ご褒美デート「天海くーん――おまたせー」
◆ 天海浩介 ◆
土曜の駅構内はオシャレな格好をした人が右から左から改札を通り抜けていく。
待ち合わせ時刻は10時。その10分前に着いた僕は道行く人を観察して自分の服装がおかしくないかを再度確認する。
多分大丈夫……。
高校生には制服という最強のアイテムがあるためこういう私服で出掛けるとなるとちょっと困ったりもする。
「天海くーん――おまたせー」
声のした方に視線を向けるとこちらに手を振りながら小走りでやってくる1人女の子――狩屋未都。
狩屋さんとは同じクラスメイトで席も隣。それに体育祭実行委員でも一緒になったりと何かと縁のある。
「ごめんね。待った?」
バッチリと決めたメイクに黒のシアーシャツと少しダボッとしたジーパン。
普段の学校とは違う少し大人な同級生の姿に思わず少しドキッとしてしまった。
「いや、僕も今さっき着いたばかり」
もはやお決まりと言ってもいいような文言を交わし、僕たちは改札を通ってホームへと出る。
今日のプランは狩屋さんがプロデュースしたものでまずはこれから電車の乗り京都に向かう。そしてSNSで見て気になっていたというパスタ屋さんでお昼を食べる予定だ。
「もう電車来てるね」
早めに集まったおかげで僕たちは無事2人分の座席を確保することが出来た。
それから電車に揺られること30分。意外にも狩屋さんが話しかけてくることは少なく、お互いスマホを見て過ごした。
目的地の駅に着くと迷路のような地下通路を狩屋さんに案内されるがまま歩く。
地上に出ると眩しい日差しと共に夏がすぐ目の前までやってきていることを感じさせられるような熱気が僕たちを迎える。
「ここからお店までちょっと距離あるけどコンビニで飲み物でも買ってから行く?」
「人気のお店なんでしょ? 早く行った方が良くない?」
「それもそうだね。じゃあ早速お店に向かおうかっ!」
日本は四季や地域ごとにまったく違う景色が楽しめる国と言われているが、この歴史のある造りの建物と細い道を見ると京都に来たなぁ、ってしみじみ感じさせられる。
歩き出してからおよそ20分。
そこそこ足に疲労感を感じ始めていた頃、
「多分……あれかな」
狩屋さんがスマホとさした指の先のお店を見比べながら小さくそう零す。
店の前には開店10分前にも関わらず既に行列――と、まではいかないが、店が開くのを待っていると思われる人達が列を成して立っている。
しばらく様子見てここで間違いなさそうだと判断し、僕たちもその1番後ろに並び、開店を待つことにした。
開店時間になると店の中から女性の店員が出てき、前から順番に店の中へと案内される。
ちょうど僕たちの後ろで第1陣が終わり、少しラッキーだと思いながら入店すると、早速トマトソースのいい香りが漂ってきた。
店内にはシャンデリアが吊るされており、薄暗いオレンジがかった光がこじんまりとした店内を静かに照らす。
案内された席に着き、水とメニューをもらって注文を決める。
僕は本日のおすすめにあった夏野菜のトマトパスタ。狩屋さんはSNSで見た時から決めていたらしいチーズと卵のカルボナーラを頼む。
「このおすすめにあるキッシュ? ってのはなに?」
「まあ簡単に言ったらおかず版のタルト? みたいな感じ。せっかくだし頼む?」
「じゃあそれも2つ」
注文が済ませ、改めて店内を見ると客は女性やカップルばかり。やっぱり女子は流行りに敏感ということなのだろうか。
テレビで観て美味しそう、食べたい。と思うことはあっても実際に店に足を運ぶことはほとんどない僕としては、ものすごい行動力だなと感心すると共にそういった経験をさせてくれるのは新鮮で楽しいと感じる。
そうこうしてるうちに順番料理が運ばれてき、僕たちの料理も全て揃った。
「ん~ん、いい匂い。おいしそっ♪」
今日一テンションが上がっている狩屋さんの隣で何気に僕のテンションも上がっている。
今日1食目ということもあるがそれを差し引いてもこのトマトソースの匂いにはヨダレが垂れそうになる。
早速一口――ニンニクの効いたトマトソースがしっかりとした麺に絡んで、
「美味しい!」
「ねっ!」
続いておすすめのキッシュも。
こっちは見た目の割に繊細な味というか。もっとメインの卵が主張してくるのかと思いきや、しっかりと中の具材の味も感じられる。美味い。
あっという間にパスタとキッシュを食べ終え、店を出た僕たちはそのまま外のアーケード通りを気になった雑貨屋などに立ち寄りながらテキトーにぶらついた。
「結構歩いたねー。休憩がてらどこかカフェ入ろうっか」
「いいね」
狩屋さんの提案で近くのカフェに入り、ケーキとアイスカフェオレを頼んで席に着く。
「6月だけどお昼過ぎると暑っついね」
「今日の最高気温27度だって。湿度も高いし。そりゃ暑いわけだ」
運ばれてきた冷たいカフェオレを流し込み、喉を潤すと程なく汗も引き、疲れがみるみる回復していくのがわかる。
「改めて今日はありがとね。私のわがままに付き合ってもらって」
「まあ体育祭の日、半分約束みたいにしちゃったし。それに僕も普段自分一人じゃできない経験をさしてもらって楽しいよ」
「天海くんは優しいね……ねぇ……もう1つだけお願い聞いてもらってもいい?」
「僕にできることであれば」
「……私と付き合ってください」
「改めて今日はありがとね。私のわがままに付き合ってもらって」
「まあ、体育祭の日、半分約束みたいにしちゃったし。それに僕も普段自分一人じゃできない経験をさしてもらって楽しいよ」
「天海くんは優しいね……ねぇ……もう1つだけお願い聞いてもらってもいい?」
「僕にできることであれば」
「……私と付き合ってください」
僕たちと店員さんしかいない店内に小さなつばを飲み込む音が響く。
「ごめん。それはできない」
おおよそ即答と言ってもいい速さの返事。
でもこれは狩屋さんに好意を向けられていると感じていたときから出ていた答えだ。
傷つけてしまっただろうか。いや、告白を断られて傷つかないなんてことはないだろうけど。
狩屋さんは何も言わず、アイスカフェオレを一点に見つめている。
断っておきながら申し訳ないなんて、自分の罪悪感を少しでも減らそうという悪い思考だ。
この決断の責任はしっかり背負っていかないといけない。
それから何分経っただろう。固まっていた狩屋さんは一つ伸びをすると、
「またダメだったかー。全く体育祭の時からダメダメだね私」
「……」
「でもね天海くん。今回は私、1回じゃ諦めないから!」
「――! それって……」
強がりじゃないと言ったら嘘になるだろう。だけど体育祭とは違う。狩屋さんの瞳には何か強い意志のようなものが宿っている。そんな感じがした。




