憂鬱な体実①「実行委員長になりました......」
◆ 天海浩介 ◆
「それじゃあ行こっか!」
放課後になるや否や一度教室を飛び出して行った狩谷未都はものの数分で帰ってきたかと思うと僕を席まで迎えに来た。
別にわざわざ一緒に行く必要ないんじゃ……とも思ったがここで断るのも露骨すぎるかと思い、僕はそれに応じる。
「社会科教室だったっけ?」
カバンを持って席を立つと背中に刺さるような視線を感じた。誰の視線かは見当がつくがそれにわざわざ振り返ったりはしたい。
だって彼女が心配するようなことなんて何もないのだから。
社会科教室に着くとまだ人は疎らにいる程度でまだまだ会議が始まる雰囲気ではない。
座席はクラスごとに指定されており、僕たちの席は中央後ろ側だった。
横3×縦8で設置された長机の一辺に椅子が4つ並べられており、僕はその一番左端に腰掛ける。
さて、会議が始まるでどう時間を潰そうか。
そう思いおもむろにスマホを取り出した矢先、
「天海くんは体育祭、なんの競技出る予定なの?」
僕のすぐ隣に座った狩屋さんが話しかけてきた。
なぜそこに座る? スペースの使い方ミスってるだろ……。
「まだ決めてないかな……」
「そうなんだー! えっ? 今年は走らないの? また走ってるところ私見たいなー」
パーソナルスペース……。
一言喋ることに距離が1フレームずつ近づいてくる。そのまま話し続けるとそのうち3Dになり、僕が仰け反ることになりそうだ。
「ごめん……ちょっとトイレ――」
逃げるように教室を飛び出し、僕は廊下を流離う。
どうしたものか……。
本当にトイレに行って帰るだけではまた会議までさっきの二の舞になるだろう。
「飲み物でも買いに行くか」
教室棟と体育館を繋ぐ渡り廊下の下を通り、自動販売機に着くと僕は少し迷った末ペットボトルのカフェオレを選択する。
さて、ぼちぼち帰るか。
けれど僕は踵を返すことはせず、体育館のある棟に入り、柔道場の脇の階段を上がって渡り廊下を渡る。
最後の悪あがきみたいなもんだがちょっとした時間稼ぎにはなっただろう。
渡り廊下を抜け教室棟に入る角を曲がるとちょうどこちらに向かって歩いてくる見慣れた3人組に遭遇をした。
「あれ? あまみんじゃん! もしかしてサボり?」
「ちょっと飲み物を買いに」
「えーなになに! 何買ったの! あかりちょうどスカッとする炭酸飲みたかったんだよね」
だが、僕の手に持つカフェオレを見るなり明里さんはげんなりと肩を落とす。
「炭酸じゃないじゃん。じゃあいらなーい」
「炭酸だったとしてもあげないよ?」
膨れる明里さんに苦笑いを浮かべる二人。どうやら彼女らにとってこれは平常運転のようだ。
「それで3人はなんでここに?」
「フフフ……実はあかりたち、今年は3人で応援団に入ったんだよね。それで今から体育館で集会があるってわけ」
「へー、そうだったんだ」
まあ、もちろん水無瀬さんから話は全て聞いているため知っているのだが。僕たちの今の関係を悟られないためにここは知らないフリをする。
「それじゃあ僕はもう行くよ」
3人に別れを告げ、僕は社会科教室に戻る。
別れ際どことなく水無瀬さんが嬉しそうな表情をしているように見えた。
教室に戻ると席に狩屋さんの姿はなかった。トイレにでも行ってるのだろうか。
席に座り、買ってきたコーヒーを開けながら辺りを見渡す。さっきに比べだいぶ人が集まってきている。
その中でも一際大きな声で会話するグループに目がいった。
雰囲気と話し方からして3年生だと思われる男子生徒らが数人集まりワイワイ騒いでいる。そしてその輪の中で紅一点――会話に混ざる狩屋さんの姿を見つけた。
少し狩屋さんという人のことを理解した気がする。
彼女はどんな男子に対してもああなのだ。
正直ナルシストで気持ち悪い思われるだろうが、彼女の僕に対する態度からもしかしたら彼女は僕に好意があるのではと思っていたがそうではなく、あれが彼女なりの世渡りの仕方なのだろう。そう思うとこれまでの自分の思い込みが恥ずかしくなってくる。
僕は今にも穴を掘って潜りたい気持ちをコーヒーで落ち着けて務めてクールに会議開始の時間を待つのだった。
◆ 狩屋未都 ◆
逃げるように教室を飛び出した天海くんの背中を見送ったあと、わたしは一人反省会を始めた。
少し押しすぎたか……。けど恋は押してなんぼって言うし。それに水無瀬と別れた今が最大の好機。天海くんを狙っている女子は多い。
ここで先手を打たねばと思い積極的なアプローチを続けているがあまり手応えがない。
…………。
あーもう! うだうだ考えたって正解なんてわっかんないもん! こうなったら押して押して押しまくって後悔しないように好き勝手やってやる!
