Scene7『Crime and Punishment』
体罰は『学校教育法』で禁止されています。
ダメ絶対。
そのはずなんですけどね。
生徒指導室が最終処分場と呼ばれているのは、それなりの理由がある。
教師陣曰く、ここは停学・留年の宣告、厳重注意などなど、生徒の『罪』に応じた『罰』が下される場所だ、とのことなのだが。
不思議な事に、『罰』を下された生徒は、その後自主的に退学を申し出るのだという。
故に、文字通りの『学生生活が終わる部屋』として、生徒達から恐れられているのだ。
そう考えると、昨日の呼び出しは、異例中の異例だろう。オレは何の処罰も受けることなく、その悪名高い場所から出る事が出来たのだから(何も悪い事はしていないから当たり前なのだが)。
しかし、今日に関しては。
慣例通り、重い処置が下るのかもしれなかった。
「................」
先ほどのHR以上の、重苦しい空気が場を支配している。
部屋には、呼び出されたオレと、呼び出した張本人の森山と、
なぜかもう一人。
「―――さて」
生徒指導を担当する教師、生徒に終了を宣告する張本人、豪前田が居た。
高そうな革製の3人掛けソファ、その中央にどっかり腰掛けながら、じろりとこちらを見やる豪前田。
「影山、お前.....」
重苦しい空気を切り裂き、もったいぶった間を置いて、
一言。
「ハッピーか?」
だから何なんだよその質問。流行ってんのかアンタらの中で。
なんて思いつつ、そんな事を言ったら自爆もいいところなので。
今回も迅速に答える事にする。
「はい。今のところハッピーです」
「そうか、そいつは良かったな。だが森山先生は、お前のせいでハッピーじゃ無いそうだぜ?」
言いながら、視線を後ろにやる豪前田。
森山はソファに腰掛けることなく、豪前田の斜め後ろに、まるで従者のように立っていた。
その顔に、明らかな怒りの表情を張り付けながら。
「ッ.........」
顔を赤くさせ、眉間をしわっしわに凝縮し、鋭い眼光で睨みつけてくる森山。
なーんでこんなキレてんだこの人?
疑問に思いつつ、張り詰めた空気に耐えながら、森山の言葉を待っていると。
「.....昨日の放課後、タレコミがあってな」
「.....タレコミ、ですか?」
「あぁ。お前がオレに中指を立てて暴言を吐いていた、とな」
サァッ―――と、頭のてっぺんから血の気が引いていく感覚に襲われた。
フラッシュバックする、昨日の放課後、生徒指導室を出た直後の光景。
なるほど。
なーるほどぉ?
これはねぇ。
ちょーっとねぇ。
まずいかもしれない。かなり。
「暴言...ですか?」
心当たりしか無かったが、表っ面では悟られないよう、首を傾げてすっとぼける。
が、それが逆鱗に触れたようで。
「ふざけるな!!!すっとぼけるのも大概にしろ!!!!!」
それはもう、瞬間湯沸かし器のように。
昨日のやる気のない適当な印象とは打って変わり、親の仇を問い詰めるような、凄まじい口調と勢いでキレ始めた。
「バカにしやがって!!!お前なんか退学だ!!!教師をバカにするヤツは許さん!!!!!」
自分の生徒が不登校になっている理由も把握出来ていない奴に教師を自称されてもなぁ。
なんて思いながら、森山の雑言を聞き流す。
ひとしきりの定型句を浴びせられた辺りで、豪前田が割って入ってきた。
「まぁ、森山先生。ここは本人の弁明を聞こうじゃないですか」
そう言って、再びじっ...とこちらを見つめる豪前田と、息を荒くしながらもとりあえず黙る森山。
「ほら、言ってみろ影山」
「.....何を、ですか?」
「そんなのお前が分かってるだろ。ほら早く。先生達を待たせるな」
とは言うが、ここで素直に
「適当に謝られた後、その背中に『許すわけねぇだろハゲ〇ね』って言いながら中指立てました。誠に申し訳ありません」
と言えば許されるだろうか。
答えは否。
良くて退学宣告、悪くてボッコボコにされたのち退学宣告だろう。信じられない事に、この学校では未だに体罰が合法なのだ。
であれば、馬鹿正直に全てをぶちまけるのは悪手なので。
「......順番に、話していいですか?」
極一部だけ、ぶちまける事にした。
「ほう?話してみろ」
「昨日、森山先生に昼休みに呼び出されたんですが...そのまま5限に突入したのは覚えてますか、森山先生?」
「バカにしてるのか?」
「覚えてますか」って質問してんだから「はい」か「いいえ」で答えろよめぇぇぇんどくせぇ〜〜〜やつだなコイツはよぉ~~~。
疑問文には疑問文で答えろと生徒に教えてんのか???本当に教師かてめぇ???
