学級委員長だって恋がしたい
◆ 天海浩介 ◆
「あの天海くん、今日の放課後暇ですか?」
昼休み――いつも通り米田と昼食を食べていると珍しく学級委員の中村界人が声を掛けてきた。
「ん、まあ暇だけど?」
掃除当番を代わってくれっていう話なら別に今日は委員会もないし構わないが。
「じゃあ放課後予定を空けといてください」
それだけ言うと中村は踵を返し去っていった。
「こーすけ、中村と仲良かったのか?」
「いや? たまに話す程度だけど?」
「告白か?」
「んなわけないだろ」
……ないよな?
心当たりのない呼び出しに内心ドキドキしながら僕は午後の授業を乗り切った。
「じゃあ行きましょか」
放課後になると中村はメガネをギラつかせやって来た。
2人で教室を出、向かったのは学校近くのあのファミレス。
「それで? 今日はなんでまたわざわざ? 初めてだよね、こうやってサシで話すの」
「まあ待てください」
単刀直入に本題に入ろうとする僕を制止し、中村はメニュー表を手に取る。
「ドリンクバー2つと……なんか食べますか?」
「……じゃあフライドポテト」
「おけです」
中村は手短に注文を済ませると僕にドリンクを聞き、ドリンクバーの方へ行った。
本当になんの用件なんだ。そんなに話しづらい内容なのか。
僕の知っている中村と様子が違いすぎてますます不安が募っていく。
「お待たせ――ほい、りんごジュース」
「あぁ……ありがとう……」
そんなことよりも気になるのは、
「なにそのジュース……?」
コーヒーフロートのアイスを沈めた後のコーヒーみたいな色で、でもシュワシュワと炭酸を含む謎の飲み物。
「カルピスとコーラを混ぜたやつ。意外と美味いですよ。一口飲みます?」
「いや、遠慮しとく……」
ドリンクバーでミックスする系の人、小学生ぶりに見た。
これはやっぱり様子がおかしいよな?
僕の知ってる中村はクラスの学級委員で授業も真面目に聞いていて、先生からの信頼も厚い。
間違ってもドリンクバーで創作をするようなやつじゃないはずだ。
「なんか悩みでもあんの? 解決してやれるかどうか分かんないけど話しぐらいなら聞くよ」
「ふっ、悩みか――そうだね。これは悩みだね」
「なんか急にキャラ変わったな。おい」
「その前に天海くんに聞きたいんだけど――天海くんってモテるよね?」
藪から棒に何を聞くかと思えば僕がモテる?
「そんなわけないじゃん。今まで付き合った人だって水無瀬さんしかいないし、今絶賛独り身だよ?」
「いーや、モテるね。自分の周りで天海くんのこと気になってるって女子いっぱい知ってるもん」
「もしそれがホントだとして中村は僕に何を聞きたいのさ」
「どうしたらモテるのか教えてください!」
テーブルにドン、と頭をつけ懇願してくる中村。
「お、おい。やめろよ」
他の客がチラチラこっち見てるじゃん。
「頼む……こんなこと頼めるの天海くんしかいないんだ……」
「わかった、わかったから顔上げろって」
このままじゃ周りから変な噂が立ってしまいかねない。ただでさえ今の時間このファミレスはうちの学校の生徒で溢れているのに。
「それで? 中村は女子からモテたいのか?」
「んーと、不特定多数からモテたいっていうより特定の相手から好かれたいというか」
急に恋バナっぽくなり始めたが中村は構わず続ける。
「実は最近気になる人が出来まして……」
「ほう」
これは水無瀬さんが聞いたら飛びつきそうな話題だな。
「その……誰にも言わないでほしいんですけど」
「ち、ちょっとまっ――」
これ以上聞いたら後戻りはできな――
「同じ学級委員の琴吹さんのことがす、好きになってしまいまして」
「あぁ…………」
…………。
これでもう無関係ではいられなくなってしまった……。
っていうか、
「琴吹さんか……」
「なんかまずいですか?」
「いやまずいっていうか……」
正直、前の一件があって少し怖いっていうか。水無瀬さんの友達を悪く言いたくはないけどちょっとキツイんだよな……性格が。
「琴吹さんのどういうところがその……いいとか聞いても?」
「なかなか恥ずかしいこと言わせますね。まあ色々ありますけど、1つあげるならしっかりしていてお姉さん味があるところですかね」
ああ。それは少しわかるかもしれない。なんというか琴吹さんは僕の中で水無瀬さんと(特に)明里さんの保護者って感じがする。友達なんだけどグループのバランサーというか。
「見た目はちょっとギャルっぽいで、最初はビビってたんですけど一緒に委員会とか話してるうちにその……好きになってしまいまして」
「まあなんだ。いいんじゃないの? 学級委員同士お似合いだと思うよ。2人が結ばれることを心から祈っているよ。それじゃあこの話は終わりってわけで」
「おっと、そうはいきませんよ。本題はここからです」
ですよね……。
「それで本題って?」
「天海くんにはモテ方を教えてもらいたいのと琴吹さんのタイプを聞いてきてもらいたいんです」
「いやー、そういうことならあんまり力になれないかなって……僕、琴吹さんあんまり関わりないし」
絶対面倒確定だし。
「そんなこと言っちゃっていいんですか?」
「は? いきなりなんだよ」
「自分、知ってるんですよ――この前、天海くんが琴吹さんとここのファミレスで放課後2人でご飯を食べていたこと」
思わぬ切り札に心臓を掴まれた気分になった。
「もう次の子を狙ってるんですか。さすがモテる人は違いますねぇ。けどまさか次の標的が元カノの親友とは。このこと水無瀬さんが知ったらどう思いますかね?」
琴吹さんとはそういう関係じゃないんだが、そのことを説明してもこの様子じゃ信じてはもらえないだろう。
「琴吹さんのタイプ、調べてもらえますね?」
「はい……」
渋々承諾すると中村はまるで憑き物が取れたように柔らかな表情になった。
「良かったぁ引き受けてもらえて。これで一安心ですよ。はぁ、なんだか安心したら喉が渇いたな。ドリンクバー入れてきます」
その歩いていく背中を眺め僕は、
どっちの中村が本当の中村なんだ……。
なんてことを考えしまう。
そして戻ってきた中村のドリンクバーのコップの中にはカフェオレのような色の炭酸の飲み物が入っていた。




