Scene12『head-banging in the Morning』
結局、ストレス発散の代案は浮かばなかった。
走ろうが、歩こうが、漫画を読もうが、アニメを見ようが、小説を読もうが、頭の中のリトル影山瞬は『E:rosがしてぇ!!!』と喚き散らかし続けたため、とても集中出来たもんでは無かった。
例えば小説を読んでいると、
「あくる日の事『E:rosやりてぇ!!!!』、
私は恭子に呼び出『E:rosE:rosE:rosE:rosE:ros』
呼び出され、夜分にも関わらず屋『あーーー愛銃撃ちてぇーーー!!!』
屋敷を飛び出『今日マップ バビロンじゃね!?やりてぇーーー!!!』
飛び出したのであった。」
こんな風に、邪念が逐一邪魔をしてくるのである。
せわしな過ぎだろ。もうこれ中毒だよ。酒もタバコもやったこと無いけど確信してるよ。抜け出すには何らかの強烈なイベントが必要なヤツだよ。
でまぁ、結論だけ言えば。
見事にストレス発散に失敗し、そんな状態で勉強が手に付く筈も無く、全てを放棄して惰眠を貪ったオレは。
「...............(ガリガリガリ)」
こうして朝っぱらから、学校で宿題を片付けているのであった。
時刻は午前7時。朝のHRが始まる1時間半前、普段の登校よりも90分早い時間である。
教室には自分以外誰もおらず、ペンで書き殴る音と、プリントの擦れる音以外は何の音も存在しない、実に静かで穏やかな環境だった。
「ふぅー.....」
終えたプリントを机の中に放り込み、次の課題をバッグから取り出し、片付けにかかる。
自分で言うのもなんだが、学校ならば「優等生モード」に切り替わって、リトル影山瞬なる邪念も身を潜めるのでは.....と思ったのだが、想定以上に効果てき面だった。
明日から家に帰ったら速攻で寝て、開校と同時に登校しようか、なんて事すら思う。朝5時に門が開くらしいから、その辺の時間に。
どうせ家に居ても。
E:rosは出来ないんだし―――
「.......おっと」
ひょっこり出てきそうになった邪念を、気持ち強めに押し留める。
頼む。あと1ヶ月弱我慢してくれ。そうすれば夏休み入るから。幾らでもE:ros出来るから。
優斗も誘ってキャッキャウフフ出来るから。二人で今度こそダイヤ到達チャレンジやるから。
―――チーター居るからどうせ無理じゃん?
「..........」
パキッ
シャーペンの芯が折れた。
それと同時に、押し留めていた思考が濁流のように押し寄せる。
E:rosがしたい、でもチーターに蹂躙されるからやりたくない、リーグにもアンリーグにも潜れない、E:rosが出来ない、でもE:rosがしたい、でもチーターのせいで出来ない、でもE:rosがしたいけどチーターのせいで出来ないけどE:rosがしたいけど出来ないけどやりたい許さんなんでE:rosやりたいやりたいけどチーターが
「あ゛ぁ゛ーーーも゛ぉ゛ーーー!!! 出てくんなってうるっせぇなぁ!!!!!」
パンクロックのヘドバン並みに、頭を物理的に振り回して邪念を振り払う。
おのれチーターのクソ野郎どもめ。お前らのせいでこちとら大問題発生しとるんだぞ。責任取りやがれクソ野郎どもが。ゲーム外でも大迷惑かけやがって。
そんな熱烈な想いでヘドバンしていたせいか。
「.....何やってんだお前?」
自分以外の人間が、教室に入ってきていた事に気付かなかった。
「.....へ?」
声を聞いて、フリーズする。
聞き覚えの無い声。
一体誰だろう、なんて他人事のように考えながら、フリーズしたまま頭だけはフル回転した。
やばい見られた。セルフ発狂しているところを見られた。
誰に見られた?