―――と、腹の底から雪崩れ込みそうになった言葉を、5秒ぐらいかけてゆっくり飲み込んで。
「...昨日、呼び出されて、5限の時間まで拘束されたんですよ、オレ」
話が通じなさそうなので、森山では無く、豪前田と会話する事にした。
「ほう?それで?」
「『どんな理由があろうと授業開始時に着席していなければ欠席』、それがこの学校のルールですよね」
「そうだな。それで?」
「昨日オレは、5限の現代文の授業は欠席になりました。授業開始時刻に、指導室に居たからです」
「ほうほう。それで?」
「とても理不尽に感じました。森山先生に訴えかけましたが、すまんかった、授業頑張って来い、としか言われず、ますます理不尽に感じました」
「ほう。それで?」
「だから思わず、すまんかった、なんて言われた後に、廊下でこう言ってしまいました。『許すわけねーだろふざけんな』って」
「...............」
モラハラ上司の如く疑問文で返し続けてきた豪前田は、最後の結末を聞いて、オレの顔を見つめたまま沈黙した。
ニュアンス的には嘘は言っていない。マイルドに言い換えてはあるが。
一方で森山はと言うと、今にも爆発しそうな顔でオレを睨みつけていた。
2人の教師の視線を集めながら、場が静まり返る事、数秒。
「.....で?」
豪前田の質問攻めが再び始まった。
「それで終わりか?」
「..........森山先生にした失礼な言動は、それだけです」
「本当だな?嘘はついて無いな?」
「はい。その後は急いで教室に戻って、大人しく怒られて、欠席にされた授業を受けました」
「イヤミか貴様ッ!!!!!!!」
えぇそうですよく気付けましたね。その脳天に花丸書いてやるから頭下げろファッキンハゲ。
暴発した森山をなだめながら、豪前田が質問を続ける。
「中指がどうのこうの、って話があったと思うんだが。アレは?」
「そんなことしてません。ていうかそんな余裕ありませんでした。なにせ遅刻していたので」
「きッ........!!!」
どかどかどか、と。廊下に居ても聞こえていそうなほど音を立てて、森山がオレに近づいてくる。
そして、胸倉を掴んで、脂ぎった顔面を思いっきり近づけてきた。
「舐めるのも大概にしろよ!!!!!」
「....................」
てっかてかの中年の顔を間近で見せられながら、どう答えるのが正解か考える。
舐めてませんと答えるか、事実を言っているだけです、と答えるか。
いやーどう答えてもキレるだろうなぁ、この人。
流石にイヤミを混ぜたのは良くなかった。混ぜるつもり無かったけんだけどさ。あまりにもこの人に対する嫌悪が高まり過ぎて、思わず零れてしまった。
「....................」
―――なんでだろう。
嫌いな奴も、クソみたいな連中も、キモイ輩も、これまでに腐るほど関わってきて。
それでも、これまではずっと、適当に切り抜けられたのに。
なんでコイツだけ、こんなに許せないのだろう。
「あー、確認するけどな」
余計な事に意識がフライアウェイし始めたあたりで、豪前田が改めて質問してきた。
が、その間も胸倉は掴まれっぱなしなので、オレの視界は相変わらず脂ギッシュな中年ハゲの顔面でいっぱいである。
意識がフライアウェイした理由これかもしれない。直視し続けるにはあまりにもしんどい。
「影山、お前は森山先生に中指を立てていない。そうなのか?」
「.....はい」
「ほう。で、暴言は吐いたと」
「.....はい、そうですね」
