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どうして正木は紬の魔法をやめさせたのだろう。さきほどの機械獣には苦戦した。それが三体も同時に近づいて来ているのだ。何かしないといけないことは明らかだ。リリーがスナイパーとしての腕が確かなのは分かった。機械獣の弱点に対してあのように狙い撃ちすることで決定的な有効打になることも。しかしそれにはチームが協力して機械獣の弱点を狙えるようにする必要があった。それを三体を同時に相手にしてできるだろうか?加えて空からは大きな飛行機械獣のようなものまでいるのに!接近戦になる前に攻撃をしかけて相手の数を減らせるようにするべきなのでは。それを紬は考えて強力な遠隔魔法攻撃をしかけようとしたのに。
紬は辺りを見回した。
正木は動かない。静かに近づいてくる機械獣を見つめているだけだ。
他の者たちは・・・・・・いつでも行動を起こせる準備をしつつ正木の指示を待っている様子だ。あの血気盛んそうなデニでさえも。
このようなときはリーダーの指示を待つという暗黙の了解のようなものがあるようだ。紬も空兵のリーダーをしていたことがあったから分かる。兵士に勝手なことをされては勝てるものも勝てなくなってしまう。そう思って少し恥ずかしい気持ちになったが、
でもでも、今すぐなんとかしなくては!
そのとき、紬も気づいた。何かが前方から近づいてくるのを。ドスンドスンと大きな音を立てて歩いている四足歩行の大きな機械獣三体を追い越して飛んでくる何か。
それは人が騎乗した何かだった。魔法使いが乗る魔獣鷹ではない。陽光を反射してキラキラと輝くそれは、機械でできた空飛ぶ乗り物だった。キィーンという甲高い音を出しながら飛ぶそれは、かなりのスピードで飛んできて機械獣たちの前で着地した。
その空飛ぶ機械に騎乗した人物は、片足を振り上げて機械から降りると地面にすっくと立ち、正木たちには背を向けて機械獣たちが向かってくる方を向いた。
紬は横目に見て気付いたが、正木は刀を鞘に戻し落ち着いた様子で新たに現れた人物の様子を伺っていた。
正木はこの人の出現を予期していた?もしかしたら知り合いか何かなのかしら。
そう紬が思ってしまうほど正木は落ち着いた様子を見せていた。
機械で飛んできた人を前に三体の機械獣は歩みを停止した。まるで主人の「待て」という指示に従った犬のように頭を下げて動かなくなった。
その人はくるりと振り返りこちらを向いた。そしてつかつかと歩いて近づいてきた。薄青の体にぴたっとした、てかてかと陽光を反射する素材でできた、トップスとボトムスの継ぎ目のない着衣を着ていた。靴の部分まで一体化しているように見える。白い肌の顔に、短く刈ってある髪の色も白かった。男性とも女性ともどちらにも見える中性的な顔立ち。無表情。背丈はあまり大きくなかった。紬やリンと同じくらいだろうか。もしかして子供?と紬は思ったが顔立ちは冷たい感じがして子供らしさはなかった。手には何ももっておらず武器の類は所持していないように見えた。
白い髪の人物は正木から五メートルほどの位置まで近づいてきて立ち止まった。それから辺りを見回しながら言った。
「武器をしまいなさい。ここは立入禁止区域である。あなた方は市民法を十七個も犯している」
その者は傍らに横たわった機械獣の残骸を見下ろした。
「中央政府の機材破壊行為を確認。重罪犯罪人に昇格」
紬はその人から今まで感じたことのない違和感を感じていた。身につけた魔具の魔法により彼?彼女?が発している言葉の意味は理解できた。しかし原音に含まれる金属的な高音が交じる声質は、耳障りだったし今まで聞いたことのないようなものだった。
正木は仲間のほうを振り返って言った。
「武器をしまえ」
みな言われた通りにした。
すでに刀を鞘に収めている正木は白い髪の人物に向き直って言った。
「私はこの者たちの代表者、正木涼介だ。お前の名前は?」
その人は正木に冷たい視線を向けた。
「私は中央政府トピカの端末五三八九」
白い髪は金属的な響きの交じる声で答えた。
「……あの人、アンドロイドですね」
紬の隣にいたズルが小声で紬に言った。
あの人がアンドロイド……機械…人間。
「抵抗しなければここで処刑はせずにメトロポリスに連行し弁明の機会を与えます」
「機械獣にやられる前にお前を殺すことはできそうだ」
正木が言った。
