Scene6『This is THE REAL』
昔の記憶が夢に出てくるときは、その時に帰りたい、と心のどこかで思っているらしい。
ソースは不明。
熱血先生が来たタイミングで目が覚めた。
「...............」
手元のスマホが奏でるアラームと、天井と、部屋の間取りと、壁の時計を確認したところで。
さっきまでのは夢で。
過去の出来事で。
今の自分は高校2年生で。
両親はすでに離婚していて。
あと1時間以内に出なければ遅刻する。
という事を思い出した。
「.....またなっつかしいモノを」
なんで今更、小学生の頃の記憶を追体験したのか。
疑問に思ったが、十中八九昨日のE:rosが原因だろう。帰ってきてから日付が変わる手前まで、実に6時間以上、ぶっ続けで優斗と会話していたのだ。
ゲームをしながらとは言え、6時間も話すとなれば、その話題は多岐に渡るもので。
『そういやオレ達、何年の付き合いになるんだ?』
「あー? 確か.....小4で初めましてだったから.....」
『4年、5年、6年、中1、2、3..... 今年で7年目???』
「マジ???」
『どっこい.....これが現実.....!!!』
そんな会話をしていたのを思い出した。
「ふぁ~.........くっだらね..........」
昨日のやり取りを思い返して、思わず笑ってしまった。どっこいじゃねーよ。やかましいわ。
まぁそんな感じで、どうでもいい会話にもE:rosにも終わり時が見えず、気付けば真夜中に差し掛かっていて。
慌てて宿題と復習を済ませて、寝たのは結局2時過ぎになってしまった。
「ふぁ~.........ねっみ.........」
欠伸が止まらない。
現時刻は7時。いつもなら日付が変わるタイミングで寝ているので、思いっきり寝不足である。
が、そんな事は言っていられない。こっちの事情を鑑みて優しくなってくれるほど、この世界は甘ったるくない。
少なくとも、これまでの学生生活でも、私生活でも、15年の人生のどんな場面においても。
世界はいつも卑劣で勝手で。
自分が世界に合わせるしかなかった。
『ご飯出来たよ~』
本日も愛しの母上が、ありがたーい朝食を作ってくれたらしいので、回想もそこそこにベッドから降りる事にする。
今日も一日が始まる。
「...............」
洗面所で顔を洗い、水で塗れた自分の顔を見やる。
―――大丈夫。今日もうまくやれる。
波風立てず、仮面を被って。
適当に笑って、適当に合わせて、適当にやり過ごして。
そうすれば、大抵上手くいくのだ。
これまでもやってきた事だ。
これまで通りにやればいい。
「..........面倒くせーな、ほんと」
これまで通りにやればいい、はずなのだが。
鏡の向こうの自分は、ひどく疲れた顔をしていた。
しかし、そんな自分を、慰めることも、励ますことも出来ず。
言い聞かせることしか出来なかった。
大丈夫。今日もうまくやれる。
大丈夫。
『おはよう諸君!!』
『『『おはようございまぁす!!!!!』』』
やっぱダメかもしれない。
朝のHR、本日のファシスト集会の開演である。
『昨夜は十分休めたか!?』
『『『はい!!!』』』
『気力は十分か!?』
『『『はい!!!』』』
『よろしい!!本日も我が校の生徒に相応しい、誇りある行動を期待する!!』
『『『お任せください!!!!!』』』
絶叫しながら腰を90度折り、机に顔面をぶつけるような勢いで深く礼をする。
朝っぱらからこれだよ。低血圧&寝不足のオレには相当酷な仕打ちである。
礼をした状態のまま制止させられ、クラスが沈黙に包まれること数秒。
『よし、じゃあ連絡事項を伝えるぞ~。座ってよし』
という気の抜けた声の許可を得て、クラスメイト達は各々席に着いていく。
ようやっと本題の連絡事項なのだが、寝不足と呆れのダブルパンチで、いまいち頭に入ってこない。
何なんだよこの茶番。毎朝やらされてんだけどさ。正気かよこの学校。これも毎回思ってんだけどさ。
前日の夜、予習復習などの自宅学習に励んだ者は朝の激励会を免除する、みたいな校則を作ってはくれないだろうか。
いっそのことオレが生徒会に立候補して作ってやろうか。作り変えてやろうかこの学校。
ありかもしれない。アリ寄りのアリーヴェデルチだ。
やりたくないけど。さよならだ。
「―――おい影山」
「は?」
後ろの席から肩を叩かれ、ハッと意識が戻ってくる。というか、意識が自分の世界にフライアウェイしていた事に気付かされた。
振り返ると、そこには神妙な面持ちの加藤が居て。
「なに?」
「お前呼ばれてるぞ」
「...なんやて?」
加藤に促され、改めて教壇を見ると―――おっとめっちゃ怒っていらっしゃる。これはまずい。
担任教師が帳簿を開いた状態で、目を見開いてじっとオレを凝視していた。
眉間にしわも寄せず、口の端を歪ませる事もしない圧倒的無表情は、しかし逆説的に、とんでもなく不穏な雰囲気を漂わせていて。
その無表情が崩されないまま、やがてゆっくりと、口だけが動いた。
「影山、ハッピーか?」
どういう質問???