ミシィ、と数センチの距離にある眉間に皺が寄る。
この距離で鼻息荒くするの本当にやめて欲しい。シンプルにきもい。あと臭い。
「で、お前はどう思うんだ?」
「.....と言いますと」
「許すわけねぇだろふざけんな、って、教師に対して使っていい言葉だと思うか?」
「.....思いません」
「そうだな。じゃあ、悪いのは誰だ?」
「.....不適切な発言をしたオレです」
「そうだな。じゃあ、どうする?」
「.....森山先生に謝ります」
「そうだな。謝ってくれるそうですよ、森山先生」
豪前田の言葉を受けて、ここでようやくオレの胸から手が離れる。
そして、戦闘直後のサイボーグかと思うぐらい息を荒くしている森山に対して、90度腰を折り、深々と頭を下げた。
「申し訳ありませんでした、森山先生」
さてどんな罵詈雑言を浴びせられるか、と心の中で身構えていると。
ガッ、と視界が揺れて。
物凄い力が首にかかり。
気付けば、床のカーペットに頬を擦り付けられていた。
「そうかぁ、そこまで頭を下げられちゃ、オレも許すしか無いなぁ」
そう言いながら、オレの首を上から鷲掴み、頭を無理やり地面につけさせ、土下座の状態を作り出している森山。
状況を理解するのに、かなりの時間を要した。
こんな事が横行するのか。令和のこの時代に。
オレの言動は、そんなに罪深いものなのか。
―――キーンコーンカーンコーン
前時代的過ぎる教育方針に啞然としていると、チャイムが鳴った。
1限目の授業、開始の合図である。
そして、それが鳴った時点で、ここに居るという事は。
「おっと、悪い悪い。早く授業頑張って来なさい」
とても嬉しそうな、満足そうな表情を見せ、森山は首から手を離した。
優斗は学校に来なくて正解だ。
こんな奴が担任を受け持つクラスに留まるぐらいなら、辞めるか転校すべきだろう。
そう思うと同時に。
学生生活が終わる部屋、そのカラクリが分かった気がした。
「さて。じゃあ影山、鍵は閉めなくていいから、授業に戻りなさい。もう教師の悪口を言うんじゃないぞ」
言いながら、床に倒れたままのオレに一瞥だけくれ、森山と共に指導室を出ていく豪前田。
教師2人が出ていき、今度は緊張感の存在しない、ただただ平和な静けさが生徒指導室に訪れる。
残されたオレは―――ごろんと仰向けになって、ぼーっと天井を眺めた。
「....................」
とりあえずは『厳重注意』という形に落ち着いたのだろう。
注意の仕方が物理的だったのは、非常に気に食わなかったが。
森山からの印象が最悪になった点は―――どう頑張っても巻き返しは効かないだろう。
今後はせめて、これ以上嫌われないよう、立ち回らなければ。
でないと、奴が担当している化学の成績が、どえらい事になるかもしれない。
「..........この後も面倒くせーなぁ............」
1限の教師に謝って、言い訳して、授業を受けて。
どうせ3バカに囲まれるから、ヘラヘラ笑って対応して。
他の奴にも聞かれるだろうから、同じように適当に躱して。
そうやって放課後まで耐えて―――
「..........ほんと.....めんどくさ」
いつからだろう。
いつからこんな、面倒に感じるようになってしまったのだろう。
それ以外の生き方なんて知らないのに。
なんでこんな。
面倒くさい生き方を選んでしまったのだろう。
「..........ははっ」
そんな問答をしても、答えなんて出るわけもなく。
1限が終わる時間まで、そうして寝っ転がっていた。