Scene3『Rhetorical question』
Rhetorical question = 反語
これテストに出ます。嘘です。見たことねーです。
「―――てな事があってさ」
『うーわマジかよ。キモあいつ。想像よりキモかったわ』
優斗の担任に呼び出された同日の夜。
その呼び出しの内容を、余すことなく本人に伝えるオレなのであった。
友人を介して自身の近況に探りを入れられた優斗は、通話越しではあるが、明確に嫌悪しているのがありありと分かった。
「想像より、ね。元からキモいと思われてて草生えるわ」
『いやいや草生えねーよ。あんなのどう見ても不毛地帯だろ。生える余地ねーよ』
「だっはっは!!!」
散々バカにしきっている口調の通り、担任の事は今回の件に関係なく、元から嫌っているらしい。
まぁ個人的にはオレも嫌いだ。むしろアレを慕っている生徒など居るのだろうか。反語である。
「ふっひ.....お前ッ.....マジで.....復帰したらそれ絶対言うなよッ..........!」
『当分復帰しないから安心してくれ。アイツがキモ過ぎて無理』
うぇーいw 担任君、見ってるー?
不登校の君の生徒とお話しちゃってまーすw
学校に行かない理由、君かもしれないってさーw
教えてあげられなくてごめんねーwww
「キモ過ぎてねぇ.....どんぐらいキモい?」
『優斗く~ん、A組の瞬君ってさぁ、彼女居るのぉ? 中学一緒なんでしょぉ? って本人に聞かないでオレに聞いてくる女子ぐらいキモい』
「え? なにその話。オレ知らない」
『うん。オレ言ってない』
「なんでだよ!? 言えよ!? 詳しく!!」
『嫌です接敵しました』
突然のカミングアウトについて根掘り葉掘り追及したかったが、優斗が接敵してしまったので、一旦この話は棚上げになった。
言い忘れたが、オレと優斗は、VCをしながらの絶賛ゲーム中である。
プレイしているのは勿論、学校でも話題に上がった『E:ros』。
銃を構えてぶっ放して、最後の1部隊になるまで戦い続けるという、説明は簡単だが勝つのが非常に難しい、オレ達が中学からどっぷりハマっている神ゲーだ。
「カバーする!」
頭を切り替えて、画面の光景に集中する。
敵は3人の全員生存部隊。こちらも優斗とオレ、野良(※1)の3人パーティなので、現時点でお互いに有利不利は無い。
相手の近くに大きな岩があり、アレを遮蔽物として使われたら面倒だな―――
『一人やった』
なんて把握している内に、優斗が1人を倒していた。
「やった!?マジで!?ナイス!」
『一旦逃げるわ』
使用キャラのスキルを駆使して、最前線から後退してくる優斗。
やつがオレ達の近くに帰ってくるまでの間、残された敵2人に、銃をぶっ放しまくる。この際、当たる当たらないは関係ない。背を向けた優斗が撃たれなければそれでいいのだ。
そうして味方1人を倒され、復讐相手もロストし、さぞ困ったであろう敵の2人は―――倒れた仲間を助けに動き始めた。
が、そんな事は許さない。オレが弾幕斉射で邪魔をし続け、その間に野良が、倒れた敵にトドメを刺した。
そして、オレ達が邪魔&確殺をしている間に、優斗は安全圏で回復を終えた。
これで3v2、人数差でも体力差でも圧倒的にこちらの有利だ。完璧な連携に我ながら惚れ惚れする。
『よし、もう一回行ってくるわ』
「オレも行く!潰し切ろう!」
遮蔽から飛び出し、再び最前線に躍り出る優斗。そのすぐ後ろに付いていき、オレ達の後に野良も続いた。
敵二人が身を隠していた大きな岩、その上によじ登る。
見えた光景には、岩の真裏に1人、岩から離れた別の遮蔽に1人。
『奥の奴割った!』
優斗のVCが爆発する。