いや違う、余計な事は考えるな。この場に限って沈黙は毒だ。なんでもいいから適当に答える。
「はい。すこぶるハッピーで元気です」
「そうか。その割には体調が優れないようだな?」
「寝不足のせいです。昨夜は少々、勉学に熱が入りまして」
「そうかそうか!そいつは素晴らしい!1か月も先の定期試験対策でもしていたのか?」
「その通りです。その日のうちに復習するのが一番効率がいいですから」
「ほぉーう? なるほど? まぁ、定期考査の成績が一番良かったお前が言うんだ。それが正しいんだろうな!」
十分過ぎる抑揚を付け、オーバーにリアクションをしながら話す教師だが、それを全て無表情のままやられては不気味でしかない。マネキンが話しかけてくる方がまだ違和感が無いだろう。
率直に「ぼーっとしてないで人の話を聞け」と言ってくれれば、分かりやすくて助かるのだが。
そう言わない辺り、本当にいい性格をしていらっしゃる。
この人はつまり、オレを更生させたいのではない。
見せしめのサンドバッグにしたいのだ。
教師の話を聞かない奴は、こうなるんだぞ、と。
「だがな。勉学に励みすぎて教師の言葉を聞き逃すなんて、本末転倒だとは思わないか?」
思いません。
じゃなくて、
「思います」
「そうだよな? ではこれからどうする?」
「以後聞き逃さぬよう、寝不足を回避するべく、夜はもっと早めに寝ます」
「そうだな。ついでにもっと飯も食っとけ。血色が良くないぞ」
「はい!」
射貫くような視線がオレから離れ、再び帳簿に向く。
あっぶねぇぇぇーーーなんとか回避出来た。よく頑張ったオレの脳。やはり朝飯はちゃんと食べるに限る。一瞬でも沈黙を作れば粛清されていたに違いない。
安心した途端にどっと疲れてしまった。もうこのやり取りだけで今日一日分のカロリーを使い切った気分だ。
だというのに、話はまだ終わっていなかったようで。
「なぁ影山、お前の良好な成績に免じて、もう一度同じことを伝えてやる。今度は心して聞け?」
「.....はい。恐縮です」
「このHRが終わったら、生徒指導室へ行け。森山先生がお呼びだ」
生徒指導室へ行けと。
そう言われてまた気が遠くなりかけたが、気合で意識を留め、「分かりました」と返事をする。
「よし、伝えたからな。必ず行くように。では続いて―――」
ようやっと担任から意識を外され、改めて緊張を解く。
その後はつつがなくHRが進行し、連絡事項を全て伝え終え、
『―――以上だ。では諸君、今日も励むように』
『『『はい!!!!!』』』
生徒達からの絶叫を満足そうな顔で受け取り、担任は去っていった。
「.....あ゛~~...............」
朝の茶番の全工程を終え、思わず机に突っ伏してしまう。
が、それは許されないようで。
「お~い優等生さん? 1ヶ月も先の試験勉強をなさって寝不足の優等生さーん?」
「生徒指導室へ行かなくていいんですかぁ~?」
例の如く、佐藤・加藤・伊藤の3馬鹿が集まってきて、残酷な現実を突きつけてきた。
「...............」
夢であることを願い、自分の頬をつねってみたが。
普通に痛かった。
どっこい。これが現実。
「..........行くかぁ」
「お前、ほんと何やらかしたんだよ」
「なんもやってねーって。なんで朝っぱらから指導室なんか行かなきゃなんねーーーんだよ.....」
加藤の追及を適当に流しながら、牛歩の歩みで教室を出る。
出向がてら、呼び出し人の名前で、用件を想像してみた。
森山先生、森山、モリヤマ.....はて誰だったか。
と、脳内検索をかけて。
「.....あっ」
1件HITした。
昨日話したばかりの、隣のクラスの担任教師。
優斗の担任にして、あいつの不登校について聞き出してきた奴だ。