15
コンドミニアムの部屋の中は広々としたリビングになっていた。どこか無機質だった階下のロビーや廊下とは違って、古い邸宅にあるような落ち着いた雰囲気の部屋だった。籐家具が置かれ、手触りの良いモケットのソファーには柔らかなクッションが置いてあった。壁紙は落ち着いた木目の濃い色を模してあり、蝋燭の灯りを模したランプが等間隔で設置されて、オレンジ色の柔らかな光を投げかけていた。頭上には大きなシャンデリアがあってキラキラ輝いている。
「素敵なお部屋!」
リンが嬉しそうな声を上げて中に入って行った。紬は喜んでいるリンのそばにいたいと思って駆け寄った。紬もこの部屋は気に入った。
奥には上質そうなカーテンが掛けられていたが、それを開けるとガラス張りの窓になっていた。リンと紬は窓越しに外を覗いてみた。
「わあ」
まるで山の上から都市を見下ろしているようだった。眼下に都市の灯りが見えて道路を行き交う自動車がとても小さく見えた。人は小さすぎてよく見えないほどだ。空を飛び回る空兵だった紬には、魔獣鷹でかなりの高度で飛んでいるときと同じに見えたので、いかに高いビルディングなのかと実感させられた。
「寝室は十五部屋あります」
リビングの左右の壁には寝室に通ずる廊下への扉があった。リンと紬は一緒になって駆け回り、すべての部屋を確認して行った。寝室はどれもベッドが二つ置いてあった。
「紬、一緒の部屋で寝よ!」
「うん」
「おまえ達は私の隣の部屋にしなさい」
正木が走り回る二人に向かって言った。
「みなも部屋の位置は近くにしたほうがいい」
小声で周りの仲間に付け加えた。
結局、リンと紬が部屋を決めてから、その周囲の部屋にみな荷物を下ろすことになった。
リビングに戻るとハクがズル、リン、紬をキッチンへ案内した。四、五人いても一緒に作業ができそうな大きなキッチンで、様々な料理道具が戸棚の中にあり、それをリンと紬はわあわあ言いながら確認した。
「あいつら。トピカが俺たちを処刑するって言っているのを完全に忘れちゃってるぜ」
デニはリビングから、騒ぐリンと紬の様子を聞いて呆れた様子で言った。
キッチンの作業台には野菜が入ったバスケットが置かれていた。
「何を作るのですか?肉類はどうしましょう」
ハクがズルに訪ねた。
「シチューを作ろうと思います。鶏肉はありますか?」
「あります。持ってこさせましょう」
「あと、パンが入手できると助かるのですが」
「のちほど焼きたてを持ってきます」
「ありがとうございます」
「キッチンの使い方は分かりますか?」
ズルは一通りキッチンの様子を眺めてから答えた。
「たぶん大丈夫です」
「ハク!」
リンが明るく言った。
「シチューができたらハクも一緒に食べましょ」
ハクははじめてぎこちない様子を見せた。少し驚いたのかも知れない。
「私はアンドロイドなので食事は不要です」
「そんなこと言わずにお願い。トピカのこと話してくれるって言ってたのもあるでしょ?」
「…………分かりました。他の方も異存がなければご一緒させて頂きます」
「やったぁ」
リンは素直に喜んだ。
紬もアンドロイドがどのようにして食事を取るのか興味があった。
「ハク。私も嬉しいわ。ぜひ一緒に食べましょう」
そう言って笑顔を見せたがキッチンのほうを見て苦笑しながら付け加えた。
「でもこのキッチンでおいしく料理が作れるのかは自信ないんだけどね」
ハクは「大丈夫ですよ」と言ってリビングに戻って行った。
ズルはキッチンの前に立つリンと紬に向かって宣言した。
「さあがんばりましょう。魔法使い一行の胃袋は我々の料理の腕に委ねられました」
「ふふふ」
リンが楽しそうに笑った。
「リンさんはじゃがいもやにんじんの皮むきからはじめてくれますか?見習いシェフみたいなことさせて申し訳ありませんが」
ズルも面白くなってきて笑いながら言った。
「包丁は使えますか?」
「当たり前よ!」
リンはキッチンの引き出しから包丁を取り出して、それを掲げて魔法をかけようとしたが…
「ちょっと待ってください!二人に言うのを忘れてました。せっかくなのでこのキッチンでは魔法は禁止でいきましょう」
「あは!了解」
リンは魔法を使うのをやめて地道に包丁で皮むきをはじめた。
「でもズル。魔法を使わずにどうやって火を起こして鍋で茹でたりするの?シチューを作るんでしょ?」
「紬さんはお勉強しながら進めて行きましょうか。もちろん科学文明の日常生活のことをです」
