12
「今、僕たちは音のスピードで進んでいます。それと同じように、」
「待って。変だわ」
ズルは話を紬に遮られたが、それが重要だというように手振りで紬に続きを促した。
「私たちは音の速さで動いているのにどうしてこうやって普通に話せているのかしら。声は音でしょう?そうならまともに話ができなくなっちゃわないと逆におかしいんじゃないかしら」
「いいですね。そういうふうに疑問を持つことは大切だと思います」
ズルに褒められて紬はなんだかむずかゆい感じがした。
「音は空気を伝わる波のようなものだと言います。魔獣鷹に乗って音速で進んだらおしゃべりするどころじゃないでしょうね」
「風がすごくてきっと聞こえないわ」
「風は空気の流れです。この飛行機は空気ごと僕らを運んでいるので……つまりこの空気も音速で移動しているんです」
「……?」
「僕と紬さんは音速で動いている。この空気もそうです。僕から見て紬さんは同じスピードで動いているので、そのスピードの差はゼロです。つまり動いていないのと同じです。この飛行機の中では、この周りの空気も同じです。スピードの差はゼロです。紬さんから見ると、僕も、周りの空気も動いていないことになります」
「だから私の声は普通に届くのね」
「その通り。相対的なものなのです」
「そうたいてき……?」
「すみません。分かりづらいことを言ってしまいました。無視してください」
「でもさっきの説明はなるほどと思ったわ」
ズルは頷いた。
「では光です。音は空気を伝わる波のようなものと言いましたが光は波そのものといった感じです」
「うっ……そうは思えないわ。波って海のあの波のことでしょ。音も光もあんなふうには見えない」
「そうですね、ここはちょっと分かりづらいですね。でも魔法使いなら分かってもらいやすいと思うのですが、光には力を加えれば加えるほど強くなるという性質があるんです。強い光は激しい波となって進みます。普通の光だと何かに遮られたらそこで止まってしまいます」
「曇りの日は暗いわ」
「そうですそうです。そんな感じです。強く激しい波となった光はあらゆるものを突き通して進んだりできます」
「それが本当ならある種の魔法に近いわね。魔力を込めれば込めるほど強力になる魔法があるわ。早くそういうのも使いこなせるようになりたい」
ズルは笑いながら頷いた。
「ああ、すみません。この波長と光の強さの話は、距離の光年を理解してもらうにはあまり必要なかったかも知れません」
紬は、ただでさえ理解しづらいのに余計なことを言ってくれたわね、と思ったが笑顔で「大丈夫」と言ってあげた。
「頭のよい人って余分なことも言いたくなっちゃうんでしょ。正木みたくめんどくさがってぜんぜん教えてくれないよりはマシだから大丈夫」
ズルはマシで良かったと思いながら苦笑した。
「では今から僕の言うことを少し信じてみて、想像してみてください」
「分かった」
「光にもスピードがあって、今も陽の光が僕の顔を照らして紬さんの瞳に届くまで、ほんのわずかですが時間がかかっています」
「……」
「音と比べると光はものすごく早いです。光は音の百万倍も速いです」
「はやい!」
「ですから普通に暮らしていると実感できることは少ないんですよね。音は山彦だったり雷の音が遅れて聞こえたりするので感じやすいんですが」
「そうね……」
「群青には衛星がありましたね?たしか二つかな」
「あるわ。青月と赤月よ」
「衛星自体は光ってはいないので恒星からの光が反射して見えています。衛星に光が反射して群青に届くまでにおよそ一秒ちょっとかかります」
「一秒ちょっと……」
「あの恒星」
ズルは飛行機の窓から見える夕刻の恒星を指さした。
「群青から見える恒星でもだいたい同じですが、あの恒星が光りを発してからこの惑星に届くまでおよそ十分かかります」
「十分……」
「今!見ているあの恒星は十分前の姿ということです。あのくらい大きく見える恒星でも、光のものすごいスピードで、十分かかるくらい距離的には離れているということですね」
「ズル……ちょっと待って…あなた、さっき群青からこの星までは百五十万年離れているって言ってたよね」
「はい」
「分かってきたけど……きたけど……」
「今あの恒星が光って、僕たちが見るのは十分後ですけど、その光が群青に届くのは百五十万年後です。宇宙ってすごく広いんですよ」
「音の百万倍速い光のスピードで百五十万年かかる……」
「そうです。それだけ宇宙は広いので、通常の単位では距離を表しずらいんです。なので光の速さで何年かかるかという光年を単位として使います」
紬は理解できたような気がして頷いた。しかし……そうするとあの、
「ゲートはその百五十万光年の距離をあんなふうに転移してこれるすごい大魔法なのね!!確かに……たくさんゲートを通ったけれど……」
「はい。銀河と銀河の間には何もない空間が広がっているのですが、そこを転移するゲートは数万光年から数十万光年を一気に移動するらしいですよ」
「すごいわゲートの大魔法。いくら科学文明の機械がすごいといってもゲートのような大魔法の比ではないんだわ」
紬は機械獣の強さやこの飛行機の性能の良さに科学文明のすごさを知ってしまい意気消沈していたが、魔法の素晴らしさを発見したような気分になって言った。
「はい。ゲートは古代人が残した神位魔法の遺物ですからね。それに機械を通さないようになっていて僕たち魔法界を科学文明の影響から守ってもいるんです。他にもどんな仕掛けが施されているのか……。秘めたる力は他に類を見ませんが、古代人だけがそれを扱えた神位魔法の産物です」
「魔法は魔法よ。私にだっていつかそんな大魔法を操れるようになる可能性があるんだわ」
おっとそれは少し危険な考え方だが…?とズルは思ったが気分が良くなっている紬の邪魔を言うのは控えておいた。
「あれを見てください。紬さん」
ズルは窓の外に見えてきた都市の景観を指さして言った。
「わー!」
リンも窓際に来て一緒にメトロポリスの景色を眺めた。きゃっきゃっと騒ぎ出したホムたちの声を聞いてうるさそうな顔をした正木だったが、少し離れた席に座っているアンドロイド、ハクの様子をさりげなく監視している目には油断がなかった。
特にゲートの話が出たとき、ハクの瞳がうっすら白い光を帯びたのを正木は見逃していなかった。




