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Scene4『かえるぴょこぴょこ①』

自分と正反対の人間って居るんだなぁ、と。


当時小学4年生だったオレは、心底驚いたのを、よく覚えている。


ある放課後の一幕。


「なんだよお前」


突拍子も無い怒声が木霊(こだま)し、オレも含め教室にたむろしていた連中の視線は、一斉に声の発生源へと向けられた。


見やれば、不機嫌100%の面をしたクラスのガキ大将(名前は憶えていないので 『サッカー小僧』と呼称しておく)が、教室のど真ん中で仁王立ちで(たたず)んでいたのだ。


足が速く、スポーツ万能、テストの点も優秀な、元気いっぱいのお調子者で、男子一同にはもちろん、女子にも先生にも大層気に入られている奴だった。記憶が正しければ。


そんな、今で言うところのカーストトップに君臨していたサッカー小僧に、真っ向から対立する勇者が一人。


「だから、やめろって言ってんだって」


困った表情と呆れた表情を足して2で割ったような、そんな顔をしながら、しかし毅然(きぜん)とサッカー小僧の行いを否定する少年―――


それが、当時小学生だった、桜川優斗(さくらがわゆうと)だ。


この時点でオレは、優斗の事はよく知らなかった。なにせ同じクラスになった事が無く、遊びやクラブ活動においても、一度も関わった事が無かったのだ。


そんな感じで未知数だった優斗への評価は、一触即発の空気を錬成した功績によって 、ある方向に傾きつつあった。


コイツやばい奴かもしれない、と。


「はぁ? お前に関係ねーだろ」


「そーだそーだ!」


「なんだおまえ!」


友人だか子分(こぶん)だかよく分からん連中を背中に控え、一歩も譲らないサッカー小僧。後ろに居る2人も、それぞれ偉そうな態度、小ばかにするような態度でヤジを飛ばしていた。


まぁしかし。

サッカー小僧のクソ生意気な発言も、別に間違っているわけではなく。


優斗が突っかかっている理由は、このサッカー小僧から嫌がらせを受けたから―――とかでは無いのだ。


「でも、この子しんじゃうよ。このままだと」


優斗が指差したのは、サッカー小僧の机の上に置かれているプラカップ。


その中に閉じ込められている、カエルだった。


(.....カエル.........??)


当時のオレは首を傾げた。


小学生の手のひらサイズはありそうな、まぁまぁ大きいカエルが、逆さまにして机の上に置かれた、プラカップの牢獄に閉じ込められていたのだ。


机のど真ん中をカエルが占拠している光景は、確かに奇妙だとは思うが――


それと、この一触即発の状況と、なんの関係があると言うのか。

 

「なにお前『この子』とか。キッショ! キモ! 何いい子ちゃんぶってんの? 」


コレと同じ発言を大の大人が言ったら、SNSが発達した現代ではバチクソに叩かれるんだろうなぁ―――と、多少大人になった今なら思うのだが。


鼻たれ小僧だった当時の我々には、倫理もコンプラもへったくれも無いわけで。


思ったことを、言いたい時に、言いたいだけ言うのが『普通』だった。


そして、その『普通』の洗礼をバッチバチに浴びせられた優斗はというと。


「...で、この子逃がさないの? 逃がさないとしんじゃうよ?」


全くブレていなかった。

変わらない表情で、後ろの従者2人には目もくれず、カエルを閉じ込めた張本人のサッカー小僧に向き合っている。


いい子ちゃんという煽りがスルーされ、それが(しゃく)に障ったのか、サッカー小僧の語気が一気に荒くなる。


「しなねーよ! 明日の朝虫かごに入れるんだから!」


「朝までにしなないの?」


「しぬわけないじゃん! バカじゃねーの? むしろ安全だから!」


自信満々に小僧(略称失礼)が「プラカップがいかに安全か」を語っている間に、最初から話を聞いていたらしい友人から「これどういう状況なの?」と尋ねる。


すると、以下のように説明してくれた。


放課後になってすぐ、ボールを担いで校庭へと直行した小僧は、どこでか偶然、かっちょいいカエルを発見したらしい。


是非ともそれを持って帰りたいと思ったのだが、しかしカエルを収納するのにちょうどいい容器や入れ物が無かったとのこと。


そのため仕方なく、同じく校庭で拾ったプラカップでカエルを捕獲し、机の上に一旦(・・)置いといて、明日持ってくる虫かごで改めて捕獲する―――という計画を立てたらしい。


で、その話を聞きつけ、明日の朝まで机の上に監禁されるカエルを見てられず、小僧に食って掛かって助け出そうとしているのが、前述の勇者様なのだという。


(...なんつーガバガバな計画。諦めて逃がしてやれよ)


(ほんとだよな)


と、今も昔も変わらない感想を、野次馬友達とヒソヒソ交わす当時のオレだったが。


それを口に出して抗議することは、絶対にしなかった。


理由は簡単。小僧(アレ)を敵に回せば、今後の学校生活がとんでも無く面倒なことになるから。


そういうリスクに人一倍敏感だったオレは、自らのことでも、友人のことでもない事情で、一番目を付けられたく無い相手に食って掛かる優斗の姿は、とてもとても正気には見えなかった。


