Scene9『without you my friend』
生徒指導室の床に寝っ転がりながら、今朝の夢、過去のカエル事件の続きを思い返していると。
チャイムが鳴った。
1限終了の時刻である。
「..........やっば」
とは口で言いつつも、全く起き上がる気になれなかった。
もういっそこのままここで寝てやろうか、とすら思う。
首根っこ掴まれて床に叩きつけられて、そのショックで気絶してました、という筋書きで。
「.....いやー.....無理だろうなぁ.....」
自分で出した妙案を自分で棄却する。
朝のHRの時に、担任に「寝不足です」と言ってしまっているため、どう言い訳しても「単に居眠りしていた」としか思われないだろう。例え本当に気絶していたとしても。
で、無事に粛清と。
つくづく嫌になる学校だ。
暴行の瞬間を捉えた証拠映像でも残っていれば、外部の然るべき所に訴えて、逆にこっちが粛清してやることも出来たのだが―――
「..............」
―――証拠が残っていれば。
逆に粛清することも。
出来たのだが?
「............................」
良い事を学んだ。次からは そうしよう。
「.........行きますかぁ」
勢いを付けて起き上がり、伸びをする。
首をぐるんと回してみるが、幸い痛みは無かった。長時間じっとしていたお陰かもしれない。
特に鍵なんかも渡されていないので、施錠することなく生徒指導室を出て。
優雅に校舎間を移動し、我が愛しの教室へと戻り。
ガラッ、とスライド式の扉を開けると、
「「「....................」」」
不自然に静かなクラスメイト達が出迎えてくれた。
それまでの作業をぴたりと止めたであろう、不自然な姿勢で、何も言わず、じっ.....とオレに視線を集中させている。
なんだその裏切者でも見るような目。オレお前らになんかしたか?
してません。反語である。
「おーい優等生」
自分の席に戻るや否や、案の定3バカに囲まれた。
座る間もなく肩を組んで来たのは、加藤。他2人は何も言わず、囲むだけ囲って、ニヤニヤ顔で見てくるだけだった。
非常に不愉快ではあったが―――さっきのハゲと比べれば、断然不快ではないので。
「なーんだよ加藤。イヤミかぁ?」
困ったように笑いながら、気だるそうなノリで対応する。
「イヤミってなんだよ。なに?とうとう優等生脱落?都落ちした?」
「してねーよ。てかそもそも優等生じゃねーから、オレ」
「うーわうっざ!クラス1位がなんか言ってますよ」
「うぜー!」
ゲラゲラ笑う3バカ。何も面白くないが、合わせて笑う。
笑いながら、2限の準備を進める。
「で、今度は何言われたんだよ? ていうか本当は何やらかしてんだよお前?」
「...........................」
何て答えようか、一瞬迷ったが。
「...........................ははっ」
面倒くさいので、ほぼ事実通り話すことにした。
「え、なんで笑ってんのお前。きしょ」
「いやそれがさ、昨日欠席扱いになったじゃん、オレ。5限」
「お、おう?」
「それで森山先生に文句言ったんだよ、昨日の時点で。あんたのせいで遅刻だ、こっちは昼飯も食ってないのに、って感じで」
「....おう。で?」
「すまんかった、しか言われなくてさ。思わず小声で『許すわけねーだろふざけんな』って言っちゃってさ」
「.....お前、まさか」
「聞かれててクソ怒られた」
「うーわ!ばっかでー!」
「やっばー!」
鬼の首をようやく手に入れた、とでも言っているように、指をさしてゲラゲラ笑ってくる3バカ。
そうだ、笑え笑え。
お前らが欲しがってた理由だよ。
存分にけなせよ。それが楽しいんだろ?
何が面白いのか知らねーけどさ。
「やばいよなー。次から気を付けるわ」
―――なんて事を思いながら、オレも笑う。
そうだ。これが正しいんだ。
突っかかってやり合ったって、メリットは無いのだ。
「いやいや、次なんかねーだろ。お前終わったぞ」
「うるせぇ!勝手に終わらすな!」
本音を出さないよう適当にあしらっていると、2限開始のチャイムが鳴った。
一瞬にして3バカの顔からげっすい笑みが消え、慌てて自分の席に帰っていく。
程なくして、2限の教師―――昨日オレを欠席扱いにした、現国の原田が教室に入ってきた。
ピシッと微動だにせず着席する生徒達、その光景を満足そうに眺める原田は、窓際のオレを視界にとらえ、
『お?今日は全員席に着いているな。良い事じゃないか。なぁ影山』
開幕から絡んできやがった。鬱陶しい。
「はい。今日は何の呼び出しも無かったので」
『おいおい、まぁーた言い訳かぁ? そんなに言うなら森山先生に確認を取るぞぉ?』
「ぜひそうして下さい。なんなら豪前田先生もご存じです」
『ほぅ?強気じゃないか。いいだろう、確認してやる。嘘だったら承知しないからな』
ジロリと睨みつけてくる原田。
んな凄まれても間違ったことは何も言ってないので、ポーカーフェイスでやり過ごすしかない。
ごめんなさい。こういう時、どんな顔をすれば分からないの。
笑えばいいんか?あのちっとも怖くないちんちくりん中年眼鏡を指差して高笑いしてやればいいのだろうか。
『うし、じゃあ始めるとするか』
