50位以内を目指して① 「テスト勉強なんて授業でやったところを見直して思い出す作業だろ」
◆ 天海浩介 ◆
テストが明後日に迫っている。
というわけで今日は米田の家で勉強会をすることになっている――のだが……。
ピーンポーン…………。
――出ない。LINEも既読つかないし、電話にも出ない。
万策尽き、家の前で立ち往生していると、
「あれ? あまみんじゃん! ハロハロー」
「明里さん! おはよう……」
偶然、出掛ける明里さんに遭遇した。
「明里さんの家、米田の向かいだったんですね」
「そーだよ。あまみんは樹待ってる感じ?」
「そうなんですけど、あいつ電話にも出なくて……」
「あー、そういえば今日樹ママお仕事の日だっけ。たぶんまだ寝てるよ。ちょっと待って」
ガサゴソとカバンを漁りキーケースを取り出すと数あるカギの中から1本のカギを取り出す。
「それ米田ん家の鍵ですか?」
「そーだよ。樹がだらしないからお世話する用に1本もらったの」
明里さんは米田家の玄関の鍵を開けると僕を中へ勧める。
もう親公認のカップルじゃん。
「じゃあ、あかりは今からさやちー達と勉強会だから。バイちゃ」
そう言って明里さんは颯爽と去っていった。
明里さんのおかげで家に入ることはできたが米田がいないと何もできない。
「とりあえず起こしにいくか」
米田家には何度か来ているためあいつの部屋は割れている。玄関脇の階段を上がり、廊下の突き当たりの部屋。
「おーい米田起きろー」
部屋に突撃すると米田はすっぽりと布団に入り気持ちよさそうに寝息を立てていた。
もしこれが水無瀬さんなら起こさずその寝顔を眺めていたかもしれない。けどこいつにはそんな可愛い要素はない。
「起きろ~」
手荒でなく効率的に寝ている相手を起こすには鼻をつまむのが1番。
「…………ふがぁっ!!! な、なんだ!?」
「よぉ、随分と気持ちよさそうに寝てたな」
「なんでこーすけが俺の部屋にいるんだ?」
「明里さんに入れてもらったんだよ。で、お前今何時かわかってるか?」
「…………キャーッ! 乙女の部屋に勝手に上がり込むなんてこーすけさんのエッチ!」
「いい加減にしろ」
ふざける米田の額に一発チョップを入れ、僕は先にリビングへと向かった。
「あー全然わからん……」
「おいおい、そこ基本中の基本だぞ。こーすけって相変わらず見た目のわりに勉強できねぇのな」
「うっせぇ……ていうか君は勉強しなくていいのか? 見たところ教科書やノートの類いが見受けられないのだが?」
「あー、俺はいいのいいの。もう大体終わったから」
「終わったってなんだよ」
「テスト勉強なんて授業でやったところを見直して思い出す作業だろ。俺、昨日の晩までにテスト範囲全部目通したし」
「この天才が……」
僕たちの高校では定期試験の成績上位50人を学年開示版に張り出すという風習がある。これは生徒の競争心を煽る目的があるらしく、校長いわくこれを導入してからうちの学校の偏差値が大幅に上がったとか上がってないとか。
そして生意気なことにこの米田もその掲示板の常連なのだ。しかも順位はいつも10番台。まったく理不尽だ。
「ほらほら、俺のことは気にせず勉強しな。今回は掲示板入り目指すんだろ」
「クソっ、絶対君よりいい順位取ってやる」
「無理無理。お前入学してから今まで一度も掲示板にすら載ったことねぇーじゃん。そんな奴に俺は負けませーん」
これ見よがしに視界の端で携帯ゲームに勤しむ米田を目障りに思いながらも僕は目の前の問題を解き続けた。
「ん~~あぁ……もう昼過ぎか」
劣悪な環境に反して意外と集中出来ていたのか気がつけば時計はとっくにてっぺんを過ぎていた。
「こーすけ、昼飯どうする?」
「そうだな、気分転換がてら外になにか食べに行くか」
数時間座りっぱなしだったせいか足の動きが鈍く立ち上がるのに少し時間がかかった。
外に出て駅の方へ向かうとお店はいくらでもある。
「まあ昼飯だし、ラーメンか牛丼か。ハンバーガーなんかもありだな」
駅周辺の飲食店を色々見て回っていると、見たことのない文字が書かれた黄色い看板と思わず頬が緩む匂いに足が止まった。
「こーすけ――俺の腹はこの店をご所望のようなんだがそっちはどうだ?」
「奇遇だな。僕もちょうどこの店にしないかと提案しようと思っていたところだ」
趣きのある黄色い扉を開けるとスパイシーなカレーの香りが僕たちを出迎える。
「イラシャイマセ」
「2人なんですけど入れますか?」
「ドゾーコチラヘ」
本場インドの人だろうか。カタコトの日本語で案内された席に座ると持っていたメニュー表を手渡してきた。
「チュウモン、キマタラヨブネ」
「わかりました」
メニュー表には親切に写真に加え、日本語と英語、そしてインド語(ヒンドィー語と言うらしい)の3ヶ国語で料理名が書かれている。
「この店はカレーライスじゃなくてナンで食べるのがデフォルトなのか」
「種類もスープカレーにバターカレー、薬膳カレーなんてのもあるぞ」
本格的な上にメニューも豊富でさらにこれで美味かったら通ってしまうかもな。
「よし、俺は決めたぜ」
「僕も」
店員さんを呼び、僕はナンとチキンレッグにスープカレーがかかったセット。米田はナンと3種類のルーが楽しめるカレーを注文した。それからすぐ――
「オマタセ……シマシタ」
スパイシーな香りのカレーと熱々のナンが運ばれてき、口元が緩む。
「『ナン』ハ……オカワリ……ジユナノデ……ホシイトキヨンデ……クダサイ」
なんだと! ナンがおかわり自由……だと。
「やべぇ、なんでカレーってこんな食欲をそそる匂いなんだろうな」
「それは君がカレー好きだからだろ」
まあ僕もだが。
早速ナンを一口大にちぎりカレーに付けて食べると家で食べるカレーとは違うまるで脳天を揺らすかのような衝撃が走った。
「僕の知ってるカレーとは違う」
「あぁ、これが本場の味か」
チキンレッグも身がホロホロでナンに乗せて食べるとこれまた絶品。
焼きたてのナンをスパイシーなカレーに付いて食べていると汗が止まらない。だが食べるのもやめれない。
結局僕たちは汗だくになりながら頼んだカレーとナンを2枚平らげた。
昼食を済ませ米田の家に帰り僕は勉強の続き、米田はさっきのゲームの続きをし、気がつけば外が暗くなり始めていた。
「もうこんな時間か……そろそろ帰るかな」
「だいぶ頑張ってたな。これならワンチャン50位以内入れるかもな」
「……君は結局最後まで一切勉強しなかったな」
「まあまあ。その代わりほら! 宝玉3つも手に入ったぜ」
正直、これなら家で勉強してもよかった気がするがまあ美味しい店も知れたし今日は良しとするか。
「じゃあ僕は帰る。お邪魔しました」
「おう、またいつでも遊びに来いよ」
今日も別に遊びに来たわけじゃないが……まあいいか。
帰る途中、偶々こちらに歩いてくる明里さんを見かけたがその跳ねるような足取りを見て察した。
明里さん今日勉強してないな。
段々と遠ざかっていく背中を眺め僕は心の中でふと思った。
――似たもの同士だな……。




