31
正木の指示で、その後、一行は大鷲に高度を上げさせた。空気が薄くなるのでそれに対応できる動的魔法フィールドも展開された。警戒任務にあたるため魔獣鷹に乗る紬とデニも同様だ。
上空の速い流れの気流に乗ってメトロポリスと自由都市ビアネのある地域からは、かなり離れることができたし、高度を上げたことによって追っ手に見つかりにくくなるだろうとも思われた。
日没前には高度を下げ、一行は荒野の真ん中といった地形に降り立った。
紬が不思議に思ったのは、着陸前から大鷲と魔獣鷹による隊列が組まれ、その隊列を覆うようにして動的魔法フィールド、それもカモフラージュをするような魔法をリンがかけたことだ。
紬はあとでズルからこのように説明を受けた。
「科学文明ではロケットというもので機械を飛ばして、ものすごく高いところまで打ち上げることができます。その機械は『人工衛星』といいますが、惑星の軌道を回るようになるのです。人工衛星は地上を監視することができます。性能にもよりますが、僕たちがどこに着陸して、どこに野営するのか探られてしまうかもしれません。それを防止するため、姿隠しができるカモフラージュの魔法フィールドを展開したのです」
その説明を聞いて紬は思った。魔法使いが思いも寄らない技を科学文明は作るものだと。しかし、自由都市ビアネを消滅させた核兵器を生み出した科学文明を、紬は嫌悪するようになった。あのやり方では無辜の人々を殺しすぎる。
とにかく、人工衛星とやらの監視をカモフラージュ魔法フィールドで防ぎつつ、一行は荒野に魔法テントを二つ張った。デニ・モーラ隊の魔法テントにはデニ、ズル、リリーの三人が入る。正木はリンに大型の魔法テントを設営させた。これは寝室を六室も備えていたので、ルチアノ、ハク、ニーナをゲストとして泊まらせることができた。
夕食は戦闘糧食が手早く作られ、配られた。全員が大型のほうの魔法テントの中、広々としたリビングに集まって食事をした。
ルチアノは一人、部屋の片隅にあるチェアに座って虚空を見つめるようにしていた。水は飲んだが食事には手を付けていなかった。デニが追跡を撃退した戦闘の自慢話をはじめようとしたとき、正木はそれを手で制した。ルチアノに視線を移し首を横に振るとデニも大人しくなった。皆、ルチアノの様子を心配しながら無言で食事を取った。
味気ない戦闘糧食を食べ終わると、正木はルチアノが座っている向かいのチェアに腰掛けた。
「ルチアノさん。眠る前に情報を確認しておきたいのです。あなたには辛い出来事だったが……」
正木がそう声をかけるとルチアノは虚ろな視線を正木に向けた。が、すぐに下を向いてしまった。拒絶の意思表示もなかったので、正木は了解の意に捉えることにした。
「自由都市ビアネの人口はどれくらいだったのでしょう?」
正木はルチアノの出身都市で、昼に消滅した都市のことを尋ねた。
「……八百万人……」
ルチアノは重く低い声で答えた。
紬はそれを聞いて驚いた。魔法界の惑星にある都市とは桁が違う人口の多さだと思った。いったいあの火球の中でどれくらいの人が助かったのか……。
「アンドロイドはどれくらい?」
「……百万体くらいはいただろう」
ルチアノはそう言うと思い出したかのようにハクとニーナのほうを見た。
「なんであいつらがいる? トピカのアンドロイド。奴らが私の都市を消してしまったんだぞ」
ルチアノは顔を歪めて苦しそうな声を出した。
「必要になるから連れてきたのです。ニーナはついて来たがったのですが……。彼女は人間だったときの記憶があると言っていたから、それであの光景を見て、我々に協力しようと思ったのか、それともただ混乱しただけなのか」
「とにかく信用できん! いますぐ破壊したほうがいい」
「信用する必要はありません。彼らに付けた首枷は古代の魔法使いが残した遺物で、非常に強力な魔法によって彼らの行動を制限します。一切の通信をできなくし、使役者の命令により行動不能にすることもできます」
ルチアノは都市の高官だけあって、トピカのアンドロイドに協力させる有用性について理解していた。とはいえ心情的に肯定したくないのか、黙り込んだ。
「あなたには辛いことを聞いてしまいますが……」
正木にしては相手を気にしてあげて言っているのね、と紬は思った。
「ビアネには核シェルターに相当するものはありましたか? それを効果的に運用するための警戒システムのようなものは?」
「あった。あったが……たいして役には立たなかっただろう。ほんの一握りの上層部が助かったかどうかというところだな。……君がビアネの軍事的な力が残っているかどうか気にしているのなら……終わったよ。ビアネは終わりだ」
