけてテーブルの上に乗ってゆらゆらと踊りだす者もいた。最後は大合唱になった。
歌い終わるとフェルミは胸に手を当てて目を閉じた。兵士たちは拍手をする。拍手は鳴り止まない。フェルミはスピーカー越しに挨拶した。
「みんなありがとう。先発隊が明日には出発するから、こうして全員そろって大切な時間を過ごすのは今夜が最後になると思う。気づいている者もいるかもしれないけれど、少し風変わりな人たちが、私たちのために命を賭けて作戦に協力してくれることになっている」
フェルミがそう言うと大きな拍手が沸き起こった。兵士たちの拍手は、正木以下の魔法使い冒険者たちに向けられた。
紬は良い気持ちになれたと思った。この人たちの役に立てるんだ。成功すればどんなに誇らしく思えるだろうと。
「リリーさーん! 結婚してくれえ!!」
「俺も候補に名乗り出るぞ!」
誰かが大声で言うとさらにかぶせる声が響いた。兵士たちはどっと楽しそうな声で沸いた。
リリーは席から立ち上がり、フェルミの側に行くとマイクを借りて言った。
「私に射撃の腕で勝てたら考えてあげる」
リリーの言葉の意味を兵士たちは少し考えた様子。
「そいつは手厳しい!」
おどけて言う言葉が聞こえて、わははと大笑いする声で会場は満たされた。
「冒険者チームの六人、それからここにいるみんなと一緒に戦うことができること。私は光栄に思っています」
フェルミは最後にそう挨拶した。瞳はあふれそうになる涙をたたえていたように見えた。
フェルミとバーシ、それから数人のレジスタンス軍幹部が退席すると、その後は兵士たちの穏やかな会話を楽しむ時間がもうしばらく続きそうだった。
リンと紬は食べるものも食べたし、あとは休もうかと席を立った。
「紬、面白かったねえ」
リンが立ち上がりながら言った。
「そうかな。私は別に……」
「フェルミの歌声は綺麗だったでしょ」
「うん。歌はすごく良かった」
二人はホールを出て行こうとしたが出入り口近くにニーナとハクが手持ち無沙汰に立っているのを見つけた。
「ニーナ。ハク。こんなところでなにしているの?」
リンが声をかけた。
「正木に、目が届く範囲にいろって言われちゃったのよ」
ニーナが言う横をレジスタンス兵が通り過ぎて行く。兵士はニーナとハクがトピカのアンドロイドだと分かっているので、蔑んだ目で睨みながら舌打ちをしていた。
それには気づかずに、リンは、
「一緒にご飯食べれば良かったのに」
と、無邪気にそう言ったが、
「ここの兵士たちと一緒には難しいわ」
とニーナは言って下を向いた。
「そうだね……」
紬は同意しつつニーナに気になっていることを聞いた。
「ねえ、ニーナ。私たちと一緒にトピカタワーに潜入してもらうけど、あなたはトピカを破壊するのを手伝ってくれるって思っていいの?」
ニーナは目を上げて紬を見た。ニーナのほうがかなり背が高いので紬を見下ろす感じになる。
「ええ。そのつもり。私は千番台以降の端末と違って自立した思考を行動に移すのに何の制約も受けていないのよ。協力するって正木に言っているのに、この首枷を取ってくれないから嫌になっちゃうけど」
「リンが取ってあげようか」
リンがいつもの調子で明るく言ったので紬はびっくりした。
「ちょっと! リン、何言っているの? そんなことしたら正木に怒られるよ」
「だってニーナはリンたちの仲間になるって言ってくれてるよ。だったらこんな首枷いらないよね」
「いらないわ。この首枷を取ってくれたらどんなにスッキリすることか」
「うんうん。スッキリしたいよね」
リンはそう言って首枷を外す魔法をかけるために杖をかかげようとする。紬は慌ててその手を抑えて言った。
「絶対だめ。こう言うのもなんだけど、ニーナはトピカを裏切ろうとしているんだよ。そういう人が……ニーナはアンドロイドだけど……私たちを裏切らないって確かに言える?」
「……」
リンは不思議そうな顔をして紬を見た。
「紬ちゃんはたまに頑固で小難しいことを言うよね。リンはニーナもハクも信じているよ。だって友達だもん」
「待って待って。ハクも!? ハクも友達だからって首枷を取っちゃうつもりじゃないでしょうね? ハク! あなたは今、首枷を取ってもらったらどうするつもり?」
ハクは瞳をピカっと輝かせた。
「私はトピカの端末五三八九。見聞きした事象はすべてトピカに報告、共有する義務を負っています。この首にある機材によって抑止されているネットワーク通信が回復した場合は、即座に私がいる現在地、置かれている状況、見聞きした経験を要約データにまとめて中央人工知能トピカに送信します」
「ほら! 聞いたでしょ? ハクがそんなことしたらここを核ミサイルってやつで攻撃されて私たちは一巻の終わりだよ」
「ハクはね。そんなことリンだって分かってるもん。ねえニーナ。あなたはそれを取っても報告なんてしないよね?」
リンはニーナの首にある首枷を指さして言った。
「あはははは」
ニーナは口を優雅に手で覆いながら笑った。
「あなたたち本当に面白いわね! 紬が心配しているようだし、まだいいわよ。これ取ってくれなくっても」
ニーナはそう言ってリンに近づき、リンを抱き上げた。リンは小さな子供でもないのでハグして脚を浮かせたくらいだった。
「リン。ありがとうね。ああ、なんてあなたは可愛いのかしら!」
ニーナはリンを抱き上げたままくるりと一回りしてみせた。リンは嬉しそうにきゃっきゃと笑った。ニーナはリンを地面に降ろした。リンはもう一回やって、というように笑いながらニーナに両手を伸ばした。
「どうせ私は可愛くないですよ」
紬は文句を言った。
「紬も可愛いわよ」
ニーナはリンをもう一度抱き上げてやり、一回りしながら言った。そう言われて紬は少なからず照れている間に、リンを両腕から降ろしたニーナは紬に一歩近づいてきた。
何っ!?
と思う間もなくニーナに抱きしめられる。
ニーナの柔らかく大きな乳房を顔に感じて紬は子供のころに母に抱きしめてもらったときのことを思い出した。ニーナは機械でできたアンドロイドだというのに……。
そしてリンのときと同じように抱き上げられてくるりと一回りしてもらった。
ニーナはふふふと嬉しそうに笑っていた。
本当に私のことを可愛いと思ってくれているみたいに。
紬は思った。
リンのように人を、アンドロイドを疑うことなく信じられたらどんなに素敵だろうなと。
と、同時に、トピカへ報告しないよね? というリンからの問いに、ニーナは答えなかったなと思った。




