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別れた元カノがうちのメイドになった件  作者: 雨宮桜桃
第2章
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1番になりたくて③1番〇〇な人

◆ 天海浩介 ◆


 午後からの綱引きと玉入れを終え、僕の体育祭も残すところ閉会式と後片付けだけとなった。

 あんなに長く感じた準備期間に比べ、本番は案外一瞬だった気がする。

 さて、閉会式までまだ少し時間があるがどうやって潰すか。

 午前中のようにプール横のベンチに行くのも考えたがどうもそういう気分じゃない。

 競技の応援をするにしても知り合いが出てないとイマイチ盛り上がりにかけるんだよなぁ。

 とりあえずこの暑さで体が冷たいものを欲しているのを感じた僕は体育館横の自動販売機へと足を向ける。


「あっ……」

「あっ……天海くん」


 自動販売機に着くとちょうど水を買っている狩谷さんに出会った。

 前のペンキぶっかけ事件以降、狩谷さんと顔を合わせると気まずい空気が流れる。

 なにか話題を――


 「それ閉会式の台本?」

 「あー、うん……」


 咄嗟(とっさ)に目に入った物で台本を話題に上げたが狩谷さんは歯切れが悪そうに1つ頷いた後また黙り込んでしまった。

 グイグイ来られるのも困るが急にしおらしくなられるのも対応に困る。

 一旦飲み物を買おうと狩谷さんの後ろにある自販機まで歩いたところで背中から、


 「わたしより天海くんの方が実行委員長向いてたよ……」

 

 絞り出したような声が聞こえてきた。


 「押し付けられるみたいになった委員長だったけどなったからにはちゃんと責務を果たしたかった」


 今回実行委員を一緒にして知った狩谷さんとはそういう女の子だ。


 「スローガンの時もペンキの時も全部天海くんのおかげでなんとかなって……私はなにもできなかった」

 「いや、スローガンの時は案を出しただけで応援団に行ったのは狩谷さんだし、ペンキの時も間に入って一触即発を防いだって聞いたよ。狩谷さんは立派に委員長をやってたよ」

 「……ありがと。じゃあ今度ご褒美にデートしてほしいな――なんて……」

 「……考えとく」


 嘘偽りない僕の感想。だけど狩谷さんにはどれだけ届いたのだろう。

 立ち去っていく狩谷さんの背中を眺めながら買ったペットボトルが温かくなり始めているのを感じた。





 テントに戻るとなんやら人が集まって大騒ぎになっている。


 「何の騒ぎ?」

 「おう、こーすけ。熱中症だって」


 どうやらクラスメイトの目黒(めぐろ)が熱中症で急に倒れたらしい。

 目黒は応急処置の後、先生に担がれて保健室へと運ばれていった。


 「プログラムナンバー18――借り物競争に出場の選手は正門前に集まってください」

 「そういえば目黒(あいつ)借り物競争に出るって言ってなかったか」

 「誰か代わりに出れる奴いないのか」


 ガヤガヤとした空気の中、


 「こーすけ玉入れと綱引きしかやってないし出れば?」


 米田の妙に通る声のせいでみんなの視線がこちらに向いた。


 「おい天海、頼む。俺たち3つ種目出てるせいでこれ以上出れないんだ」

 「お前にならこの接戦の大事な1種目を任せられる」


 クラスメイトの熱烈な頼み込みに思わず目を背けてしまったが、別に断る理由もないので代打を承諾する。


 入場門に行くと見覚えのあるサッカー部3年生が3人。


 「げっ、天海!」

 「なんでお前がここに!」

 「熱中症で倒れたクラスメイトの代打です」


 そんなに警戒しなくていいのに。

 此間(こないだ)の件はもうお互い水に流したってことでいいじゃん。

 こっちはそう思っているのに入場が始まっても僕のことをチラチラと様子をうかがってくる3人になんだかイライラしつつも座って僕の競技の番(最後)を待つ。

 次々とレースは進み、いよいよ僕の番。


「なあ天海、どうせなら勝負しようぜ」

「勝負? 借り物競争は元々勝負では?」

「なにか賭けようぜって言ってるんだ。そーだな、じゃあ勝った方は体育祭後の片付けを相手の分もやるってのでどうだ?」


 元々後片付けは誰がどこをやるとは決まってないはずだが。


「いいですよ。その勝負乗りました」


 こういうのがあった方が燃える。

 なんやかんや今年もしっぽりやるとかいいつつも体育祭を楽しんでいるな、とふと思った。


「第4走者――位置についてよーい……ドン!」


 ここまでの3レースを見た感じ、お題はメガネやリレーのバトンなどのアイテム系と〇〇先生や生徒会長など人物系が存在し、それを判定する判定係というのが設置されているがお題的に〇か✕というよりイエスかノーで判断されるものが多いイメージだ。

 とりあえず勝つためには出来ればアイテム系を引きたいところだが。

 お題の紙の置かれた机に一番乗りでたどり着いた僕は一瞬の熟考の結果1番右の紙を手に取った。

 お題は――

 これまでの思考がぶっ飛ぶ。

 人物系かつ特定の人物でなく、あくまで本人の基準で判断されるお題。

 これまでの傾向ガン無視のお題に普通なら戸惑い迷ってしまうところだろう。

 しかし僕の頭の中にはこのお題を見た瞬間から1人の顔がずっと浮かんでいる。

 クラスのテントの中――いない。

 応援団の集団の中――いない。

 人を掻き分け校舎の方へ――


「あ、天海くん」


 ――いた。


「どうしたの急いで? 私は目黒くんの様子を見に保健室に。私一応保健委員だから」


 水無瀬さんは僕が借り物競争に出ていることを知らないのか。

 だけど時間もだいぶ経ってしまっている。ここで一から説明している暇はない。


「――来て」


 僕は水無瀬さんの手を掴むとまた人を掻き分け、グラウンドの真ん中へ向かう。


「え、ちょっと……」


 水無瀬さんはだいぶ戸惑っていたようだけど、審査員の生徒の前に着くと僕はお題の紙と水無瀬さんを差し出す。

 紙と水無瀬さんを交互に見て僕を見つめてくる審査員を力強く見つめ返すと、


「1着――青団」


 判定が認められたようで、僕のゴールがアナウンスされる。

 勝負はどうやら僕の勝ちのようだ。

 

 それから最後に行われた応援団対抗リレーの結果、見事青団は総合優勝を果たしたのだった。





 体育祭が終わり、クラスの打ち上げの前にみんな1度家に帰ることとなった。

 体実の片付けを先輩に任せ、僕も一般生徒と一緒に帰っていると、


「天海くん待ってよー」


 後ろから小走りで水無瀬さんが追いかけてくる。


「水無瀬さん、応援団の方はもういいの?」

「うん、みんな今日はクラスの打ち上げに行くから応援団はまた後日にするんだって。あと、仲良い子たちだけの打ち上げの今度やるんだって」

「へー、人付き合いが多いのも大変だね」


 なんて、帰り道にたわいのない話をしているとなんだか水無瀬さんがモジモジをとしだし、


「ねぇ、あの借り物競争のお題って結局なんだったの?」


 ずっと気になっていたのだろう。チラチラと上目で僕の顔を伺ってくる。


「んー、内緒」

「えー、なんでよー」

「その方が面白いでしょ」


 だって改めて言うのはなんか恥ずかしいじゃん。


 ――今日1番輝いていた人


 だなんて。

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