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Scene8『カエルぴょこぴょこ③』

あの頃に帰りたい、と言うよりかは。


あの頃の方がマシだった、が正解かもしれない。



カエル事件の翌日。


『朝の会(中高で言うHRのようなもの)』にて、昨日の放課後に起きた事の顛末が、熱血先生の口から簡単に説明された。


更に、その後の1時間目と2時間目の授業までも返上し。


当時の4年2組は『いじめ』についての道徳の授業が開始されることになった。


道徳の教科書と、独自に用意した資料を展開しながら、いじめがいかに愚かで残忍で吐き気のする「悪」であるかを説き、お前らがやったのはソレだ、あぁーーん!? と思い出しキレながら、先生は熱く教鞭を振るった。


その言葉を受け、泣き出す奴、しゅんと落ち込む奴、もう絶対しないと正義感に満ち溢れたような顔をして話を聞く奴―――と、クラスメイト達が様々な反応を見せる中で。


「....................」


『いじめの首謀者』として認定されたサッカー小僧は、終始恐ろしいくらいの無表情で過ごし。


「....................」


『被害者』とされている優斗は、窓の外に広がる青空に想いを馳せていた。


せんせー、当事者達が一番興味無さそうですー。


と、手を挙げて進言したら、怒髪天をぶち抜いた熱血先生が空に打ち上がって爆発でもするだろうか。


なんて下らない事を考えるくらい、実のところオレも、先生の話を聞いていなかった。


当時のオレの興味は、優斗にしか向いていなかったから。


なんでわざわざ、一番敵を作るような言動をしたのか、と。






「あんま調子乗んなよ、お前」


怒涛の道徳の時間を終え、迎えた休み時間。


熱い想いを語り終えた熱血先生が教室を後にし、シーンと静まり返った教室にて。


小僧が優斗の席まで歩み寄り、開口一番放った一言が、ソレだった。


お前それ話聞いてないどころの騒ぎじゃねーぞ、と思わず二度見したオレだったが、優斗がぶつけたカウンターもなかなか強烈だった。


机に座ったままの状態で、小僧の方向をゆっくりと向き、頬杖を突いて、一言。


「は?」


おいおいおい。アイツしんだわ。


「てんめ―――」


「まぁまぁまぁ! 落ち着けってお前ら!」


ふてぶてしく睨み上げる優斗、拳を振り上げた小僧、その間に割り込むオレ。


一触即発、もとい、惨劇が起こる確定演出の空気に、居ても立っても居られず飛び出してしまった。


標的がすり替わったことで、小僧も一旦拳を納めるが―――その瞳の奥では依然として、怒りの炎がメラメラと燃え滾っているのが丸わかりだった。


「どけよ瞬。お前もいい子ちゃん気取りかよ。だっせぇ」


小僧の中では「いい子ちゃん」という蔑称が存在するらしいが、生憎オレには通じなかった。


いい子を気取っているつもりは毛頭無いし、先生から褒めて貰う為にヒーローごっこをしているわけではない。


オレは、オレの安寧の為―――自分が過ごす平和な環境(クラス)を脅かさんとする小僧(バカ)を、どうにか上手く説得することしか頭に無かった。


「なぁ小僧(※当時はちゃんと名前で呼んでた)。優斗に手を上げたら、お前余計に面倒くさいことになるぞ?」


「....................」


その事は一応理解しているようで、不満そうながらも、黙って話を聞く小僧。


しかしその怒りの視線は、オレの背後にいる優斗から離れていなかった。


どんだけ恨み深いんだよ自業自得だろうがボケナス、と口に出さなかった当時のオレを褒めちぎりたい。


で、言葉を飲み込んだオレは、代わりに根気強く説得を続けたわけで。


「桜川を庇ったのは否定しないけどさ。オレはお前の事も心配してんの」


相手の主張を否定せず、そして相手を想う発言をする。


我ながら小学校4年生にしてよくここまで口が回ったものである。いかに相手の顔色を窺い続けて生きてきたかが分かる。


もちろん、本心ではこれっぽっちも心配などしていない。コイツが怒られようが泣こうが病もうがクソどうでもいい。


「な? ほら、ちょうど休み時間だしさ。サッカーでもしようぜ」


そう提案しながら、クラス共有の備品であるサッカーボールを手に取り、小僧に渡す。


それを受け取り、実に不服そうな顔をした小僧は―――


受け取ったボールを、目の前のオレに対して、()()()()()()()()寄越してきた。


「おわっ!?」


ギリ顔面に当たらなかった距離でキャッチし、仰天しながらボール越しに小僧を見やると。


「バスケしに行くぞ! みんな体育館集合な!」


ボール置き場に置かれているもう1つの球、バスケットボールを手に取り、ドリブルしながら教室を出て行った。


「....................」


明確に芽生えた殺意を、深呼吸して押し殺し。


自分を落ち着かせる意味でも、静かにサッカーボールを所定の位置に戻して。


オレの中での本命。