「残念です……」
正木が気の毒そうに言った。ルチアノは正木の顔を覗き込むようにして見てから言った。
「君たちが不思議な力を持っていることはこの目で見て承知したが、私がまだ知らない科学技術にせよ、魔法とやらにせよ、その力を使って一体何をしようというのだね? 異星人というのが本当だとすれば、いったい何のためにここへ来たんだ?」
「仕事です」
正木は即答した。ルチアノが眉をひそめる。
「我々魔法使い冒険者は依頼を受け、その依頼を成功させて報酬を得ます」
「どんな依頼なんだ?」
「この星の災厄を防ぎに来たと聞いたわ」
ルチアノの問いに少し離れたところにあるソファに座っているニーナが答えた。
「だから、あたしついて来たの。あんなことをするトピカを止めなきゃと思って」
「どの口で言えるのだ!? 知らなかったとは言わせないぞ」
ルチアノが怒って言った。
「知らなかったのよ、あたし。本当に」
「あの機械女を黙らせろ。今のうちに破壊しておかないと、とんでもないことになるぞ」
ルチアノは吐き捨てるように言った。正木がニーナのほうに黙っていてくれと手振りで示した。
「どの都市から依頼を受けたのだ?」
「この星の者からの依頼ではないのです。そのため、災厄が何なのか、どうやったら止められるのかも調べる必要があったのですが、トピカを止める必要があると分かりました」
それについては同意するというようにルチアノは頷いた。
「だが腑に落ちん。君たちが報酬のためというのは百歩譲って理解するとして、その依頼を出した者は、この星にどんな関係があるというのか」
「こう言ったら理解してもらえるかどうか……」
正木は手を組んでルチアノを見ながら言った。真剣さが伝わるようにと願っているようにも紬には見えた。
「お偉方の考えていることはよく分からない」
ルチアノは鼻白んだ。
「本当に、そんな状況で君たちはこんな危険な仕事をやっているのかね?」
ルチアノが言ったが、紬も同感だった。この星に来た事自体が非常に危険なことだと今では思っている。
「魔法使い冒険者の任務は、常に危険と隣り合わせだ。だから常に細心の注意を払い慎重に行動しなければならないのだ」
正木は言葉の途中でちらりとこちらに視線を向けたように紬は思った。まるで紬に向けて冒険者の心構えを説いているようにも思えた。しかも、これほど長く話しこむなんて正木にしては珍しい、と紬は気付いた。
「ルチアノさん!」
紬は立ち上がって言った。
「あんな大変なことが起きたあとで信じられないかもしれないけれど、私たち、この星のためにもなるって思ってがんばってるんだよ! あのダンサーってやつがまたあんなことするのを止めなきゃだめでしょ。協力して止めようよ!」
ルチアノは少し呆然とした顔をしたが、やがて言った。
「そうだな。君たちが危険を顧みず私を脱出させてくれたのは分かっているのだ」
ルチアノは感謝の念を込めて紬に向かって言った。そして正木に向き直り、
「それで? あの時、君は私について来てほしいと言った。何か私にしてほしいことがあるのかね?」
と言った。正木は頷く。
「最終的にはトピカという中央コンピュータを破壊、もしくは無力化する必要があるでしょう。そのための方法を探りたい。時間があまりないが、我々が今まで耳にしたトピカに対する都市連合、もしくはレジスタンスと接触する必要があると思っています。もうビアネがレジスタンスとは無関係だったとは言いませんよね?」
ルチアノは唇に力を込めたように見えた。
「ビアネはレジスタンスに多額の資金を供与していた。反トピカ都市連合の中心的な役割も果たしていた。他の都市がどこなのかは言えないが……」
そう言ってニーナのほうを見る。
「都市連合の腑抜けどもと接触するより、レジスタンスのほうが見込みがあるだろう」
「我々がレジスタンスと接触できるように取り図れますか?」
ルチアノは頷いた。
「あまり時間がない。どれくらいで会えるでしょうか?」
「明日中には、おそらく」
「では明日は手引きをお願いします」
正木はそう言って軽く頭を下げた。ルチアノは目を閉じた。
カチャリと鞘の金具の音を鳴らして正木は座ったまま姿勢を正した。
「願わくば、あなたの都市の人々の魂に安らぎが与えられますことを」
そう祈りますという意味を込めて正木は黙祷した。
「……ありがとう」
ルチアノはそう言うと、あの炎の中で消えていった都市の人々のことを思ったのか、瞑った瞼の端から涙を溢れさせた。
YouTubeで朗読・ボイスドラマも配信しています
YouTubeで検索:harugin
もしよければ聴いてみてください




