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別れた元カノがうちのメイドになった件  作者: 雨宮桜桃
第3章
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中村改造計画

◆ 天海浩介 ◆


 本当はお昼過ぎまで寝ていたい土曜日の早朝。

 僕は寝惚眼(ねぼけまなこ)を擦りながら、とある人に呼び出され、駅前のとある施設に赴いた。


「おはようございます。天海くん――五分の遅刻ですよ?」

「おはよ、中村(なかむら)。遅れたのはごめんだけど、さすがに六時は早すぎるって」


 こんな太陽も寝起きな時間に僕を呼び出した、とある人物というのは、うちのクラス委員長の中村界人(かいと)である。

 そして僕たちが今いる駅前のとある施設というのは、巷で話題の低価格で筋トレ器具やマシンが使い放題のスポーツジムだ。

 なぜ、いきなりこんな展開になっているかといえば、それは彼の意中の相手である同じクラス委員長――琴吹さんのタイプが男らしくて筋肉ムキムキだと僕が教えたからだ。

 琴吹さんのタイプと正反対の中村はこれで諦めるかと思いきや、逆にならば筋肉ムキムキになってやろうではないかとさらに燃え上がり、そして僕はそれに巻き込まれた。

 

 「予約の時間も過ぎてますし、早く入りましょう」


 中村に急かされるように施設の自動ドアと潜ると、エアコンの涼しい風が僕らを出迎える。


「ようこそ、体験をご予約の中村様ですね」

 

 入口正面の受付のお姉さんに案内され、早速僕たちはジムの中へ。

 早朝ということもあり、利用者はランニングマシンでウォーキングをしているお爺さん一人でほぼ貸し切り状態だ。

 お姉さんから一通り器具やマシンの使い方の説明を受け、まずは僕たちもウォーミングアップがてらランニングマシンから始めることにした。


「この施設、これだけ色々あるうえにプールまであるなんて、そりゃ人気にもなるわな」

「もうすぐ夏ですし、これからもっと話題になるかもしれませんね」


 走り始めて数分、速度もジョギング程度だったため軽い雑談をしながら走っていた僕たちだったが、十五分もすると少しずつペースも速くなり、じんわりと額に汗がにじみ始めた。

 最近運動不足だった僕としては、ちょうどいい運動量なのだが、横を見ると既に中村は限界を迎えているようでヘトヘトになっている。

 

 「一旦休憩にするか?」

 「お、お願いします……」


 フロントのベンチで水を飲み、少し落ち着いた中村は一つ大きなため息を漏らす。


 「全く、情けないですよね。ボクってやつは……」


 そう言いながら、力なく笑う中村に僕は口をつむぐ。


 「ボク運動はこれまでからっきしで、その代わり勉強だけは人一倍頑張ってきました」


 中村の独白にも似たそれは、きっと彼がずっと胸の奥に押し込んでいた誰にも言えない弱音のようなものだったのだろう。

 たとえ、好きな人が自分と正反対のタイプが好きだったと知っても、こぼさなかったそれを今消え入りそうな声で話す中村の気持ちが僕にはなんとなくわかった。

 きっと中村は自分に失望してしまったのだ。それは水無瀬さんと別れることを決意した時の僕のように。

 

 「運動ができなくても自分には勉強がある。そう考えて苦手なことは見ないようにしてたんです」


 人には得手不得手がある。だから苦手なことを見て見ぬふりをするのは何も悪いことではない。

 だけど、偉い人や賢い人ほどそれがのどに突っかかった魚の骨のようにいつも頭の片隅にちらついてしまう。


 「だけど、心のどこかでは体育祭で活躍する天海くんや、放課後部活をしている運動部を見て、かっこいいなぁ……ボクもあんな風になれたらなぁ、って」


 無自覚のコンプレックスというやつか。

 自覚はなくても人はどうしても自分と他人を比べてしまう癖がある。それがたとえ比べようのない物差しだとしても。

 多分中村の中で僕という存在は過大に評価されているのだと思う。だから僕から中村にいうべきことは一つ。


 「僕は中村のことすごい奴だと思うよ」


 ただ素直に思ったことを彼に告げる。それが彼に正面から向き合うことになると思うから。


 「だって好きな人のため、苦手なことにためらいもなく挑戦できる覚悟がある……僕はそれができなかったから」


 水無瀬さんに釣り合う彼氏になることから逃げて……泣かせて。今は水無瀬さんのやさしさに甘えてしまっている。

 

 「勉強だって一日で賢くなるわけじゃないだろ? 運動も同じだって。最初は全然できないところからスタートだっていいんだ」

 「天海くん……」

 「中村がまだ諦めてないんなら、僕も付き合うから一から地道に頑張ろうぜ」

 「うん……ありがとうございます」


 悩みも疲れも吹き飛んだ様子の中村は再び、ジムの中へと向かっていく。

 それからお昼前までジムで過ごした僕たちは帰りに正式にジムの契約をした。

 それ以降、週に二、三度のペースで僕たちはジムに通うようになったのだった。

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