ズルは嬉しそうな顔をして言った。
人に教えることに喜びを感じるたぐいの人っているのよねと紬は思った。
「紬さんそれじゃあお湯を沸かしましょうか。鍋に水を入れて……そう。そのくらいで。そうしたらその鍋をここに置いてください」
紬は言われたとおりに鍋を置いた。しかし不思議に思った。鍋の下で火が燃えるようなスペースのない、ガラスでできた単なる鍋置き場のような台だったからだ。
「それじゃあここを押してください」
紬は言われた通りに台に付いている突起のような部分を指で押した。
ピピッと音が鳴って、鍋置き台はブーンという小さな音を発しはじめた。
「これでしばらくするとお湯が沸きます」
紬はズルの顔を見つめた。火にかけないで何を言っているんだろうズルは……。ズルは眼鏡の奥で得意げな目をしている。紬は待った。何が起こるか見てやろうと。
しばらくすると鍋の中の水に泡が少しずつ出てきて、温まってきているのが分かった。
「なーんだ、ズル。やっぱり魔法を使ったんじゃない。ルール違反だよ」
ズルは勝ち誇った顔をして笑った。
「魔法は使ってません。これは電気の力で鍋を直接温めているんです」
紬にはどういうことか分からなかった。通常は鍋置きのところで魔法で火を起こして暖めるものだ。ズルは不思議な魔法を使って火を起こさずに鍋を温めていると思ったのだが……。
「僕は何もしてませんよ。それに、さっきこれのスイッチを入れたのは紬さんじゃないですか」
「…… そうだった……これ魔法じゃないの!?」
「魔法じゃないですよ。科学文明の機械でできてるんです」
紬はよく考えてみた。さきほどは人差し指でボタンを押しただけである。魔法使いにとって火を起こすのは簡単なことだがこれはそれ以上に簡単だ。それでも生まれてからずっと(今はホムンクルスになってしまったが……)魔法使いとして暮らしてきた紬にとって、魔法以外の力で便利に暮らせるという事実は否定したい気持ちがある。
「なかなかやるわね……」
「電気という一種のエネルギーで鍋を温めているんです。この上のランプを見てください」
ズルは頭上の明かりを指さした。窓の外は日が暮れて、今はこの照明によって視界を得られていた。
「これも電気の力で光らせています。電気は発電所という巨大な施設で生み出しているそうですよ。いつか見学しに行きたいんですよね」
紬は頭上を見上げて、煌々と明かりを提供する、天井と一体となったような照明を見つめた。
とても明るい。まあでもその気になれば魔法の明かりもこれと同じくらい光らせることはできる。
そうこうしているうちに鍋の水は沸騰しだした。
「紬さん。この矢印のスイッチを押して火力を弱めてください」
「これ?」
紬がスイッチを押すと水の泡立ちが強まってしまった。
「それは火力を強めるほうですね。こっちです」
ピピピピ
紬が慌ててスイッチを押すと火力が弱まって沸騰の泡立ちが収まった。
「さあ、お野菜切れたよ~」
リンがじゃがいもやにんじんなどの野菜を鍋の湯の中に入れた。
料理の作業は続いたがズルの科学文明の説明は終わらなかった。
「どうです?便利でしょう?」
「まあね。電気って言ってたけれど電撃魔法のようなもの?」
紬は自分が得意とする雷のような攻撃魔法を思い浮かべた。
「そうですね。雲の中で小さな氷がぶつかり合って電気が発生したものが雷になって落ちるようです。それと同じ力を人工的に作って利用しているんです」
「まあ知らなかった。そんな仕組みで雷ができているなんて。科学文明では魔力の代わりに電気を使うってことなのかな」
「その通りです。あらゆる物が電気で動いています。この星では僕たちが乗ってきた飛行機も、自動車もアンドロイドでさえ電気を動力として動いていますね」
「アンドロイド……ハクも電気で動いているってことね」
じゃあホムンクルスの私は?と紬は考えてしまった。紬の体は生前の魔力の器の大きさをそのままに、魂ごと人造人間の体に込められたものだ。それは古代人の貴重な遺物によってできる特別なことらしい。自分では人間として生きていたときと何も変わらないように感じる。でも私は正木とリンが作ってくれた人造人間なのだ。でもどうやって動いているんだろう、私……。動力は……何?
アンドロイドは電気で動いているってはっきりしてていいわねと、自分でも少しおかしく思えることを考えてしまう紬であった。




