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一行は自動車が行き交う幅の広い道路の端にある歩道を歩き出した。紬は街並みをゆっくりと見ながら歩くので、自然と最後尾をてくてくと歩くようになり、あの建物は何?あの乗り物は何人乗れるの?あの工場のような建物は?と矢継ぎ早にハクに質問を繰り返したので、ハクは紬の隣を歩かされた。リンも紬の側にいた。
アンドロイドが歩道を歩いてくるときは、一行をちらりと見るだけであまり反応を見せずに通り過ぎるのと対照的に、人間と思われる者は一行をじろじろと凝視する場合が多かった。
「ハク、市場はどこにあるの?この時間なら新鮮な野菜や肉、お魚なんかを軒に出して売っているお店を見て回れるような市があるはずよね」
紬は生まれ育った星で、人が多い街の様子を思い浮かべながら質問した。
「スーパーマーケットのことでしょうか。ここはメトロポリスの中心地なのでスーパーマーケットはありません。街の外郭のほうへ行くと食料品を多く売っている店があります。しかしそれらは裕福な人間が住んでいる地域にしかありません。たいていの人間は総合栄養食の加工物を、宅配で取り寄せて食事を取ることが多いのです」
「そうなの……なんだか食べ物を届けてもらうなんて金持ちがやってもらいそうなことね。買い物をするほうが裕福な人たちなんて、あべこべだわ」
「リンもそう思う。どうして普通の人はそのスーパーってところに買い物に行かないの?」
「本物の肉や魚、野菜は高価なのです。植物や動物が育つことができる土地は土壌汚染によって少なくなっていますから」
「汚染?土地が汚れてしまったってこと?どうして?」
「戦争が原因です」
「ああ、なるほど」
紬には思い当たることがあった。
「死霊系の魔法や黒魔術の契約とかやってはいけない系の魔法を使ってしまったのかしら……」
「紬。この星には魔法使いはいないんだよ。そういうのじゃないと思う」
「じゃあ何?魔法も使わずにどうやって食料が高騰しちゃうくらい土を汚せるの?」
「リン詳しくないんだけど……かくばくだん、とか、かがくへいきとかじゃないかな。科学文明の星にはそういう兵器があるみたいなのね」
「かくばくだん、かがくへいき、…………なにそれ。初めて聞いた。ハク、そうなの?」
ハクは規則正しく足を動かす歩き方をしながら短く答えた。
「はい」
「それであの森を出てからこの街に来るまでの間、あんなに荒れた土地だったのね」
紬は飛行機の窓から見下ろした荒野の光景を思い出しながら言った。
「殲滅化学砲弾、焼夷爆弾、そして核砲弾。都市間の武器開発競争と、その武器を使用した戦争で、数十年間単位で田畑に再利用できない土地が増えています」
「どうしてそんな……」
紬は口を手で抑えた。自分の実体験の思い出も重なり、戦争を続ける人々の心が気分を悪くさせる。
「戦争の原因はなんなの?」
いつもは快活なリンも顔を歪めながら訪ねた。
「百年以上前にエネルギー関連の利権の揉め事が発端だったと聞いています。それで大国同士の戦争が始まってしまいました」
「……」
「戦争の中で各都市が城塞化し、独立したのです」
「その大国同士っていうのはなくなっちゃたの?」
「なくなりました。都市同士を結びつける政治力を失ったのです。ですがそれらの混乱ももうすぐ終わります。トピカが中央政府となって大半の都市を支配することになるでしょう」
「この都市、トピカっていうの?」
「ここはメトロポリスです。トピカは我々が掲げた中央人工知能の名であり、その制御によって運営される中央政府の名でもあります」
「ふーん、じゃあトピカはもうたくさんの都市を抑えたってことね?」
リンが予想したことを聞いた。
「いいえ。トピカが支配しているのはまだこのメトロポリスだけです」
紬とリンは顔を見合わせた。
「じゃあ、まだまだ戦争は続いちゃいそうじゃない?」
「いいえ。トピカは間もなく大半の都市を支配下に収めて戦争も収束に向かうでしょう」
「ハクは自信をもってそうだけど、そう簡単なことではない気がするよ」