そう、それが重要だ。
散々上下に振り回していた頭を、恐る恐る後方へ振り向かせると。
そこに立っていたのは、同じクラスに属する―――
「.....傲田?」
傲田薊、という男子生徒だった。
オレと同じくらいの身長、運動不足の極致のようなうっすい身体、地毛とは思えない120%脱色しているであろう白髪、睨んでいるかのような鋭い眼光に、その下にこさえた濃いクマ。
『ダウナー系』という呼称が実にしっくりくるそのクラスメイトは、名前を呼んだオレに対し、方眉を上げて見せた。
「へぇ。名前覚えてたんだな」
「そりゃあ...同じクラスメイトなんだから、覚えてるだろ。名前ぐらい」
「絡みの無いクラスメイトの名前まで覚えてるとはね、流石は優等生様」
皮肉ったような、自虐しているような、そんな表情と口調で笑う傲田。
こいつの言う通り、普段オレとこいつが絡むことは一切無く、どころか入学してこの方1度も絡んだ事が無い。
というか、コイツがそもそもクラスの誰とも絡まないのだ。休み時間は本やスマホを凝視しており、昼時はフラっとどこかに消え、放課後には忍者の如く、いつの間にかクラスから立ち去っている。
徹底的にクラスメイトと関わらない、むしろ積極的に交流を避けているようにしか見えないこの男が、
「で、何やってたんだお前?」
自らクラスメイトに話しかけてきた事に対して、少し驚いてしまった。それもこんな朝っぱらから。
「.....ちょっと、煩悩を振り払ってまして」
「はぁ?」
「いやね? その.....昨日から諸事情で、ゲーム出来ない状態になりましてね?そのせいでどぉ~~~してもやる気が起きなくてさぁ、宿題とかもろもろ」
んで今片付けてるってわけよ。
と言って机の上のプリント類を見せると、傲田はクマをこさえた目をまん丸くして、意外そうな表情をして見せた。
「.....お前、案外俗っぽいんだな」
「はい? ぞ、俗っぽい?」
「てっきり『テストの点と成績だけが取り柄の典型的な優等生』かと思ってたからよ」
なんだか引っ掛かる言い草だったが、否定はしない。実際に優等生ムーブをかまし、テストの点と成績維持のため日々勉強して、そう成っているのだから。
が、この傲田はそれ以外の感想を抱いたようで、
「気が乗らないから宿題やらない、なんてことするんだな。一気に親近感湧いたわ」
「.....そりゃどうも?」
こちらとしては親近感なんて微塵も湧いていない(『掴みどころの無いダウナー系男子@ぼっち』という印象しかない)が、どうあれ好印象を持ってもらえたのなら万事OK。嫌われるより全然いい。
「ていうか、傲田こそ何してんだ? こんな朝早くに」
「オレはいつもこの時間に来てんだよ」
「こんな朝っぱらから???」
「いや.....もう8時回ってんぞ」
「え?」
時計を確認する。
時刻は午前8時。朝のHR開始まで30分。
宿題に夢中になっているあまり、既に1時間が経過していた、という事実に涙を禁じ得ない。
「なんだぁ?優等生様が初めて宿題忘れかぁ?」
楽しそうに笑う傲田。掴みどころの無かったコイツの性格が段々分かってきた気がする。少なくとも人の不幸を笑いながら眺めるタイプなのは間違いないだろう。
「いや、あと10分もあれば終わるから、そっちは問題無いんだけどさ.....」
宿題に関しては問題無い。
問題なのは、オレの中のリトル影山瞬が未だに騒ぎ散らかしていること。
残りの宿題を片付けている間なら問題無いレベルではあるが、授業中もこのままだと流石に困る。途中で発狂しかねない。教室の中心で「うるせぇ!!!!!」と叫んでしまいそうだ。
「.....その量、10分で終わらせるのか?」
どうやって鎮めよっかなー、なんて雑に考えていると、また傲田が意外そうな顔をしていた。
「え?」
「宿題だよ、その大量の」
「あぁー...これね」
「10分で終わらせるって.....あと何枚あんだ?」
「5枚。1枚2分でいける。余裕」
残っている宿題は日本史と世界史の、一問一答形式のプリントだけだ。空欄に年代やら人物名やらの単語を入れればいいので、直ぐに終わらせる事が出来る。考える必要が無いから。
そして、日々復習を欠かさないオレは、基本的に授業でやった内容を覚えている。
なので、どの年代に、誰が、何をしたのか、いちいち調べなくてもスラスラ答えられる。
ゆえに、一切のタイムロス無く、これらの宿題を片付けることが出来るのだ。
↑という事をドヤ顔で語りながら実践してみせると、傲田は感嘆の声を上げ、
「.....なぁ、お前―――」
何かを言いかけた。
言い切らずに終わったのは、
「あれ!?影山が居る!?」
新たなクラスメイトがログインしたからだった。
声のした方向、教室の入り口を見やると、毎度おなじみの加藤が鞄を引っ提げて入ってくるところだった。その後に続き、佐藤、伊藤の2人も姿を現す。
朝っぱらから3バカ大集合である。お前らほんと仲いいな。
「よぉ。朝から元気だなお前ら」
「それがさー、聞いてくれよ!昨日な!?」
鞄も下ろさず語り始めた加藤の話を、話半分で聞きながら―――傲田の姿を探す。
加藤達が近づいてきた時点で、いつの間にかオレの隣から立ち去っており、しれっと自分の席に座っていた。
ほんと忍者みたいな奴だな、なんて思いながら、再び宿題を片付け始める。
「しかもそれで.....って、おい? 聞いてんのかお前?」
「聞いてる聞いてる。加藤に彼女が出来たんだろ?ヨカッタネオメデトー」
「全然聞いてねーじゃねーか!!!」
「痛い痛い待て待てヘッドロックはやめろ朝から暑苦しい」
3バカにダル絡みをされながらも、なんとか宿題を終わらせる事に成功する(おかげで始業ギリギリまでかかった)。
初めて早めの時間に登校したが、8時を過ぎると奴らが来て無遠慮に邪魔をしてくるので、勉強するなら開門~8時までだな、なんて意味の分からない教訓を得た。
ついでに、今まで絡みの無かった傲田薊という人物とも話して、その人となりも、なんとなく知ることが出来た。
朝から情報の収穫が多い事に満足してか、いつしかリトル影山瞬も大人しくなっており、1限の授業が始まる頃には、いつも通りに授業を受けられた。
今日はこのままいい感じに終わらんかなー?
そう期待するオレだったが。
急転直下、この日の放課後で地獄を見る事になる。