アンドロイドは微かに反応を見せた。瞳に白い光を帯びたように紬には見えた。
「私はトピカの意思を伝える端末に過ぎない。破壊されても微々たる損害でしかない。それを実行すれば、我々の機材があなた達への攻撃を再開し、別の端末がやってきてあなた達を処刑または連行するでしょう」
「分かった。大人しく連行されることにするよ。ちょっと待ってくれ」
正木はそう言ってアンドロイドに背を向け皆がいるほうに歩み寄り、手振りで集まれと合図した。
「お互いに動的防御魔法を掛け合うんだ。最大限にな」
そう指示されたので、紬は途中まで構築してあった攻撃魔法の術式を捨て、皆に防御魔法をかけた。
「科学文明の都に行くのね?」
紬が言った。
「正木、危なくねえか?機械どもがどんな準備をしているか分からねえぜ」
デニが懸念を表明する。
「今のところ選択肢はない。あるとすればあの機械獣たちと戦ってなんとか生き残り、ゲートを通って逃げることだが……何人かは落としてしまいそうだ」
「それなら敵の懐に踏み込むってか。賭けだな」
「機械とやりあうときは必要なことだ」
正木はそう言い切ってから防御魔法が充分に行き渡ったことを確認すると、アンドロイドのほうに向き直った。
「それで?どうやってお前のメトロポリスとやらに行くんだ?」
白い髪のアンドロイドは上空を指さした。
先ほど上空を飛ぶのを見た大きな空飛ぶ鳥のような機械獣が旋回しつつ降下してきた。キィーーンと凄まじい機械音も近づいてくる。
アンドロイドは飛行獣が着陸しようとしている方へ歩き出した。歩きながら自分が乗ってきた機械でできた乗り物の方を見た。瞳がまた白く輝くのが見えた。機械は自ら動き出し、シュイーンという音を出した。誰も乗せることなく飛び立ち、もの凄いスピードで飛び去っていった。
正木たちは警戒しつつアンドロイドについて行った。
リンが足を速めてアンドロイドに近づいた。
「ねえ」
アンドロイドに話しかける。アンドロイドは何も反応を見せなかった。
「わたし、リンっていうの。あなたのお名前は?さっきの……何かの番号みたいなのじゃなくって、ちゃんとしたお名前はなんて言うの?」
「私は中央政府トピカの端末…」
「五三八九!でしょ。そういうのじゃなくて、たとえば、お友達とかにはなんて呼ばれているの?」
「私はお友達、もしくはそれに関連したものを所持していません」
「そうなの……じゃあリンがあなたにあだ名をつけてあげる!」
「……」
「実は良いあだ名を思いついてたの。髪もお肌もきれいな白い色してるでしょ。番号も五三の八九だし、ハクって呼ぶね!」
アンドロイドは歩きながらリンのほうを向いた。リンは無邪気な笑顔でアンドロイドの答えを待った。
「私にあだ名というものは不要です」
リンは露骨にがっかりした様子を見せた。アンドロイドの瞳にまた白い光がまたたいた。
「……しかし、あなたが私をあだ名で呼ぶことについては承知しました」
「……!」
リンは笑顔になりアンドロイドへ手を差し出した。
「うんうん!じゃあ、ハク!よろしくね!」
アンドロイドのハクは差し出された手は無視したが「よろしくおねがいします」と答えた。
紬はリンの隣に駆け寄った。
「ちょっとリン!あんた何してるの?」
「番号みたいなのじゃ呼びにくいでしょ。だからあだ名をつけてあげたの。紬もハクって呼んであげて」
「この人、私たちのこと処刑するって言ってるんだよ!?」
「うん……でも仲良くならないとそれもそのままになっちゃうでしょ」
紬はリンが持ち前の明るさで、色々な星で人と仲良くなるのを見てきた。その力をアンドロイドにも発揮しようというのか。
「ハク。この子は紬。リンの一番の友達だよ」
ハクは無視して歩き続ける。
「リンと紬はホムンクルスなの。ハク、あなたはアンドロイドでしょ?だから私たちは同じ人造人間の仲間ってわけ」
ハクは立ち止まった。リンと紬を見る。
「ホムンクルス……」
ハクの瞳が白い光でまたたいた。
「うん。リンと紬は魔法で作られた土人形。ホムンクルスだよ。あなたは機械でできたアンドロイドでしょ。人間に造られたってとこと、人間じゃないってとこは同じだよ」
ハクの瞳の白い光は消えることなく輝いていた。
「わたし達お友達になれると思うわ」
リンが明るく言った。紬はおそるおそるハクの目を見ていた。
「……リンと紬。よろしくおねがいします」
ハクはそれだけ言ってまた歩き出した。
それがリンと紬の、ハクとの出会いだった。