リンはハクが気を悪くしないか心配そうな様子で言った。
「そのことについては正木も加えて後ほど詳しく話しましょう。もうすぐ目的地に到着します」
ハクはそう言ってひときわ高くそびえるビルディングを指さした。
「すごく高い建物……いったい何メートルくらいあるの?」
紬は目的地とされたビルディングを見上げながら言った。
「トピカタワーです。地上三百階、高さ千二百メートルです。公表はされていませんが地下もかなり深くまであります」
「じゃあここに、さっき言ってたトピカっていう中央人工知能があるのね?」
リンが夕陽の光を片手で遮りながらトピカタワーを見上げて言った。
「はい。我々トピカの端末にも詳細な所在地は知らされていませんが、トピカタワーにいると指令通信の遅延をまったく感じませんので」
そう言ってからハクは一行の先頭に立ち、トピカタワーに入って行った。入り口ではセキュリティチェックという四方が青い大きな門のようになっている通り道があって、ハクはそこに一行を誘導した。そこを通り抜けると驚くほど広いホールに出た。天井が見上げるほどに高い。
「たしか皆さんは銃器や剣などの武器を所持していたと思うのですが、金属探知機にはそれらが検知されませんでした」
ハクは表情を変えずに言ったが少し困っている様子だ。
「俺たちの魔法のバッグがそのなんとか探知機ってのを欺いたってことかな?」
デニが嬉しそうに言った。
「どうやらそのようです。セキュリティの見直しが必要そうです……ですがトピカはあなた方の武器の所持を認識しており許可を与えました。端末個体の同行なしで、自由な行動は許可できませんが、コンドミニアム内では自由にして頂いて結構です」
「そりゃどうも」
「コンドミニアムってなに?」
紬は自分が質問ばかりしていて情けなくなってきたが、仕方ないと思いながら聞いた。リンと目が合ったがリンは知らないというように首を横に振った。
「トピカタワー内にある宿泊施設です。みなさんには主に外部都市からの要人が滞在する際に使われるコンドミニアムを使ってもらいましょう。こちらです」
そう言ってハクはつかつかと歩き出した。
広いホールを、小さな村だったら端から端まで歩いたように紬が感じたくらいの距離を進んでから、ハクは大きな扉をあけて中に一行を案内した。
ここがコンドミニアム?
紬は思ったが、そこは広い部屋だったが窓もなく、家具などもなかった。扉が閉まって、ガクンと床が少し揺れた気がした。
「な、なに!?動いてるわ」
紬は思わず声にした。
「紬さん、これはエレベーターと言ってこのようなビルにはよくあるんですが、上層や下層に移動する箱のようになっているんですよ」
「移動する箱……」
「ハク、何階まで上がるの?」
リンが聞いた。
「みなさんのコンドミニアムは二百八十階に用意しました」
「すごく高いねえ」
誰かのお腹がなる音が聞こえた。
「……腹減ったなあ」
デニが言った。音はリリーのほうから聞こえた気がしたが…。
「すぐに食事を用意させましょう。総合栄養食の加工料理でよければすぐに提供できます」
「コンドミニアムということはキッチンもあるんですよね?」
ズルが言った。
「はい。あります」
また床が少し震えた感覚があってエレベータの扉が開いた。廊下に出てハクはゆっくりと進んだ。
「総合栄養食の加工品ではない食材を提供することもできます」
「リンさん、紬さん、だったら料理をしてから食事にしませんか?」
リンと紬は喜んで同意した。惑星「群青」では二人で正木の健康に良いようにと自炊していたりもするのだ。
「ズル。お前よくそんな余裕あることできるな」
デニが少し笑いながら言った。
「紬さんが科学文明を知るっていうにはどうやって食事を作るのか、やってみるのもいいかなと思って。デニには軽食を用意してもらおうか?」
「いや、なんかうまいものを作ってくれるなら、なんとか加工品なんて食べないで待つぜ」
デニは廊下の突き当たりにある扉(これも大きな屋敷についてあるものほど大きかった)を通りながら言った。