桜川優斗に、改めて向き直った。


「.....大丈夫か?」


優斗の隣の席を間借りし、腰を下ろして話を聞く体勢を取る、と。


ちら、と。


こちらに視線を寄越した優斗の目から。


つぅー.....と。


一筋の雫が流れ落ちた。


「.....お前さぁ.....泣くくらいならあんな態度取るなよ..........」


笑い半分あきれ半分で、率直な感想を、思わずそのまま言ってしまった。


そんな自分の発言に、自分が1番驚いた。


普段なら「おー怖かったよなそうだよな」みたいな、適当な相槌を打って慰め役に徹するのだが、何故かそうしなかった。


何故だろう。


コイツと話していれば分かるだろうか。


「だっで.....むかついたから.....」


机に突っ伏しながら、消え入るような声で呟く優斗。


とてもさっき「は?」とずぶとく返した肝っ玉少年とは思えない。もしかして二重人格?


「いや.....まあ.....気持ちはすげー分かるけどさ.....」


個人的には、ゼロ距離投擲をかましやがったあの小僧に対して、今からでもクラウチグスタートを決めてぶん殴りに行きたい気分ではあるが。


そんなことをすれば、熱血先生から熱血指導(物理)を受けることになるだろう。それは勘弁願いたい。


クラスメイトからも白い目で見られるだろうし。


オレはわざわざ敵を作るような事はしない。


目の前の、こいつとは違って。


「なぁ、聞いてもいいか?」


「..........なに」


「なんで昨日、カエルなんか助けたんだ?」


昨日から温めていた疑問を投げかけると。


優斗は、少しの沈黙の後、ぽつりと答えてくれた。


「..........助けたかったから」


「..........え?」


思わず聞き返した。


もちろん聞こえていた。でも理解が出来なかった。


『助けたかったから』『助けた』。


これ以上ない、実にシンプルで、非常に分かりやすい返答だというのに。


コイツは本当に。


打算も何も無く。


「カエルを助けたい」と、その時思ったから、その通りに実行しただけで。


そうするために、クラスの全員を敵に回したのかと。


あまりにもそれが信じられなくて。


「......ちなみにさ」


「....なに?」


「昔、カエルに助けられた~みたいな、そんな冒険を体験してたり...?」


「.....え?」


突っ伏していた優斗が、涙と鼻水を垂らした顔で、ぽかんとこちらを見つめてくる。


何言ってんだコイツ、とでも言いたそうだった。


「いやごめん、なんでもない」


「.....好きなの?カエル」


「そういうワケじゃなくて.....まぁ嫌いじゃ無いけど」


「.....そっか」


「.....お前好きなの?カエル」


「ううん。苦手」


「じゃなんで助けたんだ!!?」


思わず立ち上がってツッコんでしまった。


優斗は少し驚きながらも、頬に涙の跡を残した、すっかり泣き止んだ顔で、


「えっ...だから、助けたかったから.....」


先ほどと同じことを答えた。


「.....あー..........」


優斗が言っていた内容を整理して、一人納得する。


カエルは『苦手』。


でも『助けたいと思った』。


だから『助けた』。


コイツは何も、矛盾した事は言っていない。


考えが極めてシンプル、ただそれだけなのだ。


ごちゃごちゃ考えるオレとは、全くの正反対で。


「なーるほどなぁ..........」


「.....オレ、なんか変なこと言った?」


「いや、全然。もいっこ聞いてもいい?」


「いいよ。なに?」


「さっき小僧(アイツ)にケンカ腰だったのって、ドシテ?」


「.....むかついたから」


「だっはっは!!!」


予想していた返答が予想通り帰ってきて、思わず笑ってしまった。


「なっ...なんで笑うんだよ.....」


「いや、お前ほんと面白いわ。そうだよな、ムカつくよなアイツ。分かるわー!」


思わず笑って。


思わず、思っていた事を、そのまま丸ごと言っていた。


「え? ムカつくの?」


「ムカつくだろあんなの。なんだよあの態度。デカいのは身長(たっぱ)と声だけにして欲しいよな」


「えぇ.....? 仲良いんじゃないの?」


「良いわけねーじゃんあんなのと。適当に合わせてるだけだよ。だれが仲良くするかあんなクソガキ」


「.....クソガキって.....同い年じゃん」


「それなー!!だっはっはっは!!!」


誰にも言ったことの無い頭の中を、全部ぶちまけて、腹抱えて笑うオレに対して。


優斗は、最初困惑していたが―――次第に笑みを浮かべるようになって。


休み時間が終わるころには、二人で声を上げて笑っていた。




こいつになら、何でも話せる。


こいつになら、何を聞かれても構わない。


そう思える奴と出会ったのは、初めてだった。


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