「そのプラカップで連れて帰ればいいじゃん」


「逃げられるかもしんねーじゃん! 逃げたらどうすんだよ?」


「逃げないようにフタしてりゃいいじゃん」


「なにで!?」


「手で。いやなら下じきとか無いの?」


売り言葉に買い言葉の応酬。自分の事ではないのにはわわと焦ってしまう。なんだなんだと野次馬もどんどん増えていき、次第にざわめきも大きくなっていく。


しかし、おそらくこの場で一番冷静だったのは、当事者の優斗で。


「じゃあお前が持って帰れよ!」


「なんでオレが? お前が連れて帰りたいんでしょ?」


「うるせーなお前!きもいんだよ!帰れ!」


言い返せなくなった小僧が、とうとう優斗に対して手をあげた。


「帰れ」の言葉と同時に、優斗を思いっきり突き飛ばす。それなりに体格の良かった小僧の一撃で、優斗は簡単に尻もちをついてしまった。


突然の暴力に、野次馬の一人から小さく悲鳴が上がる。


しかし、それでは終わらず。


「かっえーれ! かっえーれ!」


手下と共に手拍子をし始め、優斗に帰れコールをするサッカー小僧。


うーわそこまでするか、と心底引いた。野次馬の中でも、同じくそう思った奴らは居たはずだ。


しかし、人間とは、かくも残酷な生き物で。


「かっえーれ! オイッ! かっえーれ! オイッ!」


帰れコールを継続しながら、当初よりもかなり層の厚くなった野次馬に煽りを入れる小僧。


数人の女子が逃げるように立ち去り、残った奴らは、顔を見合わせながら―――


「.....えーれ、かーえーれ......」


お互いで伺い合うように、小声で、小さな手拍子で、コールに乗っていき。

最終的には、そいつらも小僧と一緒に、残酷な大合唱を、優斗一人に浴びせていた。


「かーえーれ! かーえーれ!」


教室に響き渡る帰れの大合唱。下校時刻になってからそんなに経っていない為か、他クラスの連中も含めた大人数が集まっており、そいつらが出す声は「合唱」と称して差し支えない規模だった。


経緯を話してくれた隣の野次馬友人も、周りの様子を伺いながら、笑顔で「かえれ」と連呼していて、


―――えぇー.....


ことなかれ主義、かつ長いものに巻かれる主義のオレは―――その時初めて、周りの流れに、乗らなかった。


乗りたくなかった。


その時の気持ちを言葉にするのは、未だに難しいのだが。


それは優斗に対する哀れみでも、間違った事を嫌う正義感、なんて高尚なものでもない、とだけは断言できる。


「............」


周りの心無い言葉の嵐に(さら)されながら、ゆっくり立ち上がる優斗。


野次馬の壁を一瞥(いちべつ)し、目の前で手を叩きながら煽ってくる小僧にも一瞥をくれ、最後に机の上に視線を移して―――


「おい! なに逃がそうとしてんだよ!」


机に向かって伸ばされた手をはねのけ、優斗の胸倉を掴む小僧。


ちょうどそのタイミングで、お祭りは終了となった。


「お前ら!! 何やってんだ!!」


そう言ってクラスに怒鳴り込んできたのは、当時のオレ達の担任教師、竹下先生だ。以下では分かりやすいように『熱血先生』と呼称する。


お祭りムードから一転、お通夜ムードへと空気が切り替わり、モーセが叩き割った海のごとく、先生の目の前からサッと人の壁が消え。


サッカー小僧が優斗に掴みかかっている様子を目撃し、熱血先生は烈火のごとくキレ散らかした。


「小僧(※)!! 何してんだお前!!」


※先生は当時ちゃんと苗字で呼んでいました。オレが小僧(アレ)の名前を覚えていないため、『小僧』呼びで補完しているだけです。悪しからず。


先生にキレられ、慌てて手を離す小僧だったが、もう遅かった。


自分から離れたところを、先生によってさらに無理やり引きはがされて、小僧の前に今度は熱血先生が立ち塞がる。(今思えば、先生がわざわざ二人の間に割って入っていったのは、優斗を庇う意味があったのかもしれない。)


そんな熱血先生は、ファーストコンタクトよりは穏やかな口調で―――しかしちゃんと怒っている口調で、双方に事情を尋ねる。


「何があったのか、説明できるか?」


「......その.....ゆ、優斗が...」


さっきまでのお立ち台の支配者然としたノリとは打って変わり、しどろもどろな説明を始める小僧。


優斗が、という言葉を聞き、先生は背後の優斗へ視線を向け、


その優斗本人は、何も説明することなく、先生の脇をすり抜けていった。


「あっお前!!」


叫ぶ小僧。


一瞬の隙を突いた優斗が、物凄い速さでプラカップごとカエルをひったくり、脱兎のごとく教室を飛び出したのだ。


「待っ―――」


「小僧(※)!!!」


※先生は当時ちゃんと(以下略)


優斗の後を追おうとした小僧の首根っこを掴み、制止させる先生。小僧は一切の抵抗を示さず、それ以降すっかり大人しくなった。


そして、


「...お前らにも話がある。オレが小僧と優斗から話を聞くまで、みんな自分の席について待ってろ」


野次馬連中をジロリと睨み回し、小僧の首根っこを掴んだまま、教室を去ろうとする先生。おそらく他クラスの児童であろう何人かが走り去るのを見て、小さくため息をついていた。


クラスメイト達が思い思いの表情で席に着く中。


自分が何かをしたわけでも無いが、あの惨状を黙って見過ごしていたのは事実なわけで。


オレも大人しく怒られますか―――と。


そう腹をくくって席に着こうとしたオレの肩を、熱血先生が鷲掴んだ。


「瞬」


「えっ? あっ...はい?」


一瞬身構えたが、どうやら怒鳴り散らされるわけでは無かったようで。


「優斗を探して、連れて来てくれないか。職員室まで」


決して怒ってはいない、真っすぐな瞳で頼まれて。


そんな先生の頼みを断れるわけもなく。


「.....わかりました」


すぐに頷き、何故か恨めしそうに睨んでくる小僧の視線を浴びながら、オレは教室を後にした。


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