フォーカスを合わせ―――たかったのだが、真下のヤツから撃たれてしまい、ごっそり体力を削られてしまった。
「ごめん! ちょっと巻く!」
報告しつつ、岩を滑り降りながら回復を巻く。
高所を捨て、敵の居る不利位置にわざわざ降り立ち、あまつさえ立ち止まって回復するなど、本来ならあり得ない話だが、今は人数有利の状況だ。
この瞬間に襲われたとしても、後ろに居た野良がカバーしてくれる。
故に、安心して回復に専念できるのだ。
そんな風に考えている時期が、オレにはありました。
「.....あれ?」
地面に着地し、感じる違和感。
味方の姿が無い。
画面左上のミニマップで位置を確認すると、大きく右回りをしており―――どうやら、装甲が割れた方の、優斗が削った敵を倒しに行っているようだった。
つまり。
カバーなど入るわけが無く。
「ちょッ.....オレしあぁぁあぁぁぁぁぁ!!?」
わざわざ上から降りてきたローHPのオレは、鴨がネギを背負って猟師に挨拶しに行ったように、いとも容易く狩られてしまった。
「ごめんやられた!!!真下!!!」
『おっけー?』
オレの報告を受けて、岩上から優斗の銃弾が降り注ぐ。近くにお手軽な遮蔽は無い為、敵は為す術もなく、一方的にダウンさせられた。
そして、展開していた野良が最後の敵を狩り終え、無事に3人討伐。
オレ達の勝利である。
「..........起こしてくれプリーーーズ」
勝利ではあったが。
オレの心は、ちっとも晴れやかでは無かった。
『へいへい。おらよっと』
優斗が岩上から降りて来て、ダウンしたオレのキャラクターを起こしてくれる。
その優斗の姿を見て、余計にモヤモヤした。
「...モヤモヤ?」
自分で思っておきながら、驚いた。
モヤモヤした?しかも「余計に」?
であれば、元からモヤモヤしていたわけで。
何にモヤついたのかと言えば―――
『ん?なんだって?』
「...いや、なんでも無い」
画面の右上に表示されている、この試合におけるキル数。
そこに表示される『0』という数字を見ると、ますますモヤモヤが募った。
「...............」
―――理解したくなかった事を、理解した。
優斗は2人倒した。
一方のオレはどうだろう。
1人も倒せていない。
そして、こういった場面は、今回だけでは無くて。
ここ最近ずっとこうだった。思い返してみれば。
「.....お前さ」
『はい?』
「最初の一人、どうやって落とした?」
『あー、アレね。岩を取られたら面倒だなって思ったからさ、最初にあの岩の有利位置取ったのよ』
聞いて、少し後悔した。聞かなければよかったと。
同じ事を思っていた。あの岩取られたら面倒だな、と。
なのに、ここまで差が出るのは、何故。
『そしたら、後から登ってこようとしてさ、あの敵。クソ無防備だったから余裕で倒せたわ』
VCの向こうで笑っている優斗。
オレは笑えなかった。
悔しいのと、不甲斐ないのと。
何よりも。
友人の活躍を素直に喜べない自分が、何よりも気持ち悪くて。
「.....お前、クソ上手くなってるな」
『そりゃね、学校行かずに毎日入り浸っていますから』
「オレも入り浸ってんだけどなー」
『なんだー?さっきの戦闘でキル出来なかったのがそんなにショックかー?』
「的確にエグってくるな今センチメンタルなんだよ」
『ジャーニーで草』
「やかましいわ。てか世代じゃないだろお前」
いつものやり取りで、少し笑えたが。
この試合で抱いたモヤモヤは、次の試合も、その次の試合でも、ずっと纏わりついて。
何日経っても、何ヶ月たっても、消える事は無かった。
備考:用語解説
※1『野良』
フレンドでは無い、自動的にチームに補充される味方のこと。また、1人でE:rosを遊んでいる者のこと。