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別れた元カノがうちのメイドになった件  作者: 雨宮桜桃
第1章
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お弁当が完全に愛妻弁当な件(過去)

 これは私がメイドのアルバイトを始めようと思った要因の1つなのだけど、私はあまり料理が得意ではない。そして私は一度当時付き合っていた彼氏(天海君)とのデートに手作りのお弁当を()()()()()()()()()ことがある。そう、――持って行こうとしたこと――だ。

 これは私と天海君が付き合ってすぐ――初めてのデートの時のことである。ゴールデンウィークの前日に告白をされ、初めての彼氏ができた私は舞い上がってしまった。そのため無謀な約束をしてしまったのだ。





 ゴールデンウィークの前日の放課後、みんなが明日からの連休に心弾ませ校門へ雪崩れている中、私はその反対の普段あまり人が寄り付かない校舎の一番奥の外階段へ向かっていた。理由はクラスメイトの男子に呼び出されたからだ。目的地に着くと私を呼び出した張本人――天海浩介は階段の2段目に腰かけ、スマホをいじっていた。

 

 ――来て……くれたんだ。


 私に気が付いた彼はスマホから顔を上げ、ゆっくりと立ち上がった。

 入学して一ヶ月、彼とは一度も関わった記憶はないが、クラスメイトとしての彼のイメージは、いつも教室の自席で目立たずひっそりと過ごしており、けれど陰キャというよりはクール系というのか彼の周りには他の物静かなクラスメイトとは違う空気が漂っている。そんな感じだ。

 そして今もその落ち着いた雰囲気が表情、言動から見て取れる。この様子だとどうやら私の見立てははずれのようだ。

 放課後に異性を呼び出す。そんなことをする理由は1つしかないと思っていたし実際入学してから一ヶ月、何度か同じような呼び出しを受けたが要件は案の定すべて告白だった。けれど天海くん(かれ)からはそんな緊張は見て取れない。

 やれやれ自分も自意識過剰になったもんだ。と思った矢先のことだった。


 ――一目惚れでした……付き合ってください。


 不意打ちだった。

 告白される準備というか――心づもりはしていた。けれど彼の表情から告白の線はないと気を緩めてしまったのだ。心臓を掴まれた感覚だった。顔は火が出ているのかと思うほど熱くなり、開いた口が塞がらない。


 ――どぅ……かな……


 覗き込むように近づけられた顔をよく見るとなかなかどうして整った顔立ちをしている。目が隠れるほど長い髪さえ整えればクラス――いや、学年で噂になりそうなものだ。そんなことを考えていた私だったがはっと我に返り、天海くんと距離を取る。

 心臓の音がうるさい。聴覚はもちろん、視覚、嗅覚もありとあらゆる人間の情報を取得する機能が役割を果たしていない。自分の心臓の音とさっきの鼻が触れそうな距離で見た天海くんの顔が頭から離れない。これも一種の一目惚れというのだろうか。気が付いたら私は彼の告白にOKを出していた。


 


 その日の晩。ベッドの上で人生初めての彼氏にふわふわふかふかしているときだった。私のLINEに一件のメッセージが送られてきた。送り主はつい数時間前に私の彼氏になった天海くん。告白の後、私たちは連絡先を交換したのだ。トーク画面には『よろしく』と書かれたスタンプが2つ続き、その下に今受信したメッセージが表示されている。内容はゴールデンウィーク中のどこかで一緒に出掛けないかといういわゆるデートの誘いだった。

 ゴールデンウィーク前日ということもあってほとんど予定で埋まってしまっていたが4日間の休みのうちゴールデンウィークの最終日だけ何も予定がなかったため、デートはその日に決まった。彼氏との初めてのデート――このことに私は舞い上がってしまっていた。そのせいでデートの予定が決まり、これで話は終わりだというのにいらない一文を送ってしまったのだ。


〈もしよかったらお出かけの日お弁当作っていこうか?〉


 これは完全にミスだった。

 そもそも私はこれまでろくに料理をしたことがない。けれどこんなLINEを何も考えず送ってしまったのだ。後から考えると自分はなんて考えなしのバカなんだと思うが、当時は女子として憧れの彼氏に手料理を振る舞うというシチュエーションとまだLINEをしていたいという乙女心がこんな行動を私にさせたのだろう。

 

 それからゴールデンウィーク中は本当に上の空だった。

 友達と遊んでいても頭の中は最終日のデートのことばかり。当時は友達に本当に申し訳ないことをした。

 けれどそんなウキウキわくわく気分はゴールデンウィーク最終日――デート当日の朝までだった。


 お弁当を作るため普段学校の時もこんなに早くは起きないというような時間に起きた私は早速持って行くお弁当作りを始めた。レシピサイトを見ながら一生懸命作ったお弁当その出来前は――見るに堪えないものだった。真っ黒な破裂したウインナーにもはやスクランブルエッグの卵焼き。極め付けはおかゆといった方がいいほどべちょべちょな米。こんなもの異性――ましてや彼氏に食べさせることはできない。けれど買っておいた食材は数々の失敗によりもうほとんど残っておらず、今から買いに行って作るには時間がない。

 私に残された選択肢は2つ。この見るも絶えないお弁当を持って行くか素直に作れなかったと謝るか。

 家を出る寸前まで迷った結果、私は素直に謝すことにした。


 待ち合わせの場所に約束の5分前に着くと天海くんはすでに来ており目が合った。

 もう逃げることはできない。ゆっくりと天海くんのほうへ歩いていくと開口一番天海くんは普段に比べると少し照れたように見える表情で


 ――その服……似合ってるね……かわいい……と思ぅ


 と、口にした。

 その途端――お弁当を作ってこれなかった申し訳なさが波のように押し寄せてきた。そして天海くんにお弁当の件を伝えると残念だと言ったものの私を責めたりはせず、近くのお店を探してくれ、一緒にファミレスで食事をした。そのことにさらに申し訳なさが押し寄せてきた。

 せっかくのデートだというのに私がずっと申し訳なさに落ち込んでおり雰囲気は最悪。昼食の後は一緒に映画を観に行ったのだけどそこでも天海くんは私の見たい映画に付き合ってくれて――映画を見た後も結局雰囲気は悪いまま。天海くんは何か話そうと努力してくれていたけど私はだんまりで、映画の感想を言い合うこともなく私たちは電車に乗り解散した。


 家に帰ってから自室で鏡を見るとそこにはげんなりとしたまったくかわいくもない自分の姿が映っていた。デート中、天海くんはこんな私を見続けていたのか……。そう思うと急に涙が出てきた。後悔で止まらない涙を枕に染み込ませ、私は今回の失敗を心に深く刻んだ。

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