くっだらないやり取りに飽きたのか、原田が号令をかけ、ようやく授業が始まった。
無駄に張っていた緊張を解き、窓から外を見やる。
梅雨まっしぐらな午前中の午後。空は雲で覆われており、今にも雨が降り出しそうだった。鞄の中の折りたたみ傘の出番かもしれない。
「.....はぁ」
ため息が漏れ出ていた。
雨が億劫だから、では無くて。
「しんど」
なんて事を、思ってしまったから。
そして、自分の口から出てきた言葉に、自分で驚いた。
そうか。
オレ、しんどいんだ。
――――――――――――――――
「ヒャーーーッハァ! 汚物は消毒だァーーーー!!!!」
溜まったストレスはその日のうちに発散するに限る。
そんなわけで、今日も今日とてE:rosを満喫するのであった。
『行くな瞬!! 戻れ!!』
「うるせぇ!!! 行こう!!!」
優斗の制止を無視し、敵同士がやり合っている建物へ突撃する。
数は見える範囲で6人。2部隊による戦闘らしかった。オレの接近に気付くことなく、呑気に56し合いに興じているようだ。
そんな連中への手土産に、持っていたグレネードを全て投げ入れ、時間差で自分も突入する。
何人かは既にダウンしていたようで、4,5人が綺麗に吹っ飛び、うち2人はそのまま箱になった。
「こんばんは〇ねぇ!!!」
言いながらSMGを乱射する。狙いは吹っ飛ばされても生き延び、オレの目の前に着地したヤツ。
高所から着地したキャラクターは、ほんの一瞬、硬直が発生する。
その一瞬で、難なく倒すことが出来た。
「Fooo!!! キルするの楽しオアァァァァァァ!!?」
そしてリロードをする間もなく報復を受けるオレ。
生き残っていた連中に蜂の巣にされてしまった。
『だから行くなって.....!!!』
VCから優斗の苦しそうな呟きが漏れる。
位置を確認すると、建物の入り口で援護射撃をしてくれていたが、見るからに攻めあぐねている様子だった。
しかしそれも当然で。
入り口からその先の室内にかけて、遮蔽物が無い。そこに敵が複数人待ち構えているのだ。
そんな場所へ身を躍らせれば、一体どうなるだろうか。
答えはオレだ。
と、ダウンした今なら冷静に考えられた。
どうやらさっきまでの自分は冷静じゃ無かったらしい。
「オレの事はいい!逃げてくれぇ!」
『んな事.....言ったって.....!!!』
建物の中の連中(今まさにオレの隣で入り口めがけて乱射している奴ら)は、一人残された優斗を狩ろうと、じりじりと入り口に近付いている。
ここで優斗が背中を向けて走り出そうものなら、その無防備な背に、遠慮なく鉛球がお見舞いされることだろう 。
引くも地獄、戦うも地獄。
加えて。
ここに留まるのも地獄なようで。
「あっ」
入り口の遥か向こう、優斗の後方に、見覚えのない構成の3人組が、オレ達が小競り合いをしている建物めがけて走ってきているのが見えた。
コレはアレだ。
終わったかもしれない。
「優斗」
『なんだよ!?言っとくけど引けないぞ!?』
「後ろ。ヤバイ」
『は? 後ろって.....おァァァァァァァ!!?』
断末魔の悲鳴がさく裂し、それと同時にゴリゴリ減っていく優斗の体力。
程なくしてダウンを取られ、オレの画面も暗転する。
晴れて部隊全滅である。
『..........』
「..........」
『....................』
「....................」
『....................何か言う事は?』
「大変申し訳ございませんでした」
『よろしい』
旧知の親友は実に寛容なお方だった。
言うまでも無く、今の戦闘の戦犯はオレで。
これと同じ事を野良がやったら、間違いなくバチ切れることだろう。
少なくともオレならキレ散らかす。それはもう罵詈雑言のオンパレードで。
『でも珍しいな。お前があんな戦犯するなんて』
「いやぁ...なんかこう、銃声を聞いたら居ても立ってもいられなくなって.....」
『なにその光に吸い寄せられる虫みたいな習性』
「今お前E:rosプレイヤーの事を虫呼ばわりしたな???」
『主語広げんな。おめーだよ虫は』
「なんでオレだけピンポイントで傷付けるかなぁ!?」
とは抗議するものの、飛んで火に入って燃え盛ったのは事実なので、心の中では受け入れる。
次は絶対バカ凸しない。ダメ絶対。楽しくなかったしもう二度とやらない。
『.....なんかあった?』
つい今までの軽い口調では無く、どこか真剣な雰囲気で聞いてきやがる優斗。
コイツの察しの良さには参ってしまう。
さっきのやり取りで流してくれればいいものを。
「いや? なんも無いが」
『そう?』
「なんだよ、心配してくれてんのか?」
『まぁね。あんな学校に通い続けてる友人が心配で仕方ないよ』
「確かに」
思わず笑ってしまった。
確かに、教師にもクラスメイトにもうんざりしているが。
「.....オレは大丈夫だよ」
『ほんとかぁ~? やばいって思ったらすぐに休めよ~?』
「平気だって。こうして息抜きもしてるし」
そう。
お前とこうして、一緒にゲームが出来ているなら。
この時間があるうちは。
まだ大丈夫。
オレはまだ、取り繕い続ける事が出来る。
その後も、軽口を叩き合いながらE:rosを続けて。
この日が、優斗と一緒に楽しくゲームをやった、最後の日になった。