だってこんな気持ち――
一人反省会を終えるとちょうど先生が入口前の机に資料を並べているところだった。
そうだ! 天海くんの分も取ってきてあげよ。こういうところでもポイント稼がなきゃ。
着々と集まり始めている実行委員の列に並びプリントを2枚取って席に戻ろうとした時、3年生と思われる男子グループに話しかけられた。
「ねぇねぇ、君何年何組?」
「わたしですか? 2年5組です」
「2年かー――あぁ俺たち3年なんだけど、どこ座ればいいかわかる?」
どこに座るも何も――
「黒板にクラスごとに座席書いてますよ」
「うわっ、ホントだ。ありがとう――君名前は?」
「……狩屋です」
「下は?」
「未都……」
「未都ちゃんかー。ありがとうね」
やっと解放される。そう思って歩き出そうとすると、
「俺たちサッカー部なんだけどさ――」
まだなにかあるの……。
それから「こいつが最近レギュラー取られた」だの、「監督が怒鳴る時唾を飛ばす」だのどうでもいい話を延々と聞かされてそろそろわたしの作り笑顔も歪み始めていた。
先生の席に着けという指示でやっとのこと席に戻ると天海くんは既に帰ってきていてプリントも持っていた。
ホント最悪。
でも焦ることは無い。これからアピールするチャンスはいくらでもあるのだから。
◆ 天海浩介 ◆
会議が始まるとまず体育教師の張本が体育祭実行委員の仕事と今後のスケジュールについて説明する。
体育祭実行委員(長いためここからは体実と略させてもらう)の主な仕事は4つ。
1つ目、各団ごとの立て看板や応援旗の作製。
2つ目、プログラムの作成。
3つ目、テントや得点板などの設営・撤去。
4つ目、当日の運営と記録。
これだけ聞くとやること満載で大変そうに聞こえるが、まあこれだけ人がいれば1人あたりの負担は大したことないのではないだろうか。
15分に渡る説明が終わると話は本題に入る。
「今日決めないといけないのは実行委員長をどうするかなんだが、誰か立候補いるか」
実行委員長は今後の司会進行や作業の総監督などなれば忙しいこと間違いなしの役職。案の定やりたがる人は現れない。
…………。
――デジャブだ。
皮肉にも最近似たような場面に遭遇した覚えがある。
静まり返る教室。その中で1人の3年生の男子が言った。
「ここはもうすぐ卒業する俺らじゃなくて次を担う2年生にやってもらいたいな。未都ちゃんどう?」
「え!? わたしですか! えっと……」
隣で断るに断り切れず唸る狩屋さん。
「困ったことがあったら俺たちも助けるしさ」
「うーん……そういうことなら……」
半ば押し切られる形で実行委員長になった狩屋さんは前に呼ばれ、みんなに正式に挨拶をする。
「……実行委員長になりました、狩屋未都です。精一杯頑張りますのでよろしくお願いします」




